2010年11月2日火曜日

4-4および5 灸點圖解

4-5 灸點圖解
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『医書九種』(イ・一七九)所収「一本堂灸點圖解」および『香川灸點』(カ・七八)より校合した
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』4所収

題灸點圖解首
夫吾門之施治也灸為最多藥次之湯泉復次之用灸
(カ有「奏」)効驗之夥也舉天下之所知也而其灸(カ有「焉也」)不敢縁古人
之寸法配當隨腹背手足鬱塞痒(カ無「痒」)痛不快處而灸焉也千金
方云呉蜀之國多用此法其將灸也就其病(イ作「痛」)處以指摸索
其穴推而應指頭淵々不中骨不當筋處是屬穴(カ無「推而~屬穴」十七字)
  所謂阿是也吾門常々用此法而雖用古名称之與古
人之所説點法不同則名亦不相當今復改名嫌于好事且恐
郢書而諸子之燕説故暫用古名以枉同厥臭焉彼以寸法配
當為則吾以徹穴内透為律若寸法配當不量老弱長短肥瘠
(カ有「倶一」)而施(カ有「之」)膠柱刻舟幾不能無舛差奚不翅不當穴隔骨
ウラ
胃筯徒損好肉何至効驗障壁罵聾亦悖哉夫灸之有効
也徹穴内透煦々(カ無「々」。イ「煦」作「呴」)温々橐籥一身之氣機陽氣運行周(カ作「用」)軀全無
所不至施故元氣内盈腠理外健是乃所以吾門主探穴必要
覺徹于内也矣至其考証審論委曲(カ有「周盡」)既詳
先君所箸(イ作「著」)行餘醫言中故不復贅焉(カ無「贅焉」)
寶暦丙子孟春香川輿司馬筆于平安
一本糞心室南窓

  読み下し
題灸點圖解首
夫れ吾が門の治を施すや、灸を最多と為し、藥、之に次ぎ、湯泉復た之に次ぐ。灸を用いて
効驗(を奏する)の夥(おびただ)しきや、舉げて天下の知る所なり。而して其の(焉(これ)に)灸(するや)、敢て古人
の寸法配當に縁らず、腹背手足の鬱塞、(痒)痛、不快なる處に隨いて焉(これ)に灸するなり。千金
方に云う、呉蜀の國多く此の法を用う、と。其の將に灸せんとするや、其の病(一作「痛」)處に就きて指を以て
其の穴を摸索す。(推して指頭に應じ、淵々として骨に中(あ)たらず、筋に當らざる處、是れ穴に屬す。)
所謂(いわゆ)る阿是なり。吾が門は常々此の法を用う。而して古名を用いて之を称すると雖も、古
人の所説と點法同じからず。則ち名も亦た相い當たらず。今復た名を改むれば好事を嫌う。且つ
郢書して諸子の燕説するを恐る。故に暫く古名を用い、以て枉(ま)げて厥(そ)の臭を同じくす。彼は寸法配當を以て
則と為し、吾は徹穴内透を以て律と為す。寸法配當の若きは、老弱・長短・肥瘠を量らず
(、倶に一と)して(之に)施す。膠柱刻舟、幾(ほと)んど舛差無きこと能わず。奚(いず)くんぞ翅(ただ)に穴に當たらざるのみならず、骨に隔たり
ウラ
筋を冒して、徒らに好肉を損じ、何ぞ効驗に至らんや。壁を障(へだ)てて聾を罵しるも、亦た悖(もと)らんや。夫れ灸の効有るや、
穴を徹して内に透し、煦々温々として一身の氣機を橐籥し、陽氣は周軀に運行して、全く
至りて施さざる所無し。故に元氣、内に盈ち、腠理、外に健(たけ)し。是れ乃ち吾が門の穴を探るを主とし、必ず
内に徹するを覺ゆるを要(かなめ)とする所以なり。其の考証審論に至っては、委曲(周盡)、既に
先君箸する所の行餘醫言の中に詳し。故に復た贅せず。
寶暦丙子孟春香川輿司馬筆于平安
一本糞心室南窓


