2011年2月21日月曜日

28-4 腧穴折衷

28-4『腧穴折衷』
     東洋医学研究所所蔵
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』28所収

  一オモテ
腧穴折衷序
明堂逸而九靈興焉發揮出而資生黜焉
啓玄之偽攖寧之忘其既盛于世黄岐之
教殆近于燼矣宜哉今之毉講明堂之舊
要者鮮矣夫人者小天地腧穴在人身猶
列星麗天乎蓋腠理者爲通會元眞之處
孔穴者爲鍼刺灸療之場而形有長短體
有肥瘦肌膚有麤厚筋肉有弛張男女老
  一ウラ
幼強壯嬴弱各各殊異其已腧穴在外經  〔嬴:「羸」の誤字〕
絡在内在外者如彼在内者如此外則筋
骨支節皮毛齒髪内則肝膽心肺脾腎腸
胃氣血灌漑流注於其間而榮衞於五尺
之軀焉子産有云人心不同如其面豈特
心焉耳雖其他府藏亦可知矣況於百骸
關節孫絡支別乎嗚乎子産之言實亦不
誣焉此天地造物不可以究極焉亦無奈
  二オモテ
何凡取穴之法索之指下與診法相似然
脉者有應穴者無應脉有反關穴有阿是
古之名毉亦只探之於宛宛中幽深隱約
其機至爲微矣其灸則爲痕鍼則爲痏故
自非執古之道御今之有者難乎達其旨
矣嗚乎身體髪膚不敢損傷者可謂良工
矣宋時礱石範銅然膠柱鼓瑟不如無此
器焉其尺寸者起於人身而寸寸量之至
  二ウラ
尺而違亦不能不違也此其所以爲難也
近世毉人不宗古經偏貴勦説若或拘泥
於毫釐忽絲之際未甞不生疑惑焉是以
直欲割剖經絡屠剥腸胃而親觀察於内
景之眞不亦愚乎徃昔如扁鵲洞視華佗
浣湔者竟是神術非學所得況至如殷紂
鑿心視七孔新莽尸解窺府藏者慕戾恣   〔慕:「暴」の誤字〕
睢固亦亡論而已蓋死者人之終也人死
  三オモテ
無智七情無所生六氣無所侵其於毉何
用之有亦可以投豺狼之餌哉其腧穴之
由其來久矣秦和所論肓上膏下出于左
丘明越人所謂三陽五會出于司馬遷今
其膚淺之徒欲不揣其本而齊其末不亦
迂遠乎水府安元越甞遊西京就學于屈
子矣仍著腧穴折衷今亦欲上梓請序于
余余始讀灸炳要覽而已識屈子能達明   〔炳:「焫」の誤字〕
  三ウラ
堂之古義矣嗚乎如元越者可謂能立其
志焉於是乎序
 寳曆甲申之春  江都 望 三英


