2010年11月13日土曜日

5-7 十四經全圖

5-7十四經全圖
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『十四經全圖』(シ・一三七)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』5所収

十四經全圖序
醫之療疾有三術曰鍼曰灸曰湯藥而湯藥可
以通徹臓腑則瀉實補虚之力莫過焉若夫回死
眼前立功言下則鍼與灸之力居多焉而鍼灸之要
專在臨症取其兪穴中其肯綮則非亦能審其
臓腑與經絡洞見邪之所伏匿使之無所逃遁者則
不能也昔在太朴之世未有藥物專用砭焫以醫百
病無㕮咀搗篩之勞而躋人於壽域斯此道之鼻
  一ウラ
祖而已矣然則用之當今寒郷乏藥物所與其宜
用者其功亦猶古矣予師牛淵先生向已著經穴
籑要以問于四方今亦著十四經全圖五彩特別
臓腑形色以使初學觀而易辨其用心勤矣後
之君子能補其闕正其所不及則是師之意云
  文化九年壬申仲冬
     水府醫官 大橋弘道子稽識


  読み下し
十四經全圖序
醫の疾を療する、三術有り。曰く鍼、曰く灸、曰く湯藥。而して湯藥、
以て臓腑に通徹す可きときは、實を瀉し虚を補うの力、焉(これ)に過ぐるは莫し。若し夫れ死を
眼前に回(かえ)し、功を言下に立つるは、鍼と灸との力、多きに居る。而して鍼灸の要、
專ら症に臨んで其の兪穴を取り、其の肯綮に中(あた)るに在るときは、(則ち)亦た能く其の
臓腑と經絡とを審(つまび)らかにし、邪の伏匿する所を洞見し、之をして逃(のが)れ遁(かく)るる所無からしむる者に非ざるときは、
能わざるなり。昔在(むかし)太朴の世未だ藥物有らず。專ら砭焫を用いて、以て百
病を醫す。㕮咀搗篩の勞無くして、而して人を壽域に躋す。斯れ此の道の鼻
  一ウラ
祖のみ。然らば則ち之を當今寒郷、藥物に乏しき所と、其の宜しく
用ゆべき者とに用いば、其の功亦た猶お古(いにしえ)のごとくならん。予が師、牛淵先生、向(さき)に已に經穴
籑要を著わし、以て四方に問う。今ま亦た十四經全圖を著わし、五彩特(こと)に
臓腑の形色を別ち、以て初學をして觀て辨じ易からしむ。其の心を用ゆること勤めたり。後の君子能く其の闕を補い、其の及ばざる所を正さば、則ち是れ師の意と云う。
  文化九年壬申仲冬
     水府醫官 大橋弘道子稽識(しる)す

【注釋】
○回死:「起死回生(瀕死の重病人を救う)」と同意であろう。 ○言下:すぐに。 ○居多:多数を占める。 ○肯綮:「肯」は骨についた肉、「綮」は肉と骨のつなぎめの意から。物事の急所。大切な所。事の要所。 ○洞見:洞察。物事の先の先まで見抜く。 ○伏匿:かくれる。 ○太朴:太古素朴。 ○砭:砭石。石針。基本的に膿や血を出すのに用いた。 ○焫:もやす。火鍼。 ○醫:動詞用法。いやす。治療する。 ○百病:各種の疾病。あらゆる病気。 ○㕮咀:もともとは「噛み砕く」意。薬物をきざむこと。 ○搗篩:突き砕き、ふるいにかける。 ○躋:のぼらす。 ○壽域:長壽の域。 ○鼻祖:始祖、創始者。
  一ウラ
○當今:現在。 ○寒郷:貧しい地方。 ○牛淵先生:小坂(阪)元祐。 ○經穴籑要:文化七(1810)年序。『鍼灸典籍大系』『鍼灸典籍集成』などに影印収録。 ○文化九年壬申:1812年。 ○仲冬:旧暦十一月。 ○水府:水戸。 ○大橋弘道子稽:


