2010年11月29日月曜日

11-2 刺絡編

11-2 刺絡編
    京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『刺絡編』(シ・六六三)
    オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』11所収

刺絡編序
夫醫之道好生之具周官
之守也經落骨髓隂陽表
裡賅而存焉箴石湯火所
施百藥八减之冝齊和之
淂不淂者豈有他哉猶慈
石取鐡於己取之而已矣拙
  一ウラ
者失理以瘉為劇以生為死
是則可恤也荻君子元以
醫著北陸移京師其家翁
世々受方為小兒醫々門多疾
屨滿戸外矣子元慨然自
許務廣業名其家嘗曰
吾不能如扁鵲受異人書
  二オモテ
顧惟神農黄帝歧伯伊
尹仲景之言具在即其人
已矣吾第從輪扁求之乃
胠篋徧讀諸書夜以繼日
既聞不學易無以知隂陽
則從博士家受易不學物
産無以辨藥石則從某處
  二ウラ
學物産聞某子甲善鍼砭
則就而受業某氏聞越
前奥良筑主吐法其術◆
郡則就受業良筑良筑
淂子元大驚請割荒知
以南聽子矣尋又聞和蘭
善刺絡則毎歳從和蘭入
  三オモテ
貢受刺絡和蘭西洋遠國
其言侏離其書旁行唯依
傳譯而譯者率進孰於我
竟不能得和蘭要領也辟
若以坤輿圖察四海相厺不
過毫氂而間獨數百里視
之若易行之甚難是子元
  三ウラ
所以盻々為急也廼識譯長
某氏某氏輙奉牛酒交驩
譯長手使口授以至進乎技
者數十條録而成編後之説
刺絡蓋自此始所謂窮河
源睹昆崙也哉子元益自
喜請淂鄙言取徴狂夫故
  四ウラ
余述其勤動以復荻君趣
刊行焉
明和庚寅夏四月
   伊勢高道昂譔

 【読み下し】
刺絡編序
夫れ醫の道は、生を好むの具、周官
の守りなり。經落、骨髓、陰陽、表
裡、賅(そなわ)りて存す。箴石湯火の
施す所、百藥八減の宜、齊和の
得ると得ざる者は、豈に他に有らんや。猶お慈
石の鐡を取るがごとく、己に於いて之を取るのみ。拙き
  一ウラ
者は理を失い、瘉を以て劇と為し、生を以て死と為す。
是れ則ち恤(うれ)うる可きなり。荻君子元、
醫を以て北陸に著(あらわ)れ、京師に移る。其の家翁は
世々に方を受け、小兒醫と為る。醫門に疾多く
屨(ふ)みて戸外に滿つ。子元、慨然として自
許して務めて業の名を廣む。其の家嘗て曰く、
吾れ扁鵲の如く異人の書を受くること能わず。
  二オモテ
顧(た)だ惟(おもんみ)るに、神農、黄帝、歧伯、伊
尹、仲景の言は、即ち其の人に具(つぶ)さに在る
已(の)み。吾れ第(た)だ輪扁に從い之を求むるのみ。乃ち
篋(はこ)を胠(あ)け、徧(あまね)く諸書を讀み、夜以て日に繼ぎ、
既に易を學ばざれば、以て陰陽を知ること無しと聞かば、
則ち博士家に從いて易を受く。物
産を學ばざれば以て藥石を辨ずること無くんば、則ち某處に從い
  二ウラ
物産を學ぶ。某子甲は鍼砭を善くすと聞かば、
則ち就きて業を某氏に受く。越
前の奥良筑、吐法を主り、其の術◆
郡なるを聞けば、則ち就きて業を良筑に受く。良筑は
子元を得て、大いに驚き、請割荒知
以南聽子矣。尋ぬるに又た和蘭
刺絡を善くすと聞けば、則ち毎歳、和蘭の入
  三オモテ
貢するに從い、刺絡を受く。和蘭は西洋の遠國にして、
其の言は侏離、其の書は旁行なり。唯だ
傳譯に依るのみ。而して譯者は率(おおむ)ね進孰す。我に於いて
竟に和蘭の要領を得ること能わざるなり。辟(たと)えば
坤輿圖を以て、四海を察するが若し。相去ること
毫氂に過ぎずして、間(へだ)つること獨り數百里のみ。之を視れば
易きが若くして、之を行うこと甚だ難し。是れ子元の
  三ウラ
盻々として急を為す所以(ゆえん)なり。廼ち譯長の
某氏を識る。某氏は輙ち牛酒を奉じて交驩す。
譯長は手使口授して、以て技を進むる
者(こと)數十條、録して編を成すに至る。後の
刺絡を説くは、蓋し此れ自り始む。謂う所の河の
源を窮めて昆崙を睹るかな。子元は益ます自ら
喜びて鄙言を得、徴を狂夫に取らんことを請う。故に
  四ウラ
余は其の勤動を述べ、以て荻君の
刊行に趣くに復す。
明和庚寅夏四月
   伊勢高道昂譔
※印形は白字で「高印/道昂」と「伯/起氏」。

