2011年3月3日木曜日

31-4 灸艾考

31-4灸艾考
     静嘉堂文庫所蔵『灸艾考』(九七函五一架)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』31所収
  一部、判読に自信なし。繰り返し記号の一部は「々」で代用した。

灸艾考目録
   炙艾序言(もくさのことは)
  炙艾考證(もくさのあかし)
  蓬艾諸圖(よもきもくさのゑ)
  炙(よもき)治(ちす)古圖(ふるきゑ)  
  八處炙法(はつしよきうはう)
本編は丙子の春知る人のもとより炙艾のこと
を尋來りしに因て予か多年聞置し
事ともと種〃の書冊子に出しを収録して
其問に答ふるものにてかく編しふ
  一ウラ
なせしは丁丑の秋八月大槻茂楨不錦
書屋のうちに記すものなり〔し〕

  
   二オモテ
1  炙艾序言(もくさのことは)
2 やひとはやまひによきものとしておもきいたはり
3 はさらにもいはすいさヽかの風のわつらひさへ
4 とほさしとてこの蓬か關すゑさるハなしさるから
5 ふるく艾をよめる歌ありこと國にも艾を賛た
6 る賦ありけにしるしおほかるものなれはなべて
7 これをすへはやすもさる事そかししかハあ
8 れと世の人これをもてあつかふしわさを
9 見におのがさま々なりこのめる人はひたふ
10 るにおほくもふるをよしとしにくめる人ハあ
   二ウラ
1 なかちにいとひてひとひをたえねんしえさるも
2 ありそのわざ々によりてよきあしきのあ
3 いたのあるをよくわきまへしれる人はまれ也
4 人にはすヽめておのれハすゑさるあり日毎に
5 すゑてなほあかすさらにいのちなかからんことを
6 ねかふあり又やひとすうるはしめの程ハ
7 ことはかしましけにもゆる思ひのたへかぬる
8 さまなるをほとたちぬれはものをもいは
9 す打ねふりぬるもおほかりけるまた五ツ四ツは
10 かりなるわらはへをみなこのらうたく
   三オモテ
1 あいけうふりて見えたるもやひとすうる時
2 は大こゑにいひのヽしりなきわめきつヽあし
3 は高ひくにふミてもたゆるさまいとあはれに
4 てにけなしはたわれまのあたり見つるねち
5 け人ありしか年ころ八百萬といふかすを
6 すゑぬるにしひれといふ病にそみてみまかり
7 ぬはた生れ子のほそのをおちしあとへいと
8 大なるやひとかす々すゑて失ひしことをきぬ三ツ
9 二ツとしひろひてもあつきといふことだにえわき
10 まへさるにやひとすゑぬれは心をおとろかし
   三ウラ
1 たまきゆるわさにやありけん癇癖とかいへる
2 病をおこすありはた痃とかいへるかさは大症
3 にていとはけしきものなるにやひとすゑて病を
4 おもらし風の氣あるときやひとすゑて労症
5 といへる病にそみ夏の頃いとあつさにたへがたき
6 ふしやひとすゑて年へぬる寒疝とかいへる病
7 をたつね霍乱とかいへる病にこをすゑてその
8 人を失ひしたくひいにしへよりためしすへ
9 なからす神火のくすしきことをさとらすして
10 かくわさはひをまねくハけにもろこし
   四オモテ
1 人の医せさるは中医をうるといひしかあちハひ
2 あることになんしかはいへれとのとかなる
3 春の日花の散に机おきてものかうかへなから
4 いざよもぎか關をすゑなんとてうきこヽろを
5 のへさひしき秋の夕月には尾花かもとにし
6 とね打しきてしめちか原のさしもくさおの
7 れか身をややかんとて病をはらふことこれ
8 にしく養ひはよもあらし又あまたの薬
9 有ともにハかなる病あるは湯水なんとえのみ
10 かぬる病めくりあしき人心はゑうまく
   四ウラ
1 ものしわするるも用ひてしるしありとはいふも
2 更也させる病なくまめやかの人〃はくるとし
3 ことの春と秋にやひとすうることなさんには
4 身のうちのあしきけかれもあらむきよめて
5 いのちをのふるくさはひとなりなんことうた
6 かうへうもあらさりけるされと人ミな延年
7 の説にまよひ廬生の夢をなす難波のこと
8 よしといひあしといふもこのめるとにくめる
9 よりよろつの迷ひもいてきにけり何かし主の
10 すこしきこそ養生はよけれといひしをよく
   五オモテ
1 かうかへぬれはやひとのしるしもいとおほきことに
2 なんありける
3   灸艾考證(もくさのあかし)
4      (以下略)

