2024年11月9日土曜日

電脳医学古典資料 その9 素問 霊枢 関連 データベース

 

2024119日 第9回配信

 

素問 霊枢 関連 データベースその1

 

●●● 約1500冊の医学古典.xlsx

●●●『素問』『霊枢』句索引Webリンク版.xlsm

●●●素問 霊枢 難経 扁鵲倉公伝の和訓付きデータベース.xlsm

★★★古典テキスト 常用漢字版 聖恵方追加 .txt

★★★古典テキスト 常用漢字版 聖恵方追加.docx

素問古注選集 Web公開資料.xlsx

素問識と素問紹識と素問攷注 Web公開資料.xlsx

 

以上7ファイルです。

 

 

 ダウンロードして下さい。

7 MB(メガバイト)あります。数十秒でダウンロードできます。

  ↓

http://point.umin.jp/temp/somon reisu-01.zip

 

WordExcelとテキストデータです。

30年近くテキストを追加し校正の繰り返しでまとめたものです。

最後にメモ書きがありますが無視してください。

あくまで個人的な作業記録です。まだ〈終わり〉はありません。

 

Word文章ですが,データ量があり動作が遅いので,キビキビ使いたい人はエディタをお勧めします。

個人的には,いつも「秀丸エディタ」を使っています。

Excel はさすがにデータベースソフトですので早いです。

 

 

 

つづく

2024年11月6日水曜日

電脳医学古典資料 その8 『経穴彙解』,その他の図版を使い,『霊枢』経脈(10)の経文に従い流注を順序よく描いた資料


2024116日 第8回配信

 

『経穴彙解』,その他の図版を使い,『霊枢』経脈(10)の経文に従い流注を順序よく描いた資料

 

PowerPointを使った資料です。10年ほど前に作りました。

我が家のハードディスクに眠らせておくのはもったいないので公開します。

(自分で使って便利だった)

 

タイトルは,

 

●霊枢の経脈と経別と経筋および馬王堆の流注の流れを図版化してビジュアルに見るサンプルモデル

 

 ダウンロードして下さい。

186 MB(メガバイト)あります。それほど時間はかからないと思います。

  ↓

http://point.umin.jp/temp/keimyakuzuhanrutyu.zip

 

 

あくまでサンプルモデルです。各人が手を入れて自分用に作ればいいと思います。


霊枢の経文と図版資料だけでは理解しにくいと思い,図版に経文の内容を順序通りに入れてあります

経脈がどこから始まり,どこを通り,どこで終わるのか。途中の経穴は何か,等など流れを追いながら見ることができます。 

 

つづく

電脳医学古典資料 その7 十二経脈 各種版本のデータベース

 2024年11月5日 第7回配信


●流注と経脈病症

★★★十二経脈 各種版本のデータベース


前回の「十四経脈の図版データベース」の文字データ版です。


 ダウンロードして下さい(2つの Excel ファイルがあります)

   ↓

http://point.umin.jp/temp/12keimyaku.zip



内容:

ファイルは,

十二経脈 各種版本のリンク.xlsx


11種類の文献,16版本の12経脈を分類しリンクさせた資料


『霊枢』 内閣文庫の2種類の版本

『霊枢講義』 富士川文庫

『脈経』 内閣文庫

『甲乙経』 内閣文庫の2種類の版本

『太素』 富士川文庫

『千金方』 富士川文庫

『銅人』 国書データベース

『聖済総録』 内閣文庫

『十四経発揮』 内閣文庫

『医学綱目』 内閣文庫と富士川文庫

『鍼灸聚英』 富士川文庫

『鍼灸聚英』(抄本)内閣文庫

『類経』         富士川文庫




さらに各種版本,出土文献資料の経脈を比較校合した校勘データです。


ファイルは,

霊枢 経脈(10) 校勘データ.xlsx


なお,今までの電脳医学古典資料シリーズのまとめは以下の場所にあります。

これからも,このアドレスにアクセスすれば追加が見られます。

  ↓

http://point.umin.jp/temp/20241028.htm


つづく


2024年11月4日月曜日

電脳医学古典資料 その6 十四経脈の図版データベース

 電脳医学古典資料庫 その6 ●十四経脈の図版データベース


2024年11月4日 第6回配信


●十四経脈の図版データベース


『医心方』から明治,大正,昭和,200年代の中国の教科書の〈経脈図〉のある83文献を収録。


詳しい解説は,当会で図書販売している『鍼灸名著集成』にありますから購入し参照してください。


全1,237枚の画像ファイルを分かる範囲で年代別に十四経分類してあります。


データ量は300 MB(バイト)

圧縮してありますから,ダウンロードしたファイルをダブルクリックして解凍すること。

右上にある「すべて展開」をクリックするとファイルが解凍できます。

  ↓


http://point.umin.jp/temp/14keizuhan.zip


参考までに:

1930年(昭和5年)の『心療図解』(平田内蔵吉)は,美術解剖学者の描く経絡図(西田正秋=東京芸術大学美術学部美術解剖学講座教授)です。

西田の絵は,代田文誌に引き継がれています。


つづく


2024年11月2日土曜日

電脳医学古典資料 その5 〈病名+鍼灸治療〉のデータベース

 電脳医学古典資料 その5


2024年11月2日  第5回配信

ここにアクセスしてください。

http://point.umin.jp/temp/20241028.htm


内容:

〈病名+鍼灸治療〉のデータベースです。


歴代の鍼灸文献はみな,このスタイルで書かれています。


〈病名,症状,鍼灸処方〉が内容としてある文献53冊を限定し,なおかつ〈あいうえお順〉に整理し,調べられる資料。


内容は『鍼灸甲乙経』『千金方』から大正時代の『鍼灸手引草』(久木田七郎)まで53文献。

文字化の処理はしていません。すべて〈病名+鍼灸治療〉の画像ファイルです。



画像ファイル約5,500枚あります。

約1.4GB(ギガバイト)あります。

画像ファイルですからダウンロードに時間と容量が必要です。

20分から30分は必要です。

個人のPC環境によって相違があります。自己責任でダウンロードして下さい。


版本選び,見出し名処理,画像処理から画像整理,数ヶ月かかりましたからダウンロードの30分待つのは「時間はゼロ」にひとしいところです。


あいうえお順ですから「噫気(あいき)」,「噫(あい)」……「遺尿(いにょう)」から「腕痛(わんつう)」まで並べてありますから簡単に見られます。

古典用語の知識が必要ですから,そこは各自で学習してください。

 

サンプルとして,

http://point.umin.jp/temp/byoumei.xlsx

 

を参照してください。

実際は,このファイルにある項目と画像ファイルはリンクしています。

 

 

つづく


2024年11月1日金曜日

電脳医学古典資料 その4 鍼灸関係,漢方関係の学会誌 雑誌のデータベース

 電脳医学古典資料 その4


2024111日  第4回配信

 

30年前から少しずつまとめたものです。

雑誌の目次をスキャナーで読み取り,文字化し,Excelでまとめたもの。

その時々に作ったものですから書式が統一されていませんが実用にはなります。

 

単行本の背表紙は本の顔ですから,本棚に置いておけばすぐ見つけられます。

雑誌は雑誌名,号数ですから中身がわからない。

そういうストレスを解消できます。

 

内容:鍼灸関係,漢方関係の学会誌 雑誌のデータベース

 

★学会誌 雑誌 のデータベース

index TAO鍼灸療法

index 医道の日本 1945-2020

index 漢方と漢薬 東亜医学

index 漢方の臨床 創刊号からの目次索引

index 漢方研究 1976年から2016

index 経絡治療学会誌

index 現代東洋医学

index 中医臨床

index 東邦医学

index 東洋医学 緑書房

index 日本医史学雑誌(1954年~2013)検索マクロあり

index 日本東洋医学雑誌1950年から

index 和漢薬 001500目次

index 鍼灸osaka

index 鍼灸ジャーナル

鍼灸雑誌(明治から昭和30年ころの鍼灸関係9雑誌)

 

以上15冊 プラス 国立国会図書館デジタルコレクションの9冊をまとめてあります。

 

ダウンロードファイルして下さい。これも圧縮したZIPファイルです。

   ↓

20241101-1.zip

 

つづく


2024年10月31日木曜日

電脳医学古典資料 その3 経穴部位,主治症のデータベース

 電脳医学古典資料庫 その3



2024年10月31日  第3回配信

以下のURLをクリック

http://point.umin.jp/temp/20241028.htm


内容:経穴部位,主治症のデータベース


★★★経穴データベース2024年バージョン

01 経穴データベース 一名 位置 穴性 帰経 など

02 経穴データベース 主治症 『鍼灸甲乙経』から『聖済総録』までの主治症

03 藍川慎 読甲乙経丙卷要略

04 藍川慎 鍼灸甲乙経孔穴主治

05 新彫孫真人千金方 巻第30 と 宋版の千金方


01から05は,あくまで個人的に整理したもので未完成バージョンです。

03と04は,藍川愼が天保10年(1839年)に『鍼灸甲乙経』を考証学的に編纂した著書です。

05は,宋本『千金方』と宋改前の『千金方』の巻30を整理したものです。


いずれも実用的な「手引き本」ではなく研究者向けです。


なお,穴名表記は(湧泉,涌泉,勇泉)などのように様々ですので,すべて数値化(湧泉なら&293;)してあります。

検索するときに「293」で統一して検索可能です。




【マクロありのExcelの注意】

はじめてこのファイルを開く時に、画面左上方に

!「セキュリティの警告」 「マクロが無効にされました」 「コンテンツの有効化」


というメッセージが上段に出ます。


「コンテンツの有効化」をクリックし、「有効」にして下さい。



ダウンロードファイルは以下です

20241031.zip


小林


2024年10月30日水曜日

電脳医学古典資料 その2 『大漢和辞典』のページを見つける資料,古典の病名など理解するための資料,

 電脳医学古典資料 その2

以下のホームページにアクセスして下さい

http://point.umin.jp/temp/20241028.htm


2024/10/29 配信

http://point.umin.jp/temp/20241029001.zip

内容1:和暦,西暦の年表, 『大漢和辞典』のページを見つける資料
    日本内経医学会のblog(談話室)にある内容

・002 年表
・003 大漢和辞典5万字の親字と熟語索引 その他
・004 ブログ 日本内経医学会

http://point.umin.jp/temp/20241029002.zip

内容2:古典の病名など理解するための資料

万病回春 医学入門 諸病源候論 病名彙解など病名病因のまとめ マクロあり.xlsm

・万病回春(明・龔廷賢編 1615年)
・(回春)病因指南(岡本一抱)
・病名彙考(岡本一抱『万病回春指南』卷2・病名彙考)
・病名彙解(蘆川桂洲 貞享3年(1686))
・医学入門(明・李梴 1575序刊)
・諸病源候論(隋・巣元方 610年)
・鍼灸備要(青山道醇 明治20年(1887))
・鍼灸手引草(久木田七郎 大正1年(1912))
・丸山昌朗『内経』病名漢洋対比表


