2010年11月8日月曜日

5-1 鍼學發矇訓

5-1鍼學發矇訓
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼學發矇訓』(シ・四八二)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』5所収

鍼學發矇訓序
所謂醫者人命之所係而其任重也榮安先生仲
策子者周防防州之産而自弱學于京師博誦醫家
經傳外儒釋之道勉強而探其奥雖平素俚俗之
方言而間有治病之功則以人不廢言也況於業醫
乎於是乎其識甚博其德益厚其業彌顕矣臨
病則温故知新無不取驗其功不可枚舉也先生
嘗謂中古之論醫者唯辨湯液而專内治矣也忘
按術鍼療而疏外治矣也恐近偏枯之意乎哉愚退
省是論宜哉譬如卒倒疝瘕積聚噎膈之類雖
順流氣血而頻補其虚或聚喉嚨而不通或塞肩
ウラ
背而不動或閉京門兩門而不立矣當其時則良
劑奇方無由用焉徒束手而傒死豈足稱醫也乎
苟非九鍼導摩之術則不能也矣若平日以導摩
及木石鍼而非解碎邪骨攻刺痞塞則上仵太痾
何以可起乎於是先生嚮選古今導引集鋟
梓今又選此書命剞劂氏而遍冀行于世敢非延
年益壽之術而已則死生有命桎梏非正命也不
開痞塞不解結滯則急症立到而不救矣先生常
為大患夙夜思之不止庶幾令終其天年矣嗚呼
忠臣孝子不可忘身者親之枝也不敢毀傷孝之
始也夫子之教也聊述其槺概而贊先生之意云爾
  二オモテ
正德甲午冬東都睌進醫生順貞田中白圭子
謹序


鍼學發矇訓序
所謂(いわゆる)醫なる者は人命の係る所にして、其の任重し。榮安先生仲
策子は、周防防州の産、而して弱(わか)き自り京師に學び、博く醫家の
經傳を誦し、外に儒釋の道、勉強して其の奥を探る。平素俚俗の
方言と雖も、而して間ま治病の功有らば、則ち以て人、言を廢さざるなり。況んや醫を業するに於いてをや。
是(ここ)に於いて、其の識甚だ博く、其の德益ます厚く、其の業彌いよ顕かなり。
病に臨んで則ち温故知新し、驗を取らざる無く、其の功、枚舉する可からざるなり。先生
嘗て謂えらく、中古の醫を論ずる者は、唯だ湯液を辨じて專ら内治するや、
按術鍼療を忘れて、外治を疏(うと)んずるなり。恐らくは偏枯の意に近きかな。愚、
是の論を退省するに、宜(むべ)なるかな。譬えば卒倒・疝瘕・積聚・噎膈の類の如きは、
順に氣血を流し、而して頻りに其の虚を補うと雖も、或いは喉嚨に聚りて通ぜず、或いは肩
ウラ
背に塞がりて動ぜず、或いは京門兩門を閉ざして立たず。其の時に當っては、則ち良
劑奇方、焉を用いる由無く、徒らに手を束(つか)ねて死を傒(ま)つは、豈に醫と稱するに足らんや。
苟も九鍼導摩の術に非ざれば、則ち能わざるなり。若(も)し平日、導摩
及び木石の鍼を以て、邪骨を解碎し、痞塞を攻刺するに非ざれば、則ち上は太痾に仵(ひと)しく、
何を以てか起こす可けんや。是に於いて先生嚮(さき)に古今導引集を選して
梓に鋟(きざ)み、今又た此の書を選んで、剞劂氏に命じて、而して遍く世に行われんことを冀(こいねが)う。敢えて延
年益壽の術に非ざるのみ。則ち死生、命有り、桎梏は正しき命に非ざるなり。
痞塞を開かず、結滯を解かざれば、則ち急症立ちどころに到りて救えず。先生常に
為に大いに患(うれ)い、夙夜之を思いて止まず。其の天年を終えしめんことを庶幾(こいねが)う。嗚呼、
忠臣孝子、忘る可からず。身なる者は親の枝なり。敢えて毀傷せざるは、孝の
始めなり。夫子の教えなり。聊(いささ)か其の槺概を述べて、先生の意に贊すと爾(しか)云う。
  二オモテ
正德甲午冬東都睌進醫生順貞田中白圭子
謹序


