2024年5月4日土曜日

黄龍祥『兪穴論』2.2

  2.2 核心

 すべての「節の交」がみな兪穴であるわけではなく,脈が出入遊行するその間にあってこそ,「節の交」は兪穴となることができる。これについては,『黄帝内経』が以下のように繰り返し強調している。

 ・所言節者,神氣之所遊行出入也,非皮肉筋骨也〔言う所の節なる者は,神氣の遊行出入する所なり。皮肉筋骨には非ざるなり〕。(『霊枢』九針十二原)

・節之交三百六十五會者,絡脈之滲灌諸節者也〔節の交三百六十五會なる者は,絡脈の諸節に滲灌する者なり〕。(『霊枢』小針解)

・凡此八虛者,皆機關之室,真氣之所過,血絡之所遊〔凡そ此の八つの虛なる者は,皆な機關の室,真氣の過(よぎ)る所,血絡の遊ぶ所なり〕。(『霊枢』邪客)

 ・筋骨血氣之精而與脈并為系,上屬於腦後出於項中(髓空風府穴所在)〔筋骨血氣の精而(すなわ)ち脈と幷して系と為り,上って腦の後に屬し項中(髓空風府穴の在る所)に出づ〕。(『霊枢』大惑論)〔一般的な句読とは異なる。下文の説明に合わせた。「幷」には「合」「併」「並」「兼」などの意味あり。今,音読す。〕

 これから分かるように,兪穴の中核をなすものは,みな「脈会」から構成されているが,異なるタイプの経兪脈会の具体的な構成は,すべて同じであるとは限らない。脈会・骨会・肉会・皮肉の会の「節の交」にしても,大きさや量の異なる「脈」がその間に会してはじめて,兪穴になることができる。孫脈が分肉の間に出入する肉肓が気穴となり,大脈が出入する会が脈兪となり,絡脈が出入する会が絡兪となり,脈と絡が内臓の肓膜(包膜〔envelope,外皮,膜〕・系膜〔mesentery,腸間膜〕・網膜・隔膜)に出入するところが原となり募となり,脈と系が骨の所に出入するところが骨空・髄空となる。しかしこれらの大兪要穴は何千何万という鍼灸臨床試験をへてはじめて最終的に確定される必要がある。

 『素問』で気穴を専門に論じている気穴論篇を見ると,たとえ渓谷になく,穴と会することがなくても,「血盛而當瀉〔血盛んにして當に瀉すべき〕」孫絡でも兪となれる。経兪となる唯一にして不可欠の要素が「脈会」であり,脈が発するところ,過ぎるところが兪穴の内在的根拠であり,その他の渓・谷・郄・骨空・節交は,「脈会」を探すための座標点にすぎないことが,以上から十分にうかがえる。古人は脈は虚空を行(めぐ)ると確信していたので,虚空の場所に「脈会」の所在をより容易に発見したのである。

 同じことが他にもあり,現代の有効点療法や民間の針挑〔挫刺〕療法で刺す部位も期せずして同じように血管が分かれる箇所である「脈会」を強調し,古典鍼灸学の「脈兪」概念をより多くより真に伝承した。針挑療法は静脈・動脈を問わず,血管の分岐点を定点とすることを強調する。現代の鍼灸家が総括した鍼灸の有効点の分布法則は,「動脈・静脈・リンパ管・リンパ節の周囲で特に血管の分岐点,リンパ分布が比較的多い場所につねに分布する」[6]である。

  [6] 郭效宗.针灸有效点理论与临床[M].北京:人民卫生出版社,1995:21.

2024年5月3日金曜日

黄龍祥『兪穴論』2.1

 2 兪穴分布節交論〔兪穴の分布である節交論〕

 絶えることなく蓄積された経験を,古人は気穴分布の総法則としてまとめた。兪穴は常に「節の交」,すなわち人体の二つの節という実体が交わる虚空のところにある。本論では,『黄帝内経』がまとめたこの兪穴分布の基本法則を「節交論」と称する。

  兪穴の分布について,三つの問題を重点的に整理しなければならない。その一,兪穴が常にある「節の交」の基本タイプ,および最も一般的な形式。その二,「節の交」が兪穴になりうる根本的な要素は何か。その三,どの部位にある「節の交」が兪穴であり,特に大兪要穴が密集した分布区域であるか。


 2.1 交点

 兪穴が分布する「節交論」の重要な意義を理解するには、「節」と「節の交」という二つのキーワードを正しく解読することが肝要である。

 『黄帝内経』に言う「節」とは,骨の節を指すことが多いが,骨に限らず,人体の皮肉脈筋骨の五体〔『靈樞』五色:「肝合筋,心合脈,肺合皮,脾合肉,腎合骨也」〕においては,「脈」以外は「節」とみな言えて,「皮節」「肉節」「骨節」「椎節」「肢節」「指節」の例がある。「節」は虚空ではなく,血気を通すことができないので,鍼を刺す時に「節」を刺すことは避けるべきで,いわゆる「中氣穴無中肉節。中氣穴則鍼遊於巷,中肉節則肉膚痛〔氣穴に中(あ)てて肉節に中つること無かれ。氣穴に中つるときは則ち鍼は巷に遊び,肉節に中つるときは則ち肉膚痛む〕」〔『霊枢』邪気蔵府病形〕というのが,これである。

 「節の交」とは,人体の二つの実体が交わる場所に対する総称である。両肉の交わりを渓といい谷といい,「両骨の交わり」を「関節」とも呼び,『黄帝内経』では「節」と略称することもある。これはすべて虚空のところであり,血気が行(めぐ)る場所であるので,常に気穴のあるところである。

 これまで人々は『黄帝内経』の諸「節」を直接に骨節と解釈し,「節の交」を両骨の交わりと解釈していて,狭きに失している。

 経兪は諸節の会にあるが,脈には両節が互いに交わる例はなく,大脈の分と小脈の会は「出入の会」〔『霊枢』九針十二原〕といっても,「節の交」とはいわない。そのため経に「所言節者,神氣之所遊行出入也。非皮肉筋骨也〔言う所の節なる者は,神氣の遊行出入する所なり。皮肉筋骨には非ざるなり〕」〔九針十二原〕とあり,五体の中で脈だけは言及していない。

 兪穴が「節の交」に分布する形式には主に以下の種類がある。(1)脈兪および内臓の募・原で,脈が出入する会にある。(2)骨空で,多くは両骨あるいは諸骨の会「節の交」(顔面部の骨空は骨面上にある)にある。(3)気穴で,渓谷の会にある。経に「谿谷屬骨,皆有所起〔谿谷屬骨,皆な起こる所有り〕」〔『素問』陰陽応象大論〕とあるので,気穴の下には多く骨会があることがわかる。(4)奇兪の「筋急」「筋結」で,多くは両筋の交会に見られ,筋と肉・筋と骨の会する「節の交」わるところである。

 以上,経兪の骨空と気穴のある「節の交」は,骨と密接に関連している。両骨が会する関節部,特に大関節と活動量が多く機能が複雑な関節部は,諸脈の交会するところ,つまり脈兪が所在するところであることも多い。これから分かることは,以下のことである。「節」が全部骨節を指すわけではなく,「節の交」も全部両骨あるいは諸骨の交わるところを指すわけではないが,骨節は最も一般的な「節」であり,骨会もしばしば肉会・筋会・脈会の場所であるため,骨節の会は兪穴であり,特に大兪要穴が最も多く分布する「節の交」である。詳細な考証は以下の「節点」を参照されたい。


 

2024年5月2日木曜日

黄龍祥『兪穴論』1.3

   1.3 奇正と超越

 古典鍼灸学の枠組みの中に,脈には経と奇があり,穴には経と奇があり,刺には経と繆がある。鍼の名手は,奇正の法を巧みに用いて鍼法の妙を尽くすことができる。

 鍼灸師として,単に経兪を知っているだけで奇兪を知らないと,基本的に奇兪を取らなければならないか,あるいはまず奇兪を取るべき病症の診療のときに,選穴処方において手の下しようがなかったり,正しい方向から外れたり,治療の優先順位を間違えたりする。たとえば脹の治療では,「先瀉其脹之血絡,後調其經,刺去其血絡也〔先ず其の脹の血絡を瀉し,後に其の經を調え,刺して其の血絡を去るなり〕」〔『霊枢』水脹〕し,「凡刺寒熱者皆多血絡,必間日而一取之,血盡而止,乃調其虛實〔凡そ寒熱を刺す者は皆な血絡多ければ,必ず日を間(へだ)てて一たび之を取り,血盡くれば止め,乃ち其の虛實を調う〕」〔『霊枢』経脈〕ようにしなければならない。

 兪穴の常態を知っているだけで,その動態を察しなければ,治療はできないし,選穴処方も的がないのに矢を放つようなものである。たとえば癲狂の治療には,高頻度の経兪の中で「視之盛者,皆取之〔之を視て盛んなる者は,皆な之を取る〕」べきで,「不盛,釋之也〔盛んならざるは,之を釋(お)くなり〕」〔『霊枢』癲狂〕のである。つまり,癲狂を主治する経兪の中から,「動」兪を選んで鍼を刺すのである。

 経兪について単にその「正」の属性しか目に入らず,その「奇」の面を知らなければ,脈が結ぼれて通じないことによって起こる多くの痺証では,委中や委陽などの経兪のところで血絡・結絡をさぐり,「解結」法を用いて「血脈を去る」ことには思いが至らない。また,足の太陽の筋急による経筋病の場合,委中・委陽・天柱などの経兪のところで筋急あるいは結筋点を探ることを自分で覚えていなければ,筋急を除く「筋刺」法を用いて治療することには思いが至らない。ただひたすらに経兪を取り経刺法で治療するだけでは,治療効果が得られず,なぜそうなるか分からず,困惑するばかりである。

 鍼灸臨床において,正を知って奇を用い,あるいは正を奇とし,あるいは奇を正とすることは,鍼を用いることによってはじめてその繊細で巧妙な技を発揮することができる。 

 しかし時には,我々は奇正という視点の束縛を超えて,「病に応ずる」血絡・筋急点そのものに注目しなければならない。必ずしもそれらが経兪の上にあるかどうか、経兪に属するのか奇兪に属するのかと葛藤する必要はない。たとえば痺証を診察して、血絡・結絡が,膕(ひかがみ)の中に見られようと,膕(ひかがみ)の外側に見られようと,それを見て除けば,それが委中あるいは委陽に当たるどうかで葛藤する必要はなく,たとえ経兪の委中と委陽と見なしたとしても,経法を用いて刺すことはなく,血を刺して結を解する方法を採用する。実際,『素問』刺腰痛で王冰が次のように注した通りである。「委中穴,足太陽合也。在膝後屈處膕中央約文中動脈,刺可入同身寸之五分,留七呼,若灸者可灸三壯,此經刺法也。今則取其結絡大如黍米者,當黑血箭射而出,見血變赤,然可止也〔委中穴は,足の太陽の合なり。膝の後の屈する處の膕の中央約文中の動脈に在り,刺して同身寸の五分を入る可し,留むること七呼,若し灸する者は三壯を灸す可し,此れ經刺の法なり。今ま則ち其の結絡の大いさ黍米の如き者を取るときは,黑血に當てて箭射して出だし,血の赤に變ずるを見れば,然して止む可し〕」。血を刺し結ぼれを解いたあとも,脈が平常にならなければ,さらに委中に経刺法を用いて平らかに調える必要がある。