つづく

2024年10月29日火曜日

  扁鵲医籍考 06.2

 


 孫思邈が『刪繁方』から孫引きした『扁鵲鍼灸経』の条文は以上のものだけにとどまらない。ただ現在は確定された「指紋」が少ないために,それらを正確に識別できないだけである。しかし,すでに識別された佚文によっても,扁鵲医学の鍼灸腧穴における成果と特徴について,より具体的な理解が得られた。特に,『扁鵲鍼灸経』の一部腧穴の名称・位置・主治の内容が漢代の腧穴の古典『黄帝明堂経』に反映されていることが見つかった。


 ① 『扁鵲鍼灸経』の穴名は,『黄帝明堂経』では別名として処理されている。たとえば,「幽門,一名上門。在巨闕兩旁各五分陷者中」,「氣穴,一名胞門,一名子戶。在四滿下一寸,衝脈、足少陰之會。刺入一寸,灸五壯。主腹中痛,月水不通,奔泄,氣上下引腰脊痛」となっていて,上述した『扁鵲鍼灸経』で関わりのある穴の位置と主治はみな一致しているが,『扁鵲鍼灸経』の穴名は『黄帝明堂経』では別名として扱われている。もしさらに多くの『扁鵲鍼灸経』の佚文やこの書よりさらに古い扁鵲の腧穴の佚文を識別できるならば,『黄帝明堂』が利用した「扁鵲明堂」の実例をより多く見つけることができるであろう。

 ② 『扁鵲鍼灸経』と扁鵲の鍼灸処方の佚文を『華佗鍼灸経』『黄帝明堂経』の背部兪穴の位置と詳細に比較した結果,三者ともに背部兪穴の横方向の距離は実際には同じであり,「脊傍一寸」または「夾脊三寸」*に位置している。人々の理解の違いや伝承過程での誤字によって,三者の背俞穴の横方向の距離の記述に大きな違いが生じた。現代では扁鵲医学を継承している『華佗鍼灸経』の背部兪穴を経外奇穴とみなして「華佗夾脊穴」と名づけ,『黄帝明堂経』の背部兪穴と区別している。


    *たとえば,『医心方』が引用する『華佗鍼灸経』の背部兪穴は「諸椎俠脊相去一寸也」であるが,『備急肘後方〔肘後備急方〕』と『医心方』が引用する華佗の霍乱灸法は,ともに「去脊各一寸」としている。これにより,華佗の背部兪穴の文は「諸椎俠脊各相去一寸也」とすべきであることがわかる。『霊枢』背腧は背部兪穴を「皆挾脊相去三寸所」〔穴と穴との距離は脊椎を挟んで3寸ほど〕とし,『医心方』が引用する『黄帝明堂経』は「夾脊椎下間傍相去三寸」としている。文言は異なるが実質は同じであり,「去脊各一寸」〔脊椎の端からそれぞれ1寸〕と同じ表現である。これは古人は「脊」の幅を一寸と定めていたためである。後世の理解と表現の誤りによって,扁鵲と華佗の穴が「経外奇穴」となった。さらに『鍼灸甲乙経』の背部兪穴の記述の仕方に基づいて扁鵲と華佗の穴が改められたのである。


 ③ 『華佗鍼灸経』は『扁鵲鍼灸経』と相承関係にあり,扁鵲の鍼灸学を継承発展させたものである。たとえば,『扁鵲鍼灸経』に記載されている十九の背部兪穴のうち,最後の三穴には名称がなかったが,『華佗鍼灸経』ではこれらが補完されており,そのうちの第二十椎の名称は『扁鵲鍼灸経』の主治に直接基づいて「重下兪」と命名されている。この両書の関係が確定したことも,華佗が扁鵲医学の伝承者であることの有力な証拠となった。

 このほか,筆者は早くも『中国鍼灸学術史大綱』において,扁鵲医学の早期の鍼灸処方の主治は,『黄帝明堂経』の関連する腧穴に取り入れられていることをすでに明確に指摘している。たとえば,扁鵲の尸厥を治療した処方の主治は,隠白・大敦・厲兌の三穴の主症にすでに見られる。このことから分かることは,『黄帝明堂経』は実際上,漢代以前の諸家の鍼灸用穴の経験を集大成したものであって,『扁鵲偃側明堂』『扁鵲鍼灸経』が一家〔一流派〕の書であるのとは異なる性質が異なる,ということである。

 『扁鵲鍼灸経』の影響を受けたことが明確な鍼灸古籍には,敦煌巻子『佚名灸方』(詳細は敦煌巻子『佚名灸方』考を参照〔原書178頁~〕)や宋代の官修医書『太平聖恵方』鍼灸巻がある。たとえば『太平聖恵方』の「督兪」は『扁鵲鍼灸経』に見られ,その位置は『華佗鍼灸経』に基づくものである。また,厥陰兪は『扁鵲鍼灸経』に由来し,穴名は別名を採用しているが,扁鵲の原書では「関兪」(「闕兪」とも書かれている)を正式名称としている。気海兪は『華佗鍼灸経』に由来し,やはり別名が用いられていて,原書では「陽結兪」を正式名称としている。「関元兪」の位置と主治は『扁鵲鍼灸経』に由来する。