 【訓み下し】
腧穴折衷序
明堂逸して九靈興る。發揮出でて資生黜(しりぞ)く。
啓玄の偽、攖寧の忘、其れ既に世に盛んなり。黄岐の
教え、殆ど燼に近し。宜(むべ)なるかな、今の毉、明堂の舊
要を講ずる者鮮(すく)なきは。夫れ人は小天地なり。腧穴の人身に在ること、猶お
列星の天に麗(つ)くがごときか。蓋し腠理なる者は、通會元眞の處爲(た)り。
孔穴なる者は、鍼刺灸療の場爲(た)り。而して形に長短有り、體に
肥瘦有り。肌膚に麤厚有り、筋肉に弛張有り。男女老
  一ウラ
幼、強壯羸弱、各各殊異す。其れ已に腧穴は外に在り、經
絡は内に在り。外に在る者は彼の如く、内に在る者は此(かく)の如し。外は則ち筋
骨支節皮毛齒髪なり。内は則ち肝膽心肺脾腎腸
胃なり。氣血は灌漑して其の間に流注し、而して五尺
の軀に榮衞す。子産有りて云う、人心の同じからざるは其の面の如し、と。豈に特に
心のみならんや。其の他の府藏と雖も亦た知る可し。況んや百骸、
關節、孫絡、支別に於いてをや。嗚乎(ああ)、子産の言、實に亦た
誣(し)いざらんや。此の天地の造物、以て究極す可からず。亦た
  二オモテ
奈何(いかん)ともする無し。凡そ取穴の法は、之を指下に索(もと)めて、診法と相似る。然れども
脉は應有りて、穴は應無く、脉に反關有りて、穴に阿是有り。
古(いにし)えの名毉も、亦た只だ之を宛宛たる中に探るのみ。幽深隱約、
其の機至って微と爲す。其れ灸すれば則ち痕を爲し、鍼すれば則ち痏を爲す。故に
古えの道を執りて、今の有を御するに非ざる自りは、其の旨に達するに難(かた)からん。
嗚乎、身體髪膚、敢えて損傷せざる者は、良工と謂っつ可し。
宋の時、石に礱し銅に範す。然れども柱(ちゆう)に膠(にかわ)し瑟を鼓すれば、此の器無きに如(し)かず。
其れ尺寸なる者は人身に起こり、而して寸寸、之を量る。
  二ウラ
尺に至って違(たが)えば、亦た違わざる能わざるなり。此れ其の難と爲す所以(ゆえん)なり。
近世の毉人は、古經を宗とせず、偏えに勦説を貴び、若しくは或いは
毫釐忽絲の際に拘泥して、未だ嘗て疑惑を生ぜずんばあらず。是(ここ)を以て
直(ただ)ちに經絡を割剖し、腸胃を屠剥し、而して親しく内
景の眞を觀察せんと欲するも、亦た愚かならずや。往昔、扁鵲の洞視、華佗の
浣湔の如き者は、竟(つい)に是れ神術にして、學びて得る所に非ず。況んや殷の紂、
心を鑿ちて七孔を視、新の莽、尸解して府藏を窺う者の、暴戾恣
睢の如きに至っては、固(もと)より亦た論ずること亡きのみ。蓋し死は、人の終なり。人死すれば
  三オモテ
智無く、七情生ずる所無く、六氣侵す所無し。其れ毉に於いて何の
用か之有らん。亦た以て豺狼の餌に投ずる可きかな。其れ腧穴の
由、其の來たるや久し。秦和論ずる所の肓上膏下は、左
丘明に出づ。越人謂う所の三陽五會は、司馬遷に出づ。今ま
其の膚淺の徒、其の本を揣(はか)らずして其の末を齊(ととの)えんと欲す。亦た
迂遠ならずや。水府の安元越、嘗て西京に遊び、屈子に就きて學ぶ。
仍(よ)って腧穴折衷を著す。今ま亦た梓に上(のぼ)せんと欲し、序を余に請う。
余始めて灸焫要覽を讀み、而して已に屈子の能く明   
  三ウラ
堂の古義に達するを識(し)る。嗚乎(ああ)、元越の如き者は、能く其の
志を立つと謂っつ可し。是(ここ)に於いて序す。
寳曆甲申の春  江都 望 三英