  【注釋】
○醫者人命之所係: ○榮安先生仲策子:宮脇仲策。養陽子と号す。 ○周防防州:現在の山口県の東南半。 ○京師:首都。京都。 ○平素:平時。 ○俚俗:鄙俗、粗野。 ○博:原文、旁を「專」につくる。 ○温故知新:『論語』為政:「温故而知新、可以為師矣。」かつて学んだことを復習し、新しい知識を増やす。 ○驗:予期した効果。 ○功:成果。成績。 ○疏:原文、偏を「予」に作る。軽視する。いやしむ。 ○偏枯:半身不随の病。引伸して不均衡、失調の意。 ○愚:自分を謙遜していう。 ○退省:反省。 ○噎:原文、偏を「予」に作る。 
ウラ
○閉京門兩門:未詳。 ○良劑奇方:すぐれた処方。 ○無由:方法がない。 ○傒:「徯」。待つ。 ○導摩:按摩導引。 ○痾:疾病。仇。 ○起:治療する。 ○嚮:「向」に通ず。 ○古今導引集:大久保道古編・宮脇仲策(養陽子)校。二巻。 ○鋟:彫刻する。 ○剞劂氏:彫り師。「剞劂」は彫刻刀。 ○死生有命:人の生死は天命によって定められている。『論語』顏淵:「死生有命、富貴在天。」 ○桎梏非正命也:『孟子』盡心上:「盡其道而死者、正命也。桎梏死者、非正命也。」何らかの原因により道半ばで死ぬのは正しい天命とはいえない。 ○夙夜:日夜。朝から晩まで。 ○天年:自然の寿命。 ○親之枝:我が身は親の枝である。『禮記』哀公問:「身也者、親之枝也、敢不敬與。不能敬其身、是傷其親。傷其親、是傷其本。傷其本、枝從而亡。」 ○不敢毀傷孝之始也:『孝經』:「孔子謂曾子曰:身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。」 ○夫子:孔子。 ○槺概:梗概。大要。あらまし。 ○云爾:語末の助詞。かくいうのみ。
  二オモテ
○正德甲午:正徳四年(一七一四)。 ○東都:江戸。 ○睌進:「睌」は「晩」の異体字で、後進の意か。 ○順貞田中白圭子:


  以下、ひらがなを補った。
鍼學發矇訓序
恭(うやうや)しく惟(おもんみ)るニ、上古の聖人仰觀俯察シ、五藏六府、精神
氣血、經絡脉筋、骨節髪膚ノ天地同根ナル事ヲ
明辨シ、醫方ヲ作為シ、病殀ヲ救フ、乃ち鍼灸藥按
祝ノ諸法布(の)べテ方策ニ在リ、然るニ後世是ヲ泊どまリ、異
流漸く凋し、正統殆ど缺タリ、啻に偏枝ノミニ執シテ、治功
不完(完からず)、其の術ト言語ト常ニ反ス、徒(いたず)らニ文字ヲ以テ學
文トシ、其の精微ヲ察シ、要奥ニ至ル者、殆ど希ナリ、余、
短陋ナリト雖も、倭醫ノ傳來セル父祖ノ遺訓、彛(つね)に用い
テ驗アルヲ摭(ひろ)ヒ、俗字ヲ以て是ヲ綴リ、聊か童稚ニ便ス、
刊定ノ如きハ後ノ君子ヲ傒(ま)つ、庶幾(こいねが)わくは初めて學門ニ入るノ一
ウラ
助ナラン
正德甲午春防州遊客法橋養陽子仲策武
江普濟堂ニ毫ヲ染むル者也

  【注釋】
○祝:祈祷。 ○泊:停滞。 ○武江:江戸。


  以下、『鍼治口訣鈔』を参照して、一部漢文の語順のところを読み下す。カタカナは原文のまま。「〆」は「シテ」を表す符号の代用。
  當流鍼傳道統
(『口訣』有「野州」)足利田代氏三歸回翁ト云(いえ)ル人、大明ニ入(いり)テ、鍼
法ヲ徐氏ニ學フ、歸朝〆同氏助心ニ傳フ、西海藝
州ヘ來リ、大江ノ元清、一万石ヲ與フ、余カ父、海月翁
正純、其の傳を得て、愚家に及べり、然る後に經絡藏象ハ椎橋
ウラ
紹伴ニ學フ、先生十八歳より、此の道を志し、至って深シ、八十餘歳に至り、
專ら苦勤して一日も怠らず、詳らかに奥妙を得て、銅人藏形を作る、
特(ひと)り古人を超越する也、滑伯仁の後、一人たる耳(のみ)、朝鮮國の、咸
主朴別將(『口訣』作「公感主・利別將」)兩氏ノ經穴刺法を、對州の醫士、端倉求
安ニ學フ、先生は、主命を蒙り、朝鮮國に至って、傳授シ、且つ
此の兩醫ヲ對州ヘ招請しテ來レリト、運氣刺法ハ洛陽
延命院天眞ニ學フ、大明國澄相公(『口訣』作「大清國澄清公」)ノ導引按術、
肥州の大久保氏道古(『口訣』有「享伯」)ニ學フ、其の餘、諸家ノ傳來ヲ
精要撰集〆、此の書ヲ著スノミ
寳暦十二壬午五月廿五日寫畢

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