 同様に,筋が急(ひきつ)った所を見れば,必要に応じて異なる刺法を採用して筋を柔らげ脈を通すことが好ましく,それが経筋にあるのか経兪にあるのかを考慮する必要はない。我々が「経兪」のラベルを貼ったとしても,鍼治療の際に採用するのは「筋急を去る」刺法であって,通常の「経刺」法ではないからである。「筋急を去った」後でも,脈が依然として平常にならなければ,関連する脈兪や蔵府の兪を取り経刺法によって虚を補い実を瀉し,平を以て期と為す必要がある。「脈の平」は,古典鍼灸学の治療効果を判定する究極の目標であり,鍼灸が他の治療法と区別される一つの顕著な標識でもある。

 ちょうど奇経が正経に制約されないように,血絡と結絡も脈兪に制約されない。同様に筋急と結筋も気穴に制約されない。このように、「奇正」の視野を超えて,血絡と結絡,筋急と結筋そのものの診療法則および刺法規範に注目すべきである。

2024年5月1日水曜日

黄龍祥『兪穴論』1.2

  1.2 常態と動態

 脈会を兪としたが,脈には動・静の二つの状態がある。脈の異常変動を用いて病を診察したので,『霊枢』経脈篇に掲載された十二経脈の病候は,いずれも「是動則病〔是れ動ずれば則ち病む〕」という。「脈が動ずる」とは何か。本篇の経文は「脈之卒然動者,皆邪氣居之,留於本末;不動則熱,不堅則陷且空,不與衆同,是以知其何脈之動也〔脈の卒然として動ずる者は,皆な邪氣 之に居り,本末に留まる。動ぜざれば則ち熱し,堅からざれば則ち陷且つ空,衆と同じからず,是こを以て其の何の脈の動かを知るなり〕」と明言している。これはすなわち『素問』三部九候論のいう「独小」「独大」「独疾」「独遅」「独熱」「独寒」「独陥下」であり,衆脈と異なる脈象がすなわち「脈動」であり,「有過之脈」〔過(異常)が有る脈。『素問』脈要精微論〕でもある。

 脈兪には診断と治療の二重の効用もある。疾病状態あるいは特定の生理状況下(たとえば妊娠・月経期など)における兪穴があらわす形態・色沢・温度・圧痛など,正常状態とは異なる変化を兪穴の「動」態という。

 臨床における選穴処方の便宜上,古人は大量の診療データに基づいて,よく見られる病に高い頻度で応ずる穴の分布法則をまとめた。たとえば『霊枢』癲狂は,古人が長期にわたる診療経験をまとめた癲と狂についての鍼灸診療における高い頻度で応ずる穴で,治療にあたって鍼師はこれらの高い頻度で応ずる経兪の中から「病に応ずる」穴を選んだ。つまり「動」態にある経兪に対して治療した。癲狂があらたに発症し,リストに挙げられている高頻度の穴の中に「病に応ずる」穴が探せないときは,関連する経兪と「血盛而當瀉〔血盛んにして當に瀉すべき〕」〔『素問』気穴論〕奇兪血絡を取って治療した。

 『黄帝内経』がまとめた,よく見られる病気に対する高い頻度で応ずる穴を見ると,圧倒的多数は経兪に現われる。臨床上高い頻度で出現する応ずる穴は,不断の実践検証をへて固定され,専門の名称が与えられ経兪となった,少なくとも経兪の主体を構成した,とも言える。


2024年4月30日火曜日

黄龍祥『論兪穴』1.1

 1 兪穴分類奇正論〔兪穴の分類である奇正論〕


 「正」と「奇」の二つに分ける方法は,伝世本『黄帝内経』が理論体系を構築する際によく採用する分類法である。

 「正」は,ときに「経」「常」などの同義語が用いられることもある。「奇」も「別」「繆」 の字が用いられることがある。たとえば,手と足に始めと終わりを持つ十二脈を「経脈」とし,その他の分散する脈を「奇経八脈」とする。経脈の行(めぐ)りはまた本経を「正」とし,内部に入って臓腑に属絡する分枝を別とする(『霊枢』で経脈の正と別を論じた専門の論文を「経別」〔篇〕といい,『太素』は「経脈正別」〔篇〕という)。心肝脾肺腎と小腸胆胃大腸膀胱を「常府」といい,その他の六府を「奇恒之府」という(楊上善注:「此六非是常府,乃是奇恒之府。奇,異;恒,常”〔此の六は是れ常府に非ず,乃ち是れ奇恒の府。奇は,異なり。恒は,常なり〕〔『太素』巻6・藏府氣液〕)。通常の刺法を「経刺」(『黄帝内経』では「経刺」には異なる用法がある。ここでは『素問』繆刺論の用法を採用している。王冰の注〔『素問』血気形志・刺瘧論〕では「常刺」にも作る)といい,経刺以外の刺法を「繆刺」(王冰注:「繆者,異也,異於經刺故曰繆刺〔繆なる者は,異なり。經刺に異なる故に繆刺と曰う〕」)としてまとめる。固定的な部位と名称を持つ兪穴を「経兪」とし,固定した部位を持たない兪穴を「奇兪」(明代には経典には見えなくとも奇効がある兪穴を「奇兪」あるいは「経外奇穴」とした[1])とする。

    [1] 李宝金,孟醒,武晓冬,等.”经外奇穴”概念演变与术语规范化问题探讨[J].针刺研究,2020,45(9):746-750.

 本論では『黄帝内経』による兪穴を二つに分ける分類法を「奇正論」と称する。


 1.1 経兪と奇兪

 『黄帝内経』で固定的な位置を持つ経兪の主なものには,脈兪・気穴・骨空・募兪の四種類がある。その中で,蔵府の「募」穴と『霊枢』九針十二原に見える五蔵六府十二原の「膈之原」「肓之原」は,同類である。理屈からいえば,膈之原と肓之原を見つけることができ,しかも当時の鍼具と鍼師の技術がこの二穴を刺す要求を満足させることができ,一定の臨床応用が得られたのだから,他の蔵府の募穴は自然に見つかったはずである。しかし伝世本『黄帝内経』で確認できる蔵府の募穴は「胆募兪」のみで,その他の蔵府の募穴がみな発見され,臨床に応用されたかどうかは,確認できない。確実にわかることは,『黄帝内経』より遅れて成書した『難経』に蔵府の募穴を専門に論じた難〔67難〕があり,『黄帝明堂経』にはさらに詳細な記載があることである。

 四つに分けた経兪の中で前の三種類については,伝世本『黄帝内経』にそれを専門に論じた気府論・気穴論・骨空論という篇がある (伝世本『素問』にあるこの三篇はすべて王冰によって大幅に改編されたが,それだけでなく気穴論の「気穴」は経兪の総称の意味を兼ねているため,三篇に掲載されている穴の分類は,一部重なっている)。蔵府の募兪を論じたものとしては,三国時代に専門書『募兪経』〔呂廣『募腧經』,佚〕があった。


  (1)脈兪蔵兪

 漢代以前の初期鍼灸文献では,「兪」あるいは「輸」字は,脈と一緒に関連づけられることが多い。鍼灸師は古くから脈を診たり刺したりする過程で,最初の固定的な部位を有する刺灸箇所,すなわち脈兪・絡兪・蔵府の兪を見つけた。

  絡兪は絡脈が出入りする会所にあり,その「会」は浅く表に出る。脈兪は経脈が出入りする会所にある。筆者は初期の研究[2]で,馬王堆から出土した帛書『足臂十一脈灸経』 『陰陽十一脈灸経』には,経脈の循行を論じる際に最も頻繁に使われる術語が「出」字であり,合計52あることに気づいた。脈の循行に「出」があれば,当然「入」があるはずで,『霊枢』邪客では,手太陰・手厥陰二脈の「出入之処」が詳しく述べられており,そのうえ出る所入る所には,恰度この二本の経脈の本兪がある[3]

    [2] 黄龙祥.中国针灸学术史大纲[M].北京:华夏出版社,2001:496-497.

    [3] 黄龙祥.经脉理论还原与重构大纲[M].北京:人民卫生出版社,2016:40-41.

 古人はまた蔵府の兪は,上部では背中に出,下部では腕(てくび)踝肘膝に出ることを発見した。蔵府の募穴の系統が発見されたのも『難経』の成書年代より遅くはない。

 これらの発見に基づいて,古代人は「脈の注ぐ所を兪と為し」「脈の出入の会を兪と為す」という認識を次第に持つようになった。「脈会」も各経兪の標準配備となった。どの種類の経兪であれ,「脈」がその間にあれば兪穴となることができる。「脈会」を探すことも,鍼師の最も重要な仕事であり,いわゆる「審於調氣,明於經隧,左右支絡,盡知其會〔調氣を審らかにし,經隧を明らかにし,左右の支絡,盡く其の會を知る〕〔『霊枢』官能〕である。

 医書のみならず,漢代の医書以外でも同様または類似の観点を表わしている。『論衡』順鼓に「投一寸之鍼,布一丸之艾於血脈之蹊,篤病有瘳〔一寸の鍼を投じ,一丸の艾を血脈の蹊に布(し)かば,篤き病も瘳(い)ゆること有り〕[4]とある。この文にある「蹊」は「溪〔谿・渓〕」字の異体字である。すなわち『素問』気穴論にいう気穴の所在する「渓谷」の意味である。水が注ぐところを「溪〔谿・渓〕」となし,脈の注ぐところを「兪」となす。それゆえ王冰は「大經所會,謂之大谷也;小絡所會,謂之小溪也〔大經の會する所,之を大谷と謂うなり。小絡の會する所,之を小溪と謂うなり〕」(『素問』五蔵生成)と言っている。漢代道経の文集『太平経』では,さらに明確に「脈会処」を兪穴の代名詞としていて,「脈会」を探索する正確さを鍼師の水準を審査する指標としていた〔『太平経』の引用文については,下文3.3を参照〕。このことは,当時,脈会を兪とする認識が医科以外の学者にもすでに熟知されていたことを物語っている。

 [4] 陈志坚.诸子集成[M].北京:北京燕山出版社,2008:127.

