2011年3月20日日曜日

『素問』陰陽応象大論(05)王冰注において引用される天元紀大論(66)に関連して

陰陽応象大論の王冰注に
02-01b03 05 W明前天地殺生之殊用也。《神農》曰:「天以陽生陰長,地以陽殺陰藏。」
とある。
実際は,神農本草經ではなく,天元紀大論の文である。
19-04b07 66 天以陽生陰長,地以陽殺陰藏。

王冰が引用出典名を時々誤ることは周知のことであるので,ここでの出典名の誤りは,いま問わない。

問題は,天元紀大論の本文と一致していることである。
以前は,運気七篇は王冰が竄入したとして評判が芳しくなかったが,山田慶児先生は,運気論を『素問』に組み入れたのは,王冰以後のひとであるという説を提出した。

上に挙げた王冰注に見える天元紀大論の本文は,山田説にたいする反証になりうるか。
あるいは別の説明が可能であろうか。

『段逸山挙要医古文』337頁を読んでいて,ふと思った。

2011年3月19日土曜日

35-3 鍼灸則

35-3 『鍼灸則』
     東洋医学研究会所蔵
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』35所収
     出版科学総合研究所『鍼灸医学典籍大系』17所収

鍼灸則序
大凡豪傑之復古一道者其始皆受業於
時師之門習之又習既盡其道然才之不
可已自生不知與古人合與實叓合否之
疑而其讀古今書之間亡論道之同與不
同有惡席上空言之説出而啓發我之由
  一ウラ
非耶然如儒術自非有聖人在上舉試之
事業則其説之當未能使惑者信之也如
兵家亦然太平百有余年未試之戰陣則
其説之當未能使惑者信之也獨於醫術
病敵常在前施諸實叓而似良拙可以覩
者也然二豎久不言偶中得名者多矣誰
  二オモテ
知其良拙故醫之於復古葢其無他博學
以舎虚妄説與術合而見有眀驗者為良
耳攝都醫士菅周圭以鍼灸復古良於其
術也墨突不黔而亦能著書示其弟子名
曰鍼灸則葢取血之方其最云此書一梓
行則豈但其弟子哉凡濟世家之一古方
  二ウラ
則也可謂豪傑之事業也已矣

明和丙戌冬十一月東溟林義卿撰
   〔印形黒字「東溟」、白字「林印/義卿」〕

  【訓み下し】
鍼灸則序
大凡(おおよ)そ豪傑の一道を復古する者は、其の始め皆な業を
時師の門に受く。之を習いて又た習い、既に其の道を盡くす。然れども才の
已む可からざる、自(おのずか)ら古人と合うや、實事と合うや否やを知らざるの
疑いを生ず。而して其の古今の書を讀むの間、道の同と不同とに論亡(な)し。
席上の空言を惡(にく)むの説出づること有って、我を啓發する之れ由る、
  一ウラ
非か。然れども儒術の如き、聖人有って上に在り、舉げて之を事業に試みるに
非ざる自りは、〔則ち〕其の説の當、未だ惑える者をして之を信ぜしむる能わず。
兵家の如きも亦た然り。太平百有餘年、未だ之を戰陣に試みざれば、〔則ち〕
其の説の當、未だ惑える者をして之を信ぜしむる能わず。獨り醫術に於ける、
病敵常に前に在り。諸(これ)を實事に施して、良拙以て覩っつ可き者に似たり。
然れども二豎久しく言わず。偶(たま)たま中に名を得る者多し。誰か
  二オモテ
其の良拙を知らん。故に醫の復古に於ける、蓋し其れ他無し。博學
以て虚妄を舎(す)て、説と術と合して、見に明驗有る者を良と為(す)る
のみ。攝都の醫士菅周圭、鍼灸の復古を以て其の術に良なり。
墨突黔(くろ)まず、而して亦た能く書を著し、其の弟子に示す。名づけて
鍼灸則と曰う。蓋し取血の方、其の最と云う。此の書一たび梓
行せば、〔則ち〕豈に但に其の弟子のみならんや。凡そ濟世家の一古方
  二ウラ
則なり。豪傑の事業と謂(い)っつ可きのみ。

明和丙戌冬十一月、東溟林義卿撰す


  【注釋】
○時師:当代の儒者。 ○叓:「事」の異体字。 ○席上:筵の上。酒席の上、宴会中。 
  一ウラ
○儒術:儒学。儒家の学術思想。 ○自非:もし~でないならば。 ○實事:実際の事柄、状況。 ○二豎:病魔、疾病。『春秋左氏傳』成公十年「公疾病、求醫于秦、秦伯使醫緩為之、未至、公夢疾為二豎子、曰:『彼良醫也、懼傷我、焉逃之?』其一曰:『居肓之上、膏之下、若我何?』」。 ○眀:「明」の異体字。 
  二オモテ
○葢:「蓋」の異体字。 ○攝都:摂津国の都。大坂。 ○菅周圭:「菅」は「菅沼」という姓を中国風に一字にした表記(修姓)。「周圭」もおそらく同じ。本文では「周桂」につくる。菅沼周桂(一七〇六~一七六四)。名は長之。 ○墨突不黔:墨は、墨子(墨翟)。突は、煙突。「墨突」とは、墨翟が心を世を救うことに置き、四方に奔走して、一箇所に留まらず、煙突が煤ける前に、別の場所に移ったことをいう。天下のために奔走すること。『文選』班固『答賓戲』「是以聖哲之治、棲棲遑遑、孔席不暖、墨突不黔」から「孔席墨突」ともいう。 ○梓行:出版する。 ○濟世:世の中のひとを助ける。 
  二ウラ
○明和丙戌:明和三年(一七六六)。 ○東溟林義卿:林東溟 (はやし‐とうめい)1708‐1780。江戸時代中期の儒者。宝永5年生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩校明倫館で山県周南にまなぶ。大坂、京都で塾をひらき、上方ではじめて徂徠(そらい)学を講じた。弟子鍋島公明の偽作事件に関連し、服部南郭らに排斥された。安永9年9月25日死去。73歳。長門出身。名は義卿。字(あざな)は周父。通称は周助。著作に「詩則」など。(講談社・デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)


鍼灸則拔
孟子曰盡信書則不如無書豈必取乎豈
必不取乎取舎唯在其人耳吾菅先生所
著鍼灸則不取十二經十五絡所生是動
井榮兪經合八會等僅以經穴許多可鍼
則鍼可灸則灸可出血則出血而能起沈
  五十ウラ
疴矣然此書也先生唯示門人小子耳不必
示他人也蒙命僕校正其句讀矣觀者有
不可取者正之若有所取者則幸甚
明和丙戌春三月朔
    門人阿州 菅義則玄愼
      〔印形白字「菅/義則」、黒字「字/旹中」〕


   【訓み下し】
鍼灸則拔
孟子曰く、盡(ことごと)く書を信ぜば、〔則ち〕書無きに如かず、と。豈に必ず取らんや、豈に
必ず取らざるや。取舎は唯だ其の人に在るのみ。吾が菅先生
著す所の鍼灸則、十二經、十五絡、所生、是動、
井榮兪經合、八會等を取らず。僅かに經穴許多を以て、鍼す可きは、
〔則ち〕鍼す。灸す可きは、〔則ち〕灸す。出血す可きは、〔則ち〕出血す。而して能く
  五十ウラ
沈疴を起こす。然れども此の書や、先生唯だ門人小子に示すのみ。必ずしも
他人に示さず。命を蒙りて、僕其の句讀を校正す。觀る者
取る可からざる者有らば之を正せ。若し取る所の者有らば、則ち幸甚。
明和丙戌春三月朔
門人阿州 菅義則玄愼

  【注釋】
○拔:「跋」と同じ。 ○孟子曰:『孟子』盡心下。 ○取舎:取捨。 ○榮:意味の上からいえば、「滎」が正しいと思われるが、原文は下部を「木」に作るため、「榮」としておく。 ○八會:奇経と関連する八脈公會穴のことではなく、『難經』四十五難にいう「府會・藏會・筋會・髓會・血會・骨會・脉會」のことであろう。 ○許多:ここでは、「多数」ではなく、「数個、いくつか、若干」の意。 ○起:治す。病ある患者を治して床から起き上がらせる。起死回生。 ○沈疴:沈痾。宿痾。長く治療しても治らない病。長患い。 ○小子:若輩。後進。 ○蒙:受ける。 ○命:命令。 ○僕:自分を謙遜する語。 ○阿州:阿波国。 ○菅義則玄愼:印形によれば字は時中。

