2010年11月27日土曜日

11-1 兪穴辨解

11-1兪穴辨解
     武田科学振興財団杏雨書屋所蔵 乾3594
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』11

兪穴辨解引
江漢之出乎岷嶓也其源夐其流脩而中間有
淼漫呑天之勢者葢水之道為然孟軻氏謂盈
科而後進放乎四海有本者如是觀夫經脈之
繫於藏府亦猶水乎其異流分派縱横逆順肌
肉為之隄防骨空為之科窟方其邪之在經則
搏而躍激而行過顙在山是豈水之性哉觀水
有術故聖人正骨度辨兪穴直欲以鍼焫廻狂
瀾於既倒者職此之由屬者一得子携其所著
  一ウラ
兪穴解來請余檢閲余讀廼知能修其業者其
書大氐彀率攖寧乘矢馬張而以自己意為監
射埶法其間可謂便且詳矣筆以國字者為使
髦士易曉而其有口授亦將有獲其人耳提面
命之者歟是為叙

寳曆甲戌冬十有二月朔信陽滕曼卿謹題


  読み下し
兪穴辨解引
江漢の岷嶓に出づるや、其の源は夐(とお)く其の流は脩(なが)し。而して中間に
淼漫として天を呑むの勢いの者有り。蓋し水の道は然りと為す。孟軻氏謂う、
科(あな)を盈して後に進み、四海に放(いた)る、本有る者は是(かく)の如し、と。夫(か)の經脈の
藏府に繫がるを觀るに、亦た猶お水のごときか。其の流れを異にし派を分かち、縱横逆順、肌
肉、之れを隄防と為し、骨空、之れを科窟と為す。其の邪の經に在るに方(あた)りては、則ち
搏ちて躍らし、激して行(や)らしめば、顙を過ぎ山に在り。是れ豈に水の性なるかな。水
に術有るを觀る。故に聖人は骨度を正し、兪穴を辨じ、直ちに鍼焫を以て狂
瀾を既倒に廻せんと欲する者は、職として此れ之れに由る。屬者(このごろ)一得子、其の著す所の
  一ウラ
兪穴解を携えて來たり、余に檢閲を請う。余讀みて廼ち能く其の業を修むる者を知る。其の
書は大氐、攖寧を彀率し馬張を乘矢す。而して自己の意を以て射るを監すると為し、
法を其の間に執り、便且つ詳と謂つ可し。筆するに國字を以てする者は
髦士をして曉らめ易からしむるが為なり。而して其の口授有るは、亦た將に其の人を獲て、耳提して面(まのあたり)に
命ずるの者有らんとするか。是を叙と為す。

寳曆甲戌冬十有二月朔、信陽滕曼卿謹題

  【注釋】
○江漢:長江と漢水。 ○岷:岷山。四川松潘県北に位置し、四川と甘肅省の境となり、長江と黄河、両大水系の分水嶺をなす。/岷江。河川の名。四川省境にあり、源は松潘縣西北岷山に出て、最後は長江に注ぎ入る。 ○嶓:嶓冢。甘肅省天水縣の西南にあり、漢水の水源地。「兌山」ともいう。 ○夐:遠い。「迥(はるか)」に通ず。 ○脩:長い。久しい。遠い。「修」に通ず。 ○淼漫:海や川が広く果てしがない。 ○孟軻氏:孟子。(西元前 372~前 289)軻は名。字は子輿。戦国時代鄒の人。 ○盈科而後進放乎四海有本者如是:『孟子』離婁下:「孟子曰:原泉混混、不舍晝夜。盈科而後進、放乎四海、有本者如是、是之取爾/源泉は混混として昼夜を舎(お)かず、料(あな)に盈(み)ちて而る後に進み四海に放(いた)る。本(もと)有る者は是(か)くの如し。是れ之を取るのみ/水が穴を満たしてから初めて進むように、学問の道もよく順序を踏まえて進むことが大事である。」『集注』:「盈、滿也。科、坎也。」 ○縱横:水の流れの曲がりくねるさま。 ○逆順:流れの順行と逆行。 ○肌肉:皮膚と筋肉。 ○科:「窠(あな)」に通ず。 ○窟:洞穴。 ○搏而躍激而行過顙在山是豈水之性哉:『孟子』告子上:「今夫水、搏而躍之、可使過顙、激而行之、可使在山。是豈水之性哉。其勢則然也(今夫れ水は、搏ちて之を躍らせば、顙を過ごさしむべく、激して之を行れば、山に在らしむべし。是れ豈に水の性ならんや。其の勢、則ち然らしむるなり)。」顙:額。頭。 ○骨度:骨の長さを基準とした人体の測り方。 ○兪穴:ツボ。 ○鍼焫:鍼灸。/焫:もやす。 ○廻狂瀾於既倒:韓愈『進學解』:「障百川而東之、迴狂瀾於既倒。」力を尽くして悪い局面を挽回する。異端邪説の横行を阻止する。 ○職:もとより。もっぱら。 ○屬者:近時、近日。 ○一得子:村上宗占は土浦藩医員で、名は親方(ちかまさ)、字が宗占、号は一得子(いっとくし)。 
  一ウラ
○大氐:大抵。 ○彀率:弓を引き絞る度合い。 ○攖寧:心が平和で、外部からの刺戟に動揺しないさま。滑壽(『十四経発揮』)のことか。 ○乘:四。『孟子』離婁章句下:「發乘矢而後反(弓矢を四発放ったのち帰った)。」『正義』:「云乘矢者、乘、四矢也、蓋四馬為一乘、是亦取其意也。」 ○馬:馬玄臺(『霊枢註証発微』)か。 ○張:張介賓(『類経』『類経図翼』)か。 ○監:統率する。 ○埶:「藝」に同じ。あるいは「執」か。 ○國字:かな。 ○髦士:俊秀の士。 ○耳提面命:懇切丁寧に教える。『詩經』大雅˙抑:「匪面命之、言提其耳。」 ○寳曆甲戌:宝暦四年(一七五四)。 ○十有二月:十二月。 ○朔:陰暦一日。 ○信陽:信濃。 ○滕曼卿:生没年不詳。萬卿とも。姓は加藤。名は章、通称は俊丈、号は筑水。『難経古義』を著す。医学館で『難経』を講じた。本書の巻頭には、「東都隱醫 友生 加藤俊丈 校」とある。