 【漢字読点等を増やしたヴァージョン】
灸艾考目録
   炙艾序言(もくさのことは)
  炙艾考證(もくさのあかし)
  蓬艾諸圖(よもきもくさのゑ)
  炙(よもき)治(ちす)古圖(ふるきゑ)   
  八處炙法(はつしよきうはう)
本編は、丙子の春知る人のもとより、炙艾のこと
を尋ね來たりしに、因りて予が多年聞き置きし
事どもと、種々の書冊子に出でしを収録して、
其の問いに答ふるものにて、かく編輯
  一ウラ
なせしは、丁丑の秋八月、大槻茂楨不錦
書屋のうちに記すものなりし

  二オモテ
1  炙艾序言(もくさのことは)
2 やひとは、病に良きものとして、重きいたはり
3 はさらにも言はず、いささかの風の患ひさへ
4 通さじとて、この蓬が關据(す)ゑざるはなし、然(さ)るから
5 古く艾をよめる歌あり、異(こと)国にも艾を賛えた
6 る賦あり、実(げ)に験(しるし)多かるものなれば、なべて
7 これを据へはやすも、然(さ)る事ぞかし、しかはあ
8 れど、世の人これをもて扱ふ仕業(しわざ)を
9 見るに、己(おの)が様々なり、好める人はひたぶ
10 るに多く燃ふるを良しとし、悪(にく)める人はあ
   二ウラ
1 ながちに厭(いと)とひて、一火(ひとひ)を耐え念じ得ざるも
2 あり、その技々によりて、良き悪しきの間
3 のあるをよく弁(わきま)へ知れる人はまれ也、
4 人には勧めて、己は据ゑざるあり、日毎に
5 据ゑて、猶ほ飽かず、さらに命長からんことを
6 願ふあり、又やひと据うる初めの程は、
7 言葉かしましげに燃ゆる思ひの耐へかぬる
8 様なるを、程たちぬれば、ものをも言は
9 ず、打ち眠(ねぶ)りぬるも多かりける、また五ツ四ツば
10 かりなる童部(わらはべ)を皆なこの労たく
   三オモテ
1 愛嬌ふりて見えたるも、やひと据うる時
2 は、大声に言ひ罵り、泣きわめきつつ、足
3 は高低(ひく)に踏みて、もだゆるさま、いとあはれに
4 て逃げなし、はた我れ目(ま)のあたり見つる拗(ねじ)
5 け人ありしが、年ころ八百萬と言ふ数を
6 据ゑぬるに、しびれと言ふ病に染みてみまかり
7 ぬ、はた生れ子の臍(ほぞ)の緒を落ちし後(あと)へ、いと
8 大なるやひと、数々据ゑて、失ひしこと起きぬ、三ツ
9 二ツ歳拾ひても、熱きと言ふことだに、えわき
10 まへざるに、やひと据ゑぬれば、心を驚かし、
   三ウラ
1 魂(たま)消ゆる技にやありけん、癇癖とか言へる
2 病を起こすあり、はた痃とか言へる瘡(かさ)は、大症
3 にて、いと烈(はげ)しきものなるに、やひと据ゑて、病を
4 重らし、風の氣あるとき、やひと据ゑて、労症
5 と言へる病に染み、夏の頃、いと暑さに耐へがたき
6 節(ふし)、やひと据ゑて、年へぬる寒疝とか言へる病
7 を訪(たず)ね、霍乱とか言へる病に此(こ)をすゑて、その
8 人を失ひし類(たぐひ)、古(いにしへ)より例(ためし)、術(すべ)
9 無からず、神火の奇(くす)しきことを悟らずして
10 かく災ひを招くは、実(げ)に唐土(もろこし)
   四オモテ
1 人の、医せざるは中医を得ると言ひしが、味わひ
2 あることになん、しかは言へれど、のどかなる
3 春の日、花の散るに机置きて、もの考へながら
4 いざよもぎか關を据ゑなんとて、うき心を
5 のべ、寂ししき秋の夕月には、尾花か下(もと)にし
6 とね打ち敷きて、しめぢが原のさしもぐさ、己
7 が身をや焼かんとて、病を払ふこと、これ
8 に如(し)く養ひは、よも有らじ、又数多(あまた)の薬
9 有るとも、俄かなる病有るは、湯水なんど、え飲み
10 かぬる病、めぐり悪しき人、心映ゑうまく
   四ウラ
1 ものし忘るるも、用ひて験(しるし)有りとは、言ふも
2 更也、させる病なく、まめやかの人々は、来る年
3 ごとの春と秋に、やひと据うること為さんには、
4 身の内の、悪しき汚(けが)れも有らむ、清めて
5 命を延ぶる草は、火となりなんこと、疑
6 うべうも有らざりける、されど人皆な延年
7 の説に迷ひ、廬生の夢をなす、難波のこと、
8 よしと言ひ、あしと言ふも、好めると、悪(にく)める
9 より、よろづの迷ひも出で来にけり、何某(なにがし)主の
10 少しきこそ、養生は良けれ、と言ひしを、よく
   五オモテ
1 考へぬれば、やひとの験(しるし)も、いと大きことに
2 なん有りける
3   灸艾考證(もくさのあかし)
4      (以下略)


