2010年11月11日木曜日

5-6 兪穴捷徑

5-6兪穴捷徑
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『兪穴捷徑』(ユ・一)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』5所収

兪穴捷徑序
盖人身三百六十五穴定之以尺寸求之以肉
郄骨間脉動是自易易者爾然而甲乙以降諸
家紛綸無有確説矧肥瘠修短其異如面一痏
之鍼一丸之艾生命之所繫為其學不亦難乎
龜山醫員小坂元祐受業於家君之門覃思研
精殆二十年矣頃者倣于天聖之舊式手製偶
人點誌兪穴且著斯編以並行焉盖其用志也
  一ウラ
勤矣一鍼一艾先熟斯編然後施之必無孔穴
乖錯之患耶刈繁而就簡自難而入易寔蒙士
之捷徑也元祐為人忠實誠愨同人推稱長者
寛政癸丑冬十二月
法眼侍醫兼醫學教諭丹波元簡廉夫譔

  【訓み下し】
兪穴捷徑序
蓋し人身三百六十五穴、之を定むるに尺寸を以てし、之を求むるに肉
郄骨間脉動を以てす。是れ自ら易易たる者のみ。然り而して『甲乙』以降の諸
家、紛綸として確説有ること無し。矧(いわ)んや肥瘠修短、其の異なること面の如し。一痏
の鍼、一丸の艾、生命の繫ぐ所、其の學を為すに亦た難からずや。
龜山醫員小坂元祐、業を家君の門に受け、覃思研
精すること、殆ど二十年。頃者(このごろ)、天聖の舊式に倣い、手ずから偶
人を製(つく)り、兪穴を點誌す。且つ斯の編を著し、以て並びて行う。蓋し其の志を用いるや、
  一ウラ
勤めたり。一鍼一艾、先ず斯の編に熟し、然る後に之を施さば、必ず孔穴
乖錯の患(うれ)い無からんか。繁を刈りて簡に就かば、難自りして易きに入る。寔(まこと)に蒙士
の捷徑なり。元祐の為人(ひととなり)、忠實誠愨にして、同人、長者に推稱すると
云う。
寛政癸丑冬十二月
法眼侍醫兼醫學教諭丹波元簡廉夫譔す

  【注釋】
○盖:「蓋」の異体字。 ○郄:郤。また「隙」に通ず。 ○易易:非常に容易なさま。 ○然而:逆接の接続詞。 ○甲乙:皇甫謐撰『黄帝三部鍼灸甲乙経』。二五六年前後なる。もと十巻。のち十二巻。巻三と巻七以降に孔穴に関する論述あり。 ○紛綸:多く入り乱れたさま。 ○確説:確実な説。 ○肥瘠:太っているのと痩せているのと。 ○修短:(身長の)長いのと短いのと。 ○面:顔。容貌。 ○痏:瘡。ここでは鍼を刺す回数をあらわす序数詞。 ○丸:ここでは艾を数える助数詞。 ○龜山:丹波亀山藩。 ○醫員:医療にたずさわる役目の者。 ○小坂元祐:名は営昇。号は牛淵。『経穴籑要』自序では「小阪」につくる。 ○家君:自分の父親。 ○覃思研精:深く思考し、綿密に研究する。 ○頃者:近ごろ。 ○天聖之舊式:宋の王惟一は天聖五年(一〇二三)、鍼灸銅人を鋳造した。 ○手:みずからの手で直接に。 ○偶人:土や木などを材料として製造した人形。 ○點誌:点を付けて記す。 ○用志:用心。
  一ウラ
○熟:習熟する。十分になれる。 ○乖錯:背き誤る。 ○患:憂い。心配。 ○寔:「實」に通ず。 ○蒙士:浅学無知の士。 ○捷徑:近道。 ○為人:性格。他人に対する態度。 ○忠實:忠誠篤実。 ○誠愨:真誠。誠朴。 ○同人:同業者。ここでは医者。 ○推稱:推奨称賛する。 ○長者:学問徳行にすぐれたひと。 ○寛政癸丑:寛政五年(一七九三)。 ○法眼:法印に次ぐ地位。 ○侍醫:奥医師。御匙となるのは、寛政十一年。 ○醫學教諭:医学館教諭。 ○丹波元簡廉夫:もとやす。一七五五~一八一〇。廉夫は字。号は桂山、櫟窓。 ○譔:著述。「撰」に通ず。


