2011年2月28日月曜日

31-2 參攷挨穴編

31-2參攷挨穴編
     東京大学附属図書館所蔵V11-553
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』30所収

參攷挨穴編序
惟此參攷挨穴編恕公驪先生餘力之所及也先
生嘗曰有饗庭東菴也者創復古之學而著經脉
發揮雖為嚆矢撥亂而未反正者也先師東嶺中
島子也者少師事春仙宮本氏人稱出藍之青愈
琢益磨終拂雲霧明未明者也登時靡偃其風者
不為少焉北渚堀氏也者著隧輸通考其緝彙不
遺纖芥而盡焉者也挨穴之法於是乎詳悉矣然
甲乙以下經穴部位徃〃不同盖一得一失耳未
  一ウラ
知適從孰所乃彼是相緝此照彼映則形影了然
而可視爰必有淂焉故教授之餘暇以草此編我
嘗聞之如是矣然荷蕢之功未及九仞而先生易
簀悲哉惜哉今茲偶淂看其稿喜以繕寫其稿也
隨淂隨筆者而首尾體裁不一或有未及骨度附
録者今竊改之正之補之未知愜先生之意否愼
所附者墨筐中下案字以別之實蒼蠅附驥尾耳
庶幾識者為先生驅其可驅者而使無喧幸甚焉
矣哉天保己亥月正門人藍川愼謹識

  【訓み下し】
參攷挨穴編序
惟(おもんみ)るに此の參攷挨穴編は、恕公驪先生餘力の及ぶ所なり。先
生嘗て曰く、饗庭東菴なる者有り、復古の學を創(はじ)め、而して經脉
發揮を著す。嚆矢と為ると雖も、亂を撥(おさ)むるも未だ正に反(かえ)さざる者なり。先師東嶺中
島子なる者、少(わか)くして春仙宮本氏に師事す。人は出藍の青と稱す。愈いよ
琢(みが)き益ます磨(みが)き、終(つい)に雲霧を拂い、未だ明らかなるざるを明かにする者なり。登時、其の風に靡(なび)き偃(ふ)す者は、
少なしと為さず。北渚堀氏なる者は、隧輸通考を著す。其の緝彙は
纖芥を遺さず、而して焉(これ)を盡す者なり。挨穴の法、是(ここ)に於いて詳悉たり。然れども
甲乙以下、經穴の部位、往々にして同じからず。蓋し一得一失あるのみにして、未だ
  一ウラ
孰(いづ)れの所に適從するかを知らず。乃ち彼れ是れ相い緝(あつ)め、此れ照らし彼れ映し、則ち形影了然として
視る可し。爰(ここ)に必ず得有り。故に教授の餘暇、以て此の編を草す、と。我れ
嘗て之を聞くこと是(かく)の如し。然して蕢(あじか)を荷うの功、未だ九仞に及ばず。而して先生は
簀(サク)を易う。悲しいかな。惜しいかな。今茲、偶たま其の稿を看るを得て、喜びて以て繕寫す。其の稿なるや、
得るに隨い筆に隨う者にして、首尾體裁、一ならず。或いは未だ骨度に及ばずして附
録する者有り。今ま竊(ひそ)かに之を改め之を正し之を補う。未だ知らず、先生の意に愜(かな)うや否やを。愼、
附する所の者は、墨筐中、案字を下し、以て之を別つ。實に蒼蠅、驥尾に附すのみ。
庶幾(こいねが)くは識者、先生の為に其の驅る可き者を驅りて、而して喧(かまびす)しきこと無からしめば、幸甚なるかな。
天保己亥月正、門人藍川愼謹みて識(しる)す