2011年3月18日金曜日

35-2 鍼法辨惑

35-2『鍼法辨惑』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼法辨惑』(シ・626)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』35所収

自敍
素問靈樞刺之大法存矣而其書成於周之季
不知出誰手是以玉石不分朱紫相混未必無
取舎也後世取法於此附會牽合無所不至數
千年間誤人之弊可勝嘆哉余業鍼刺三十餘
年斟酌古法間加新意試諸己施諸人稍似有
所獲更欲著一書定刺則奈質之朽何代耕之
暇時勞毛公累年成篇通計三卷題曰鍼法辨惑
  一ウラ
篇中臆斷居半非敢獻諸大邦聊使門人小子知有
所守已矣
明和旃蒙作噩仲秋之望
河内 藤秀孟郡子識

  【訓み下し】
自敍
素問・靈樞、刺の大法存す。而して其の書は周の季(すえ)に成る。
誰が手に出づるかを知らず。是(ここ)を以て玉石分かたず、朱紫相い混じり、未だ必ずしも
取舎無きことあらざるなり。後世、法を此に取るに、附會牽合して、至らざる所無し。數千年間、人を誤らすの弊、嘆ずるに勝(た)う可けんや。余は鍼刺を業とすること三十餘
年、古法を斟酌して、間ま新意を加え、諸(これ)を己に試み、諸を人に施し、稍や
獲る所有るに似たり。更に一書を著さんと欲す。刺を定むれば、則ち質の朽ちること奈何(いかん)せん。代耕の
暇時、毛公を勞すること累年、篇を成すこと、通計三卷、題して、鍼法辨惑と曰う。
  一ウラ
篇中の臆斷、半ばに居る。敢えて諸(これ)を大邦に獻ずるに非ず、聊か門人小子をして知り、守る所有らしむるのみ。
明和旃蒙作噩、仲秋の望
河内 藤秀孟郡子識(しる)す


  【注釋】
○敍:藏書シールが貼られているため、旁は不明。いずれにせよ、「敍・叙・敘」のいずれか。 ○大法:基本法則。重要な基本となるきまり。 ○季:「時代」とも考えられるが、王朝名が前にあるので「末期」の意であろう。 ○玉石不分:玉と石が混在している。良いものと悪いものが分かれていないことの比喩。 ○朱紫相混:古くは朱を正色(青・黄・朱〔赤〕・白・黒)といい、それ以外を間色といい、これを優劣・善悪・正邪などを対比する比喩に用いた。『論語』陽貨「子曰、惡紫之奪朱也」。 ○取舎:取捨。 ○取法:模範とする。ならう。 ○附會牽合:牽強付会。 ○可勝嘆哉:「勝」は、忍ぶ、もちこたえる。あるいは、否定形ではないが、「勝(あ)げて嘆ず可けんや」と読むか。 ○斟酌:可否を考えて取捨を決める。 ○新意:新たな意味合い、創意。 ○質之朽:「朽質」は、劣った資質。謙遜語。 ○代耕:仕官。農業以外の職業。 ○勞:こきつかう。 ○毛公:未詳。筆のことか? ○累年:多年。
  一ウラ
○臆斷:自分の臆測による主観的判断。 ○居半:半分をしめる。 ○大邦:大国。唐土(もろこし)のことか。 ○門人:弟子。 ○小子:年少者。若輩。後進。 ○明和旃蒙作噩:明和二年(一七六五)。旃蒙:乙。作噩:酉。 ○仲秋:陰暦八月。 ○望:十五日。 ○河内:現在の大阪府の東部。 ○藤秀孟郡子:京都大学医学図書館富士川文庫目録には「加藤秀孟」とある。『国書総目録』はこの説とともに、大阪出版書籍目録等により「藤井郡子」説を載せる。
本書の画像は、下記を参照。
http://1gen.jp/kosyo/084/mokuji.htm

2011年3月17日木曜日

34-1 經脈圖説

今般の東日本大地震において亡くなられた方々につつしんで哀悼の意を表しますとともに、被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
今後、諸事情により、校正が不十分となりますが、『臨床鍼灸古典全書』第三十八巻 中国資料以前の、日本鍼灸文献までは、なんとか継続して、この 場を借りて序跋のデータ、判読を公表したいと思っています。

34-1『經脈圖説』
     内閣文庫一九五函一〇一号
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』34所収

一部、判読に疑念あり
經脉圖説序
經脉圖説者圖畫身形解説經脉也
夏井透玄先生有慮時醫泥於舊説
害乎正義於青囊之暇寄意纂述遂
成其説也校之攖寧生十四經發揮
詳而尚察通一子之類註圖翼略而
得要矣其他晩近醫書所圖經穴藏
  一ウラ
象謬誤頗多不附贅焉甫及稿成忽
値數盡啓手大去天也奈何令嗣玄
碩子纘述先志修飾備考摘要諸篇
既就乃應剞劂氏之繡梓以廣先君
子之遺惠者其可謂青於藍也若夫
世之著醫書者匪不繁且盛矣先生
所述多主乎靈素而不與經旨會同
  二オモテ
者弗之采焉内經有云夫十二經脉
者人之所以生病之所以成人之所
以治病之所以起學之所始工之所
止也粗之所易上之所難由是先生
於始止之際潛心思惟居諸已久有
自得乎經脉之義而著圖説若干言
必合經旨而后止使業醫者學之習
  二ウラ
之不以其易而忽之不以其難而不
窮至於能察陰陽之虚實辨邪正之
安危無粗庸之失成上工之材人〃
夭枉之弊不罹天數之命與期則夏
井氏乃父乃子茲孝之行博濟之功
豈不偉哉
 辛巳春三月 友松子北山壽安敍

  【訓み下し】
經脉圖説序
經脉圖説は身形を圖畫し、經脉を解説するなり。
夏井透玄先生、時醫の舊説に泥(なず)み
正義に害あるに慮り有って、青囊の暇に於いて意を寄し纂述して、遂に
其の説を成すなり。之を校(くらぶ)るに、攖寧生の十四經發揮は、
詳らかにして尚お察(あき)らかなり。通一子の類註圖翼は、略にして
要を得たり。其の他、晩近の醫書、圖する所の經穴・藏
  一ウラ
象、謬誤頗る多くして、附贅せず。甫(はじ)め稿成るに及び、忽ち
數盡くるに値(あ)たりて、手を啓きて大去す。天や奈何せん。令嗣玄
碩子、先志を纘(つ)ぎ述べ、備考・摘要の諸篇を修飾し、
既に就きて乃ち剞劂氏の繡梓に應じて、以て先君
子の遺惠を廣むる者、其れ藍よりも青しと謂っつ可し。若し夫れ
世の醫書を著す者は、繁にして且つ盛んならざるに匪ず。先生の
述ぶる所多く靈素を主として經旨と會同する
  二オモテ
者にあらざれば、之を采(と)らず。内經に云えること有り。夫れ十二經脉は、
人の生ずる所以、病の成る所以、人の
治る所以、病の起る所以、學の始まる所、工の
止まる所なり。粗の易とする所、上の難とする所。是に由り先生
始止の際に心を潛め思惟して、居諸已に久しくして、
自ら經脉の義を得ること有って、圖説若干言を著す。
必ず經旨に合して而る后に止む。醫を業とする者をして、之を學び之を習い、
  二ウラ
其の易を以て之を忽せにせず、其の難を以て
窮めずんばあらざらしむ。能く陰陽の虚實を察し、邪正の
安危を辨じ、粗庸の失無く、上工の材を成して、人〃
夭枉の弊(つい)え、天數の命と期とに罹らざるに至っては、〔則ち〕夏
井氏乃父乃子、茲孝の行、博濟の功、
豈に偉ならずや。
 辛巳の春三月 友松子北山壽安敍す。