 今日の鍼灸師は経に帰属する兪穴を区別をせず,一様に「経穴」と呼んでいるが,古人は厳格に区別していて,皇甫謐や楊上善から王冰にいたるまで,つまり唐以前の代表的な医経注家は,みな脈兪の持つ異なる性質を明確に指摘していた。

    『鍼灸甲乙經』卷三〔手太陰及臂凡一十八穴第24〕:別而言之,則所注為“俞”;總而言之,則手太陰井也、滎也、原也、經也、合也,皆謂之“俞”。非此六者謂之“間[俞]”〔別けて之を言えば,則ち注ぐ所を「俞」と為す。總べて之を言えば,則ち手の太陰井なり,滎なり,原なり,經なり,合なり,皆な之を「俞」と謂う。此の六者に非ざる,之を「間[俞]」と謂う〕。

    『太素』卷五・十二水:問曰:十二經脈之氣並有發穴多少不同,然則三百六十五穴各屬所發之經,此中刺手足十二經者,為是經脈所發三百六十五穴?為是四支流注五藏三十輸及六府三十六輸穴也?答曰:其正取四支三十輸及三十六輸,餘之間穴有言其脈發會其穴即屬彼脈〔問いて曰わく:「十二經脈の氣は並びに發する穴の多少同じからざる有り,然らば則ち三百六十五穴各々發する所の經に屬す,此の中の手足の十二經を刺す者は,是れを經脈發する所の三百六十五穴と為すか?是れを四支に流注する五藏の三十輸及び六府の三十六輸穴と為すか?」答えて曰わく:「其れ正に四支の三十輸及び三十六輸を取る,餘の間穴 其の脈 其の穴に發會すと言う有らば,即ち彼の脈に屬す」〕。

    『素問』診要経終論:「故春刺散俞,及與分理,血出而止」。王冰注曰:「散俞,謂間穴」。〔「故に春に散俞,及び分理とを刺し,血出づれば止む」。王冰注:「散俞とは,間穴を謂う」。〕


 『黄帝内経』で兪穴を専門に論じている気府論 (『太素』伝本)では,六本の陽経はみな「脈気の発する所」として穴を総括しているが,膝以下の本兪と六府の合兪は直接 「輸」と言っている。五本の陰経は本兪穴を主とし,その「脈気の発する所」の穴は一穴を超えず,これがない脈さえある。このことから気府論は,本兪を基礎として,その上に他の種類の関連する経兪を加えて構成されていることが分かる。そこに記載されている兪穴は,本脈の兪と脈気発する所の穴の二種類に大きく分けられる。

 このほか,『黄帝内経霊枢』の第一篇である九針十二原も「二十七氣所行皆在五輸〔二十七氣の行く所,皆な五輸在り〕」と明言している。これは,『黄帝内経』に言う,その「兪」を取るとは,多くの場合,特に経脈の本兪あるいは五兪穴の「輸」を指すのであって,広く気府論篇が「脈気の発する所」として分類した兪穴を指すのではないことを示唆している。

 異なる脈兪を区別する意義は以下のとおりである。本兪はよく経脈の病候を治し,その中の五蔵の原と六府の合は関連する蔵府の病症を治すことができ,その他の脈気が発する所の「散兪」「間穴」が主に局部的な病症を治療するという性質とは明らかに異なる。


 (2)気穴髎穴

 『黄帝内経』中の「気穴」には様々な意味がある。ここでは本文と関連する二つの用法を紹介する。その一は,「経兪」の別称,すなわち全ての固定した部位と穴名を持つ兪穴を指す。その二は,特に孫脈が肉肓〔『霊枢』脹論:「此言陷於肉肓,而中氣穴者也」。『太素』楊上善注:「肉肓者,皮下肉上之膜也」。≒分肉の間〕に出入りして形成される固定した位置と穴名を持つ兪穴,すなわち経兪の一種である。本節では,後者の概念である「気穴」について重点的に討論する。

 『黄帝内経』の著者が「論理人形〔人形を論理する〕」と極めて簡潔に表現した枠組みの中で,「氣穴所發,各有處名〔氣穴の發する所,各々處名有り〕」とすでに明言していたが,それが経兪に属することは疑いない。これにつづけて作者はまた「溪谷屬骨,皆有所起〔溪谷は骨に屬(つら)なり,皆な起こる所有り〕」という。では気穴と「溪谷」はどのような関係にあるのか。これについて,著者は気穴を専門に論じている気穴論篇において討論し,「氣穴之處,遊鍼之居」という。この「遊鍼」という用法には,明らかに『荘子』養生主の「遊刃」を模倣した痕跡がみられ,〔庖丁が〕刃を隙間に遊ばせたことは知られているから,鍼を遊ばせる場所はすなわち兪穴であり,空虚なところであるはずであることが知られる。いわゆる「中氣穴則鍼遊于巷〔氣穴に中(あ)たれば則ち鍼は巷に遊ぶ〕〔『霊枢』邪気蔵府病形〕が,これである。

 この鍼を遊ばせる間隙は,『素問』気穴論の「肉之大會為谷,肉之小會為溪,肉分之間,溪谷之會,以行榮衛,以會大氣〔肉の大會を谷と為し,肉の小會を溪と為し,肉分の間,溪谷の會,以て榮衛を行(めぐ)らし,以て大氣を會す〕」,『素問』五蔵生成の「人有大谷十二分,小溪三百五十四名,少十二俞,此皆衛氣之所留止,邪氣之所客也,鍼石緣而去之〔人に大谷十二分,小溪三百五十四名有り,十二俞を少(か)く,此れ皆な衛氣の留止する所,邪氣の客(やど)る所なり,鍼石 緣って之を去る〕」。気穴を刺し肉肓(分肉の間)に中(あ)たってはじめて気が得られる。この分肉の間は衛気が運行する幹線道路であり,気穴のある渓谷は営衛が運行する場所である。これが「気穴」という名前を得た寓意に違いない。

 また『太素』〔巻11〕気穴で楊上善は「気穴」の意味について,「十二經脈之氣發會之處,故曰氣穴也〔十二經脈の氣の發會する處,故に氣穴と曰うなり〕」と注している。厳格に言えば,「孫脈之氣發會之處,故曰氣穴也〔孫脈の氣の發會する處,故に氣穴と曰うなり〕」というべきである。その理由は,〔『素問』〕気穴論は孫絡の会を,「孫絡三百六十五穴會,亦以應一歲,溢奇邪,以通榮衛〔孫絡三百六十五穴會,亦た以て一歲に應ず,奇邪を溢し,以て榮衛を通ず〕」と論じていて,上文の渓谷論と軌を一にして,渓谷の間で会するのは孫脈であると説明している。この点は,『霊枢』癰疽で確認できる。すなわち「中焦出氣如露,上注溪谷,而滲孫脈〔中焦は氣を出だすこと露の如し,上って溪谷に注ぎ,而して孫脈に滲(し)む〕」,渓谷にいたるのは孫脈である。

 古人が長期にわたり脈を診,脈を刺すことを通じて脈兪を発見し,分肉を刺している中で気穴を発見したとするならば,骨を刺すことを通じて別の経兪すなわち骨空を発見したことになる。『霊枢』衛気失常に「皮有部,肉有柱,血氣有輸,骨有屬……骨之屬者,骨空之所以受益而益腦髓者也〔皮に部有り,肉に柱有り,血氣に輸有り,骨に屬有り……骨の屬は,骨空の益を受けて腦髓を益す所以の者なり〕」という。

 骨空は,二本の骨あるいは多くの骨の会であり,一般には「髄空」を指し,多くは髄海〔脳/『霊枢』海論〕のある頭蓋骨とそれに繋がる脊柱に位置する。これ以外の関節間の空所は,「骨解」「節解」ともいい,目で見える骨空である。これらの部位はしばしば兪穴があるところでもあり,この骨空にある兪穴を「髎穴」という。

 気穴と髎穴が大量に発見されるにともない,経兪の種類と数が急速に増えた。このとき,どのような術語を兪穴の総称とするのかという問題が生じた。

  各種の兪穴を調べれば、二つの特徴が見いだせる。その内在的な機能は血気の輸送と交会である。その外形の特徴は中空と凹みである。この二つの意味を同時に表現できる字が「兪」であり,「兪」の持つ「輸送」と「中空」という意味を表現するために,古人は別に 「輸」と「窬」という二つの派生字を作ったので,「兪」を兪穴の総称とするのは適切である。一方「穴」字には隙間・空洞という意味があるだけで,脈兪と募穴を統括するのは難しい。

  『黄帝内経』には経兪の総称として「気穴」という用例が見られるが,各種の刺灸部位の総称としては使われていない。「兪」「穴」の二字で構成される語で刺灸部位を表わすのは,「兪」を中心語〔原文:中心詞。語法用語。修飾限定される名詞〕とする「穴兪」の用法が見られるだけであり,「兪穴」の用例は見られず,唐代の王冰まで「穴兪」という言葉が使われ続けた。しかし楊上善注『太素』は改めて「輸穴」に統一し,後世において「穴」を兪穴の総称とする下地となった。

  前に唐代の楊上善が模範を示し,後に影響力がさらに大きい宋代の国家経穴標準『銅人腧穴鍼灸図経』への発展があって,「穴」を中心語とする「兪穴」「輸穴」「腧穴」という術語がさらに広範に応用されるようになり,「穴兪」という用語はだんだん影が薄くなった。「窬」字は五代以降,鍼灸の兪穴の名称としても使われていない。現在盛んに使われている兪穴の術語,「経穴」「穴位」にはすでに「兪」字も「腧」字も見られない。しかし、歴史上では依然として名医が異なる意見を述べている。たとえば,元・明の際の滑伯仁はその医学名著『難経本義』六十八難で「此〈俞〉字,空穴之總名。凡諸空穴,皆可以言俞〔此の〈俞〉の字は,空穴の總名なり。凡そ諸々の空穴,皆な以て俞と言う可し〕」と明言している[5]

  [5] 滑寿.难经本义[M].傅贞亮,张崇孝点校.北京:人民卫生出版社,1995:88.