  【注釋】
○挨穴:取穴。 ○惟:原文は「牛」偏につくる。 ○恕公驪先生:目黒道琢(1739~1798)。道琢は会津柳津(やないづ)の畠山氏を祖とする豪農の家に生まれた。名は尚忠(なおただ)、字は恕公(じょこう)、号は飯渓(はんけい)。江戸に出て曲直瀬玄佐(まなせげんさ)(7代道三[どうさん])の門に入り、塾頭となる。松平定信(まつだいらさだのぶ)の信任を受けて医学館の教授に招かれ34年にわたって医経を講義。考証医学の素地を作った。(『日本漢方典籍辞典』) ○經脉發揮:饗庭東庵(立伯[りゅうはく]、1621~73)の著になる経脈・経穴学書。全7巻。単に『経脈発揮(けいみゃくはっき)』ともいう。1660年頃初版。東庵は曲直瀬玄朔(まなせげんさく)の門人で、『素問』『霊枢』『難経』などの古典医書に造詣が深く、とくに運気学説には精通した。その学派は素霊派あるいは後世別派と称され、門下には優秀な学医が多く輩出し、江戸中期の医学に大きな影響を与えた。本書は江戸前期のこの類の医書としては最も優れたもので、歴史的にも重要な意義をもつ。万治(1658~60)頃の木活字を用いた印本があり、中国では『北京大学図書館蔵善本医書』(1987)、日本では『臨床鍼灸古典全書』(1990)に影印収録されている。さらに万治木活字版に返り点・送り仮名を付して覆刻(かぶせぼり)した寛文8(1668)年の整版本もある。(『日本漢方典籍辞典』) ○嚆矢:鏑矢。 物事の始め。 ○撥亂而未反正者:『春秋公羊傳』哀公十四年:「撥亂世、反諸正、莫近諸春秋」。過ちや乱れを除いて、正道に帰る。 ○先師:亡くなられた先生。 ○東嶺中島子:中島元春。道琢の師。『臨床鍼灸古典全書』24巻所収『経絡明弁』を参照。 ○春仙宮本氏:『臨床鍼灸古典全書』23巻に『宮本氏経絡之書』『宮本家十四経絡』『宮本一流経絡書』を収録。『灸穴秘蘊』にも春仙の名が見える。『経穴纂要』丹波元簡序によれば、水戸藩医。 ○出藍之青:『荀子』勸學「青取之于藍而青于藍、冰、水為之而寒于水」。藍は、たで科の一年草。葉から青色の染料をとる。その色は藍より深い青色を呈す。後に弟子が師に勝る、あるいは後輩が先輩より優れることの比喩として用いられる。 ○琢磨:『詩經』衛風・淇奧「如切如磋、如琢如磨」。切磋琢磨。相互に研究討論し、精進することの比喩。 ○拂雲霧:雲霧が払われると、青天・光明がみえる。 ○登時:すぐに。即座に。当時。 ○風:威勢。気勢。風紀。教化。 ○北渚堀氏:堀元厚(1686~1754)。元厚は山城国山科の人で、名は貞忠(さだただ)、号は北渚(ほくしょ)。味岡三伯(あじおかさんぱく)・小川朔庵(おがわさくあん)に学び、医名を馳せた。(『日本漢方典籍辞典』) ○隧輸通考:延享元(1744)年の掘正修(ほりまさなが)序、同年の自序、翌同2年の掘景山(ほりけいざん)(名正超[まさたつ])跋がある。衢昌栢(くしょうはく)(甫山[ほざん])との共著とされる。饗庭東庵(あえばとうあん)の『黄帝秘伝経脈発揮(こうていひでんけいみゃくはつき)』を基本資料に、諸説と自説を加えて成ったもの。巻1は総攷、巻2~4は正経八脈、巻5は奇経八脈、巻6は奇兪類集。元厚の経穴学に対する力量を示す書で、後世の日本経穴書に大きな影響を及ぼした。(『日本漢方典籍辞典』) ○緝彙:あつめる。/緝:「輯」と同じ。 ○不遺纖芥:非常に詳細であることの形容。もっとも微細な部分でさえのこさない。/纖:細小、輕微。/芥:細小の、微賤の。 ○詳悉:詳細に知りつくす。 ○甲乙:『鍼灸甲乙經』。 ○徃:「往」の異体字。 ○盖:「蓋」の異体字。 ○一得一失:得失。一長一短。