  【注釋】
○時醫:当今の医者。現代の治療家。 ○青囊:医業。昔の医者は医書を青色の袋に入れていた。それから引伸して医術・医者の代名詞として使われる。 ○寄意:心を傾ける。 ○纂述:編輯著述する。 ○校:考究する。比較する。 ○攖寧生:元・滑壽。 ○十四經發揮:元・滑壽の撰。 ○通一子:明・張介賓。字は會卿。号としては景岳が有名だが、通一子は別号。 ○類註圖翼:『類經圖翼』。 ○晩近:近世。 ○藏象:『類經』注「象は形象なり。藏は内に居して外に見(あら)わる。故に藏象と曰う」。内臓の機能活動の特徴をあらわした概念。(たにぐち『中国医学辞典(基礎篇)』) 
  一ウラ
○附贅:多いが無用のものの比喩。附贅懸疣。ここでは贅言の意であろう。 ○甫:~したばかり。 ○値:ちょうどその時。 ○數:命数。天命。命運。寿命。 ○啓手:無事に一生を全うすること。大往生。「啓手足」の略。孔子の弟子である曾子は、父母からもらった身体を傷つけないように心がけていた。そこで死に臨んで、弟子たちに手足を調べさせ、傷のないことを確かめさせた。/「啓」:開いて調べる。 ○大去:世を去る。死去の婉曲表現。 ○令嗣:他人の子息に対する敬称。 ○玄碩:本書の著者、夏井透玄の男。「子」は尊敬をあらわす。 ○纘:継承する。 ○先志:先人(亡き父)の遺志。「先」は死者に対する敬称。 ○修飾:文章を改修しととのえる。ここでは増修をいうか。 ○備考:「貞集之上」に「外景備考」あり。 ○摘要:「貞集之下」に「經脈摘要」あり。 ○剞劂氏:彫り師。刻工。引伸して出版販売業者。「剞劂」は、彫刻用の刀。 ○繡梓:刊行。出版。もとは美しい印刷物の意。中国では梓の板を用いるのが上等なものとされた。「繡」は華麗な、精美な、という形容詞。 ○先君子:亡き父。 ○遺惠:後世に遺された恩恵。 ○可謂:曲直瀬道三自筆の序文、その他の例から、少なくとも江戸時代の前期には「謂ふべし」ではなく、「謂っつべし」と促音で発音したと思われる。 ○青於藍:『荀子』勸學:「青取之于藍而青于藍(青は之を藍より取りて藍より青し)」。出藍の誉れ。弟子などが師匠よりも優れていることの比喩。 ○若夫:~に関しては。
  二オモテ
○始心之際: ○潛心:心静かに精神を集中する。 ○居諸:『詩經』邶風・柏舟:「日居月諸(日よ月よ)」。日・月を省き、居・諸という助詞を借りて日月を表した。時。日数。 
  二ウラ
○夭枉:早死に。 ○天數:天道。天によって決められた気数。 ○命:先天的に定められた本分。 ○期:期限。決められた日時。 ○乃父乃子:「乃父」は通常、父親が子どもに対する自称であるが、ここでは「かの父・かの子」の意であろう。 ○茲孝:慈孝。子どもをいつくしみ愛することを慈といい、心をつくして父母を奉養することを孝という。 ○博濟:ひろく救済する。 ○辛巳:元禄十四年(一七〇一)。 ○友松子北山壽安:?~一七〇一。友松子の名は道長(みちなが)、通称寿安(じゅあん)。父は馬栄宇(ばえいう)といい、長崎に亡命渡来した明人。同じく明から亡命した戴曼公(たいまんこう)(独立性易[どくりゅうしょうえき])に師事した。のち大坂道修谷(どしょうだに)に定住して医を行い、博学多識で知られた(『日本漢方典籍辞典』)。


  三オモテ
經脈圖説引
夫人之爲生也五臟鎭内六經營外而
行之者脈息也通之者腧穴也其基者
元神也升降周旋乾乾不息而以安焉
以壽焉儻或動靜失調邪侵空竅一有
所傷之處則必先應于經脈經脈爲之
壅塞陷下則百痾由是生焉洞燭其處
攻補愜宜者醫士之良也然而正經十
  三ウラ
二奇脈二四支絡節交三百六十有五
所歷所會錯綜不齊至眇易差若失之
毫釐則陰陽懸絶其害甚矣前賢慮之
假指示其處是銅人諸圖之所以由作
也爾來註經脈者皆設圖而便乎摹挲
然畫工訛様翻刻紊處覽者或不能察
焉其弊有不可勝言也予毎切齒乎此
晨夕思繹欲以正焉寛文丁未歳在洛
  四オモテ
抱恙調爕之暇或考之群書或得之師
授而手自畫出以作之圖矣唯有圖而
無説則難以諭其玄旨故竊按祖述經
穴者略肇于玄晏先生甲乙太僕王氏
次註而經脈骨空之理漸明也厥后雖
有千金銅人資生循經等書啻迄伯仁
氏之發揮景岳氏之類註重出丕闡其
奥境然未能無燕人秉燭之誤矣予爲
  四ウラ
二氏深惜焉是以自忘淺陋而漫評駁
合名經脈圖説然而只覺有胸中窒礙
故藏之乎篋殆二十年近來考槃從容
至常友藥艸以自適於夫經脈原委不
苟矣偶爲同志所促再取前籍以靈素
爲憑據參衆説折衷吁於經脈流注之
微陰陽不測之玅豈只圖之可罄精説
之可達意乎漢郭玉云鍼石之間毫芒
  五オモテ
則乖存神於心手之際可得解不可得
言也如今圖説亦但其爲筌蹄也矣
 旹
元禄改元歳在戊辰日南至
    采青園主人友草子録
  〔印形黒字「友艸/氏」、白字「透玄/之印」〕

  【訓み下し】
經脈圖説引
夫れ人の生爲(た)るや、五臟、内に鎭まり、六經、外に營して
之を行う者は脈息なり。之を通ずる者は腧穴なり。其の基は、
元神なり。升降周旋、乾乾として息まずして以て安んじ、
以て壽(ひさ)し。儻(も)し或いは動靜、調を失し、邪、空竅を侵して一たび
傷る所の處有るときは、〔則ち〕必ず先ず經脈に應ず。經脈之れが爲に
壅塞陷下するときは、〔則ち〕百痾、是れに由って生ず。洞(あき)らかに其の處を燭らし、
攻補、宜に愜(かな)う者は、醫士の良なり。然れども正經十
  三ウラ
二、奇脈二四、支絡節交三百六十有五、
歷(へ)る所、會する所、錯綜齊(ひと)しからず。至眇にして差(あやま)り易し。若し之を
毫釐に失すれば、〔則ち〕陰陽懸絶して、其の害甚だし。前賢、之を慮って
假りに其の處を指し示す。是れ銅人諸圖の由って作る所以なり。
爾來(しかしよりこのかた)、經脈を註する者、皆な圖を設けて摹挲に便りす。
然れども畫工、様を訛(あやま)り、翻刻、處を紊(みだ)る。覽る者或いは察すること能わず。
其の弊(つい)え勝(あ)げて言う可からざること有り。予毎(つね)に此に切齒して
晨夕に思繹して、以て正さんと欲す。寛文丁未の歳、洛に在って
  四オモテ
恙を抱き調爕する〔の〕暇(いとま)、或いは之を群書に考え、或いは之を師
授に得て、手自(てずか)ら畫出して以て之が圖を作る。唯だ圖のみ有って
説無きときは、〔則ち〕以て其の玄旨を諭し難し。故に竊(ひそ)かに按ずるに經
穴を祖述する者、略(ほぼ)玄晏先生の甲乙、太僕王氏の
次註に肇(はじま)って、經脈・骨空の理、漸く明らかなり。厥(そ)の后、
千金・銅人・資生・循經の等の書有りと雖も、啻(た)だ伯仁
氏の發揮、景岳氏の類註重ねて出づるに迄(およ)んで、丕(おお)いに其の
奥境を闡(ひら)く。然れども未だ能く燕人、燭を秉(と)るの誤り無くんばあらず。予、
  四ウラ
二氏の爲に深く惜む。是(ここ)を以て自ら淺陋を忘れて、漫(みだ)りに評駁して
合して經脈圖説と名づく。然れども只だ胸中、窒礙有ることを覺う。
故に之を篋(はこ)に藏すること殆んど二十年。近來、考槃從容として
常に藥艸を友とし、以て自ら適するに至る。夫(か)の經脈の原委に於ける、
苟(いやしく)もせず。偶たま同志の爲に促されて、再び前籍を取って、靈素を以て
憑據と爲す。衆説を參(まじ)えて折衷す。吁於(ああ)、經脈流注の
微、陰陽不測の玅、豈に只だ圖の精を罄(つ)くす可く、説
の意を達す可けんや。漢の郭玉云わく、鍼石の間、毫芒
  五オモテ
則ち乖(もと)る。神を心手の際に存して、得て解す可く、得て
言う可からず、と。如今(いま)圖説も亦た但だ其れ筌蹄爲(た)るなり。
 旹
元禄改元、歳は戊辰に在り、日南至
    采青園主人、友草子録す