 歴史的,あるいは論理的視点から考えてみても,滑伯仁氏の見解は採用すべきではあるが,今日すでに口になじんでいる「兪穴(腧穴)」を「穴兪」に戻し,「兪」を刺灸部位の総称にするのは,おそらくは難しいだろう。しかし、学術史研究のレベルでは,この問題を明確にしておく必要がある。さもなければ,現代人が『黄帝内経』のような初期の鍼灸文献を読む時に,多くの困惑して理解できないところに遭遇したり,経文を長い間誤読したままで,それを自覚しないことになる。


 (3)奇兪の要

 固定された位置を持たない奇兪には,主に「病所」「病応」の二種類が含まれる。

 いわゆる「病応」とは病理的反応点を取ることであり,脈の病の反応点を血絡・結絡という。筋の病の反応点は筋急・結筋のところにある。これ以外に,多くの病症が圧痛や押すと痛みが止まる有効点などとして触知することができる。これらの病理的反応点が経兪に現われたら「応穴」という。経兪でなければ「天応穴」といい,奇兪に属する。

 「各々処名が有」る気穴を論じた専門篇「気穴論」で,篇末に特に名前も定位置もない奇兪「孫絡血」について,意味深長な文がある。「孫絡之脈別經者,其血盛而當瀉者,亦三百六十五脈,並注於絡,傳注十二絡脈〔孫絡の脈は經に別かるる者なり,其の血盛んにして當に瀉すべき者,亦た三百六十五脈は,並びに絡に注いで,傳えて十二絡脈に注ぐ〕」。この「血盛んにして瀉すべき」孫絡は,「孫絡血」とも名づけられる。正当な経兪ではなく名前も定位置もないので,「奇兪」に属する。

 古人はまた筋と脈には非常に緊密な関連があることに気づいた。たとえば病因から見れば,脈病と筋病には共通する主な病因「風寒」がある。病機から見れば,寒すれば則ち脈急し,脈急すれば則ち痛み,寒すれば則ち筋急し,筋急すれば則ち痛む。脈を診て,「是れ動ずれば則ち病み」,筋を診て,「筋急すれば則ち病む」。治療から診れば,脈痺は「血絡」「結絡」を治療し,筋痺は「筋急」「結筋」を治療した。

 「血絡」「結絡」で経兪にないものを奇兪とすれば,「筋急」「結筋」で経兪にあたらないものも当然奇兪とみなされる。したがって十二経筋病候の下にはみな「以痛為輸〔痛を以て輸と為す〕〔『霊枢』経筋〕と明言されている。すなわち「筋急」で最も痛む場所を兪とする。

 

2024年4月29日月曜日

黄龍祥『兪穴論』0

   [要旨]

 兪穴は鍼灸学が立脚する根本であり,鍼灸の理を理解するには,まず兪穴の構造と機能を明らかにしなければならない。『黄帝内経』にある兪穴の分類・分布・構造に関する論述を掘り起こすことを通じて,「奇正論」「節交論」「関機論」の三論を抽出し,固定された位置の有無によって兪穴を「経兪」と「奇兪」の二種類に分け,経兪はまた脈兪・骨空・気穴・募穴の四種類に分けることを示した。兪穴が分布する全体的な法則は「節の交」であり,兪穴,特に大兪要穴〔『鍼灸甲乙経』に「刺經渠及天府此謂之大俞」,『霊枢』背腧に「背中大腧,在杼骨之端」とあるが,著者は重要な兪穴という意味で「大兪要穴」と言っているのであろう。/『新古典針灸學大綱』の定義によれば,大兪は015「気血の大会する処」であり,016「四海の兪,乃ち気血の源」である。〕が分布する密度は,関節の大きさとその機能の複雑さに比例している。兪穴は内に「機」があって外に「関」があるという立体構造をしている。その「機」は脈会の中にあり,「脈会」は探せるし思量することもできる。また、経兪と奇兪の関係,経兪の異なる状態の意義,および兪穴研究の道筋をどう選択するかなどの問題について深く討論して分析し,将来の兪穴研究に至急必要な解決すべき重要な問題と問題解決の考え方を提出し,鍼灸学の守正創新の参考に供する。〔守正創新:正道を厳守しながら,新たなものを創造する。習近平総書記の「新時代の中国の特色ある社会主義」思想の精髄をあらわす言葉のひとつ。堅持することが求められる。〕


 [キーワード] 鍼灸 兪穴 分類 分布法則 構造

 古典鍼灸学は気血を理論の原点とするが,兪穴は気血を計量し調節する節点〔原文:節点。/node. 結節点。ネットワークの接点や分岐点、中継点〕であり,鍼灸学は気血を調節し調和した状態にさせるという総合的な目標は,兪穴をよりどころとして定着させ発展させる必要がある。

 二千年以上前の『黄帝内経』 (本文が引用する『黄帝内経』はすべて伝世本『素問』『霊枢』を指し,『漢書』芸文志が記す「黄帝内経」とは異なる。)は,鍼灸学を対象とした人体形態学の構想を提供した。

    余聞上古聖人,論理人形,列別藏府,端絡經脈,會通六合,各從其經;氣穴所發,各有處名;溪谷屬骨,皆有所起;分部逆從,各有條理,四時陰陽,盡有經紀,外內之應,皆有表裏,其信然乎?

  〔余聞くならく,上古の聖人は,人形を論理するに,藏府を列別し,經脈を端絡し,六合を會通し,各々其の經に從う。氣穴の發する所,各々處名有り。溪谷は骨に屬(つら)なり,皆な起こる所有り。分部逆從,各々條理有り,四時陰陽,盡く經紀有り,外內の應,皆な表裏有りと,其れ信(まこと)に然るか?〕(『素問』陰陽応象大論)〔経文の句読は,4.3の引用文に従った。〕

    

 この篇の「人形を論理する」骨組みは極めて簡単だが,著者は筆を惜しまず気穴とその関連構造を際立たせ、最後にまた黄帝の口を借りて「其れ信(まこと)に然るか?」という問いが出された。残念なことに伝世本の『素問』の経文には錯簡があり,原書の旧態により近い『太素』の伝本では,この部分の経文はすべて欠けていて,原作者が答えを出したかどうか,どのような答えを出したかを考察することができない。かくして,この鍼灸学の根本的な問題に対する答えは歴史的に今日の鍼灸従事者の前に置かれることになったのである。


 兪穴はどこにあるのか。兪穴は何種類あるのか。それぞれどのような構造になっているのか。どうしたら気穴が得られるのか。

 兪穴が明らかでなければ,鍼灸学の人形構造の枠組みは抜きんでて独り立ちすることが困難であり,今日の鍼灸従事者も根本から鍼灸の理論をはっきり説明することができない。時期が異なることを踏まえると,鍼灸兪穴の総称は,「兪」「輸」「窬」「腧」と表記が異なっており,現在の学術界は標準となる名称を規定していない。本文では引用文をのぞいて,すべて「兪」字に統一した。


2024年4月26日金曜日

鍼灸溯洄集 87 卷下(34)瘡瘍

   卷下・廿七オモテ(779頁)

 (34)瘡瘍[ソウエキ]

  【注釋】

 ★瘍:音は「よう」。「エキ」は「易」からの類推か。

 ◉岡本一抱『指南』瘍(やう):「『原病式』などでは,〈頭に有の瘡〉とあれども,『周禮』には〈身に疕瘍有り〉と云。註に〈身の傷(やぶれ)を瘍と云〉とあれば,瘍は諸瘡の通稱也」。〔本のノドの所にあり,一部読めず。『周禮』『病名彙解』等により想像しておぎなう。〕

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100314627/89?ln=ja

 ◉『病名彙解』瘍(やう):「『素問』の音釋幷に『原病式』などでは,〈頭(づ)に有る瘡〉とあり。頭(かしら)に生ずる瘡の心か,但(ただし)かしらにある瘡と云心か。『入門』の音釋には,〈音(こへ)羊(やう),頭(つ)瘡〉とありしかば,頭に生ずる瘡の心なり。然ども,諸書に皆瘡の摠名のやうに云り。曲禮に……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100314627/89?ln=ja


疔瘡者風邪熱毒相搏也

  【訓み下し】

疔瘡は,風邪 熱毒 相い搏(う)つなり。

  【注釋】

 ○疔瘡:外科常見病之一。因其堅硬而根深,形如釘狀,故名。癰疽等化膿性感染之局部腫脹形似疔蓋狀者。出『仙傳外科集驗方』卷六。從廣義講,泛指瘡瘍之病證者,參見丁條。狹義單指瘡瘍中之一種病證,即所謂:又名丁瘡、丁腫、疔腫、疔毒、疵瘡等。

 ◉岡本一抱『指南』疔瘡:「諸瘡の中にして急症也。始一小泡[アメツフ]を生じて,搔(かき)傷れば,痒[カユシ]痛して黃泡膿[ウミ]を生ず。其の瘡の形小なりと雖,深(ふかく)腐(くち)て骨に陷藏(おちいり)を傷る。其深(ふかき)こと丁の字の形の如し。故に名とす」。

 ◉『病名彙解』疔瘡:「『正宗』に云,疔瘡は乃ち外科迅[トク]速[スミヤカ]の病なり。朝(あした)に發して夕(ゆうべ)に死し,隨て發して隨て死することあり……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/253?ln=ja

 ◉『萬病回春』卷8・疔瘡:「疔瘡者,風邪熱毒相搏也」。


○癰者大而高起属乎陽六府之氣所生也

  【訓み下し】

○癰は,大いにして高く起こる,陽に屬す。六府の氣 生ずる所なり。

  【注釋】

 ◉岡本一抱『指南』癰疽:「癰は壅[フサグ]也。血氣壅(ふさがり)て大熱肉を腐[クチ]爛[タダル]す。然ども骨傷(やぶ)れず,藏 損せず。疽は阻也。氣血熱毒の為に阻[トド]滯[コヲル]し,肉骨皆腐(くちて)藏に陷(おちい)る。癰は淺(あさく)して,はば廣く,瘡邊(へん)の皮薄(うすく)澤(うるをい)有。疽は深(ふかく)して,はばせばく,瘡邊(へん)の皮厚(あつく)牛領[ウシノクビ]の如し」。

 ◉『病名彙解』癰疽:「癰は壅[フサクガル]なり。衛(ゑい)氣壅[フサガリ]遏[フサガル]して通ぜざるなり。疽は沮(しょ)なり。沮は字書に,〈止也,遏也,抑也〉,ふさがる心なり。皆氣血不順より發する故なり。○……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/144?ln=ja

 ◉『萬病回春』卷8・癰疽:「癰者,大而高起屬乎陽,六腑之氣所生也」。


○疽者平而內起属乎隂五藏之氣所生也

  【訓み下し】

○疽は,平にして內に起こる。隂に屬す。五藏の氣 生ずる所なり。

  【注釋】

 ◉『萬病回春』卷8・癰疽:「疽者,平而內發屬乎陰,五臟之氣所成也」。


○癬瘡皆血分濕熱所致也

  【訓み下し】

○癬瘡,皆な血分 濕熱 致す所なり。

  【注釋】

 ◉『萬病回春』卷8・癬瘡:「五癬者,濕、頑、風、馬、牛也(注:疥癬皆血分熱燥,以致風毒尅於皮膚。浮淺為疥,深沉者為癬。疥多挾熱,癬多挾濕。)」。

 ◉『指南』癬瘡:「俗に云,タムシなり。『保元』に曰,〈癬は肌肉にかくる,或は圓(まろか)或は斜(ななめ)也。云云〉……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100314627/108?ln=ja

 ◉『病名彙解』癬:「俗に云タムシ,又ゼニガサとも云り。またハタケと云は乾癬のことなるべし。○……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/368?ln=ja


○乳岩始有核腫多生於憂欝積忿也

  【訓み下し】

○乳岩,始め核腫有り,多く憂欝積忿(しゃくふん)に生ず。

  【注釋】

 ◉『指南』乳岩[チチハレモノ]:「婦人の乳房に結核を生じ,漸く腫(はれ)潰(ついゑ)て乳房の形岩穴[イワアナ]の凸凹あるに似たるを云。多は欝氣痰火の致す所也」。

 ◉『病名彙解』乳岩:「乳房の瘡潰(ついへ),岩穴の凹(なかぼそ)なるが如しとなり。○……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/71?ln=ja