  一ウラ
○適從:まもりしたがう。依附する。『春秋左氏傳』僖公五年:「一國三公、吾誰適從」。 ○照映:てらしかがやかす。 ○形影:形体と影。 ○了然:明瞭。一目瞭然。 ○有淂:「淂」は「得」の異体字。得るところ、了解するところがある。 ○草:起稿。起草する。 ○荷蕢:『論語』憲問「有荷蕢而過孔氏之門者」。朱熹集注「此荷蕢者亦隱士也」。隠士をいう。道琢が「市井の医」(多紀元簡『飯渓目黒先生墓』碑文)であったことを指すのであろう。/蕢:草の縄あるいは竹で編んだ土を盛る道具。み・もっこ。 ○九仞:高さが非常に高いこと。/仞:長さの単位。八尺を一仞という。一説では七尺。/九仞の功を一簣に虧く。 ○易簀:人の死をいう。/簀:竹製の敷物。曾子は臨終の時、席褥を季孫から賜ったが、自己は大夫でないため、大夫が用いる席褥を使用するのは、礼制に合しないと、席をかえさせた。『禮記』檀弓上にみえる。 ○今茲:今年。いま。 ○繕寫:抄写、書写する。 ○隨:~にしたがって。~にまかせて。得るにまかせて筆写する。 ○首尾:事物の起首と末尾。 ○體裁:構造。スタイル。体例。 ○不一:不同。一定でない。 ○骨度:骨格を基準とした人体の測り方。 ○竊:個人的に。私見で。自己の見解の不確かさを表すため謙遜して用いる。 ○愜:適合する。満足させる。 ○愼:藍川慎。 ○墨筐中下案字:「案」(「按」「桉」もあり)字を四角い枠で囲い、その下に按語を書く。 ○蒼蠅附驥尾:後進の者が、すぐれた先輩に従って物事を行い、成功すること。すぐれた人につき従って事を行えば実力以上の事をなしとげることができるというたとえ。駿馬ノシッポニ止マッテ行ケバ一日ニ千里モ行クコトガデキル。『史記』伯夷列傳「顏淵雖篤學、附驥尾而行益顯」。『史記索隱』「蒼蠅附驥尾而致千里」。『後漢書』隗囂公孫述列傳「蒼蠅之飛、不過數歩、即託驥尾、得以絶群」。/蒼蠅:青ハエ。小人のたとえ。/驥:一日に千里を走る馬。 ○庶幾:希望をあらわす語気詞。 ○識者:見識あるひと。 ○驅:駆逐する。追い出す。 ○天保己亥:天保十年(一八三九年)。 ○月正:正月。 ○藍川愼:藍川玄慎(あいかわげんしん)。名は慎(まこと)、通称は新吾(しんご)、号は茅山(ぼうざん)。出雲松江藩医・儒。目黒道琢(めぐろどうたく)に学び、とりわけ針灸と本草に通じ、ほかに『太素経攷異(たいそきょうこうい)』『読甲乙経丙巻要略(どくこうおつきようへいかんようりゃく)』『読骨度篇(どくこつどヘん)』『読肘後方(どくちゅうごほう)』『針灸甲乙経孔穴主治(しんきゅうこうおつきようこうけつしゅち)』『大同類聚方攷異(だいどうるいじゅほうこうい)』『大同類聚方窃疑(だいどうるいじゅほうせつぎ)』『穴名捜捷(けつめいそうしょう)』『茅山査苞(ぼうざんさほう)』『査苞茅山(さほうぼうざん)』『茅山本草医伝(ぼうざんほんぞういでん)』『博桑果図考(はくそうかずこう)』『康頼本草校註(こうらいほんぞうこうちゅう)』などの著書を遺している。玄慎は国学にも通じ、松平治郷(まつだいらはるさと)の命で、塙保己一(はなわほきいち)のあとを継ぎ雲州本『延喜式(えんぎしき)』(1828年刊)を完成させた人物でもある。(『日本漢方典籍辞典』)

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