  【注釋】
○六經:三陰三陽經。 ○營:めぐる。 ○脈息:脈と息。 ○元神: ○周旋:めぐる。 ○乾乾:自らしいてやすまないさま。 ○壅塞:滞り通じない。 ○陷下:おちくぼむ。 ○百痾:たくさんの疾病。 ○燭:明察する。 ○愜:適合する。みたす。
  三ウラ
奇脈二四:奇経八脈。二×四は八。 ○節交三百六十有五:『靈樞』九針十二原:「節之交三百六十五會」。 ○錯綜:複雑。 ○眇:細小、微小。幽遠、高遠。 ○差:誤り。正しくないこと。 ○毫釐:ほんの少しの量。「差之毫釐、失之千里」(始まりはほとんど差がなくとも、結果として極めて大きな誤りとなる)。 ○懸絶:かけ離れる。『素問』玉機真蔵論、王注「懸絶、謂如懸物之絶去也」。 ○前賢:前修。過去の徳をおさめた賢人。 ○銅人:銅人形。 ○諸圖:経穴図。 ○爾來:その時以来。 ○摹挲:手でなでる。取穴することか。 ○切齒:歯ぎしりする。痛恨きわまりないさま。 ○晨夕:朝から晩まで。 ○思繹:思索探究する。 ○寛文丁未歳:寛文七年(一六六七)。 ○洛:京都。
  四オモテ
○抱恙:抱病。病身。「恙」は災い、疾病。 ○調爕:調燮。調和する。調え養う。 ○手自:自分の手で。 ○玄旨:深奧なる意味。 ○祖述:前人の学説や行為などを述べあきらかにし、発揚する。 ○玄晏先生:西晋・皇甫謐。字は士安、幼名は静、晩年になり、玄晏先生と号す。 ○甲乙:『黄帝三部鍼灸甲乙經』。皇甫謐が編集したとされる。 ○太僕王氏:唐・王冰。 ○次註:王冰の手によって編集された『素問』を次註本という。 ○骨空:『素問』に骨空論あり、腧穴について論じられている。 ○千金:唐・孫思邈撰『千金方』(『千金要方』と『千金翼方』)。 ○銅人:宋・王惟一撰『銅人腧穴鍼灸圖經』。 ○資生:宋・王執中撰『鍼灸資生経』。 ○循經:清・厳振撰?『循經考穴編』。 ○伯仁氏:元・滑壽。伯仁は字。号は攖寧生。 ○發揮:『十四經(絡)發揮』。 ○景岳氏:明・張介賓。字は會卿。景岳は号。また通一子とも号す。 ○類註:「類經」の誤りか、『類經』の註の意か。『類經』『類經圖翼』『類經附翼』と、三部作で、経穴については『類經圖翼』に詳しい。 ○燕人秉燭:郢書燕説。こじつけの説。昔、郢の人が燕国の大臣に与える手紙を書いたとき、灯火が暗かったので「燭を挙げよ」と命じたところ、誤ってこのことばを手紙に書きこんでしまった。ところが、これを読んだ燕の大臣は、これを「賢人を採用せよ」という意味にとって実行し、その結果国がよく治まったという故事による。『韓非子』外儲説左上。 
  四ウラ
○淺陋:見聞が少なく見識が浅薄である。 ○評駁:評論する。批評して駁論する。 ○窒礙:障碍。塞がって通じないこと。 ○考槃:隠居して思いのままの楽しい暮らしを送ること。『詩經』衛風の篇名による。槃(たのしみ)を考(な)しとげる。 ○從容:ゆったりとしたさま。 ○藥艸:薬草。 ○自適:何者にも縛らせず、ゆったりとして思いのままに楽しむ。 ○原委:源委。事物の始めと終わり。 ○不苟:ゆるがせにしない。 ○憑據:依拠。 ○玅:「妙」の異体字。 ○漢郭玉云:『後漢書』卷八十二下 方術列傳第七十二下。 
  五オモテ
○則:『後漢書』は「即」に作る。 ○筌蹄:魚を捕る道具と兎を捕る道具。『莊子』外物「荃者所以在魚、得魚而忘荃。蹄者所以在兔、得兔而忘歸。」ある種の目的を達するために使用する道具の比喩。目的が達成するまでの方便。手引き書。 ○旹:「時」の異体字。 ○元禄改元歳在戊辰:元禄元年(一六八八)。 ○日南至:冬至。 ○采青園主人、友草子:本書の著者、夏井透玄。江戸のひと。


経脈圖説後序
經脉者營衞之流行而營衞者人身
之綱紀也人能順其常則陰陽不愆
五神不紊而六氣七情之邪慝無由
而傷焉若一有偏勝侵奪之變則經
脉擾亂不循軌度而百病生矣治之
之道必先按營衞之軌以察其所侵
一ウラ
之分助正驅邪以平之而已矣黄帝
曰經脈者所以能決死生處百病調
虚實不可不通然經脉之於人微而
不易明焉内經所論精且要而其義
深奥非初學之所可得而通曉焉故
後世醫家爲之註解圖象以各發其
微但其説或失乎疎或病乎煩未有
  二オモテ
能得折衷者若夫攖寧生之發揮通
一子之類註則可謂盡美矣而謂之
盡善則未也吾友友草翁夏井先
生舊京師人甞遇異人受經脉鍼刺
之秘洞達邃理無施而不奏奇効其
爲人蟬脱榮利恬然自守平生不治
他技極心殫慮惟經之攻喜怒憂
  二ウラ
悲窘窮愉快凡有動于中者寓之讀
書微醺安坐欣然自得焉莫不左右
逢原而歸本乎經脉也慨然謂曰自
古解經脉者槩遺營衞而爲之説
豈可乎哉於是自著經脉圖説一篇
以述其志矣既而又謂經脈奥義其
尚未殫于斯乎乃韞匱不肯示諸人
  三オモテ
者殆二十年矣而試之於人考之於
物夜而思之晨而察之遂有師授之
外獨得深造默契之玅者也丙寅之
夏余有游藝於四方之志渉海詣京
師遂來于江都以與翁舊相識交情
益深一日出圖説稿本語余曰我草
之已久矣而討論潤色之未淂其人
  三ウラ
也幸與子卒業以俟後之君子可也
余非其人也然以受知之厚不敢辭
焉相與戮力攷訂刪補數閲歳月書
始告成更著備考一篇稍成癸酉之
春翁没矣其將終之際託余以圖
説嗟乎可謂翁一生之精力盡于此
書也令嗣玄碩子高弟上原春良子
  四オモテ
繼其志不怠與余再較訂之全書於
是乎成矣茲歳之夏授梓刊行欲使
翁之遺德垂于不朽也蓋如其經絡
科文卷首諸説及諸經之經行交會
奇經八脉等説皆翁之所獨淂而闡
前人未發之微足以補聖典之闕也
其他腧穴骨空特有發明者皆徴之
  四ウラ
於經文而不妄逞異見也讀焉者優
柔玩索則可知翁之用心於經脈有
功于醫門不在滑張二子之下也
元禄癸未之秋重九
      東洲今井健書
     〔印形白字「各必/◆大」、黒字「順/齋」〕