  【注釋】
○好生:生命をいとおしむ。 ○具:準備。そなえ。才能。 ○周官:『書經』中の「周書」の篇名。『書經』周官序:「成王既黜、殷命滅淮夷、還歸在豐、作周官。」孔安國傳:「言周家設官分職用人之法。」ここでは、『周禮』(天官冢宰「醫師」)のことであろう。 ○經落骨髓隂陽表裡:『漢書』藝文志:「醫經者、原人血脈經落骨髓陰陽表裏、以起百病之本、死生之分、而用度箴石湯火所施、調百藥齊和之所宜.至齊之得、猶慈石取鐵、以物相使.拙者失理、以瘉為劇、以生為死」。經落:經絡。 ○賅而存焉:『莊子』齊物論:「百骸、九竅、六藏、賅而存焉」。 ○箴石:師古曰:「箴、所以刺病也.石謂砭石、即石箴也.古者攻病則有砭、今其術絕矣.箴音之林反.砭音彼廉反.」 ○八減之冝齊和:『史記』扁鵲倉公列傳:「乃使子豹為五分之熨、以八減之齊和煮之」。『索隱』:「五分之熨、八減之齊.案:言五分之熨者、謂熨之令溫暖之氣入五分也.八減之齊者、謂藥之齊和所減有八.並越人當時有此方也」。 ○淂:「得」の異体字。 ○慈石:磁石。 ○拙者:能力の劣る人。
  一ウラ
○瘉:師古曰:「瘉讀與愈同.愈、差也.」 ○劇:はげしくなる。 ○荻君子元:荻野元凱。生年:元文2.10.27(1737.11.19)。没年:文化3.4.20 1806.6.6)。江戸中期の医者。西洋の刺絡法を導入し実践した御典医。字は子原、左中、在中、号は台州。元凱は名。加賀国(石川県)金沢で生まれ、京都の奥村良筑 から古方派の医学を学んだ。明和1(1764)年良筑が主張する吐法を詳しく説明した『吐法編』を著す。6年後には山脇東門が唱導した西洋刺絡について書いた『刺絡篇』を発表し、医名を高めた。朝廷からも認められ、39歳のときに滝口詰所の役に任ぜられる。寛政6(1794)年皇子を診察し典薬大允に昇進した。4年後幕府から召されて医学館の教授となり、瘟疫論を講じたが、間もなく辞して帰京する。西洋医学をも採り入れようとする元凱は漢方医学しか容認しない医学館の教育に嫌気がさしたと思われる。再び朝廷に仕えて皇子の病気を診察し、その功で尚薬となった。文化2(1805)年河内守に任ぜられ、翌年京都で没した。人体解剖を率先して行い解剖史にも名を残しているが、解剖書は残していない。著書には他に『麻疹編』『瘟疫余論』がある。<参考文献>京都府医師会編『京都の医学史』、杉立義一『京の医史跡探訪』。(蔵方宏昌) 朝日日本歴史人物事典。 ○著:名を世に知られる。 ○北陸:若狭国から越後国までの範囲におよぶ。歴史的に古代の「越国」と呼ばれた地方を多く含む。 ○京師:京都。 ○家翁:一家の主。家長。 ○世々:代代。何代にもわたって。 ○醫門:医家。『莊子』人間世:「治國去之、亂國就之、醫門多疾」。 ○屨滿戸外:明・王世貞『弇州四部稿』卷八十三・文先生傳 :「戸外屨常滿」。清・李清馥『閩中理學淵源考』卷四十・韓伯循先生信同:「弟子請業者、戸外屨滿」。 ○慨然:深く感じ入るさま。気力をふるい起こすさま。 ○自許:自負、自信がある。 ○家:家人。 ○扁鵲受異人書:『史記』扁鵲倉公傳:「長桑君……悉取其禁方書盡與扁鵲。」。
  二オモテ