 孫思邈が孫引きした「扁鵲曰」の文には,典型的な鍼灸処方の特徴を持つ文も見られ,引用数は上述した『扁鵲鍼灸経』に由来する佚文よりも多い。その中には,鍼灸処方の穴名と位置が上述した『扁鵲鍼灸経』から引用された文とよく一致しているものもある。例:

     治眼暗灸方:灸大椎下數節第十,當脊中安灸二百壯,惟多為佳,至驗,不在方藥也(『新雕孫真人千金方』卷十一〔・肝勞第三〕)。

     眼暗,灸大椎下第十節,正當脊中二百壯,唯多佳。可以明目,神良。灸滿千日,不假湯藥(『千金翼方』卷二十七〔・肝病第一〕)。

     治眼暗灸方:灸大椎下數取第十節,正當脊中央二百壯,唯多為佳,至驗,不須方藥也(『醫心方』卷五〔・治目不明方第十三〕)。

     肝俞,主目不明,灸二百壯,小兒寸數斟酌,灸可一二七壯(『千金翼方』卷二十七〔・肝病第一〕)。

     治溫病後食五辛即不見物,遂成雀目,灸第九椎,名肝俞,二百壯,永差〔=瘥〕(『千金翼方』卷二十七〔・肝病第一〕)。

 これらの灸処方の穴名とその位置は,前述した『扁鵲鍼灸経』の佚文中の肝兪穴と非常に高い一致を示しており,両者の比較可能な主治症状さえも一致して,両者の関係は唐代鍼灸大家の甄権の腧穴専門書『鍼経』とその鍼灸処方の専門書『鍼方』の関係と同じである。しかしながら,これらの証拠だけでは謝士泰が『刪繁方』を編纂した際に引用した扁鵲の鍼灸の文が,それぞれ『扁鵲鍼灸経』ともう一つの鍼灸処方書に由来するかどうかを判断することはできない。まず,現在確認されている『扁鵲鍼灸経』の佚文だけでは,判定するには十分ではない。この書の内容は腧穴だけで,鍼灸処方には言及がない。次に,隋以前の図書目録には扁鵲の名を冠した鍼灸処方の専門書は著録されていない。しかし,最近出土した扁鵲医書によれば,漢以前にはすでに扁鵲の鍼灸処方の専門書(現在の専門篇に相当)が流布しており,原書には書名がない。いまのところ公開された数条の文は以下の通り。

    逆氣,兩辟(臂)、陽明各五及督;

    疽病、多臥,兩陽明、少陽各五;

    轉筋,足鉅陽落各五。

 筆者のこれまでの研究成果により,早期の扁鵲の鍼灸処方を判定する「指紋」の特徴は確立されている。その特徴は,第一に,鍼灸処方が経脈と同名の「経脈穴」,または「経脈穴」と,部位は表記されているが名称のない穴から構成されていること,第二に,穴の下に鍼刺の数が記されていることである。

 上に挙げた出土文献はこの二つの特徴を完全に満たしているので,この出土文献は早期の扁鵲の鍼灸処方の専門書と判定できる。特に注目すべきは,鍼灸処方に絡脈穴「足巨陽落」が現われたことである。これはきわめて価値のある発見である。全文が公開され,さらに多くの絡脈穴を用いる鍼灸処方が見つかれば,扁鵲の鍼灸処方の新たな発展を示すこととなる。かつまたとりわけ都合がいいことには,六朝時代の謝士泰が引用した扁鵲の鍼灸処方にも一致度がきわめて高い鍼灸処方の佚文が見つけられることである。

    『刪繁方』……治轉筋,脛骨痛不可忍方:灸屈膝下廉橫筋上三炷(『醫心方』卷六〔・治筋病方第二十三〕)。

    治轉筋,脛骨痛不可忍,灸屈膝下廉橫筋上三壯(『新雕孫真人千金方』卷十一〔・治筋極第四〕と『千金翼方』卷二十七〔・肝病第一〕)。

 処方中の「屈膝下廉横筋上」とは,すなわち『霊枢』本輸にいう「太陽之絡」★である委陽脈であり,謝士泰が引用したこの扁鵲の鍼灸処方と老官山から出土した漢簡の扁鵲の鍼灸処方には継承関係があることを示している。『黄帝明堂経』には「委陽,三焦下輔俞也。在足太陽之前,少陽之後,出於膕中外廉兩筋間,扶承下六寸,此足太陽之絡也」とあり,同じ脈の同じ穴だと言える。特に主治の症状として「脚急兢兢然,筋急痛」★★もはっきりと挙げられている。これも『黄帝明堂経』が扁鵲の鍼灸経験を採用したもう一つの例証である。

    ★『靈樞』本輸:「三焦下腧在於足大趾之前,少陽之後,出于膕中外廉,名曰委陽,是太陽絡也」。

    ★★『鍼灸甲乙經』卷9・足厥陰脈動喜怒不時發㿗疝遺溺癃第11:「胸滿膨膨然,實則癃閉,腋下腫,虛則遺溺,脚急兢兢然,筋急痛,不得大小便,腰痛引腹不得俯仰,委陽主之」。

 扁鵲の鍼灸処方の「指紋」の特徴に基づき,筆者は15年前に,出土した漢代の画像石「扁鵲鍼刺図」と『史記』扁鵲倉公列伝にみえる倉公の鍼刺処方をあらためて解読し,あわせて伝世本『素問』に収録されている早期の扁鵲の鍼処方を識別した。

  *黄龙祥. 中国针灸学术史大纲 [M]. 北京:华夏出版社,2001:223-226.