  【訓み下し】
経脈圖説後序
經脉は、營衞の流行なり。營衞は、人身
の綱紀なり。人能く其の常に順うときは、〔則ち〕陰陽愆(あやま)らず、
五神紊(みだ)れず、而して六氣七情の邪慝、由って
傷(やぶ)ること無し。若(も)し一たび偏勝侵奪の變有るときは、〔則ち〕經
脉擾亂し、軌度に循わず、而して百病生ず。之を治する
の道、必ず先ず營衞の軌を按じて、以て其の侵す所
一ウラ
の分を察し、正を助け邪を驅(か)りて、以て之を平にするのみ。黄帝の
曰く、經脈は、能く死生を決し、百病に處し、
虚實を調うる所以、通ぜずんばある可からず。然れども經脈の人に於ける、微にして
明らめ易からず。内經の論ずる所、精にして且つ要なり。而して其の義、
深奥にして、初學の得て通曉す可き所に非ず。故に
後世醫家、之が註解圖象を爲して、以て各々其の
微を發す。但し其の説或いは疎に失し、或いは煩に病む。未だ
  二オモテ
能く折衷を得る者に有らず。夫(か)の攖寧生の發揮、通
一子の類註の若きは、〔則ち〕美盡くせりと謂っつ可し。而して之を
善盡くすと謂うことは、〔則ち〕未だしなり。吾が友、友草翁夏井先
生は、舊(も)と京師の人なり。嘗て異人に遇って經脈鍼刺
の秘を受け、洞(あき)らかに邃理に達し、施として奇効を奏せずということ無し。其の
人と爲り、榮利を蟬脱し恬然として自ら守る。平生、
他の技を治めず。心を極め慮りを殫(つ)くして、惟(こ)れ經之れ攻(おさ)む。喜怒憂
  二ウラ
悲、窘窮愉快、凡そ中に動ずる者有れば、之を讀
書に寓し、微醺安坐し、欣然として自得す。左右
原に逢いて、而して經脈に歸し本づかずということ莫し。慨然として謂いて曰く、
古(いにし)え自り經脈を解する者、概(おおむ)ね營衞を遺して、之が説爲す。
豈に可ならんや、と。是(ここ)に於いて自ら經脈圖説一篇を著して、
以て其の志を述ぶ。既にして又た謂えらく、經脈の奥義、其れ
尚お未だ斯に殫くさざらんか、と。乃ち匱(ひつ)に韞(おさ)めて肯えて諸人に示さざる
  三オモテ
者(もの)〔者(こと)〕、殆ど二十年。而して之を人に試し、之を
物に考え、夜にして之を思い、晨(あした)にして之を察し、遂に師授の
外、獨り深造默契の玅を得る者有り。丙寅の
夏、余、藝に四方に游ぶの志有りて、海を渉り、京
師に詣(いた)り、遂に江都に來たる。翁と舊(ふる)く相い識るを以て、交情
益々深し。一日、圖説稿本を出だして、余に語って曰く、我れ
之を草すること已に久し。之を討論潤色すること、未だ其の人を得ず。
  三ウラ
幸いに子と業を卒(お)えて、以て後の君子を俟たば、可なり、と。
余、其の人に非ず。然れども知を受くるの厚きを以て、敢えて辭せず。
相い與(とも)に力を戮(あ)わせ、攷訂刪補し、數(しば)々歳月を閲(けみ)して書
始めて成ることを告ぐ。更に備考一篇を著し、稍(や)や成って、癸酉の
春、翁没しぬ。其の將に終えんとするの際(あい)だ、余に託するに圖
説を以てす。嗟乎(ああ)、謂っつ可し、翁一生の精力、此の
書に盡くせり、と。令嗣玄碩子、高弟上原春良子、
  四オモテ
其の志を繼ぎて怠らず。余と再び之を較訂して、全書
是(ここ)に於いて成れり。茲(こ)の歳の夏、梓に授けて刊行し、
翁の遺德をして不朽に垂れしめんと欲す。蓋し其の經絡
科文、卷首の諸説、及び諸經の經行、交會、
奇經八脉等の説の如き、皆な翁の獨得する所にして、
前人未だ發せざるの微を闡(ひら)き、以て聖典の闕を補うに足れり。
其の他、腧穴、骨空の特に發明有る者、皆な之を
  四ウラ
經文に徴して、妄りに異見を逞しくせず。讀まん者、優
柔玩索せば、〔則ち〕翁の心を經脈に用い
醫門に功有ること、滑張二子の下に在らざることを知る可し。
元禄癸未の秋重九
      東洲今井健書

  【注釋】
  一オモテ
○邪慝:邪悪。 ○軌度:法度。
  一ウラ
○黄帝曰:『霊枢』経脈。 
  二オモテ
○類註:序文の注を参照。 ○邃理:深遠な道理、理論。 ○無施而不奏奇効:施術すれば、いつでも奇効を奏した。 ○爲人:そのひとの性格・態度、生き方。 ○蟬脱:蟬蛻。蝉が脱皮すること。功名・利益などから解脱している、とらわれないことの比喩。 ○恬然:泰然としたさま。 ○惟經之攻:現在は「ただ經のみこれ攻(おさ)む」と読むことが多い。「經を攻む」の強調表現。/攻:学問を修める。専念して従事する。
  二ウラ
○窘窮:くるしみ、きわまる。困窮。 ○寓:かこつける。目を向ける。 ○微醺:微醉。ほろ酔い。 ○安坐:穏やかに静坐して精神を浪費しない。 ○欣然自得:こころ愉快に、みずから楽しむ。 ○左右逢原:左右どちらからでも水源にたどりつくことができる。道を得た者は、それを自在に応用できることのたとえ。『孟子』離婁下:「資之深、則取之左右逢其原(之を資(と)ること深ければ、則ち之を左右に取るも其の原に逢う)」。 ○慨然:感嘆のさま。気持ちが高ぶったさま。 ○既而:やがて。まもなく。 ○韞匱:櫃の中にしまっておく。才能があるのに認められず、発揮されないという含意あり。 ○諸人:多くのひと。「諸(これ)を人に」とも訓めるが、送り仮名がないので、「諸人」としておく。
  三オモテ
○深造:「造」はいたる。深く精微な領域に入る。さらに研究を深める。『孟子』離婁下:「君子深造之以道、欲其自得之也(君子の深くこれに造(いた)るに道を以てするは、其の之を自得せんと欲すればなり)」。 ○默契:ことばを交わさなくとも、意志が通じ合う。 ○玅:「妙」の異体字。 ○丙寅:貞享三年(一六八六)。 ○游藝:遊學講藝。学芸の修養を積む。『論語』述而:「志於道、據於德、依於仁、游於藝」。 ○渉海:今井氏は、九州か四国のひとか。 ○京師:京都。 ○江都:江戸。 ○舊相識:古くから見知った友。『春秋左氏傳』襄公二十九年:「聘於鄭、見子産、如舊相識。」 ○交情:交誼。 ○討論:探究して、結論を求める。 ○潤色:文章を修飾して、文彩を増す。
  三ウラ
○卒業:未完の事業を完成する。 ○君子:才と德の秀でたひと。 ○受知:知遇を得る。 ○攷訂:考訂。試験し訂正する。 ○閲:経る。 ○癸酉:元禄六年(一六九三)。 ○際:まぎわ。~のとき。 ○上原春良:門人。上原元知。 
  四オモテ
○較訂:校訂。校正改訂する。 ○茲歳:今年。 ○授梓:付梓、上梓と同じ。 ○刊行:出版発行する。 ○遺德:死後にまで残る人徳、めぐみ。 ○科文:条文のことか。 ○闕:欠損。
  四ウラ
○逞:あらわにする。ほしいままにする。 ○異見:異なる見解。異端邪説。 ○優柔:おだやか。ゆったりと。悠揚として迫らず。 ○玩索:反覆して味わい探究する。 ○元禄癸未:元禄十六年(一七〇三)。 ○重九:旧暦の九月九日。重陽の節句。 ○東洲今井健:夏井透玄の友人。今井順齋。本書の訂正者。
※なお、本書の現代語訳として、簑内宗一編著『経絡の原典』がある。

2011年3月16日水曜日

問候

一番に心配だった、仙台の浦山夫妻の安全は確認されています。
茨城の真柳誠先生も、ご無事だということです。ただ、停電の影響で、連絡がつきにくい状態だそうです。

中国の趙懷舟先生、沈澍農先生から見舞いのメールが入り、個人的には「平穏」と返信してあります。他にも心配していただいている先生があろうかと推察されます。国内の我々にしても安全確認の情報は欲しいわけで、コメントを期待します。コメントは誰でもできる設定にしてあります。もっとも、このBLOGを中国から見られるのか、もう一つ不明ですし、国内でも停電などでインターネットを利用できない人も多そうですが、無きには勝る。

2011年3月12日土曜日

明日の内経日曜講座は中止!