○神農:古代中国伝説上の帝王。製薬の創始者とされる。 ○黄帝:上古の帝王、軒轅氏。神農氏に取って代わって帝位に就く。 ○歧伯:黄帝の臣。医学に精通し、黄帝と医学を論じ、その内容が『黄帝内経』に掲載されているとされる。 ○伊尹:商(殷)初期の大臣。名は摯(し)。料理人として或る貴族に仕え、主人の娘が商の君主・子履(し・り、後の成湯、湯王)に嫁ぐ際に、その付き人として子履に仕える。そこでその才能を子履に認められ、商の国政に参与し重きを成すにいたる。『黃帝三部鍼灸甲乙經』序:「伊尹以亞聖之才、撰用神農本艸、以爲湯液。……仲景論廣伊尹湯液爲數十卷」。これにより、湯液は伊尹が創作したとの説あり。また王好古は『伊尹湯液仲景広為大法』(一二三四年成立)を著した。 ○仲景:張仲景。後漢の医家。名は機。『傷寒卒病論』を著す。 ○輪扁:経験がゆたかで、技術はすばらしいが、ことばでは言い表しがたいひとを形容する。『莊子』天道篇を参照。 ○胠篋:『莊子』胠篋:「將為胠篋探囊發匱之盜。」 ○夜以繼日:昼夜兼行。夜も昼のつづきをして休まないこと。『孟子』離婁下:「周公思兼三王、以施四事、其有不合者、仰而思之、夜以繼日。幸而得之、坐以待旦。」 ○易:『易經』。 ○隂陽:万物を生ずる二種類の元素。陰気と陽気。『易經』繫辭上:「陰陽不測之謂神。」 ○博士家:平安以降、大学寮などにおける博士の職を世襲した家柄。菅原・大江・清原・中原などの各家が有名。 ○物産:天然、人工の産物。動植物・鉱物も含めていう。 
  二ウラ
○某子:男子に対する敬称。 ○甲:某。名前を知らないひと、または故意に名前を隠すべきひと。 ○越前奥良筑:奥村良筑。 ○吐法:毒物、宿食、病邪などを吐き気をうながす薬を用いる方法。からだの上部に疾病がある場合に用いられる。 ○◆郡:◆は碩か、傾か。頁の左側不明。 ○請割荒知以南聽子矣:請いて荒を割いて知るに南するを以てし子に聽く?/『史記』扁鵲伝の「乃割皮解肌.訣脉結筋.搦髓腦.揲荒爪幕.」によるか?腹の底から?/「以南」は「南面して」?弟子として? ○和蘭:オランダ人。オランダ医学。 ○刺絡:絡脈、静脈を刺して血を出すことにより邪気を除く治療法。 ○入貢:外国の使節が貢ぎ物を幕府朝廷に献上すること。
  三オモテ
○西洋:ヨーロッパ。 ○侏離:蛮夷の言語の通じないこと形容。 ○旁行:横書き。 ○率:のべる? ○進孰:進熟。虚美の言を進める。『史記』大宛列傳:「而漢使者往既多、其少從率多進熟於天子」。 ○辟:「譬」に通ず。 ○坤輿圖:地図。『易經』説卦:「坤為地、為母……為大輿。」大地は万物を載せること輿の如し。故に大地を「坤輿」という。 ○四海:広く天下各所をいう。古代中国は周囲を海で囲まれていたと考えていたので、四方を「四海」という。 ○厺:「去」の異体字。 ○毫氂:毫釐。極めて小さい数。 ○獨:リズムを整えることばか? 
  三ウラ
○盻々:苦労しても休まないさま。 ○牛酒:牛肉と酒。昔、贈答や慰労の品をとして用いられた。 ○交驩:交歡。交わりを結んでともに楽しむ。 ○手使:手を使って。手振りで。 ○口授:口で伝授する。 ○窮河源睹昆崙:『史記』大宛列傳:「而漢使窮河源……名河所出山曰崑崙云。……太史公曰:『禹本紀』言河出崑崙。……窮河源、惡睹本紀所謂崑崙者乎」。黄河の源流にたどり着いて崑崙山(カラコルム)を見る。 ○鄙言:卑俗なことば。自分の話の謙遜語。序の筆者のことであろう。 ○徴:人を信服させる証拠。 ○狂夫:愚鈍なひと。序の筆者のことであろう。
  四ウラ
○勤動:勤労。苦労して力をつくすこと。 ○復:こたえる。 ○明和庚寅:明和七(一七七〇)年。 ○伊勢:いま三重県。 ○高道昂:高葛坡(陂)。1724-1776江戸時代中期の儒者。享保9年生まれ。大坂から下総葛飾にうつる。石島筑波にまなび、京都で講義した。晩年、姓を王とあらためた。安永5年8月8日死去。53歳。名は峻。字は伯起、維岳、道昂。通称は嘉右衛門、小左衛門。別号に伊斎。著作に「弇州尺牘国字解」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plus)/先祖は明代末に日本に来た中国人という。