自序
素問曰脉之在人身其數十二以應十二經水
兪穴三百六十五以配一歳之數其論尚矣夫
經絡之説素靈昉之皇甫謐孫思邈王燾之輩
施及元明諸家特滑壽十四經發揮專行于世
取經挨穴之徒取繩墨于此遂以為萬世不易
之法也然兪穴之數脱者十有一穴〔双行注:足太陽膀胱經/眉冲督兪氣海〕
〔兪關元兪足少陰經廉泉足少陽膽經風市足厥/〕
〔陰肝經急脉督脉中樞印堂鼻交頞中任脉斷碁〕今參考諸書
  二ウラ
補發揮所脱漏之穴然後氣府論所謂氣穴三
百六十五之數始得全矣於是手自製作銅人
施經記穴以與同僚諸君及一二同志且附以
小冊子名曰兪穴捷徑雖未得入其室庶幾乎
得之門是予所志也以為序
寛政癸丑秋      小坂元祐識


 【訓み下し】
自序
『素問』に曰く、脉の人身に在る、其の數十二、以て十二經水に應ず、
兪穴三百六十五、以て一歳の數に配す。其の論尚(たつと)し。夫れ
經絡の説、素靈之を昉(あき)らかにして、皇甫謐・孫思邈・王燾の輩
施(ほどこ)して元明諸家に及ぶ。特に滑壽『十四經發揮』專ら世に行わる。
取經挨穴の徒、繩墨を此に取る。遂に以て萬世不易
の法と為るなり。然れども兪穴の數、脱する者十有一穴
 〔双行注:足太陽膀胱經/眉冲・督兪氣海〕
〔兪・關元兪、足少陰經廉泉、足少陽膽經風市、足厥/〕
〔陰肝經急脉、督脉中樞・印堂・鼻交頞中、任脉斷碁〕今ま諸書を參考し、
  二ウラ
『發揮』脱漏する所の穴を補い、然して後、氣府論に所謂(いわゆる)氣穴三
百六十五の數、始めて全きことを得。是(ここ)に於いて手自(てずか)ら銅人を製作して
經を施し穴を記して、以て同僚の諸君及び一二の同志に與う。且つ附するに
小冊子を以てす。名づけて兪穴捷徑と曰う。未だ其の室に入ることを得ずと雖も、
之れが門を得るに庶幾(ちか)からん。是れ予が志す所なり。以て序と為す。
寛政癸丑秋      小坂元祐識(しる)す


  【注釋】
○素問曰:出所未詳。 ○脉之在人身其數十二以應十二經水:『霊枢』陰陽清濁「余聞十二經脉、以應十二經水者」。 ○兪穴三百六十五以配一歳之數:『素問』気穴論(58)「余聞氣穴三百六十五、以應一歳」。 ○皇甫謐:魏晋間の著名な医家。215~282年。原名は靜。字は士安。号は玄晏先生。『鍼灸甲乙経』を撰す。 ○孫思邈:541? ~ 682年?。唐代の医者、道士。『千金方』を撰す。 ○王燾:670~755年。唐代の著明な医家。『外台秘要方』を撰す。 ○滑壽:元代の医家。字は伯仁。晩号は攖寧生。『診家枢要』『難経本義』などを撰す。 ○十四經發揮:滑壽の撰。三巻。1341年成書。元·忽泰必列が撰した『金蘭循経』に注釈と補充を加えた。 ○挨穴:取穴。「挨」の訓は「とる」。 ○繩墨:大工が直線を引くための道具。すみなわ。のちに法度、規矩の比喩。 ○萬世不易:永く時間が経過しても変わらない。百世不易。 ○足太陽膀胱經眉冲:眉衝。本書十表を参照。 ○督兪:第六・第七胸椎棘突起間の外一寸五分。 ○氣海兪:本書十一丁裏を参照。 ○關元兪:本書十二丁表を参照。 ○足少陰經廉泉:本書十七丁裏を参照。喉頭隆起上際で舌骨との間。 ○足少陽膽經風市:本書二十二表を参照。 ○足厥陰肝經急脉:本書二十四丁裏を参照。 ○督脉中樞:本書二十五丁裏を参照。 ○印堂:本書二十七丁表を参照。 ○鼻交頞中:本書二十七丁表を参照。 ○任脉斷碁:本書二十九丁表を参照。
  二ウラ
○手自:みずから。 ○銅人:鍼灸学習用の人体経脈兪穴模型。北宋の王惟一が銅製の人形を鋳造した。日本製銅人で、銅製のものは少ないであろう。 ○未得入其室:『論語』先進:「由也升堂矣、未入於室也」。学問が十分には深いところまでは達していないことの比喩。 