昨日の地震によって、校舎の安全確認ができないため、東洋鍼灸専門学校の貸出が中止されました。
したがって、明日3月13日の内経医学会日曜講座中止されます。
係のものが把握している受講生には、直接連絡したはずですが、もれが有るおそれを考慮して、ここでもお知らせします。

2011年3月7日月曜日

33-4 藏珍要編

33-4『藏珍要編』
     東洋医学研究会所蔵
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』33所収

 一部、見慣れないハングル(古いハングルか、あるいは誤字)がある。とりあえずハングルは一律●と表記する。
      一部、判読に疑念あり。
 (序)
本編は朝鮮家傳家の藏本にして
本著者は七拾有餘の弟子を
有するものなりと
           素霊識

  【注釋】
○素霊:柳谷素霊(一九〇六~一九五九)。清助(きよすけ)。戦前、弟子の堀江素文らとともに、江戸時代鍼灸書を精力的に復刻した。

     藏珍要編序
凡人之生也●皆具五糽之精而毎於風寒暑濕●從其不足處●●
生病者也●當其治病●●先看人之氣質●●次察病之輕重●此
是大槩也●雖看其氣察其病治之●●當穴投之當藥●反有其害
●●何者●不知天禀之不足●●但量病勢之沈重●●且看爲人
之輕重軟弱●●不度病症之痼疾●●以輕治重●●以重治輕●
●三焦經絡●不能均平而然矣●豈不誤哉●予則識見●淺短●
●所學●不長●●然●●幾年以來●耳聞目見●多有多驗之確
定故●畧具一二●●以備要覽而近來世俗●但稱服●●未識鍼
法中補寫濕冷之玄妙●●良可歎也●觀其人之動靜●●審其病
   二頁
之本源●●補中有瀉●●温中有冷●●適中於禀賦●●順氣於
病勢●如衡●●不淂偏倚則病無不差矣●此編●雖不繁多●皆
是先輩●秘傳之妙法●●後之學者●不可尋常工夫●●幸無歎
后之爾刊●●●上之三十一年甲午春●後學江陽后人●松溪●
謹識●●●

  【倭讀】
凡そ人の生たるや、皆な五行の精を具(そな)う。而して毎(つね)に風寒暑濕に於いて、其の不足する處に從えば、
病を生ずる者なり。其の病を治するに當たっては、先ず人の氣質を看て、次に病の輕重を察すべし。此れは
是れ大概なり。其の氣を看て其の病を察すと雖も、之を治するに穴に當たり、之を投ずるに藥に當たら〔ざれ〕ば、反って其の害有り。
何者(なんとなれば)、天禀の不足を知らずして、但だ病勢の沈重を量り、且つ爲人(ひととなり)
の輕重軟弱を看るのみにして、病症の痼疾を度(はか)らず、輕を以て重を治し、重を以て輕を治し、
三焦の經絡は、均平にすること能わずして然るなり。豈に誤らざらんや。予は則ち識見淺短にして、
學ぶ所は長ぜず。然れども幾年以來、耳に聞き目に見て、多く多驗の確
定有り。故に略(や)や一二を具(そな)えて、以て要覽に備う。而して近來の世俗は、但だ稱服するのみにして、未だ鍼
法の中に補寫・濕冷の玄妙あるを識(し)らず。良(まこと)に歎く可きなり。其の人の動靜を觀て、其の病
   二頁
の本源を審(つまび)らかにし、補中に瀉有り、温中に冷有り、禀賦に適中し、氣を
病勢に順わしむること衡の如くして、偏倚するを得ざれば、則ち病差(い)えざるは無し。此の編は、繁多ならずと雖も、皆な
是れ先輩の秘傳の妙法なり。後の學ぶ者は、尋常の工夫をす可からず。幸(ねが)わくは之に后(おく)るるを歎く無かれ。
上の三十一年甲午の春に刊す。後學、江陽の后人、松溪
謹んで識(しる)す

  【注釋】
○五糽:「糽」は、『康煕字典』に「《集韻》張梗切、音盯。絲繩緊直貌。又《玉篇》陟庚切。引也。」とある。『朝鮮の鍼法 蔵珍要編』(医道の日本社、昭和六十三年初版)に載せる柳谷素霊と朴賛旭の口訳文(写真)等は「五行」としている。「糽」は「行」の草書体からの誤記であろう。 ○毎:柳谷と朴の口訳文では「因」となっている。 ○治之●●當穴投之當藥:柳谷「治穴の当を得ざれば」。朴「治穴投薬の当を得ざれば」。 ○天禀:天生の資質。天賦の性質。生まれつき(備わったもの)。 ○沈重:病気がおもいこと。「沈」は、重い、深い。 ○稱服:称賛し敬服する。 ○濕冷:
   二頁
○衡:天秤。はかりざお。 ○淂:「得」の異体字。 ○偏倚:かたより。 ○無不:すべて。 ○差:「瘥」に通ず。 ○繁多:種類が多いこと。 ○後之學者:後学の者。 ○不可尋常工夫●●幸無歎后之▲刊●●●: ○上之三十一年甲午:高宗三十一年。一八九四年、明治二十七年。 ○江陽:慶尚南道陝川? ○松溪:松又溪。

2011年3月5日土曜日

33-3 釋骨

33-3 釋骨
     独立行政法人国立内閣文庫所蔵(子五〇函一〇号)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』33卷所収

(『釋骨』跋)
釋骨一卷乾隆庚子歳呉江沈冠雲著周
官禄田考所附刻其釋分部形象王安道
小易賦寗一玉折骨分經遠不及也奈何
儒流屬諸弁髦醫家鮮有知者焉余幸從
永壽院架藏中而借抄以授劂氏使從事
我業者有所稽攷云
 寛政戊午仲秋日
 江都法眼侍醫兼醫學針科教諭山崎宗運識
    〔印形白字「山印/次善」、黒字「鳳/來」〕


  【訓み下し】
釋骨一卷は、乾隆庚子の歳、呉江の沈冠雲、周
官禄田考を著し、附刻する所なり。其の分部形象を釋するは、王安道が
小易賦、寗一玉が折(析)骨分經は、遠く及ばざるなり。奈何(いかん)せん
儒流は諸(これ)を弁髦に屬せしめ、醫家は知る者有ること鮮(すく)なし。余は幸いに
永壽院の架藏中從り、借りて抄し、以て劂氏に授く。
我が業に從事する者をして稽攷する所有らしむと云う。
 寛政戊午仲秋の日
 江都法眼、侍醫兼醫學針科教諭、山崎宗運識(しる)す。


  【注釋】
○乾隆庚子歳:乾隆四十五(一七八〇)年。 ○呉江:今の江蘇省蘇州市呉江市。 ○沈冠雲:沈彤(一六八八~一七五二年)、字は冠雲、号は果堂。徐珂『清稗類鈔』經術類・沈冠雲精研六經「呉江沈彤、字冠雲、乾隆宏博科之表表者。少醇篤、精研『六經』、尤善理學。與修三『禮』及『一統志』、書成、授官不就而歸。顧家計貧甚、家無竈、以行竈炊爨、有『行竈記』存集中。嘗絶糧、其母采羊眼豆以供晩食。寒齋絮衣、纂述不勌。所著『周官祿田考』諸書、皆有功經學也」。 ○周官禄田考:三卷。『沈果堂全集』に『周官祿田考』(乾隆十六年刊)とともに『釋骨』一卷あり。 ○分部:全体から析出した部分単位。 ○形象:かたち。形状、外貌。 ○王安道:王履(一三三二~一三九一年)、字は安道、号は畸叟、または奇翁、抱独山人。昆山(今の江蘇省)のひと。『医経溯洄集』一卷、『百病鈎元』二十卷、『医韻統』百卷、『小易賦』、『十二経絡賦』などを著す。 ○小易賦:王履の撰。おそらく中国には伝存せず。内閣文庫に寬保二年刊本あり。 ○寗一玉:寧一玉。明のひと。『按部分經録』一卷などあり。「寗」は清代の避諱にかかる。 ○折骨分經:正しくは『析骨分經』。元・陶宗儀編、 明・陶珽編續『説郛』續編𢎥第三十・第一百五十二册所収。 ○儒流:儒家に属するひとたち。 ○弁髦:無用のもの、役に立たないものの比喩。元服の儀式の時にまず緇布冠をかぶり、次に皮弁をつけ、さらに爵弁をつける。その後に垂れ髪(髦)を剃る。これらのものは、成人後はいらなくなるから。『沈果堂全集』には、『周官祿田考』のほか、『儀禮小疏』『尚書小疏』『春秋左傳小疏』があり、みな儒教経典に関する書。  ○永壽院:多紀元悳(一七三二~一八〇一年)。藍溪と号す。寛政二年、法眼から法印に進む。廣壽院と称し、のちに永壽院とあらためた。 ○抄:書き写す。 ○劂氏:彫り師。出版事業者。/劂:彫刻刀。彫刻する。 ○我業:鍼立て。鍼灸。 ○稽攷:稽考。考証する。考査する。 ○云:文末に用いる助詞。意味はない。 ○寛政戊午:寛政十(一七八九)年。 ○仲秋:陰暦八月。 ○江都:江戸。 ○法眼:僧都の位階。法印の下で、法橋の上。のちに僧侶でないもの(外才者)にも叙せられた。 ○侍醫:御目見(おめみえ)医師。お匙。 ○兼:原文は、最終筆が欠筆。将軍徳川家か山崎家の避諱か。 ○山崎宗運:一七六一~一八三五。名は次善。字は子政。号は鳳来、渉園など。法眼。医学館鍼科教諭。多紀元悳の四男が宗運の養子となった。「拓本鍼灸図経考」「大椎攷」などを撰す。