  【注解】
○千金方云:『備急千金要方』巻二十九・灸例第六「凡人呉蜀地遊官,體上常須三兩處灸之,勿令瘡暫差,則瘴癘温瘧毒氣不能著人也,故呉蜀多行灸法,有阿是之法,言人有病痛,即令捏其上,若裏當其處,不問孔穴,即得便快成痛處即云阿是,灸刺皆驗,故曰阿是穴也。」 ○好事:変わった物事を好むこと。ものずき。 ○郢書而諸子之燕説:こじつけてもっともらしく説明すること。「郢」は中国の春秋戦国時代の楚の国の都。「燕」は現在の北京付近にあった国の名前。「郢」の人が、燕の大臣に手紙を書いたとき、部屋が暗いので「燭をあげよ」と言いながら、うっかりそれを手紙に書いてしまった。それを受け取った燕の大臣は、それを「明るい人間(賢人)を登用せよ」と解釈して王に進言し、その結果、国が良く治まったと言う故事による。 ○枉同厥臭:「枉」をカは「狂」に作る。不本意だが、古名を踏襲する、という意味であろう。「同臭」は、同類、仲間。 ○膠柱:規則などにとらわれて融通のきかないこと。琴柱(ことじ)に膠(にかわ)す。 ○刻舟:時勢の移り変わりに気が付かないことのたとえ。舟から剣を落とした人が、舟が動くことを考えずに舟端に目印を刻みつけて水中の剣を捜したという『呂氏春秋』察今の故事から。 ○舛差:あやまり。 ○翅:「啻」と同じ。 
ウラ
○冒筋:カは「胃筯」につくる。 ○障壁罵聾:未詳。徒労であることの比喩か。 ○悖:はずれる。もとる。あやまったさま。 ○煦煦:温和。暖和。/呴呴は、「ことばがなめらか」な意。 ○橐籥:ふいご。ふいごで風を送る。 ○氣機:生気。人体の正常なはたらき。 ○周軀:全身。「周」をカは「用」につくる。 ○考証審論委曲:カ作「秀諸證審論委曲周盡」。委曲:詳しい内容。詳細なさま。 ○周盡:あらゆるものを周知し、その理をつくす。周到に詳細。 ○先君:亡き父。 ○箸:撰述。「著」に通ず。 ○行餘醫言:香川修庵(1683~1755)著。全二十二巻(目録には卷之三十まである)。天明八(1788)年刊。 ○寶暦丙子:宝暦六年(一七五六)。 ○孟春:陰暦正月。 ○香川輿司馬:修庵(1755年没)の子、希輿であろう。「司」は「主」のあやまりか。修庵の子、希輿、字は主馬、号は冬嶺、明和五年(一七六八)没。希輿の没後、修庵の甥、南洋(1714~1777)が香川家を継ぐ。名は景与。字は主善。南洋は号。別号に紙荘主人。 ○平安:京都。 ○一本糞心室:未詳。「一本」は「儒医一本」を称えた香川修庵の「一本堂」という堂号にちなむのであろう。

1 件のコメント:

  1. 障壁罵聾
    「壁に耳あり障子に目あり」という諺があります。普通には「かくしごとやないしょ話は、どこからともなくもれやすい」という意味でしょう。それをここでは、少し変わったつかいかたをしている。ことばの上に直接的にいうところでは、壁にだって耳(ふち)はあるにはある、障子にだって目(格子)はあるにはある。だからといって、耳や目があるのに、聞こえないし見えないと罵ってもらったっても困る。あんた、そりゃ無理だよ、ということでしょう。真穴に中てずに、灸をすえたのに効かないと罵ってもらっても困る。あんた、そりゃ無理だよ、ということでしょう。

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