邃古聖皇之在上也無物而不被其澤矣而其
所最患者則是民之疾苦也是以身親嘗草木
製鍼灸以普濟衆庶於是乎鍼灸藥之方法出
焉嗟乎夫至哉仁也由是觀之非本草素靈何
以知其本非鍼灸藥何以治其疾故後之諸名
醫皆祖述本草素靈以立論製方若夫醫而不
據本草素靈而通鍼灸藥焉得為醫乎予同僚
  三十ウラ
坂元祐家世業醫弱冠而為方伎之學又且刻
意于鍼灸之術於凡經絡兪穴之書無不該覧
今茲秋參考諸書折衷衆説以為一冊子名曰
兪穴捷徑手自製作銅人布經點穴以授蒙士
其意謂非敢馳名求譽庶幾為初學取經挨穴
之一助而已其可不謂勤且力哉梓成維方忻躍
題鄙言於簡末爾
寛政癸丑秋九月
三十一オモテ
   西龜山醫員岡田維方順益識


  【訓み下し】
邃古、聖皇の上に在るや、物として其の澤を被らざる無し。而して其の
最も患(うれ)うる所の者は、則ち是れ民の疾苦なり。是(ここ)を以て身親(みずか)ら草木を嘗め、
鍼灸を製(つく)り、以て普(あまね)く衆庶を濟(すく)う。是(ここ)に於いて鍼灸藥の方法出づ。
嗟乎(ああ)、夫(そ)れ至れるかな、仁や。是れ由り之を觀れば、本草素靈に非ずんば、何を
以てか其の本を知らん。鍼灸藥に非ずんば何を以てか其の疾を治せん。故に後の諸名
醫、皆な本草素靈を祖述して、以て論を立て方を製る。若(も)し夫れ醫にして
本草素靈に據(よ)りて鍼灸藥に通ぜずんば、焉んぞ醫為(た)るを得んや。予が同僚
  三十ウラ
坂元祐、家世々醫を業とし、弱冠にして方伎の學を為す。又た且つ
意を鍼灸の術に刻し、凡そ經絡兪穴の書に於いて該覧せざる無し。
今茲の秋、諸書を參考し、衆説を折衷し、以て一冊子を為す。名づけて
『兪穴捷徑』と曰う。手自(づずか)ら銅人を製作し、經を布し穴を點じ、以で蒙士に授く。
其の意謂は敢えて名を馳せ譽れを求むるに非ず。初學の取經挨穴
の一助を為すを庶幾(こいねが)うのみ。其れ勤め且つ力(つと)むと謂わざる可けんや。梓成る。維方忻躍して
鄙言を簡末に題するのみ。
寛政癸丑秋九月
三十一オモテ
   西龜山醫員岡田維方順益識す


  【注釋】
○邃古:「遂古」に同じ。遠い昔。 ○聖皇:聖なる帝王。 ○無物而不被其澤:あらゆるものがその恩沢を蒙る。 ○所最患者則是民之疾苦也是以身親嘗草木製鍼灸:『太平御覧』卷七百二十一・方術部二・醫一の引く『帝王世紀』には「伏羲氏……嘗味百藥而制九針」「炎帝神農氏……嘗味草木」「黄帝有熊氏……制九針」「(黄)帝使岐伯嘗味草木」などと見える。 ○衆庶:人民。民衆。 ○於是乎:順接の接続詞。 ○本草:『(神農)本草経』。 ○素靈:『素問』『霊枢』。 ○祖述:前人の説や行ないに従い倣う。 ○若夫:文頭に置かれる語気詞。~に関しては。順接・逆接、ともにあり。「夫(か)の~若(ごと)きは」とも訓(よ)む。
  三十ウラ
○坂元祐:小坂元祐。「坂」は片名字(片苗氏)で、尊敬をあらわす。 ○家世:家の者代々。 ○弱冠:『禮記』曲禮上「二十曰弱冠」。のち、ひろく男子で二十歳前後をいう。 ○方伎:「方技」とも書く。占いなども含むが、ここでは医学。『漢書』芸文志・方技略は「医経、医方、房中、神仙」に関する図書目録。 ○刻意:意識を集中する。専念する。 ○該覧:該覽。あまねく閲覧する。 ○今茲:今年。 ○布:設置する。布設する。 ○點:示す。つける。 ○蒙士:序文の注を参照。 ○意謂:心中の思うところ。 ○勤:努力して従事する。 ○力:力を尽くす。 ○梓成:出版する。版木ができあがる。 ○忻躍:「忻」は「欣」に通ず。よろこぶ。欣喜雀躍。喜び極まりないさま。 ○鄙言:浅薄卑俗なことば。自己の言説に関する謙遜語。 ○簡:書物。
三十一オモテ
○西龜山:丹波亀山藩。伊勢亀山藩と区別するため「西」がついているのであろう。 ○岡田維方順益:

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