2011年3月4日金曜日

32-1 經絡要穴卷

32-1 經絡要穴卷
     無窮会神習文庫八七六〇
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』32所収

    一部、判読に自信なし。本文、語法的に問題があろう。末尾は脱文もあるか。待考。

夫鍼灸者源素靈  
出而盧扁亦是學
雖然今我朝諸醫  
專湯藥用而唯鍼
灸庸醫盲人之業  
必勿此捨古來針
灸之書雖多文盲  
輩何得伺言故予
其謭陋忘僭偸顧  
群書之要領采至
近至要之義録以  
伊達流寳書庶幾
自當可生者使死  
召豈生救一助成乎
云云
 伊達流 祖
   伊達松太郎
     藤原 義勝
       〔花押〕

  【訓み下し】
夫れ鍼灸は、素靈を源として
出で、而して盧扁も亦た是れ學ぶ。
然りと雖も、今ま我が朝の諸醫は
湯藥を專ら用いて、而して唯だ鍼
灸は庸醫盲人の業のみ。
必ず此れを捨つること勿れ。古來より針
灸の書多しと雖も、文盲の
輩、何ぞ言を伺うを得ん。故に予は
其の謭陋を忘れ、僭偸して
群書の要領を顧みて、至
近、至要の義を采(と)って、録して以て
伊達流の寳書とす。庶幾(こいねが)わくは
自當可生者使死   〔自ら當に生く可き者をして、死を〕
召豈生救一助成乎  〔召くは、豈に生を救うの一助と成らんや〕
云云
 伊達流 祖
   伊達松太郎
     藤原 義勝
       〔花押〕

  【注釋】
○盧扁:扁鵲。『史記』扁鵲倉公列傳『史記正義』:黄帝八十一難序云:「秦越人與軒轅時扁鵲相類、仍號之為扁鵲。又家於盧國、因命之曰盧醫也。」 ○謭陋:見識が浅い。 ○僭偸:僭踰。僭越。自分の能力もわきまえず、差し出たことをする。 ○至近:もっとも身近。 ○至要:きわめて重要。 ○達:原文は「辶+奉」につくる。以下、おなじ。 ○召:「刀」にあたる部分が「∠」のように書かれている。「台」とも見えるが、「召」と解しておく。/「自當」以下、俟考。

2011年3月3日木曜日

31-4 灸艾考

31-4灸艾考
     静嘉堂文庫所蔵『灸艾考』(九七函五一架)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』31所収
  一部、判読に自信なし。繰り返し記号の一部は「々」で代用した。

灸艾考目録
   炙艾序言(もくさのことは)
  炙艾考證(もくさのあかし)
  蓬艾諸圖(よもきもくさのゑ)
  炙(よもき)治(ちす)古圖(ふるきゑ)  
  八處炙法(はつしよきうはう)
本編は丙子の春知る人のもとより炙艾のこと
を尋來りしに因て予か多年聞置し
事ともと種〃の書冊子に出しを収録して
其問に答ふるものにてかく編しふ
  一ウラ
なせしは丁丑の秋八月大槻茂楨不錦
書屋のうちに記すものなり〔し〕

  
   二オモテ
1  炙艾序言(もくさのことは)
2 やひとはやまひによきものとしておもきいたはり
3 はさらにもいはすいさヽかの風のわつらひさへ
4 とほさしとてこの蓬か關すゑさるハなしさるから
5 ふるく艾をよめる歌ありこと國にも艾を賛た
6 る賦ありけにしるしおほかるものなれはなべて
7 これをすへはやすもさる事そかししかハあ
8 れと世の人これをもてあつかふしわさを
9 見におのがさま々なりこのめる人はひたふ
10 るにおほくもふるをよしとしにくめる人ハあ
   二ウラ
1 なかちにいとひてひとひをたえねんしえさるも
2 ありそのわざ々によりてよきあしきのあ
3 いたのあるをよくわきまへしれる人はまれ也
4 人にはすヽめておのれハすゑさるあり日毎に
5 すゑてなほあかすさらにいのちなかからんことを
6 ねかふあり又やひとすうるはしめの程ハ
7 ことはかしましけにもゆる思ひのたへかぬる
8 さまなるをほとたちぬれはものをもいは
9 す打ねふりぬるもおほかりけるまた五ツ四ツは
10 かりなるわらはへをみなこのらうたく
   三オモテ
1 あいけうふりて見えたるもやひとすうる時
2 は大こゑにいひのヽしりなきわめきつヽあし
3 は高ひくにふミてもたゆるさまいとあはれに
4 てにけなしはたわれまのあたり見つるねち
5 け人ありしか年ころ八百萬といふかすを
6 すゑぬるにしひれといふ病にそみてみまかり
7 ぬはた生れ子のほそのをおちしあとへいと
8 大なるやひとかす々すゑて失ひしことをきぬ三ツ
9 二ツとしひろひてもあつきといふことだにえわき
10 まへさるにやひとすゑぬれは心をおとろかし
   三ウラ
1 たまきゆるわさにやありけん癇癖とかいへる
2 病をおこすありはた痃とかいへるかさは大症
3 にていとはけしきものなるにやひとすゑて病を
4 おもらし風の氣あるときやひとすゑて労症
5 といへる病にそみ夏の頃いとあつさにたへがたき
6 ふしやひとすゑて年へぬる寒疝とかいへる病
7 をたつね霍乱とかいへる病にこをすゑてその
8 人を失ひしたくひいにしへよりためしすへ
9 なからす神火のくすしきことをさとらすして
10 かくわさはひをまねくハけにもろこし
   四オモテ
1 人の医せさるは中医をうるといひしかあちハひ
2 あることになんしかはいへれとのとかなる
3 春の日花の散に机おきてものかうかへなから
4 いざよもぎか關をすゑなんとてうきこヽろを
5 のへさひしき秋の夕月には尾花かもとにし
6 とね打しきてしめちか原のさしもくさおの
7 れか身をややかんとて病をはらふことこれ
8 にしく養ひはよもあらし又あまたの薬
9 有ともにハかなる病あるは湯水なんとえのみ
10 かぬる病めくりあしき人心はゑうまく
   四ウラ
1 ものしわするるも用ひてしるしありとはいふも
2 更也させる病なくまめやかの人〃はくるとし
3 ことの春と秋にやひとすうることなさんには
4 身のうちのあしきけかれもあらむきよめて
5 いのちをのふるくさはひとなりなんことうた
6 かうへうもあらさりけるされと人ミな延年
7 の説にまよひ廬生の夢をなす難波のこと
8 よしといひあしといふもこのめるとにくめる
9 よりよろつの迷ひもいてきにけり何かし主の
10 すこしきこそ養生はよけれといひしをよく
   五オモテ
1 かうかへぬれはやひとのしるしもいとおほきことに
2 なんありける
3   灸艾考證(もくさのあかし)
4      (以下略)

