2010年11月24日水曜日

10-1 灸焫要覧

 10-1灸焫要覧
    京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『灸焫要覧』(キ・一一一)
    オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』10所収

   灸焫要覽
經云氣穴三百六十五以應一歳然而後人
所増者蓋亦不少矣初學者或厭其繁舎之
不講至于著艾之際往往失其眞因摘其切
近者一二録成小冊名曰灸焫要覽若夫周
悉者乃有通攷在焉視者勿安小成而可也
享保癸卯初夏平安後學堀元厚謹識


  【書き下し】
   灸焫要覽
經に云う、氣穴三百六十五、以て一歳に應ず。然り而して後人
増す所の者、蓋し亦た少なからず。初學者、或いは其の繁を厭い、之を舎(す)てて
講ぜず。著艾の際、往往其の眞を失うに至る。因りて其の切
近なる者一二を摘みて、録して小冊と成す。名づけて灸焫要覽と曰う。夫(か)の周
悉なる者の若きは、乃ち通攷の在る有り。視る者、小成に安んずること勿くして可なり。
享保癸卯初夏平安後學堀元厚謹みて識(しる)す


  【注釋】
○經云:『素問』気穴論(58)。 ○然而:接続詞。ここでは逆接。 ○著艾:もぐさを着ける。灸をすえる。 ○切近:切要近便。 ○周悉:周到詳尽。 ○通攷:『隧輸通攷』(一七四四年序、写本)。 ○小成:初歩的成就。明 方孝孺『贈林公輔序』:「不安於小成、然後足以成大器」。 ○享保癸卯:享保八(一七二三)年。 ○平安:京都。 ○後學:先輩の学者に対する謙遜語。 ○堀元厚:元厚(1686~1754)は山城国山科の人で、名は貞忠(さだただ)、号は北渚(ほくしよ)。味岡三伯(あじおかさんはく)・小川朔庵(おがわさくあん)に学び、医名を馳せた。〔小曽戸洋『日本漢方典籍辞典』〕

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