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・乳岩:「婦人乳岩,始有核腫,如鼈,棋子大,不痛不癢,五七年方成瘡。……此疾多生於憂欝積忿」。


○乳癰發痛者血脉凝注不散也

  【訓み下し】

○乳癰 發(お)こり痛むは,血脈 凝注して散せず。

  【注釋】

 ◉『指南』乳癰:「乳汁[チチシル]忽(たちまち)壅(ふさがり)て腫(はれ)痛(いたみ),結核を生じ,色赤く,數日の外(のち),焮[ホメク]痛して脹(はれ)潰(ついゑ),稠膿湧(わき)出て,膿盡(つき)て愈(いゆる)を乳癰と云(『婦人方』に出)」。

 ◉『病名彙解』乳癰幷乳瘻:「『婦人良方』に云,〈乳房[チブサ]忽ち壅(ふさがっ)て腫(はれ)痛(いたみ),……久しく瘥(いえ)ざれば,瘻となるなり(是を乳瘻と云り)」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/71?ln=ja

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・乳病:「乳癰發痛者,血脈凝注不散也」。「發痛者」は「痛みを發する者」と読むのが通常か。


○疔瘡生面上口角合谷[手大指次指歧骨間陷中]曲池[肘橫文頭]灸生背足肩井[肩上陷中]三里[膝下三寸]委中[膕之中央]灸刺

  【訓み下し】

○疔瘡 面上口角に生ずるは,合谷[手の大指の次指の歧(ちまた)骨の間の陷中]・曲池[肘(うで)の橫文の頭(かしら)]灸す。背足に生ずるに,肩井[肩上の陷中]・三里[膝下三寸]・委中[膕の中央]灸刺す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・疔瘡、溺死、犬傷、蛇傷、脈絕、癰疽:「疔生面上與口角,須灸合谷瘡即落,若生手上灸曲池,若生背上肩井索,三里委中臨泣中,八穴灸之不可錯」。


  卷下・廿七ウラ(780頁)

○癰疽發背肩井委中灸刺

  【訓み下し】

○癰疽 發背(ほつはい),肩井・委中 灸刺す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・疔瘡、溺死、犬傷、蛇傷、脈絕、癰疽:「癰疽發背肩井攻,再兼一穴是委中。以蒜片貼瘡上灸,如不疼兮灸至疼,愈多愈好是此病,若疼宜灸至不疼」。


○熱風癮疹肩髃[肩端陷中]曲澤[肘內廉下陷中屈肘得之]曲池[穴處出上]環跳[髀樞之中]合谷深刺

  【訓み下し】

○熱風癮疹,肩髃[肩端の陷中]・曲澤[肘(うで)の內廉の下(しも)陷中,肘を屈(かが)めて之を得(う)]・曲池[穴處 上に出づ]・環跳[髀樞の中]・合谷,深く刺す。

  【注釋】

 ○癮疹:癮疹是一種皮膚出現紅色或蒼白風團,時隱時現的瘙癢性、過敏性皮膚病。『醫宗金鑒・外科心法要訣』云:「此證俗名鬼飯疙瘩,由汗出受風,或露臥乘涼,風邪多中表虛之人」。中醫古代文獻又稱風瘩癌、風疹塊、風疹等。本病相當於西醫的蕁麻疹。/熱風癮疹是中醫古籍中記載的一種皮膚病,多發於夏秋季節,主要症狀是皮膚出現紅色丘疹、水皰,伴有瘙癢、灼熱感。

 ◉『指南』癮𤺋:「『玉案』に云,〈隱[カクル]々然として皮膚あいに有。發するときは,多は癢(かゆく)して不仁[ヒトハダナラズ]す〉と云云」。

 ◉『病名彙解』癮𤺋:「『丹臺玉案』㿀【癍】疹門に云,〈又癮疹と云ものあり。多くは脾に屬す。隱々然として皮膚の間にあり。發するときは多くは癢して不仁[シビル]す。風濕・風熱の殊(こと)なるあり〉」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・小兒:「熱風癮疹肩髃臧,曲池曲澤環跳等,須帶合谷湧泉康」。


○癬瘡曲池委中三里支溝[腕後臂外三寸兩骨間陷]後谿[手小指外側本節後陷中]陽谷[手外側腕中銳骨下陷中]崑崙[足外踝後跟骨上陷]大陵[掌後去腕二寸兩筋之間]陽輔[足外踝上四寸輔骨前絕骨端]深刺

  【訓み下し】

○癬瘡,曲池・委中・三里・支溝[腕後臂の外(ほか)三寸,兩骨の間の陷]・後谿[手の小指の外側,本節(もとふし)の後の陷中]・陽谷[手の外側腕の中(うち),銳骨(ぜいこつ)の下の陷中]・崑崙[足の外踝の後,跟骨の上の陷]・大陵[掌後,腕を去る二寸,兩筋の間]・陽輔[足の外踝の上(かみ)四寸,輔骨の前,絕骨の端(はし)]深く刺す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・小兒:「疥癬瘡兮曲池攻,支溝陽谿陽谷等,大陵合谷後谿同,委中三里陽輔穴,崑崙穴與行間通,三陰交穴百蟲窠,十四穴治為有功」。


○乳癰腫痛三里[曲下二寸]下廉[上廉下三寸]委中深臨泣[足小指次指之本節後間陷中]夾雞[足小指次指歧骨間本節之前陷中]淺刺

  【訓み下し】

○乳癰腫痛,三里[曲下二寸]・下廉[上廉の下三寸]・委中深く,臨泣[足の小指の次指の本節(もとふし)の後(しりえ)の間陷中]・夾雞【俠谿】[足の小指の次指の歧骨の間,本節(もとふし)の前の陷中]淺く刺す。

  【注釋】

 ○夾雞:「俠溪・俠谿」。 

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・婦人:「乳癰腫痛,鍼三里穴五分,其痛立止。乳癰、喉痹、胻腫、足跗不收,灸下廉三壯」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「乳癰下廉三里醫,魚際少澤委中穴,足臨泣兮與俠谿」。


○乳癰天樞[臍傍二寸]水泉[大谿下一寸內踝下]肩井刺極功也

  【訓み下し】

○乳癰,天樞[臍の傍二寸]・水泉[大谿の下(しも)一寸,內踝の下]・肩井,刺す,極めて功あり。

  【注釋】

 ★『鍼灸聚英』によれば,天樞・水泉は「乳癰」の主治穴ではない。

 ◉『鍼灸聚英』百證賦:「月潮違限,天樞水泉細詳。肩井乳癰而極效」。これによれば,天樞と水泉は,「月潮違限」の主治穴。

 ◉『鍼灸聚英』天樞:「主……婦人女子癥瘕,血結成塊,漏下赤白,月事不時」。

 ◉『鍼灸聚英』水泉:「主……女子月事不來,來即心下多悶痛,陰挺出,小便淋瀝,腹中痛」。


  卷下・廿八オモテ(781頁)

○腋腫馬刀瘍頭中瘡陽輔太冲[足大指本節後二寸]淺刺

  【訓み下し】

○腋腫れ,馬刀瘍(えき),頭中(ずちゅう)に瘡(かさ)ある,陽輔・太冲[足の大指の本節(もとふし)の後二寸]淺く刺す。

  【注釋】

 ○馬刀:病證名。即馬刀瘡。出『靈樞』經脈。系指耳之前後,忽有瘡狀似馬刀,如杏核,大小不一,名馬刀瘡。本瘡赤色如火燒烙極痛,發展甚猛。

 ◉『指南』馬刀瘰:「瘰癧の一種也。其形(かたち)長じて,馬刀(まて)蛤と云貝に似たり。一說に此を俗に云キシユと云は,誤(あやまり)也。キシユは,氣腫なり。結核の久して,潰[ツイエ]漏したる者なり」。

 ◉『病名彙解』馬刀瘰:  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/60?ln=ja

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・小兒:「假如腋腫馬刀瘍,要知此是頭中瘡,宜治陽輔太衝穴」。


○瘍瘇振寒少海[肘內大骨外去肘端五分陷中]淺刺

  【訓み下し】

○瘍瘇(えきしゅ)振寒に少海[肘(うで)の內大骨の外,肘(うで)の端を去ること五分の陷中]淺く刺す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・小兒:「瘍腫振寒少海中」。


  元禄八[乙亥]暦三月吉旦

           武江日本橋萬町中通角

              本屋清兵衛梓行

鍼灸溯洄集終


  【注釋】

 ○元禄八[乙亥]暦:1695年。 ○吉旦:農曆每月初一。吉祥的日子,好日子。吉日。/旦:実際は「且」と書かれている。 ○武江:武蔵国江戸の意。 ○日本橋萬町中通:現在の日本橋1丁目の地は……の多くの町があり……万町と青物町の間の南北の通りを中通りといいました。(日本橋「町」物語:日本橋1〜3丁目)

http://www.nihonbashi.gr.jp/story/nihonbashi.html


 ○本屋清兵衛:松葉軒万屋清兵衛であろう。速水香織「江戸書肆万屋清兵衛の初期活動」(『近世文藝』79 巻/2004)を参照。『和漢朗詠集』の刊記には「江戸日本橋万町/本屋清兵衛」とあるという。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kinseibungei/79/0/79_1/_pdf/-char/ja

この論文の「万屋清兵衛出版年表」の元禄8年には『鍼灸溯洄集』はない。万屋清兵衛は,元禄5年に『医道重宝記』,宝永3年に『難経本義諺解』(日本橋南詰)をいずれも連名で出版している。 ○梓行:刻版印行。

鍼灸溯洄集 86 卷下(33)疳癖

   卷下・廿六ウラ(778頁)

 (33)疳癖[カンヘキ]

  【注釋】

 ◉岡本一抱『指南』疳癖:「疳症にして,癖[カタ]塊[マリ]有を云」。

 ◉岡本一抱『指南』疳疾:「疳は甘也。小兒,甘味[アマキアジ]の大過より起(おこる)。亦『入門』に疳は乾[カワク]也。瘦[ヤセ]瘁[ツカル]少血也,云云。其の病症は多端也。詳(つまびらか)に述(のぶ)るに及ばず……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100314627/80?ln=ja


疳病由乳母寒熱失理動止飲食無節甘肥過度

諸病後多亡失津液並成疳病疳者肥甘厚味所

致而肚大青筋也

  【訓み下し】

疳病,乳母 寒熱 理を失するに由って,動止飲食 節無く,甘肥 過度に,諸病後(のち)多く津液を亡失し,並びに疳病を成す。疳は,肥甘厚味の致す所,而して肚大青筋あり。

  【注釋】

 ○乳母:奶媽。專司授乳及看護幼兒的僕婦。『荀子』禮論:「乳母,飲食之者也」。 ○動止:動作與靜止。行動;舉止。起居作息。謂日常生活。

 ◉『萬病回春』卷7・小兒科・疳疾:「夫小兒疳病,由乳母寒熱失理、動止乖違、飲食無節、甘肥過度、喜怒氣亂、醉飽勞傷使乳兒者,故成病。又因久吐之後、久瀉之後、久痢之後,以致久渴、久汗、久熱、久瘧、久嗽、下血、久瘡之後,皆能亡失津液,並成疳病」。