 孫思邈の書に保存された大量の扁鵲の鍼灸処方を見ると,多くは尸厥・卒中(五臓六腑の中風を含む)・癲狂・癰疽・瘧病に集中しており,これらはまさに早期の扁鵲医学の鍼灸治療でよく見られる病症であった。その中の多くの処方にも早期の扁鵲の鍼灸処方の「経脈穴」を用いるという特徴が反映されている。その例は,『孫真人千金方』巻十四・〔治〕風癲第五に収録されている倉公の鍼灸癲狂処方にも見られる。

    狂癲風驚,厥逆心煩,灸巨陽五十壯。

    狂癲鬼語,灸足太陽四十壯。

    狂走驚恍惚,灸足陽明三十壯。

    狂癲癇易疾,灸足少陽隨年壯。

    狂癲驚走恍惚,嗔喜笑罵〔原書『孫真人千金方』は「瞋喜罵笑」に作る〕歌哭鬼語,悉灸頭太陽、腦戶、風池、手太陽、陽蹻、少陽、太陰、陰蹻、足跟,悉隨隨〔原書『孫真人千金方』は「隨」一字に作る〕年壯。

 また,扁鵲鍼灸の診脈刺脈の特徴に基づいて,筆者は伝世本『霊枢』癲狂が扁鵲医学を源とすると判定した*。

    * 黄龙祥. 扁鹊医籍辨佚与拼接 [J]. 中华医史杂志,2005,45(1):33-43. /『季刊内經』No.203 2016年夏号:岡田隆訳 黄龍祥「散佚扁鵲医籍の識別・収集・連結」 

 ここで特に注目すべきは「頭太陽」穴である。筆者が以前に目にした扁鵲の鍼灸処方の構成は,「経脈」穴で構成されるもの,専用の穴名のない鍼灸部位で構成されるもの,「経脈」穴と名を持たない鍼灸部位で構成されるものがある。しかし上に挙げた倉公の灸処方には「頭太陽」という「部位名+経脈名」という新たな腧穴命名方式が現れている。伝世医籍でまさにこの命名方式を採用しているのは,扁鵲医学の癰疽病診療において,その理論と実践を継承する『劉涓子鬼遺方』である。この書は現存する版本の質がよくないことを考慮して,ここでは『千金翼方』巻二十三が引用する『劉涓子鬼遺方』の原文を主とし,あわせて『医心方』と『諸病源候論』の二書の引用文を参照して以下のように校正した。

    手心主脈有腫,癰在股脛。

    手陽明脈有腫,癰在腋淵。

    脇少陽脈有腫,癰在頸。

    足少陽脈有腫,癰在脅。

    腰太陽脈有腫,交脈屬於陽明,癰在頸。

    尻太陽脈有腫,癰在足心、少陽脈。

    股太陽脈有腫,癰在足太陽。

    肩太陽、太陰脈有腫,癰在脛。

    頭陽明脈有腫,癰在尻。

 以上のように,これらの異なる部位の「脈」は,脈を診る場所であり,刺灸する場所でもある。現在知られている扁鵲医籍の佚文にはこれらの「脈」の具体的な部位はまだ見つかっていないが,扁鵲医学での診脈する場所の一般的な規則に基づいて基本的な判断は可能である。つまり,同時期の扁鵲の経脈循行に描写されている「出」る場所,および経脈の起こるところと終わるところに位置するものである。過去には扁鵲医学について理解が浅く,『劉涓子鬼遺方』が伝承する明らかな扁鵲鍼灸学に特徴的な文言をまったく読解することができなかったため,宋代に孫思邈の『備急千金要方』を校改した際に,倉公の灸処方にあったこの「頭太陽」穴も削除された。

 扁鵲の鍼灸処方には,灸療の壮数が多いというはっきりとした特徴がある。まさに孫思邈が「依扁鵲灸法有至千壯〔扁鵲の灸法に依れば千壯に至る有り〕」(『新雕孫真人千金方』巻二十九)と述べているとおりである。これについては,特に癰疽の灸治において顕著である。

  『醫門方』云:扁鵲曰:㿈腫癤疽風腫惡毒腫等,當其頭上灸之數千壯,無不差者;四畔亦灸三二百壯。此是醫家秘法。小者灸五六處,大者灸七八處(『醫心方』卷十五〔治癰疽未膿方第二〕)。

 また『刪繁方』に収載された扁鵲の鍼灸処方をみると,数百壮や随年壮とするものが多い。

 ここで特に指摘しなければならないことがある。孫思邈が当時『備急千金要方』を編纂した際に病症治療の下に多くの灸処方を付け加えたが,その多くは『刪繁方』から孫引きした『扁鵲鍼灸経』の腧穴主治であることが少なくない。しかし,宋人がこの部分を校正した時には,『千金要方』全体のスタイルに合わせるために,これらの腧穴主治条文をみな鍼灸処方の形式に改編した。そのため,扁鵲医籍の佚文を考察する際には,宋校本『備急千金要方』を決してそのまま利用してはならない。

 

2024年10月28日月曜日

  扁鵲医籍考 06.1

   二、扁鵲鍼方明堂 


 早期の扁鵲医籍の多くは単篇として伝えられていたが,書名はもちろん篇名すらないものもあった。対して,扁鵲の「鍼灸明堂」類の医籍は比較的晩出で,『隋書』経籍志には「扁鵲偃側鍼灸図」三巻が著録されている。伝世文献にはっきりと引用されている書名は二つあって,一つは「扁鵲鍼灸経」,もう一つは「扁鵲明堂経」という。伝世の「鍼灸経」または「明堂経」と題される鍼灸古籍を見ると,いずれも鍼灸の腧穴を専門に論じた書であり,鍼灸の処方を掲載しているものは少ない。