兪穴辨解序
經脉篇黄帝曰經絡所以能決死生處百
病調虚實不可不通焉愚按學經絡者欲
處百病調虚實者也因茲施鍼灸施鍼灸
者必要兪穴要兪穴者必正骨度骨度正
而要兪穴迎隨開闔行其宜而取効也葢
兪穴之正在骨度骨度不正則兪穴不正
雖施鍼灸無効而反有害也必矣歴代先
哲著經絡鍼灸書而汗牛充棟不乏于世
  二ウラ
然其中語意簡古淵玄而未易曉故吾子
第患之葢按先哲各有得失余不敏讚其
得而補其失參挾諸説而作為兪穴辨解
二卷骨度正誤圖説一卷竒經八脉銅人
形系經訣一卷凡四卷以授子第不敢備
達人云爾
寛保二歳次壬戌春三月
東都 村上親方宗占述

  【読み下し】
兪穴辨解序
經脉篇に黄帝の曰く、經絡は能く死生を決して、百
病を處し、虚實を調うる所以、通ぜざる可からず、と。愚按ずるに、經絡を學ぶ者は、
百病を處し虚實を調えんと欲する者なり。茲に因って鍼灸を施す。鍼灸を施す
者は、必ず兪穴を要(もと)む。兪穴を要むる者は、必ず骨度を正す。骨度正して
兪穴を要め、迎隨開闔、其の宜を行いて、効を取るなり。蓋し
兪穴の正しきは、骨度に在り。骨度正からざる則(とき)は、兪穴正しからず。
鍼灸を施すと雖も、効無くして反って害有ること必せり。歴代先
哲、經絡鍼灸の書を著して、牛に汗し棟に充つ。世に乏しからず。
二ウラ
然れども其の中語意簡古、淵玄にして未だ曉し易からず。故に吾が子
第(た)だ之を患(うれ)う。蓋し按ずるに先哲各おの得失有り。余不敏、其の
得るを讚して、其の失を補い、諸説を參挾して、兪穴辨解
二卷、骨度正誤圖説一卷、竒經八脉銅人
形系經訣一卷、凡そ四卷を作為して、以て子第に授く。敢えて
達人に備えずと云爾(しかいう)。
寛保二歳次壬戌春三月
東都 村上親方宗占述

 【注釋】
○經脉篇:『黄帝内経霊枢』の篇名。 ○語意:ことばの意味。 ○簡古:簡単素朴で古雅。 ○淵玄:深奥。 ○曉:知る。 ○吾子:子は男子の美称。親しみ敬愛をあらわす。あなた。 ○先哲:前代の賢者。 ○不敏:不才。謙遜語。 ○讚:称美する。 ○參挾:まじえる。 ○骨度正誤圖説一卷:宝暦二(1752)年跋刊。九州大学附属図書館画像データベースに一部の画像あり。
http://portal.lib.kyushu-u.ac.jp/cgi-bin/icomb/thumview.cgi?lang=j&wayo=w&num=32&img=1
『臨床古典鍼灸全書』15所収。 ○竒經八脉銅人形系經訣一卷:『銅人形引経訣』(寛政五刊)は、九州大学所蔵。『銅人形引経之訣』は弘前図書館所蔵。須原屋/平助(/)〈江戸〉, 寛政5。/『臨床古典鍼灸全書』35所収。 ○達人:事理に通達したひと。 ○云爾:語末の助詞。「かくのごときのみ」。 ○寛保二歳次壬戌:一七四二年。 ○東都:江戸。
 東京大学 鶚軒文庫所蔵『骨度正誤圖説』(V11:1193)   
http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/tenjikai/tenjikai2004/tenji/case1.html#1193


1 件のコメント:

  1. 『明史』滑壽傳に「晩自號攖寧生」とあります。心神安寧で、外界の事物に煩わされないという意味か。

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