  【注釋】
○明堂:『明堂經』。孔穴書をいう。 ○九靈:『靈樞』の別名。『素問』王冰序「黄帝内經十八卷、素問即其經之九卷也、兼靈樞九卷、廼其數焉」。新校正云「按、隋書經籍志謂之九靈、王冰名爲靈樞」。 ○發揮:元・滑壽『十四經發揮』。 ○資生:宋・王執中『鍼灸資生經』。 ○黜:価値が下がる。 ○啓玄之偽:啓玄子王冰。王冰が『素問』に運気七篇を竄入したことを指すか。 ○攖寧之忘:攖寧生滑壽。江戸時代、『十四経発揮』はひろく受け入れられたが、『非十四経弁』という書籍が出版されるなど批判もあった。/「忘」は「亡」に通じ、ここでは、伝わってきたものの一部が失われたことをいうのであろう。 ○黄岐:黄帝と岐伯。 ○燼:燃えかす。 ○列星:恒星。 ○麗:『易經』離卦・彖「離、麗也。日月麗乎天、百穀草木麗乎土」。 ○腠理者爲通會元眞之處:『金匱要略』臟腑經絡先後病脉證第一「腠者、是三焦通會元眞之處」。 ○麤:「粗」の異体字。
  一ウラ 
○嬴:「羸」の誤字。羸:痩せてよわい。 ○殊異:特異。ことなる。 ○子産:春秋時代、鄭の大夫、公孫僑の字。 ○人心不同如其面:『春秋左傳』襄公・三十一年傳「人心之不同如其面焉」。 ○誣:欺く。いつわる。 ○造物:万物を創造する力。 
  二オモテ
○應:反応。 ○反關:橈骨動脈の脈診部が通常と異なり、橈骨の外側に脈が触れること。 ○阿是:経脈に属さない穴。ただし一般に、奇穴は阿是穴から除かれる。 ○宛宛:屈曲したさま。うねうねしたさま。やわらかいさま。 ○幽深:深く静か。暗く遠い。かくれた。 ○隱約:はっきりしない。 ○痏:きず。 ○自非:もし~でなければ。 ○執古之道御今之有:『老子』十四章「執古之道、以御今之有。能知古始、是謂道紀」。古くからある道を掌握することによって、今あるものを制御する。 ○身體髪膚不敢損傷者:『孝經』「身體髮膚、受之父母、不敢毀傷、孝之始也」。 ○宋時礱石範銅:『銅人腧穴鍼灸圖經』御製銅人腧穴針灸圖經(明・英宗)序「宋天聖中創作銅人腧穴鍼灸圖經三卷、刻石復範銅……乃命礱石範銅」。/礱:みがく。こする。/範:模型を鋳造する。天聖五(一〇二七)年に天聖銅人を鋳造し、経文を石に刻んだ(それから拓本を作った)ことをいう。 ○膠柱鼓瑟:柱(ちゆう)に膠(にかわ)して瑟(しつ)を鼓(こ)す。『史記』廉頗藺相如傳「王以名使括、若膠柱而鼓瑟耳。括徒能讀其父書傳、不知合變也」。規則にこだわって融通が利かないたとえ。
  二ウラ
○勦説:他人のものを剽窃した説。 ○毫釐忽絲之際:ごく小さな違い。小数の名前:分、釐、毫、絲、忽、微、纎、眇、塵、埃。それぞれ十分の一。 ○屠剥:『漢書』王莽傳中「翟義黨王孫慶捕得、莽使太醫、尚方與巧屠共刳剥之、量度五藏、以竹筳導其脈、知所終始、云可以治病」。 ○内景:道教の用語。本来、体内の神を指すが、解剖図、人体の内部構造の意味で使われる。 ○扁鵲洞視:『史記』扁鵲倉公傳「扁鵲以其言飲藥三十日、視見垣一方人。以此視病、盡見五藏癥結」。/「洞視」は、透視。 ○華佗浣湔:『三國志』華佗傳「病若在腸中、便斷腸湔洗、縫腹膏摩、四五日差、不痛」。/「浣湔」は、洗う。 ○殷紂鑿心視七孔:『史記』殷本紀「紂怒曰、吾聞聖人心有七竅。剖比干、觀其心」。 ○新莽尸解窺府藏:「屠剥」注を参照。「新」は王莽が建てた王朝。/尸解:道教用語では、修練を積んで道を得た者が形骸を残して仙となることをいうが、ここでは死体(尸)解剖(解)の意。 ○暴戻:きわめて横暴なさま。 ○恣睢:思うがままに残忍凶悪な行為をする。『史記』伯夷列傳「盜蹠日殺不辜、肝人之肉、暴戾恣睢、聚黨數千人橫行天下、竟以壽終」。 
  三オモテ
○七情:喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の情志。 ○六氣:風、熱、火、濕、燥、寒の六種の気候。 ○豺狼:山犬(ジャッカル)とオオカミ。猛獣。 ○秦和所論肓上膏下出于左丘明:「秦和」は、「秦緩」のあやまり。左丘明『春秋左傳』成公十年「公疾病、求醫于秦。秦伯使醫緩為之。未至、公夢疾為二豎子曰、彼良醫也、懼傷我、焉逃之。其一曰、居肓之上、膏之下、若我何」。 ○越人所謂三陽五會出于司馬遷:司馬遷『史記』扁鵲倉公傳「扁鵲乃使弟子子陽厲鍼砥石、以取外三陽五會、有閒、太子蘇」。 ○膚淺之徒:学識や理解が浅薄なやから。 ○齊:ととのえる。おさめる。 ○迂遠:回りくどく、実際に役立たないさま。 ○水府:水戸。 ○安元越:安井元越。「安」は修姓。 ○遊:旅する。遊学する。 ○西京:京都。 ○就學:師について学ぶ。 ○屈子:堀元厚。「屈」は修姓。 ○上梓:文字を木版上に彫る。出版する。 ○灸焫要覽:享保9(1724)年刊。元厚は山城国山科の人で、名は貞忠(さだただ)、号は北渚(ほくしょ)。味岡三伯(あじおかさんぱく)・小川朔庵(おがわさくあん)に学び、医名を馳せた。(『日本漢方典籍辞典』)
  三ウラ
○寳曆甲申:宝暦十四年、明和元(一七六四)年。六月二日改元。 ○江都:江戸。 ○望三英:望月三英(一六九七~一七六九)。三英は江戸の人で、望月雷山(らいざん)の子。名は乗(じょう)、字は君彦(たかひこ)、号は鹿門(ろくもん)。法眼(ほうげん)の位に進んだ。(『日本漢方典籍辞典』)