 『医心方』には「扁鵲鍼灸経」という正式名称が3箇所引用されている。その巻二〔諸家取背輸法第二と灸例法第六〕と巻十八〔治灸瘡不瘥方第二〕にあるものは同一で,出典も完全に同じであることから,「扁鵲鍼灸経」という書名は原書にもとからあったもので,後人が定めたものではないことを物語っている。ただ,この書が三巻本の『扁鵲偃側鍼灸図』とどのような関係にあるかは不明である。「扁鵲明堂経」として引用されているものは宋代の『太平聖恵方』巻一百に見られるが,筆者が調査したところ,宋代の人々は鍼灸書を「明堂経」と総称する習慣があったため,この一条の引用だけで宋代に『扁鵲鍼灸経』とは異なる題名の扁鵲の鍼灸明堂書が残され伝わっていたと断定することはできない。

 早期の鍼灸処方は「経方」類には入れられず,「医経」類に分類されていた。伝世本の『霊枢』『素問』には方薬の論述は少ないが,多くの鍼灸処方が見られ,そのうち少なくとも一部は扁鵲の医籍を出自とすることが確認できる。陳延之の『小品方』自序には,彼が撰用した書目の中に『華佗方』十巻があり,『隋書』経籍志には「扁鵲肘後方」三巻が著録されている。後世の医書には晋代の『肘後方』以降,扁鵲の鍼灸処方を引用しているものは少なくないが,いずれも出典を明記していないため,歴史上に扁鵲の鍼灸処方の専門書が存在したかどうかは断定できない。成都市金牛区天回鎮漢墓から出土した漢簡の扁鵲医籍で暫定的に「経脈数」★と名づけられたもののいくつかの条文を見ると,筆者はこれが現在知られている最も古い扁鵲の鍼灸処方の専門書であり,書名は(全篇が鍼刺法のみであれば)「扁鵲鍼方」,あるいは(文中に灸法の内容が含まれていれば)「扁鵲鍼灸方」とすべきであると確信している。

    ★文物出版社から出版された天回医簡整理組編著『天回医簡』(2022年)では,「刺数」と命名されたものに該当すると思われる。

 この書の出土は,筆者が15年前に伝世本『素問』『霊枢』中の扁鵲の鍼灸処方について識別し解読したことが完全に正しかったことを証明している*。実のところ,筆者はもっと早くから「出土した鍼灸書や非鍼灸書中の鍼灸処方の状況を見ると,基本的に伝世医書の中に,同じかあるいは類似の文字を見つけることができる。我々はこれらの伝世鍼灸文献,特に鍼灸名著の研究に主要な精力を注ぐべきであり,大量の鍼灸の貴重書がまだ地下に埋蔵されているとか,すっかりなくなって残っていないという誤った考えをするべきではない」と明確に提唱していた**。確実な伝世文献に基づいて扁鵲医学の「指紋」を正確に抽出しなければ,今回出土した扁鵲医籍の書名(または篇名)を確定することはできないし,これらの文献が本当に扁鵲医籍に属するかどうかも確定できない。

    * 黄龙祥.中国针灸学术史大纲[M]. 北京:华夏出版社,2001:223-226.

    ** 黄龙祥.针灸名著集成 [M]. 北京:华夏出版社,1996:3. /黄龍祥『鍼灸古典の解説-『鍼灸名著集成』の解説部分の翻訳(改訂新版)』. 東京:日本内経医学会,2022:4.を参照。

 漢代の倉公以降,確実に扁鵲医学の継承者として確認できるのは,後漢の華佗と六朝時代の謝士泰である。華佗の医書は早くに失われたが,『医心方』には『華佗鍼灸経』の文が引用されている。謝士泰の『刪繁方』も失われたが,隋代の『諸病源候論』と,特に唐代の孫思邈の『千金要方』にその内容が多数引用されていて,その中には鍼灸に関する内容が多数含まれている。

 そこで,『扁鵲鍼灸経』の佚文を考察する際の主な拠り所となる文献は,『扁鵲鍼灸経』を直接引用している『医心方』と,『刪繁方』から孫引きしている『新雕孫真人千金方』であり,その次は宋代の改変が比較的少ない『千金翼方』である。『新雕孫真人千金方』に残っていない箇所★については,まず宋校本『備急千金要方』から引用文を探し,その後『千金翼方』から対応する文を探す。疑問のあって解決が難しい場合は,さらに『諸病源候論』『外治秘要』で該当する文を探し,総合的に比較して取捨選択する。

    ★現存する宋版『新雕孫真人千金方』(静嘉堂文庫所蔵)は,巻6~10,巻16~20を欠く。

 『扁鵲鍼灸経』の識別に関する一つの確固たる座標は『医心方』が完全な出所を明確に示す三つの『扁鵲鍼灸経』の佚文である。その中で巻二〔・諸家取背輸法第二〕は『扁鵲鍼灸経』の背輸穴を引用する時に多くの伝本を採用し,あわせて異なる版本の異同を記している。収録された背輸穴は全部で19穴であるが,穴名と位置が『黄帝明堂経』と同じ5穴は省略されて収録されていない。いま一括して以下のように補い,補った文には角括弧をつけた。


    『扁鵲鍼灸經』曰:

    第二椎名大抒(各一寸半,又名風府)。

    第四椎名閞〔「關」の異体字〕輸[また「闕輸」「巨闕輸」にも作る]。


 按ずるに,原名は「闕輸」「巨闕輸」とすべきで,「閞〔關・関〕輸」は形が似ているための誤りである。『千金翼方』には「厥陰兪」とも書かれているが,これは経脈理論が変遷した産物である。「巨闕」は心の募穴であるが,心に関連する経脈には歴史上二つの異なる見解がある。一つは手心主脈に関連し,もう一つは手少陰脈に関連するものである。唐以前,「巨闕」に関連する経脈の五輸穴は手心主脈であったが,この脈の名称が「手厥陰脈」に改められて流行するようになると,それに伴い「巨闕」に対応する「厥陰兪」という名称が出現した。もし『扁鵲鍼灸経』が晋以降の書でないのであれば,「巨闕」に対応する背輸は「闕輸」または「巨闕輸」であって,「厥陰輸」ではない。


    第五椎名督脈輸

    第六椎名心輸(與佗同)

    [第七椎名鬲輸] 

    第八椎名肺輸

    [第九椎名肝輸]

    第十椎名脾輸(與佗同)

    [第十二椎名胃輸]

    第十三椎名懸極輸(不可灸,殺人)

    [第十四椎名腎輸] 

    第十五椎名下極輸

    [第十六椎名大腸輸] 

    第十七椎名小腸輸(與佗同)

    第十八椎名三膲輸(或名小童腸輸)


 按ずるに,「小童腸」の意味は未詳であるが,『外台秘要』が『刪繁方』から孫引きした扁鵲鍼灸の条文には「扁鵲曰:第十八椎名小腸兪,主小便不利,少腹脹滿虛乏,兩邊各一寸五分,隨年壯灸之,主骨極」とある。「十八椎」が誤りか,穴名が誤りかは不明である。この条文を調べたところ,宋人による校改を経ていない『新雕孫真人千金方』では欠巻にあたり,宋人が校改した『備急千金要方』と『千金翼方』は,どちらも「小腸兪」として引用されているため,この疑問はいまのところ解決されていない。

    

    第十九椎名腰輸    

    第二十椎(主重下)


 按ずるに,『華佗鍼灸経』はこの穴の主治に基づき穴名を補って「重下兪」としている。


    第二十一椎(不治)


 按ずるに,『華佗鍼灸経』はこの穴を「解脊兪」と名づけている。


    第二十二椎(主腰背筋攣痹)

    凡十九椎應治其病灸之,諸輸俠脊左右各一寸半或一寸二分。但肝輸一椎灸其節。其第十三幷二十一椎,此二椎不治,殺人。

    『扁鵲鍼灸經』云:凡灸,因火生瘡,長潤,久久不差〔=瘥〕。變成火疽,取穀樹*東邊皮一寸已上煮熟去滓,煎令如糖,和散付〔=敷〕,驗(『醫心方』卷二〔・灸例法第六〕)。

    『扁鵲鍼灸經』云:凡灸,因火生瘡,長潤,久久不差,變成火疽方:取穀樹東邊皮,煮熟去滓,煎令如糖,和散付(『醫心方』卷十八〔・治灸瘡不差方第二〕)。

    

    *穀樹とは,カジノキ(paper mulberry)のことで,落葉喬木。新生枝は灰色の太い毛で密に覆われ,乳汁がある。/★『医心方』には,「カチ」と添え仮名あり。


 以上の確定された疑いのない「座標」に基づいて,さらに『外台秘要』や『医心方』の注の引用出典を参照することで,孫思邈の書の中にさらに多くの『扁鵲鍼灸経』の佚文を発見することができる。