明王之為天下正人倫開教化者文也誅亂逆禁姦宄者武也有
文而無武則無以威天下矣有武而無文則民畏不親也文武相
須而天下治焉良毉之為疾辛苦甘酸以治之於内者藥石也穴
兪繫落以治之於外者鍼灸也或藥石不達者鍼灸之或鍼灸不
行者藥石之有藥石而無鍼灸有鍼灸而無藥石理療之道堙而
不通是故古之明毉皆藥石鍼灸相須相須以藥石鍼灸者譬猶
文武之為天下然而近世毉流日就陵夷到明堂兪經之學最晻
昧矣龜山毉官牛淵先生以沈實之資駕深湛之思奮然特起拾
之於虞泉以五十年刻苦盡極其淵源於鍼灸繫落之一學以為
己任矣嗚呼於是乎明堂之晦也杲〃而復明焉從是海内志軒
ウラ
岐之學者勃然歃血明堂同盟兪經以先生為桓文者日月蜂起
向先生所撰經穴籑要奇偶繫落全備且考據精確纂集博洽雖
然特脱緫繫全圖今又門人欲以此補之矣夫各繫以各色作之
者其來舊矣孫眞人云十二繫落五色作之竒繫八脉以緑色為
之石藏用繪為正背兩圖十二繫落各以其色別之此其尤彰著
者也其他姑置明眼之士皆能知之又何俟予喋々焉凡今日泝
明堂之源者不可不以此為櫓楫也刻成而先生閲之命予曰此
舉也子為一言辨其篇端嗟乎予小生黄口而乳臭又何言乎又
何言乎雖然先生之命峻辤之亦非禮也因聊表各繫各色之説
并論先生於此學為一代之主盟矣或以予為阿所好者亦所不
辤也 文化壬申仲冬幾望 愛日 阪輪杲卿文登拜題


読み下し
明王の天下を為(おさ)むるに、人倫を正し教化を開く者は、文なり。亂逆を誅し、姦宄を禁ずる者は、武なり。
文有りて武無くんば、則ち以て天下を威(おど)すこと無し。武有りて文無くんば、則ち民畏れて親しまざるなり。文武相
須(もち)いて天下治まる。良醫の疾を為(おさ)むるに、辛苦甘酸、以て之を内に治むる者は、藥石なり。穴
兪繫落、以て之を外に治むる者は、鍼灸なり。或いは藥石達せざる者は、之に鍼灸し、或いは鍼灸
行わざる者は、之に藥石す。藥石有りて鍼灸無く、鍼灸有りて藥石無くば、理療の道堙(ふさ)がりて
通ぜず。是の故に古(いにしえ)の明醫は、皆な藥石鍼灸相須(もち)う。相い須いるに藥石鍼灸を以てする者は,譬えば猶お
文武の天下を為(おさ)むるがごとし。然り而して近世の醫流、日に陵夷に就き、明堂兪經の學に到っては、最も晻
昧なり。龜山醫官牛淵先生、沈實の資を以て、深湛の思を駕し、奮然として特に起ち、
之を虞泉に拾い、五十年の刻苦を以て、盡く其の淵源を極め、鍼灸繫落の一學に於いて、以て
己の任と為す。嗚呼、是(ここ)に於いて明堂の晦きや、杲杲として復た明らかなり。是れに從り海内、軒
ウラ
岐の學を志す者勃然として血を明堂に歃(すす)りて兪經を同盟し、先生を以て桓文と為す者、日々月々蜂起し、
向(さき)に先生撰する所の經穴籑要、奇偶繫落全く備わる。且つ考據は精確、纂集は博洽なり。
然ると雖も特に緫繫の全圖を脱す。今ま又た門人、此を以て之を補わんと欲す。夫れ各繫、各色を以て之を作る
者、其の來たるや舊(ふる)し。孫眞人云う、十二繫落、五色もて之を作る、竒繫八脉は緑色を以て
之を為す、と。石藏用繪(えが)いて正背兩圖を為(つく)り、十二繫落、各おの其の色を以て之を別つ。此れ其の尤も彰著なる
者なり。其の他は姑く置く。明眼の士、皆な能く之を知る。又た何ぞ予が喋々を俟たん。凡そ今日
明堂の源に泝(さかのぼ)る者、此れを以て櫓楫と為さざる可からざるなり。刻成りて先生、之を閲(けみ)す。予に命じて曰く、此の
舉や、子、一言を為し、其の篇端に辨ぜよ、と。嗟乎(ああ)、予小生黄口にして乳臭し。又た何をか言わんや。又た
何をか言わんや。然ると雖も、先生の命、之を峻辭するも、亦た禮に非ざるなり。因りて聊か各繫各色の説を表し、
并びに先生此の學に於いて一代の主盟を為すを論ず。或いは予を以て好む所に阿(おもね)ると為す者も、亦た
辭せざる所なり。 文化壬申仲冬幾望 愛日 阪輪杲卿文登拜して題す