  四ウラ
巖雄達者肥人也雄達其  倶師事吉雄子學
紅毛瘍醫術余聞其所傳紅毛刺絡事旁見其所筆
記畧洽經論惜哉斷錦屑玉未見一匹之美亦孰肻舎
諸遂演繹之作紅毛鍼書嗣後  就余學疾醫
事旦夕相見又聞其所傳間有小異同持以質之吉
雄子則出西書詳悉其事淄澠方分疑怚頓觧囙
採  之所勝裁新所聞較諸經説徵諸患者累稔
易稿又作刺絡編獨以為得經旨卷末顯効案若干
則以備考證古人云獨智難周如其不逮竢後識者
是歳明和庚寅仲春荻元凱再識

  【読み下し】
巖雄達は、肥の人なり。雄達、其れ  倶に吉雄子に師事し、
紅毛の瘍醫術を學ぶ。余は其の傳うる所の紅毛刺絡の事を聞き、旁ら其の筆
記する所を見る。略(ほ)ぼ經論を洽(あまね)くするも、惜しいかな、斷錦屑玉、未だ一匹の美を見ず、亦た孰(た)れか諸(これ)を舎(す)つるを肯(うべな)わん。
遂に之を演繹して、紅毛の鍼書を作る。嗣後  余に就きて疾醫の
事を學び、旦夕相い見(まみ)ゆ。又た其の傳うる所を聞き、間ま小しく異同有らば、持して以て之を吉
雄子に質(ただ)す。則ち西書を出だし、詳らかに其の事を悉(つく)し、淄澠方(まさ)に分かち、疑い怚(ほ)ぼ頓(とみ)に解す。因りて
之が勝る所を採り、新たに聞く所を裁き、諸(これ)を經説に較べ、諸を患者に徴す。稔(とし)を累ね
稿を易(か)え、又た刺絡編を作る。獨り以て經旨を得たりと為す。卷末に効案若干
則を顯(あら)わし、以て考證に備う。古人云う、獨智は周ね難し、と。如(も)し其れ逮(およ)ばざるは、後の識者を竢(ま)つ。
是の歳明和庚寅仲春、荻元凱再び識(しる)す

  【注釋】
○巖雄達: ○肥:肥前肥後。 ○雄達其:「其」字、読みに疑念あり。本文には三箇所二字分空白があるが、その意図未詳。尊敬とは無関係に思われる。 ○吉雄子:吉雄耕牛か。1724-1800江戸時代中期-後期のオランダ通詞、蘭方医。享保9年生まれ。代々オランダ通詞で、寛延元年大通詞にすすむ。またオランダ商館付医師から外科医学をまなび、吉雄流外科といわれる一派をおこす。前野良沢、杉田玄白らを指導し、「解体新書」に序文をよせた。寛政12年8月16日死去。77歳。肥前長崎出身。名は永章。通称は幸左衛門、幸作。訳書に「因液発備」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plus) ○紅毛:紅毛人。江戸時代、オランダ人をよんだ語。ポルトガル人・スペイン人を南蛮人とよんだのに対していう。また、広く西洋人のこと。 ○瘍醫術:外科医術。 ○經:「徑」にも見えるが、文意から「經」とした。 ○斷錦屑玉:美しい絹織物の切れ端と砕かれた宝玉。 ○匹:絹織物を数える量詞。 ○孰:誰。何。 ○肻:「肯」の異体字。承知する。 ○舎:「捨」に通ず。 ○演繹:普遍的な原理をもって特殊な事象を推定する方法。 ○嗣後:これより以後。 ○旦夕:朝晩。 ○西書:西洋の書籍。 ○詳悉:詳細に知悉する。 ○淄澠:淄水と澠水。いま、ともに山東省を流れる。両河川の水の味は異なると伝えられ、混じると判別しがたいたとえに用いられた。 ○怚:「粗」の古字であろう。ほぼ。 ○頓:たちどころに。 ○觧:「解」の異体字。 ○囙:「因」の異体字。 ○採:採用する。 ○裁:判断する。 ○徴:検証する。証明する。 ○稔:年。 ○稿:原稿。 ○顯:表現する。 ○効案:効果のあった事案、カルテ。 ○則:段落などを数える量詞。 ○獨智難周:ひとりの智慧(知っていること)は周到であるのは難しい。「獨智」は「獨知」とも。仏典の列祖提綱縁起に見えるが、これが出典かどうか未詳。 ○逮:到達する。 ○竢:「俟」の異体字。 ○識者:見識ある者。 ○仲春:陰暦二月。 