    第一椎名大抒,無所不主,夾左右一寸半或一寸二分,主頭項痛,不得顧,胸中煩急,灸隨年壯(『千金翼方』卷二十七)。

    第四椎名巨闕俞,主胸膈中氣。灸隨年壯(『千金翼方』卷二十七)。

    第四椎名厥陰俞,主胸中膈氣,積聚好吐,隨年壯灸之(『千金翼方』卷二十七)。

    第九椎名肝俞,主腹內兩脇脅下脹滿,食不消,喉痹,目眩,眉頭痛,骨急嘔吐,當椎灸五十壯,老小以意斟酌之。灸二百壯,主目不明,神驗(『新雕孫真人千金方』卷十一)。

    肝俞,主肝風[又第九椎名肝俞主] 腹脹,食不消化,吐血,酸削,四肢羸露,不欲食,鼻衄,目䀮䀮,眉頭脅下痛,少腹急,灸百壯(『千金翼方』卷二十六)。

    第十一椎名脾俞,主四肢寒熱,腰疼不得俯仰,身黃腹滿,食嘔,舌根直,灸十一椎及左右各一寸三處各七壯(『新雕孫真人千金方』卷十五)。

    [第十一椎名]脾俞,主四肢寒熱,腰疼不得俯仰,身黃腹滿,食嘔,舌根直,並灸椎上三穴各七壯(『千金翼方』卷二十七)。

    第十五椎名下極俞,主腹中疾,腰痛,膀胱寒,澼飲注下,隨年壯灸之(『千金翼方』卷二十七)。

    灸第十七椎七壯,是小腸俞,及左右兩邊各一寸,主三焦也(『新雕孫真人千金方』卷十四)。

    小腸俞,主三焦寒熱,一如灸腎法(『千金翼方』卷二十七)。

    『刪繁』骨極虛寒:又灸法,扁鵲曰第十八椎名小腸俞,主小便不利,少腹脹 滿虛乏,兩邊各一寸五分,隨年壯灸之,主骨極。並出第八卷中(『外台秘要』卷十六)。

    第二十椎主便血,灸隨年壯(『新雕孫真人千金方』卷十五)。

    灸第二十二椎隨年壯,主腰背不便,轉筋,急痹筋攣(『千金翼方』卷二十七)。

    第二十一(二)椎,主腰背不便,筋轉痹,灸隨年壯(『千金翼方』卷二十七)。

    第二十二椎,主腰背不便,筋攣痹縮,虛熱閉塞,灸隨年壯,兩旁各一寸五分(『千金翼方』卷二十七)。


 以上の〔諸書に〕引用された背輸穴は,第一椎から第二十二椎までの計9穴であり,「大杼」穴の部位および「十八椎」の穴名を除いて*,その他の穴の部位と名称は,みな『医心方』に引用された『扁鵲鍼灸経』と完全に一致し,主治内容さえもかなり一致している。謝士泰が編纂した『刪繁方』は引用時に「扁鵲曰」とだけ表記し,書名を明記していない(孫思邈が孫引きした時は,引用書名を補って記すことはなおさらできなかった)が,『医心方』に引用された『扁鵲鍼灸経』と一致度がこれほど高い文は,同じ書物――『扁鵲鍼灸経』を出自とするとしか考えられない。これからも,この書の編纂年代の下限は『刪繁方』が成書した六朝時代であると確定できる。

    *この二つ〔大杼穴と十八椎穴〕の条文は,『新雕孫真人千金方』の欠落した巻にあるため,孫思邈が引用した際の原文がこの通りであったかどうかは判断できない。

 謝士泰が収録した文は一層整っているので,『扁鵲鍼灸経』の内容をより具体的に理解する手助けとなるだけでなく,この書物の記述形式の特徴が明瞭に見て取れる。すなわち,腧穴について,部位・穴名・主治・刺灸法*の順序で記述されていることである。

    *『千金要方』と『千金翼方』で確認された『扁鵲鍼灸経』の佚文には刺法の記述は見られないが,これは『扁鵲鍼灸経』の原書が灸法のみを収録していたことを意味するものではない。晋から唐にかけての「備急」類の方書が鍼灸文献を引用する際には,『備急肘後方』〔『肘後備急方』〕の著者葛洪が「使人用鍼,自非究習醫方,素識明堂流注者,則身中榮衛尚不知其所在,安能用鍼以治之哉〔人をして鍼を用いしむるに,自(も)し醫方を究習し,素より明堂流注を識(し)るに非ざる者は,則ち身中の榮衛 尚お其の在る所を知らず,安(いず)くんぞ能く鍼を用いて以て之を治せんや〕」〔葛洪『肘後備急方』序〕と言っているのと多くは同様の考え方をしている。孫思邈もこの例に倣って,鍼灸の腧穴文献や鍼灸処方を引用する際に,多くは灸法のみを収録し,鍼法は収録しなかったのである。


 この腧穴内容を記すスタイルは,既知の唐以前の鍼灸文献には他に見られないものであるので,この特徴を『扁鵲鍼灸経』の佚文を識別するもう一つ別の「指紋」として,孫思邈の書においてさらに多くの『扁鵲鍼灸経』の佚文を発見することができた。


     兩乳間,名身堂,主上氣厥逆,百壯(『新雕孫真人千金方』卷十五〔・治脾虛實方第三〕)。

     當心下一寸,名巨闕,主心悶痛,上氣,引少腹呤,灸二七壯(『千金翼方』卷二十七〔・心病第三〕)。

     俠巨闕兩邊相去各一寸,名曰幽門,主胸中痛引腰背,心下嘔逆,面無滋潤,灸之各隨年壯(『新雕孫真人千金方』卷十三〔・脈極第四〕)。

     俠巨闕兩邊相去各半寸,名曰上門,主胸中痛引腰背,心下嘔逆,面無滋潤,各灸隨年壯(『千金翼方』卷二十七〔・心病第三〕)。

     俠巨闕相去五寸,名承滿,主腸中雷鳴相逐,痢下,兩邊一處,各灸五十壯(『千金翼方』卷二十七〔・大腸病第八〕)。

     灸夾丹田兩邊相去各一寸,名四滿,主月水不利,賁血上下幷無子。灸三十壯,丹田在臍下二寸(『千金翼方』卷二十六〔・婦人第二〕)。

     俠臍旁相去兩邊各二寸半,名大橫,主四肢不可舉動,多汗洞痢,灸之隨年壯(『千金翼方』卷二十七〔・膀胱病第十〕)。

     俠屈骨相去五寸,名水道,主三焦、膀胱、腎中熱氣,隨年壯。屈骨在臍下五寸,屈骨端水道俠兩旁各二寸半(『千金翼方』卷二十七〔・膀胱病第十〕)。

     俠膽俞旁行相去五寸,名濁浴,主胸中膽病,灸隨年壯(『新雕孫真人千金方』卷十二〔・膽虛實第二〕)。

    俠膽俞旁行相去五寸名濁浴,主胸中膽病,隨年壯(『千金翼方』卷二十七〔・膽病第二〕)。

     手無名指甲後一韭葉,名關衝,主喉痹,不得下食飲,心熱噏噏,常以繆刺之,患左刺右,患右刺左也,都患刺兩畔(『千金翼方』卷二十六〔・舌病第五〕)。

    〔一部,「名」字の前に読点(,)を加えた。〕