【注釋】
○明王:聖明なる君主。 ○為:ここでは「治」と同意。統治する。治療する。 ○人倫:人として守るべき道。 ○教化:教え導き感化して善に進ませる。 ○文:礼節。文化・教養・学術全般。 ○誅:討伐する。懲罰する。 ○亂逆:国家や社会の安定をかき乱すこと。 ○姦宄:盗賊など法を犯し乱をなすこと。 ○武:軍事、暴力などに関する事柄。「文」の対。 ○威:震え上がらせて従わせる。威圧する。 ○辛苦甘酸:五味。文のリズムを重視して「鹹」は省略されている。 ○藥石:ここでは薬物の意。もともとは方薬と砭石。ひいては治療一般。 ○穴兪:いわゆる「ツボ」。 ○繫落:経絡。「繫」は「つなぐ」意。「落」はおそらく『漢書』芸文志にある「醫經者、原人血脈經落骨髓陰陽表裏……」による。 ○理療:治療。「理」はおさめる。 ○堙:埋没する。うもれる。 ○然而:逆接の接続詞。 ○陵夷:徐々に衰微すること。 ○明堂兪經之學:兪穴と経絡に関する学問。 ○晻昧:暗い。隠れて埋没する。 ○龜山:丹後亀山藩。 ○牛淵先生:小坂(阪)元祐。 ○沈實:着実。深く篤実。 ○資:資質。天から授かった才智。 ○駕:乗せる。動かす。 ○深湛:深く厚い。深く透徹した。 ○奮然:奮い立つさま。 ○虞泉:虞淵。伝説で日が没するところをいう。ここでは西方から将来した文献,漢籍のことであろう。神麹斎先生のコメントにしたがい改めた。 ○淵源:事物の本原。 ○於是乎:順接の接続詞。 ○杲杲:日光の明るいさま。 ○海内:天下。四海の内。 ○軒岐之學:医学。黄帝(軒轅)と岐伯の学。
ウラ
○勃然:奮起するさま。 ○歃血:血をすすって盟誓すること。 ○明堂:古代の天子が政治を行う場所。医学では、経脈・経穴と関連する書籍の題名として用いられることが多い。 ○桓文:春秋時代の覇者である、斉の桓公と晋の文公をまとめた言い方。 ○經穴籑要:文化七(1810)年刊行。 ○奇偶繫落:穴がひとつしかない督脈・任脈とその他の左右対称にある経絡のことか。 ○考據:考証。 ○博洽:学識がひろい。 ○緫繫全圖:すべての経脈を網羅した図。 ○孫眞人云:『備急千金要方』卷二十九・明堂三人圖第一「其十二經脈、五色作之、奇經以綠色為之」。 ○石藏用:宋代の医家。石用之。藏用は字。明・邱濬撰『重編瓊臺藁』巻九所収『明堂經絡前圖序』に「有石藏用者、按其状、繪為正背二圖、十二經絡、各以其色別之」とある。 ○喋々:口数の多いさま。 ○櫓楫:舟を漕ぐための櫂。櫓は大きく、楫は短い。 ○小生:自称。謙遜していう。 ○黄口:ひな鳥のくちばし。幼い子。 ○乳臭:口中に乳の味が残っている。幼くて無知なことの比喩。 ○峻辤:「辤」は「辭」の異体字。固辞する。 ○文化壬申:文化九(一八一二)年。 ○仲冬:旧暦十一月。 ○幾望:陰暦の十四日。 ○愛日 阪輪杲卿文登:未詳。『臨床鍼灸古典全書』解説は、「杲」を「果」にあやまる。