  【注釋】
○炙治:「よもきちす」は暫定的なふりがな。俟考。 ○いたはり:病気。/いたはる:心身を痛める。病む。
  一ウラ
○丁丑の秋八月、大槻茂楨不錦書屋:
○記すものなりし:「り」は「理」を元字とするカナとしとおくが、「ら(羅)」にも見える。
  二オモテ
○5こと國:異国であろう。 ○6けに:げに。まことに。本当に。 ○しるし:ききめ。験。 ○なべて:一般に。当たり前に。 ○7はやす:ほめる。 ○そかし:ぞかし。強く判断したものにさらに念を押す意を添える。 ○9おのがさま々:それぞれ異なったさまになる。 ○ひたふる:ひたぶる。ひたすら。 ○10あなかちに:あながちに。むやみと。異常なほど。
   二ウラ
○1ねんし:念ず。我慢する。こらえる。 ○7かしまし:うるさい。かまびすしい。 ○10わらはへ:わらわべ。子どもたち。複数。 ○らうたく:かわいらしく。
   三オモテ
1あいけう:愛想がいい。 ○4はた:あるいは。 ○ねちけ:ねじける。ひねくれる。
   三ウラ
○1癇癖:かんしゃく。癲癇。 ○2痃:腹腔内に生じる弦索状の痞塊。後世ではへその両脇の索状の塊様の物という。なお後文に「かさ」とあるので、「玄疽」のことか。 ○おもらし:重くなる。重態になる。 ○労症:労風か。 ○8ためし:前例。 ○9くすしき:くすし。霊妙な力がある。 
   四オモテ
○1医せさるは中医をうる:『漢書』藝文志・方技略・經方:「故諺曰、有病不治、常得中醫」。 ○3散:暫定的に「散」と読んでおく。 ○4うきこヽろ:憂きこころ。浮きこころ。 ○5のへ:述べ。延べ。 ○5しとね:しきもの、ふとん。 ○しめちか原:下野国(栃木市北部)の野原。標茅原。 ○さしもくさ:百人一首。藤原実方(さねかた)の歌「かくとだに、えやは伊吹の、さしも草、さしも知らじな、燃ゆる思いを」。 ○
8しく:およぶ。 ○10心はゑ:心ばへ。心のありさま。心遣い。 
   四ウラ
○2まめやか:まじめなさま。 ○7廬生の夢:人生の栄枯盛衰のはかないことのたとえ。黄粱一炊の夢。邯鄲の夢。昔、趙の都邯鄲で、盧生という男が道士に枕を借りて寝たところ、次第に立身出世して金持ちになった夢をみたが、目がさめてみると寝る前にたいていた黄粱がまだにえ終わらないくらいの短い時間であったという故事から。李泌『枕中記』。 ○難波:大阪地方の古称。 ○8よしといひあしといふ:難波(なにわ)の葦。万葉集「おしてる難波の国は葦垣の」(0928)。「おしてる難波堀江の葦辺には」(2135)。「難波人葦火焚く屋の煤してあれど」(2651)。 ○9何かし主:なになに様。 ○10 すこしき:少量。 

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