 ◉『萬病回春』卷3・積聚:「五仙膏 治一切痞塊積氣、癖疾肚大青筋、氣喘上壅,或發熱咳嗽、吐血衄血」。

 ◉『錢氏小兒直訣』卷3・五臟內外疳症主治:「薛按:疳症……或乳母厚味、七情致之……或咬指甲,搖頭側目,白膜遮睛,羞明畏日,肚大青筋……」。


○錢氏云癖塊者僻於兩脇痞結者否中脘或乳母六淫七情所致癖者生於皮裏膜外

  【訓み下し】

○錢氏の云わく,癖塊は,兩脇に僻す。痞結は,中脘〔に〕否す。或いは乳母 六淫七情 致す所。癖は,皮裏膜外に生ず。

  【注釋】

 ○錢氏:錢乙(約1032-1113年),北宋兒科學家。字仲陽。祖籍錢塘(今浙江杭州),至其曾祖時北遷,定居於鄆(今山東東平)。父錢穎,善醫,東遊海上不返。幼年由姑母收養,成年後從姑父呂氏學醫,為方不拘泥於古法,時出新意。尤精通『本草』諸書,詳辨闕誤。臨證以擅長兒科病聞名。元豐(1078-1085)年間至京師因治癒長公主之女疾,授翰林醫學。其理論、臨床經驗及醫案,經閻孝忠加以整理而成『小兒藥證直訣』三卷(約1114年)。 ○六淫:中醫名詞。謂風、寒、暑、濕、燥、火六氣太過,乃外感疾病的主要病因。 ○七情:人的七種感情或情緒。(1)指喜、怒、哀、懼、愛、惡、欲。(2)中醫指喜、怒、憂、思、悲、恐、驚。

 ◉『萬病回春』卷7・小兒科・癖疾:「錢仲陽云:癖塊者,僻於兩脇;痞結者,否於中脘。此因乳哺失調,飲食停滯,邪氣相搏而成。或乳母六淫七情所致,古人多用克伐。……癖者,生於皮裏膜外也」。


○疳瘦脫肛体瘦渇飲形容瘦肝俞[九推下相去脊中各二寸]膽俞[十推下相去脊中各二寸]章門[直季脇肋之端]不容[去中行各三寸]承滿[不容之下一寸]天樞[臍傍二寸]灸深刺

  【訓み下し】

○疳瘦脫肛,體(たい)瘦せ渇して飲(いん)し,形容 瘦せ,肝の俞[九推の下,脊中を相い去ること各二寸]・膽の俞[十推の下,脊中(せなか)を相い去ること各二寸]・章門[直季脇肋の端(はし)]・不容[中行を去る各三寸]・承滿[不容の下一寸]・天樞[臍の傍ら二寸]灸し深く刺す。

  【注釋】

 ★冒頭の○は原文にはないが,内容から補った。 ○体:「體・軆・躰」の異体字。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒疳瘦脫肛,體瘦渴飲,形容瘦瘁,諸方不瘥,灸尾翠骨上三寸陷中三壯,兼三伏內用楊湯水浴之,正午時灸,自灸之後,用帛子拭,見有疳蟲隨汗出,此法神效」。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒癖氣久不消,灸章門各七壯」。

 ★その他の穴の出典未詳。

 ◉『鍼灸重宝記』針灸諸病の治例・五疳:「五疳ともに肝兪・脾兪・不容・章門に灸すべし」。


○吐乳汁灸中庭[旦中下一寸六分陷]

  【訓み下し】

○乳汁を吐き,中庭[旦中の下一寸六分陷]を灸す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒吐乳汁,灸中庭一壯」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・小兒:「假如吐乳灸中庭,一寸六分下亶中」。


  卷下・廿七オモテ(779頁)

○癖氣久不消章門灸二十壯

  【訓み下し】

○癖氣久しく消せず,章門 灸二十壯。

  【注釋】

 ◉岡本一抱『指南』癖疾:「小兒の塊積[カタマリ]也。錢氏が說に,腹の兩脇に有を癖と云,中脘に有を痞と云」。

 ◉『病名彙解』癖疾:「俗に云小兒のカタカイなり。乳食宜(よろしき)を得ずして癖積を生ずるなり。隱僻[カタハキ]の處にあるゆへに癖と云なり。○『入門』に云,即痞塊,大人の積聚と同じ。多くは脇腹隱僻の地にかくる。時々に痛みをなすなり」。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒癖氣久不消,灸章門各七壯」。


○脇下滿瀉痢軆重四支懈憜積聚不嗜食而或食飲多漸漸黃瘦胃俞[十一推下相去脊中各二寸]章門灸刺

  【訓み下し】

○脇下滿ち,瀉痢,體(たい)重く,四支(てあし)懈墯(がいだ)し,積聚,食(しょく)を嗜(たしな)まず,或いは食飲(しいん)多く,漸漸黃瘦,胃の俞[十一の推の下(しも),脊中を相い去ること各二寸]・章門,灸刺す。

  【注釋】

 ○軆:「體・躰・体」の異体字。 ○𭞻:「墯・」の異体字であろう。

 ★胃俞は,12椎の下である。位置情報「十一推下」に従えば,脾俞。『衛生寶鑑』には,「在第十一椎下兩旁相去各一寸五分」とある。

 ◉『鍼灸聚英』脾俞:「十一椎下……主……主多食身疲瘦,吐鹹汁,痃癖積聚,脇下滿,泄利,痰瘧寒熱,水腫氣脹引脊痛,黃疸,善欠,不嗜食」。

 ◉『鍼灸聚英』胃俞:「十二椎下……主……不嗜食,多食羸瘦,目不明,腹痛,胸脇支滿,脊痛筋攣,小兒羸瘦……」。

 ◉『鍼灸聚英』章門:「主……不嗜食,胸脇痛支滿……傷飽身黃瘦……四支懈惰……」。

 ◉『衛生寶鑑』卷19・小兒門・癖積疳瘦:「脾俞二穴:治小兒脇下滿,瀉痢,體重,四肢不收,痃癖積聚,腹痛不嗜食,痰瘧寒熱,又治腹脹引背,食飲不多,漸漸黃瘦,在第十一椎下兩旁相去各一寸五分,可灸七壯,若黃疸者,可灸三壯」。

2024年4月24日水曜日

鍼灸溯洄集 85 卷下(32)急驚

   卷下・廿五ウラ(776頁)

 (32)急驚[附慢驚癇症]

  【訓み下し】

  急(きゆう)驚(きよう)[附(つけた)り慢驚癇症]


急驚症牙關緊急壯熱涎潮二便閉属肝風邪痰熱有餘之症也

  【訓み下し】

急驚症は,牙關(げかん)緊急,壯熱涎潮,二便閉づ,肝に屬す,風邪痰熱,有餘の症なり。

  【注釋】

 ○急驚:中醫上指小兒急性癲癇症,患者兩眼直視、手足痙攣及牙關緊閉。 ○牙關緊急:證名。牙關緊收,口不能開。見『衛生寶鑒』咽喉口齒門。多由痰氣風火壅阻經絡所致。如卒中昏倒,不省人事,牙關緊急者,為中風痰。若皮肉破傷,風從瘡口而入,證見項強,牙關緊,狀如發痙,為破傷風。若因七情內傷,氣逆為病,痰潮昏塞,牙關緊急,為中氣。 ○壯熱:證名。指高熱、熱勢壯盛。『諸病源候論』傷寒挾實壯熱候:「傷寒,是寒氣客於皮膚,搏於血氣,腠理閉密,氣不宣洩,蘊積生熱,故頭痛、體疼而壯熱」。 ○涎潮:涎が潮のごとく口から漏れ出ることか。「涎潮發搐」「涎潮搐搦」「涎潮昏塞」「涎潮氣壅」「頰赤涎潮,欲變驚癇」などの用例が見られる。

 ◉岡本一抱『萬病回春指南』急慢驚風:「詮義,本文に見えたり。古は急驚風を陽癇とし,慢驚風を陰癇と號」。/牙關緊急:「牙噤とも云。上下の牙關緊[キビシ]急に合して開(ひら)かざる也。俗に云,牙(は)を食いしめる」。

 ◉『病名彙解』急驚風:「慢驚風は陰症にして治しがたく,急驚風は陽症にして治しやすし。○『壽世保元』に云,〈急驚風は內 欝熱あり,外 風邪をさしはさみ,心家 熱を受けて積で驚す。其の症,牙關緊急,壯熱涎潮,竄視[ソラメツカヒ],反張[ソリカヘル]搐搦[ビクメキ],顫動[フルヒウゴキ]唇口,眉眼眨引[ヒキヒク]するなり〉」。

 ◉『萬病回春』卷7・小兒科・急驚:「急驚風症,牙關緊急,壯熱涎潮〔割注:竄視反張、搐搦顫動、唇口眉眼牽引、口中熱氣、頰赤唇紅、二便閉結……〕。急驚屬肝,風邪、痰熱有餘之症也」。


○慢驚因病後或吐瀉或藥餌傷損脾胃支體逆冷口鼻氣微手足瘈瘲昏睡露睛属脾中氣虗損不足之症也

  【訓み下し】

○慢驚は,病後に因り,或いは吐瀉し,或いは藥餌 脾胃を損傷し,支體 逆冷,口鼻 氣微(すく)なし,手足 瘈瘲(けつじょう),昏睡 露睛,脾に屬す,中氣 虛損,不足の症なり。

  【注釋】

 ○瘈瘲:出『靈樞』邪氣藏府病形。即瘛瘲。瘛瘲,證名。亦作瘈瘲、痸瘲。又稱抽搐、搐搦、抽風等。指手足伸縮交替,抽動不已的病證。『靈樞』熱病:「熱病數驚,瘛瘲而狂」。『傷寒明理論』卷三:「瘈者筋脈急也,瘲者筋脈緩也。急者則引而縮,緩者則縱而伸。或縮或伸,動而不止者,名曰瘈瘲」。多由熱盛傷陰,風火相煽,痰火壅滯,或因風痰,痰熱所致。 ○中氣:中醫學術語,有多種含義。①泛指脾胃等臟腑對飲食的消化轉輸、升清降濁等生理功能。又稱「脾胃之氣」。臨床上常見的中氣不足證,即脾胃之氣虛弱,運化失常,可見面黃少華、唇淡或黯、食欲不振、食後腹脹、眩暈、聲低氣短、倦怠乏力、便溏、舌嫩苔厚、脈虛等症状。②指脾主升清的功能。脾居中焦,其氣主升。若飲食勞倦傷脾,或久病脾虛,皆可使脾氣不足,清氣不升,形成虛陷的證候,如久瀉、脫肛、子宮脫垂、小兒囟陷等,稱為中氣下陷。