刻十四經惣圖跋
夫醫家之有經猶地有山川
也地而無山川則不能導水脉
也醫而廢經絡則不能施針藥
矣其所關也不亦重乎方今之
世操刀圭者不知幾千萬人矣
而精心於經絡者如牛淵先生
者一人而已先生之精微於經
  十六ウラ
絡天下之所知也不待小子之
言嚮著經穴籑要腧穴捷径既
行於世今又校定十四經舊圖
是正其紕繆授剞劂氏小子不
堪其雀躍之情敢以蛇足跋卷
末云
文化九年壬申十二月
本多春泰謹識


  読み下し
刻十四經惣圖跋
夫(そ)れ醫家の經有るは、猶お地に山川有るがごとき
なり。地にして山川無ければ、則ち水脉を導くこと能わざる
なり。醫にして經絡を廢すれば、則ち針藥を施すこと能わざる
なり。其の關わる所や、亦た重からざるや。方今の
世に刀圭を操る者、幾千萬人なるを知らず。
而して心を經絡に精にする者、牛淵先生の如き
者は、一人のみ。先生の經
  十六ウラ
絡に精微なるは、天下の知る所なり。小子の
言を待たず。嚮(さき)に經穴籑要、腧穴捷径を著し、既に
世に行わる。今ま又た十四經舊圖を校定し、
其の紕繆を是正し、剞劂氏に授く。小子、
其の雀躍の情に堪ず、敢えて蛇足を以て、卷
末に跋すと云う。
文化九年壬申十二月
本多春泰謹識

3 件のコメント:

  1. ○虞泉:虞淵。伝説で日が没するところという。ここでは日本のことであろう。

    日が没するところが日本というのは腑に落ちません。
    そこで,袁珂『中国神話伝説詞典』を繙いてみたところ,次のようにありました。

    虞淵 『淮南子・天文訓』に「日が……虞淵に至れば,これを黄昏と謂う。」とあり,晋の陶潜『読山海経』詩に「夸父に誕宏の志あり,乃ち日と競いて走る;倶に虞淵の下に至り,勝負無きが若きに似たり。」とある。按ずるに虞淵は即ち禺谷であり,日が入るところである。

    禺谷 『山海経・大荒北経』に「夸父力を量らず,日景を追うを欲し,これに禺谷に逮ぶ。」とあり,郭璞の注に「禺淵は,日の入るところの地,いま虞に作る。」とある。

    結局,「日本ではない」という直接的な記事は有りませんが,太陽とかけっこをして,日が沈むところまで良い勝負をしたけれど,という話でしょう。多分,スタートラインは中華からみて東方はるかな扶桑あたりで,それを日本にあてるのが普通であって,虞淵、虞泉は中華からみても西方はるかなどこかでしょう。ただし,日本人にしてみれば中華はすでに西方はるかであって,ここでいう「拾之於虞泉」は「これをシナの文献から拾う」じゃないですか。

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  2. 「奇偶繫落全備」は、「先生撰する所の經穴籑要」によって、竒繫(奇経)八脉と十二繫落(経絡)=正経がはじめてちゃんと揃った、ということでしょう。

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  3. ○虞泉:
    神麹斎先生のコメントに従い,注を訂正しました。
    ご指正,ありがとうございます。

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