昇平之世民飫德澤有餘於文恥學
歐蘇於醫賤慣李朱遡洄徃昔遵
循舊訓古道之盛今斯時為然吾
荻先生嘗嘆刺絡之喪世或不知也耑
據素靈旁考蠻法論次研尋作刺
絡編興疢疾於癈餘躋人暉春之
臺彼傚顰之徒不知刺有法度證有
ウラ
當否濫執鍼臨疾甚者有瞽者行之
何以辨形色豈不嘆乎然使人〃知
刺有法證有當而不能也適先生此
書成余受而讀之法明説確以範四
方使人鮮過則不仁政之一助乎哉
是所請先生以公于世也
陸奥 木恒德謹識

  【読み下し】
昇平の世、民は德澤の有餘なるに飫(あ)き、文に於いて
歐蘇を學ぶを恥じ、醫に於いて李朱に慣るるを賤しむ。徃昔に遡洄し、
舊訓古道の盛んなるに遵循し、今ま斯(こ)の時を然りと為す。吾が
荻先生は嘗(つね)に刺絡の世に喪われ、或いは知られざるを嘆くなり。耑(もつぱ)ら
素靈に據り、旁ら蠻法を考え、論次研尋して刺
絡編を作る。疢疾を癈餘より興(おこ)し、人を暉春の
臺に躋(のぼ)らす。彼の顰みに傚(なら)うの徒は、刺に法度有り、證に
  ウラ
當否有るを知らず、濫(みだ)りに鍼を執りて疾に臨む。甚だしき者は、瞽者の之を行う有り。
何を以てか形色を辨ぜんや。豈に嘆ざざらんや。然れば人々をして
刺に法有り、證に當にして能わざる有るを知らしむるなり。適(まさ)に先生の此の
書成る。余受けて之を讀む。法明らかにして説確か、以て四
方に範たりて、人をして過(あやま)ちを鮮(すくな)くせしむれば、則ち仁政の一助ならざらんや。
是れ先生に請いて、以て世に公けにする所なり。
陸奥 木恒德謹識

  【注釋】
○昇平:世の中が平和でよく治まっていること。 ○飫:飽食する。満ちる、飽きる。 ○德澤:恩恵。 ○歐:欧陽修(1007-1072)。 ○蘇:蘇軾(1036-1101)。 ○李:李東垣(1180-1251)。 ○朱:朱丹渓(1281-1358)。 ○遡洄:さかのぼる。 ○遵循:したがう。 ○舊訓古道:ふるい教えや経典。 ○嘗:「常」に通ず。むかしからずっと。 ○耑:「專」と同じ。また「端(はじめ)」に通ず。 ○素:『素問』。 ○靈:『霊枢』。 ○蠻法:南蛮の技法。西洋の技術。 ○論次:論定してならべる。 ○研尋:研究し探求する。 ○興:「起」。いやす。 ○疢疾:疾病。 ○癈:「廢」。 ○躋人暉春:春暉。春の陽光。母の恩恵の比喩。 ○臺:うてな。 ○傚顰:效顰。自分の身もわきまえず、むやみに他人のまねをする(そして、かえって逆効果になる)こと。 ○法度:法式。方法。 ○證有當否:適応症と不適応症。
  ウラ
○濫:軽率に。随意に。 ○瞽者:盲人。 ○何以:どのようにして。反語の語気。「ない、できない」ことを示す。 ○形色:形と色。 ○不能:否。 ○適:おりよく。たった今。 ○範:手本。見習うべきもの。 ○四方:東西南北各地。 ○過:錯誤。過失。 ○仁政:仁徳の政治。 ○所:所以。ゆえん。 ○陸奥:奥州。今日の福島県、宮城県、岩手県、青森県と、秋田県の一部にわたる地域。 ○木恒德:荻野元凱の門人。木村恒徳。字は子慎。

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