 ◉『病名彙解』慢驚風:「慢は惰なり,怠なり。ゆるき義なり。慢驚は陰症なり。肢體逆冷し,口鼻の氣微にして,手足瘈瘲し,昏睡して睛(くろまなこ)をあらはす。此れ脾虛して風を生ず。無陽の症なり。○『保嬰集』に云……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/211?ln=ja

 ◉『萬病回春指南』瘈瘲:「『類經』には,〈筋脈 急に引を瘈と云,弛(ゆるまり)長を瘲と云〉。又『醫學綱目』には,瘈瘲俱に相ひ引て急なるの名として,俗に之を搐と云といへり」。

 ◉『萬病回春』卷7・小兒科・慢驚:「慢驚症,因病後或吐瀉,或藥餌傷損脾胃,肢體逆冷、口鼻氣微、手足瘈瘲、昏睡露睛,此脾虛生風、無陽之症也。慢驚屬脾,中氣虛損不足之病也」。


○急慢驚灸攅竹[兩眉頭陷]前頂[顖會後一寸半]人中[鼻柱之下]

  【訓み下し】

○急慢驚,攢竹[兩眉の頭(かしら)の陷]に灸す。前頂[顖會の後(しりえ)一寸半]・人中(にんちゅう)[鼻柱の下(した)]。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「寶鑑曰:急慢驚風,灸前頂。若不愈,灸攢竹、人中各三壯」。


○驚癇先驚怖啼叫灸後頂[百會後一寸半枕骨之上]

  【訓み下し】

○驚癇,先ず驚怖し啼叫,後頂[百會の後(しりえ)一寸半,枕骨(しんこつ)の上]に灸す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒驚癇,先驚怖啼叫乃發,灸後頂上旋毛中三壯,及耳後青絡脈」。これによれば,灸穴は,後頂ではない。また『玉機微義』には「後」字なし。

 ◉『玉機微義』卷50・小兒門・灸驚風法:「小兒驚癇,先啼怖啼叫乃發也。灸頂上旋毛中三壯,及耳後青脈,炷如小麥大」。

 ◉『鍼灸聚英』百會:「前頂後一寸五分,頂中央旋毛中」。


○驚癇灸鬼哭大拇指用縛定四尖也

  【訓み下し】

○驚癇,鬼哭に灸す,大拇指 縛(ばく)を用い,四尖(ししょう)を定め。

  【注釋】

 ◉『鍼灸重宝記』經絡要穴・秘傳の穴:「○鬼哭(二穴):病人の兩手を合(あわ)せ,大指を汰(そろへ)ならべて,紙よりにて兩の大指を縛り,艾(もぐさ)を四分ばかりの大さにして,兩の爪の角と肉と四処にあて,灸すること七壮十四壮。狐つき、物つき、驚風、てんかんを〔治す〕」。

 ◉『鍼灸重宝記』針灸諸病の治例・驚癇 てんかん くつち:「中惡狐魅(きつねつき),てんかんきやうふうは,鬼哭に灸」。

 ◉『鍼灸聚英』秦承祖灸鬼法:「鬼哭穴以兩手大指相並縛,用艾炷騎縫灸之,令兩甲角後肉四處著火,一處不著則不效。按丹溪治一婦人久積怒與酒,病癇……又灸鬼哭穴」。


○瘈驚暴驚百會[頂中央旋毛之中可容豆]解谿[冲陽後一寸腕上陷中]下廉[上廉之下三寸]淺刺

  【訓み下し】

○瘈驚(けつきょう),暴驚,百會[頂(いただき)の中央(まんなか),旋毛(つじげ)の中(なか),豆を容る可し]・解谿[冲陽の後ろ一寸,腕の上の陷中]・下廉[上廉の下三寸]淺く刺す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』解谿:「衝陽後一寸五分,腕上陷中。……主……瘈驚……」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・心邪癲狂:「瘈驚百會解谿頭,暴驚下廉一穴求」。


○客忤驚風隱白[足大指內側去爪甲]淺刺

  【訓み下し】

○客忤,驚風,隱白[足大指內側去爪甲]淺く刺す。

  【注釋】

 ○客忤:病證名。出『肘後備急方』。又名中客、中客忤、中人、少小客忤。此證多見於小兒,多因小兒神氣未定,卒見生人或突聞異聲、見異物,引起驚嚇啼哭,甚或面色變易。如兼風痰相搏,累及脾胃,而受納失調,則導致腹瀉、口吐涎沫、腹痛、反側瘈瘲、狀若驚癇。『諸病源候論』中惡病諸候:「卒忤者,亦名客忤,謂邪客之氣,卒犯忤人精神也,此是鬼厲之毒氣,中惡之類,人有魂魄衰弱者,則為鬼氣所犯忤」。

 ◉『萬病回春指南』客忤:「小兒のおびえ病也。譬ばみなれぬ人物を見て,驚(おどろき)おびえる也。然ども人のみを指(さす)にあらず。客とは常なきの義也。總じて見なれぬ物の為に驚(おどろき)おびえて病を云。忤は逆[サカフ]也,犯[ヲカス]也」。

 ◉『病名彙解』客忤:  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/279?ln=ja

 ◉『鍼灸聚英』隱白:「主……小兒客忤,慢驚風」。


○臍風撮口然谷[足內踝前起大骨下陷中]灸刺

  【訓み下し】

○臍風撮口,然谷[足內踝の前,起こる大骨の下の陷中]灸刺す。

  【注釋】

 ○臍風:病名。出『針灸甲乙經』。又名風噤、風搐、噤風、馬牙風、初生口噤、七日口噤、四六風、七日風。即初生兒破傷風。多由斷臍不潔,感染外邪所致。 ○撮口:病證名。臍風三證之一。見『仁齋小兒方論』。又名撮風、唇緊。以唇口收緊、撮如魚口為特徵。並有舌強唇青,痰涎滿口,氣促,啼聲不出,身熱面黃等症。/又名撮風、口唇緊縮、口緊、沉唇、唇緊。臍風的三大主症之一。症見唇口收緊,撮如魚口。多由風痰入絡引起,唇口肌肉緊急,難於開合,不能進食或吮乳。

 ◉『萬病回春指南』臍風撮口:「臍風と撮口とに病に分ち見る說あり。又臍の帶の切口より風をひきこみて,口中に泡粒の如きもの生じて,卒に口を撮(つまみ)よせたる如に噤(つぐみ)て乳を飲ざる故に,臍風より撮口の症を發すれば一病と見る說もあり。本書に因て考に,龔氏は乃ち二病に分ち見るなり……」。

 ◉『病名彙解』臍風幷撮口:  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/366?ln=ja

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「初生小兒,臍風撮口,灸然谷三壯。或鍼三分不見血,立效」。


○癲癇癥瘕脊強灸長強

  【訓み下し】

○癲癇,癥瘕,脊(せなか)強(こわ)ばり,長強に灸す。

  【注釋】

 ○癥瘕:病證名。『金匱要略』瘧病脈證幷治:「病瘧,以月一日發,當以十五日愈;設不差,當月盡解;如其不差,當云何?師曰:此結為癥瘕,名曰瘧母」。『諸病源候論』癥瘕病諸候:「其病不動者,直名為症。若雖病有結症而可推移者,名為癥瘕」。指腹腔內有包塊腫物結聚的疾病。後世一般以堅硬不移,痛有定處的為癥;聚散無常,痛無定處的為瘕。『聖濟總錄』積聚門:「牢固推之不移者癥也」。又:「浮流腹內,按抑有形,謂之瘕」。『聖濟總錄』還認為癥瘕與積聚屬同類疾病:「癥瘕結癖者,積聚之異名也。證狀不一,原其根本,大略相類」。『醫學入門』等書以積聚為男子病,癥瘕為女子病。詳見癥、瘕、七癥、八瘕、十二癥等條。

 ◉『萬病回春指南』癥瘕:「癥は徵[シルシ]なり。其塊積所を定て動かず,即ち病形の徵驗(こころ)むべし。瘕は假なり。氣血をかりて假(かりそめ)に見(あらわる)といえども,其積塊所を定めざるなり。即ち積聚の類なり。また癥痞とも云也」。

 ◉『病名彙解』癥瘕:「腹中の塊積聚の類なり。○『病源』に云……」。

  https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/259?ln=ja

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒癲癇,癥瘕,脊強互相引,灸長強三十壯」。


○癇驚目眩灸神庭[前入髮際五分]

  【訓み下し】

○癇,驚,目眩,神庭[前の髮際に入(い)る五分]を灸す。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・小兒:「小兒癲癇,驚盡目眩,灸神庭一穴七壯」。


○凢新生児無病不可逆針灸之如逆針逆則忍痛動其五藏喜成癇灸害小兒可慎

  【訓み下し】

○凡そ新たに生(むま)れる兒(こ),無病にて逆に針灸す可からず。逆針の如きは,逆する則(とき)は,痛みを忍び,其の五藏を動かす,喜(この)んで癇を成す。灸も害す。小兒 慎む可し。

  【注釋】

 ○凢:「凡」の異体字。 

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・戒逆〔明刊本有「鍼」〕灸(注:無病而先鍼灸曰逆。逆未至而迎之也。):「小兒新生無病,不可逆鍼灸之。如逆鍼灸,則忍痛動其五臟,因喜成癇。河洛關中土地多寒,兒喜病痓。其生兒三日,多逆灸以防之。吳蜀地溫,無此疾也。古方既傳之,今人不分南北灸之,多害小兒也。所以田舍小兒,任其自然,得無夭橫也」。

 ◉『鍼灸聚英』小兒戒逆灸:「千金云:小兒新生無疾,慎不可逆鍼灸之。如逆鍼灸,則忍痛動其五臟,因喜成癇。河洛關中土地多寒,兒喜病痓。其生兒三日,多逆灸以防之,灸頰以防噤。有噤者,舌下脈急,牙車筋急。其土地寒,皆決舌下去血,灸頰以防噤也。吳蜀地溫,無此疾也。古方既傳之。今人不詳南北之殊,便按方而用之。是以多害於小兒也。所以田舍小兒,任其自然,皆得無橫夭也」。

2024年4月23日火曜日

鍼灸溯洄集 84 卷下(31)產後

   卷下・廿四ウラ(774頁)

 (31)產後[サンゴ]

産後諸疾氣血虗脉緩滑沈細冝實大強牢濇疾危

  【訓み下し】

產後諸疾,氣血 虛し,脈 緩滑沈細に宜し。實大強(けん)牢濇疾,危し。

  【注釋】

 ○冝:「宜」の異体字。 ○強:添え仮名および『万病回春』によれば,「弦」字の誤り。

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・產後:「脈:產後緩滑,沈細亦宜;實大弦牢濇疾,皆危」。


  卷下・廿五オモテ(775頁)