 【漢字読点等を増やしたヴァージョン】
灸艾考目録
   炙艾序言(もくさのことは)
  炙艾考證(もくさのあかし)
  蓬艾諸圖(よもきもくさのゑ)
  炙(よもき)治(ちす)古圖(ふるきゑ)   
  八處炙法(はつしよきうはう)
本編は、丙子の春知る人のもとより、炙艾のこと
を尋ね來たりしに、因りて予が多年聞き置きし
事どもと、種々の書冊子に出でしを収録して、
其の問いに答ふるものにて、かく編輯
  一ウラ
なせしは、丁丑の秋八月、大槻茂楨不錦
書屋のうちに記すものなりし

  二オモテ
1  炙艾序言(もくさのことは)
2 やひとは、病に良きものとして、重きいたはり
3 はさらにも言はず、いささかの風の患ひさへ
4 通さじとて、この蓬が關据(す)ゑざるはなし、然(さ)るから
5 古く艾をよめる歌あり、異(こと)国にも艾を賛えた
6 る賦あり、実(げ)に験(しるし)多かるものなれば、なべて
7 これを据へはやすも、然(さ)る事ぞかし、しかはあ
8 れど、世の人これをもて扱ふ仕業(しわざ)を
9 見るに、己(おの)が様々なり、好める人はひたぶ
10 るに多く燃ふるを良しとし、悪(にく)める人はあ
   二ウラ
1 ながちに厭(いと)とひて、一火(ひとひ)を耐え念じ得ざるも
2 あり、その技々によりて、良き悪しきの間
3 のあるをよく弁(わきま)へ知れる人はまれ也、
4 人には勧めて、己は据ゑざるあり、日毎に
5 据ゑて、猶ほ飽かず、さらに命長からんことを
6 願ふあり、又やひと据うる初めの程は、
7 言葉かしましげに燃ゆる思ひの耐へかぬる
8 様なるを、程たちぬれば、ものをも言は
9 ず、打ち眠(ねぶ)りぬるも多かりける、また五ツ四ツば
10 かりなる童部(わらはべ)を皆なこの労たく
   三オモテ
1 愛嬌ふりて見えたるも、やひと据うる時
2 は、大声に言ひ罵り、泣きわめきつつ、足
3 は高低(ひく)に踏みて、もだゆるさま、いとあはれに
4 て逃げなし、はた我れ目(ま)のあたり見つる拗(ねじ)
5 け人ありしが、年ころ八百萬と言ふ数を
6 据ゑぬるに、しびれと言ふ病に染みてみまかり
7 ぬ、はた生れ子の臍(ほぞ)の緒を落ちし後(あと)へ、いと
8 大なるやひと、数々据ゑて、失ひしこと起きぬ、三ツ
9 二ツ歳拾ひても、熱きと言ふことだに、えわき
10 まへざるに、やひと据ゑぬれば、心を驚かし、
   三ウラ
1 魂(たま)消ゆる技にやありけん、癇癖とか言へる
2 病を起こすあり、はた痃とか言へる瘡(かさ)は、大症
3 にて、いと烈(はげ)しきものなるに、やひと据ゑて、病を
4 重らし、風の氣あるとき、やひと据ゑて、労症
5 と言へる病に染み、夏の頃、いと暑さに耐へがたき
6 節(ふし)、やひと据ゑて、年へぬる寒疝とか言へる病
7 を訪(たず)ね、霍乱とか言へる病に此(こ)をすゑて、その
8 人を失ひし類(たぐひ)、古(いにしへ)より例(ためし)、術(すべ)
9 無からず、神火の奇(くす)しきことを悟らずして
10 かく災ひを招くは、実(げ)に唐土(もろこし)
   四オモテ
1 人の、医せざるは中医を得ると言ひしが、味わひ
2 あることになん、しかは言へれど、のどかなる
3 春の日、花の散るに机置きて、もの考へながら
4 いざよもぎか關を据ゑなんとて、うき心を
5 のべ、寂ししき秋の夕月には、尾花か下(もと)にし
6 とね打ち敷きて、しめぢが原のさしもぐさ、己
7 が身をや焼かんとて、病を払ふこと、これ
8 に如(し)く養ひは、よも有らじ、又数多(あまた)の薬
9 有るとも、俄かなる病有るは、湯水なんど、え飲み
10 かぬる病、めぐり悪しき人、心映ゑうまく
   四ウラ
1 ものし忘るるも、用ひて験(しるし)有りとは、言ふも
2 更也、させる病なく、まめやかの人々は、来る年
3 ごとの春と秋に、やひと据うること為さんには、
4 身の内の、悪しき汚(けが)れも有らむ、清めて
5 命を延ぶる草は、火となりなんこと、疑
6 うべうも有らざりける、されど人皆な延年
7 の説に迷ひ、廬生の夢をなす、難波のこと、
8 よしと言ひ、あしと言ふも、好めると、悪(にく)める
9 より、よろづの迷ひも出で来にけり、何某(なにがし)主の
10 少しきこそ、養生は良けれ、と言ひしを、よく
   五オモテ
1 考へぬれば、やひとの験(しるし)も、いと大きことに
2 なん有りける
3   灸艾考證(もくさのあかし)
4      (以下略)


  【注釋】
○炙治:「よもきちす」は暫定的なふりがな。俟考。 ○いたはり:病気。/いたはる:心身を痛める。病む。
  一ウラ
○丁丑の秋八月、大槻茂楨不錦書屋:
○記すものなりし:「り」は「理」を元字とするカナとしとおくが、「ら(羅)」にも見える。
  二オモテ
○5こと國:異国であろう。 ○6けに:げに。まことに。本当に。 ○しるし:ききめ。験。 ○なべて:一般に。当たり前に。 ○7はやす:ほめる。 ○そかし:ぞかし。強く判断したものにさらに念を押す意を添える。 ○9おのがさま々:それぞれ異なったさまになる。 ○ひたふる:ひたぶる。ひたすら。 ○10あなかちに:あながちに。むやみと。異常なほど。
   二ウラ
○1ねんし:念ず。我慢する。こらえる。 ○7かしまし:うるさい。かまびすしい。 ○10わらはへ:わらわべ。子どもたち。複数。 ○らうたく:かわいらしく。
   三オモテ
1あいけう:愛想がいい。 ○4はた:あるいは。 ○ねちけ:ねじける。ひねくれる。
   三ウラ
○1癇癖:かんしゃく。癲癇。 ○2痃:腹腔内に生じる弦索状の痞塊。後世ではへその両脇の索状の塊様の物という。なお後文に「かさ」とあるので、「玄疽」のことか。 ○おもらし:重くなる。重態になる。 ○労症:労風か。 ○8ためし:前例。 ○9くすしき:くすし。霊妙な力がある。 
   四オモテ
○1医せさるは中医をうる:『漢書』藝文志・方技略・經方:「故諺曰、有病不治、常得中醫」。 ○3散:暫定的に「散」と読んでおく。 ○4うきこヽろ:憂きこころ。浮きこころ。 ○5のへ:述べ。延べ。 ○5しとね:しきもの、ふとん。 ○しめちか原:下野国(栃木市北部)の野原。標茅原。 ○さしもくさ:百人一首。藤原実方(さねかた)の歌「かくとだに、えやは伊吹の、さしも草、さしも知らじな、燃ゆる思いを」。 ○
8しく:およぶ。 ○10心はゑ:心ばへ。心のありさま。心遣い。 
   四ウラ
○2まめやか:まじめなさま。 ○7廬生の夢:人生の栄枯盛衰のはかないことのたとえ。黄粱一炊の夢。邯鄲の夢。昔、趙の都邯鄲で、盧生という男が道士に枕を借りて寝たところ、次第に立身出世して金持ちになった夢をみたが、目がさめてみると寝る前にたいていた黄粱がまだにえ終わらないくらいの短い時間であったという故事から。李泌『枕中記』。 ○難波:大阪地方の古称。 ○8よしといひあしといふ:難波(なにわ)の葦。万葉集「おしてる難波の国は葦垣の」(0928)。「おしてる難波堀江の葦辺には」(2135)。「難波人葦火焚く屋の煤してあれど」(2651)。 ○9何かし主:なになに様。 ○10 すこしき:少量。