  (自序)
  一オモテ
腧穴折衷序
黄帝内經十八卷隊穴尤爲毉之規矩
矣古人曰毉而不知經絡猶人夜行無
燭可謂知言也嗚呼去古悠邈而正義
乖眞偽分爭而理相亂非刻意研精固
不易得也余不敏而承箕裘之業發憤
毉書而困其難通��以爲經絡者事也   (B領域。「穴+耒+禺」)
思而不學則不能得矣乃負笈雒下問
  一ウラ
隊穴於先師朝思夕省撮其緒餘草稿
已成巾笥藏之然恐久而亡焉於是不
揣固陋刊諸梓目曰腧穴折衷上以續
先人之餘業下以示後代之子孫於學
毉小子亦豈無益於萬一哉
  明和元甲申之秋安井元越書于
  東都之寓舎
(印形黒字「安/井」、白字「美/喬)
  【訓み下し】
  一オモテ
腧穴折衷序
黄帝内經十八卷。隊穴は尤も毉の規矩爲(た)り。
古人曰く、毉にして經絡を知らざるは、猶お人の夜行きて燭無きがごとし、と。
知言と謂っつ可し。嗚呼、古えを去ること悠邈にして、而して正義
乖(もと)り、眞偽分れて爭い、而して理相い亂る。刻意研精するに非ざれば、固(もと)より
得ること易からざるなり。余、不敏にして而して箕裘の業を承(う)け、
毉書に發憤して、而して其の通じ難きに困(くる)しみ、竊(ひそ)かに以爲(おもえ)らく經絡なる者は事なり、
思いて學ばざれば則ち得る能わず、と。乃ち笈を雒下に負い、
  一ウラ
隊穴を先師に問う。朝(あした)に思い夕(ゆうべ)に省(かえり)みる。其の緒餘を撮(と)り、草稿
已に成り、巾笥に之を藏す。然して久しくして亡(うしな)うを恐る。是に於いて
固陋を揣(はか)らず、諸(これ)を梓に刊(きざ)み、目して腧穴折衷と曰う。上(かみ)は以て
先人の餘業を續(つ)ぎ、下(しも)は以て後代の子孫に示す。
毉を學ぶ小子に於いて、亦た豈に萬が一に於いて益あること無からんや。
  明和元甲申の秋、安井元越、
  東都の寓舎に書す。
  【注釋】
○黄帝内經十八卷:『漢書』藝文志・醫經七家「黃帝內經十八卷」。 ○隊穴:堀氏の流れに属するひとたちが孔穴をあらわす用語。腧穴と同義であろう。堀元厚に『隧輸通攷』あり、杏雨書屋には、『刪補遂輸通考』があるという(『臨床鍼灸古典全書』第二期解説)。/「隧」は、道路、トンネル。 ○規矩:コンパスと定規。円形や四角形を正しく描く道具。標準。手本。 ○古人曰:李梴『醫學入門』内集‧卷一 經絡 經穴起止「醫而不知經絡、猶人夜行無燭、業者不可不熟」。 ○知言:道理にかなったことば。遠くを見通したことば。 ○悠邈:年代が久しく遠いさま。 ○刻意:苦心する。心をひとつにして、よく考える。 ○研精:綿密に研究する。 ○不敏:にぶい。かしこくない。 ○箕裘:父親の技芸や家業。『禮記』學記「良冶之子必學為裘、良弓之子必學為箕」。「箕」は「み(竹で編んだ農具、穀物の殻やちりを飛ばすのに用いる)」。「裘」は皮のジャンパー。 ○發憤:不満足を自覚して、力を尽くす。『論語』述而「發憤忘食、樂以忘憂」。 ○��(B領域。「穴+耒+禺」):「竊」の異体字。 ○思而不學則:『論語』為政「子曰、學而不思則罔、思而不學則殆」。 ○負笈:書箱を背負う。外に学問を求めることの比喩。 ○雒:洛陽。京都。 ○下:付近。の中。 
  一ウラ
○先師:亡くなられた先生。 ○朝思夕省:朝も夕もつねに思いをめぐらす。 ○撮:摘録する。 ○緒餘:あまり。多く学問などをいう。 ○巾笥:巾箱。書籍を入れる箱。 ○固陋:見聞の浅いこと。 ○刊:彫刻する。 ○目:呼ぶ。名づける。 ○續:つぐ。継承する。 ○先人:古人。 ○餘業:のこされた事業。 ○小子:年少者。 ○萬一:万分の一。 ○明和元甲申:明和元(一七六四)年。 ○東都:江戸。 ○寓舎:寓所。居住地。住居。

0 件のコメント:

コメントを投稿