○惡露不盡瘀血上衝昏迷腹滿硬痛惡血也氣海[臍下一寸五分]三隂交[踝上三寸]灸刺

  【訓み下し】

○惡露 盡きず,瘀血 上(のぼ)り衝き,昏迷,腹滿ち硬く痛むは惡血(おけつ)なり。氣海[臍(へそ)の下(しも)一寸五分]・三隂交[踝上三寸]灸刺す。

  【注釋】

 ★三隂交:『鍼灸聚英』玉機微義・婦人に基づくとすれば,「隂交」の誤りか。

 ○惡露:出『肘後備急方』。指產婦分娩後從陰道排出的餘血和濁液。一般在產後2-3周內完全排盡。如果超過三個星期,仍然持續淋瀝不斷,排出或多或少均屬病態。參惡露不止、惡露不絕條。/惡露不絕,病名。見『婦人大全良方』卷二十。又名惡露不止、惡露不盡。多因產後氣虛不攝,衝任不固;或余血未盡感受寒涼,敗血瘀阻衝任;或陰血耗損,虛熱內生,熱擾衝任,迫血下行所致。

 ◉岡本一抱『指南』惡露(おろ):「產後一七[ヒトシチヤ]日下る所の惡(あく)血を云」。

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・產後:「產後惡露不盡,瘀血上衝,昏迷不醒,腹滿硬痛者,當去惡血」。

 ◉『鍼灸聚英』三陰交:「主……產後惡露不行……」。

 ◉『鍼灸聚英』氣海:「主……產後惡露不止……」。

 ◉『鍼灸聚英』陰交:「主……婦人血崩,月事不絕,帶下,產後惡露不止,繞臍冷痛……」。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・婦人:「產後惡露不止,及諸淋注,灸氣海……產後惡露不止,繞臍冷痛,灸陰交百壯……」。


○産後腹軟滿不硬痛者不瘀血乃脾虗也

  【訓み下し】

○產後 腹(はら)軟らかに,滿ちて硬からずして痛むは,瘀血にあらず,乃ち脾虛なり。

  【注釋】

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・產後:「產後腹軟、滿不硬痛者,不是瘀血,乃是脾虛故也」〔和刻本の訓:產後腹軟らかに,滿つれども硬痛せざる者は,是れ瘀血にあらず,乃ち是れ脾虛する故なり〕。この上文に「惡血去後,腹不滿、不硬、不痛,但虛熱不退」,「產後惡露不盡,瘀血上衝,昏迷不醒,腹滿硬痛者,當去惡血」とあることから,「不」字は「硬」字のみならず「痛」字にもかかっていると思われる。つまり和刻本のように理解するのが正しいであろう。


○産後心血空虗神無所依因悲思欝結喜怒憂驚生痰驚狂煩亂叫罵欲走悲歌妄笑

  【訓み下し】

○產後 心血空虛,神 依る所無き,悲思欝結に因って,喜怒憂驚,痰を生じ,驚狂煩亂,叫罵(め) 走らんと欲す,悲しみ歌い妄りに笑う。

  【注釋】

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・產後:「產後心血空虛、神無所依,或因悲思鬱結、怒氣憂驚。驚則神舍空,舍空則生痰,是神不守舍,使人驚狂煩亂、叫罵欲走、悲歌妄笑,頭搖手戰」。


○産後初起腹中有塊㚈舉作痛無寒熱俗云児枕

  【訓み下し】

○產後初め起こる腹中 塊(かい)有り,升(のぼ)り舉し痛みを作(な)し,寒熱を無(な)し,俗に云わく児枕(しりばら)と。

  【注釋】

 ★初め起こる:『萬病回春』和訓:「初めて起きて」。 ★寒熱を無(な)し:「を」は不要であろう。

 ○㚈:「升」の異体字。 

 ○兒枕:①指妊娠晚期,胞中余血成塊有如兒枕,故名。『經效產寶』續編:「十月足日,食有餘,遂有成塊,呼為兒枕」。又曰「胎側則成形塊者,呼為兒枕」。兒枕每成為難產之成因,故『經效產寶』指出:「欲生時塊破,遂血裹其子,故難產」。②病證名。出『醫學入門』,即兒枕痛。/兒枕痛:病證名。出『古今醫鑒』卷十二。又名兒枕、兒枕不安、塊痛、產枕痛、血枕痛、血塊痛、血母塊、產後兒枕腹痛、產後腹中塊痛等。多因產後惡露未盡,或風寒乘虛侵襲胞脈,瘀血內停所致。惡露未盡者,症見小腹硬痛拒按,或可摸到硬塊,兼見惡露不下或不暢,治宜活血去瘀。

 ○しりばら:しり‐はら【後腹・産後腹】 出産のあとの腹痛。あとはら。

 ◉岡本一抱『指南』兒枕痛(にちんつう):「產後の腹痛也。俗に云アトハラ」。

 ◉『病名彙解』兒枕痛(じしんつう):「俗に云アトハラの痛むことなり。兒,胎にあって枕にして居たる所の敗血の痛むと云義なり。畢竟瘀血の痛なり」。

 ◉『萬病回春』卷6・婦人科・產後:「產後初起腹中有塊,升舉作痛,無寒熱者,俗云兒枕」。


○産後兩脇急痛不可忍灸石門[臍下二寸]

  【訓み下し】

○產後兩脇急痛,忍ぶ可からず,石門[臍下二寸]に灸す。

  【注釋】

 ★石門:『鍼灸聚英』によれば,「石關」(足少陰腎経)の誤りか。通行本『玉機微義』では見つけられず。『玉機微義』卷14寒門・灸法に,「石關一穴,在臍下二寸」とある。これは,位置からすれば「石門」である。

 ◉『鍼灸聚英』石門:「主……婦人因產惡露不止,結成塊,崩中漏下」。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・婦人:「產後兩脇急痛不可忍,灸石關五十壯」。

 ◉『鍼灸聚英』石關:「主……婦人子藏有惡血,血上衝腹,痛不可忍」。
 ★小林健二氏によれば,『鍼灸資生經』第5・胸滿(胸脇滿・龜胸)に「期門,治產後胸脇支滿(見心痛)」とある。


○卒口噤語音不出風癇灸承漿[唇稜下陷開口取之]五壯

  【訓み下し】

○卒(にわ)かに口噤(つぐ)み,語音(ごいん)出でず,風癇,承漿[唇稜の下(しも)の陷(くぼみ),口開いて之を取る]を灸す,五壯。

  【注釋】

 ○風癇:①癇的一種。『聖濟總錄』卷十五:「風癇病者,由心氣不足,胸中蓄熱,而又風邪乘之。病間作也。其候多驚,目瞳子大,手足顫掉,夢中叫呼,身熱瘈瘲,搖頭噤,多吐涎沫,無所覺知是也」。②小兒癇證之一。『千金要方』卷五:「初得之時,先屈指如數,乃發作者,此風癇也」。③外感風邪而致的抽搐。『幼科證治準繩』:「風癇,因將養失度,血氣不和,或厚衣汗出,腠理開舒,風邪因入之,其病在肝,肝主風。驗其證:目青、面紅、發搐」。④手足偏廢如癱瘓之證。見『奇效良方』卷六十四:「風癇為病,廢手足,或一手一足,或兩手兩足,如癱不隨,或睫眼,或睫口,或口牽引頰車」。多見於腦血管意外〔=障碍〕後遺症等。

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・婦人:「婦人卒口噤,語音不出,風癇,灸承漿五壯」。


○産後血氣俱虗灸血海[膝臏上內廉白肉際二寸五分]五壯

  【訓み下し】

○產後,血氣 俱に虛し,血海[膝臏の上內廉,白肉の際二寸五分]に灸す,五壯。

  【注釋】

 ◉『鍼灸聚英』玉機微義・婦人:「婦人產後,血氣俱虛,灸血海百壯」。


○産後血暈不識人支溝[腕後臂外三寸兩骨之間]三里[膝下三寸]三隂交[踝上三寸]灸刺

  【訓み下し】

○產後,血暈,人を識(し)らず,支溝[腕後臂(ひじ)の外(そと)三寸兩骨の間]・三里[膝(しつ)下三寸]・三隂交[踝上三寸]灸刺す。

  【注釋】

 ○血暈:婦人生產後因失血而頭暈的病症。

 ◉『病名彙解』血暈:「產後などに血がのぼりて目のまふことなり」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「產後血暈不識人,支溝三里三陰交」。


  卷下・廿五ウラ(776頁)

○生産耳如蟬鳴腰如折三里合谷[手大指次指之歧骨間陷中]光明[外踝上五寸]深刺

  【訓み下し】

○生產(しょうさん),耳 蟬の鳴くが如く,腰 折れるが如し,三里・合谷[手の大指の次指の歧(ちまた)骨の間の陷中]・光明[外踝の上五寸]深く刺す。

  【注釋】

 ○生產:生孩子。

 ◉『鍼灸聚英』席弘賦:「期門穴主傷寒患,六日過經猶未汗。但向乳根二肋間,又治婦人生產難。耳內蟬鳴腰欲折,膝下明存三里穴。若能補瀉五會間,且莫向人容易說。睛明治眼未效時,合谷光明安可缺」。

 ◉『鍼灸聚英』天元太乙歌:「期門穴主傷寒患,七日過經尤未汗。但於乳下雙肋間,刺入四分人力健。耳內蟬鳴腰欲折,膝下分明三里穴」。

 ★本書が『鍼灸聚英』席弘賦を元としたとすれば,難産は期門穴〔直乳二肋端〕,三里は耳鳴り,合谷・光明は目の治療穴としてあげられていると思われる。

 ◉『神應經』耳目部:「眼癢眼疼:光明(瀉) 五會」。

 ◉『鍼灸聚英』標幽賦:「眼癢眼疼,瀉光明於地五」。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・耳目:「眼癢眼痛光明瀉,兼治五會癢痛休」。

 ◉『鍼灸聚英』合谷:「主……目視不明,生白翳」。

 ◉『神應經』婦人部:「產後諸病:期門」。


○産婦無乳前谷[手小指外側本節前陷中]且中[兩乳間陷]少澤[手小指內側去爪甲角]灸刺

○產婦 乳(ち)無きに,前谷[手の小指外側の本節の前の陷中]・旦(だん)中〔膻中〕[兩乳の間の陷]・少澤[手の小指の內側の爪甲の角を去る]灸刺す。

  【注釋】

 ★且:添え仮名は「だん」であるので「旦」。「旦は」「亶」の略字で,「亶」は「膻」の略字であろう。なお『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人も「亶中」に作る。

 ◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「無乳亶中少澤燒」。

 ◉『鍼灸聚英』前谷:「主……婦人產後無乳」。

 ◉『鍼灸聚英』少澤:「手小指端外側,去爪甲角下一分陷中」。上文(684頁694頁)でも「外側」とする。


○胞衣不下內關[掌後去腕二寸兩筋間]照海[足內踝下]淺刺

  【訓み下し】

○胞衣(えな) 下(くだ)らず,內關[掌後,腕を去る二寸,兩筋の間]・照海[足の內踝の下]淺く刺す。

  【注釋】

 ○胞衣:胎兒出生時包裹在外的一層膜。/えな:胎児を包んでいた膜や胎盤など。後産(あとざん)として体外に排出される。

 ◉『醫學入門』附・雜病穴法:「死胎不下,瀉三陰交,胞衣不下,瀉照海、內關」。