2024年5月6日月曜日

黄龍祥『兪穴論』3.1

  3 兪穴構造の関機論

 秦代の弩には,矢を放つ部分である「機」の外側に誤発射を防止する「関」という囲みがある。弩機のこの構造を借用して形象化し,古人は兪穴の「外大内小」「外粗内精」構造の特徴と操作の規範を説明した。本論ではこれを「関機論」と称する。

 『黄帝内経』の「関機論」は,兪穴が構造的であることを説明している。筆者は一歩進んで同時代の関連文献を考察し,兪穴のこの構造が探索可能であり,考慮可能であることを証明し,さらに中国の古代の兪穴の構造と現代解剖学で知られている人体の構造を比較し,二千年以上前の中国の古代の兪穴の構造研究は,肉眼による観察と手による探索という原始的な方法を主に採用したのにもかかわらず,現代解剖学では捕捉されていない気血の運行を制御する重要な構造とその機能を見つけていたことに気がついた。


  3.1 「関」にしたがって「機」を探る

 「関」があり,「機」があるとは,兪穴は内に「機」があり,外に「関」がある,口が大きく底が小さい立体構造であることを言っている。「関」は兪穴の体表位置での輪郭に相当し,この範囲内には「気至る」を触発して風が雲を吹きはらうような鍼の効果を得る「空中の機」という点がある。現代人がもっとよく知っている現代医学の神経ブロックの体表位置と目標点の位置関係を用いて,兪穴の「関」と「機」の立体構造を説明すると理解がより容易になるかもしれない。兪穴の「関」は神経ブロック点の体表位置に似ている(正確な位置は必要ない)。「機」は神経ブロック目標神経点――神経幹・神経根・神経叢・神経節などに似ている(正確な位置が必要)。神経ブロックをおこなって目標とする神経点にあたらないか離れた場合は,操作全体の失敗を意味している。

 古典鍼灸でも,「関」の位置が基準に合っていても関を過ぎて機に触れることができなければ,「粗工」 (初級鍼師)のレベルにしか達していない,と考えられている。いわゆる「粗守關,上守機〔粗は關を守り,上は機を守る〕」(『霊枢』九針十二原),「知機道者不可挂以髮,不知機者扣之不發〔機の道を知る者は挂(か)くるに髮を以てす可からず,機を知らざる者は之を扣(たた)くも發せず〕」(『素問』離合真邪論)である。

 経兪を刺すときに「関」にしたがって「機」を探るだけでなく,一部の奇兪を刺す場合も同様である。たとえば経筋病を刺すときは痛みを兪とし,「知るを以て数と為す」必要があり,筋が急する所で最も痛い点を正確に刺してこそ,最適な治療効果を得ることができる。

 〔訳注:著者の論文「筋病刺法的演變與經筋學說的興衰」(『中国針灸』2023年8月第43巻第8期)によれば,『霊枢』経筋にある「以知為數」を,筋急など患部の最も痛む点に鍼を刺し,患者が感じる耐えきれないほどの痛みの知覚と,術者が筋肉に痙攣を知覚する鍼感を「知」といい,この患者と術者の「知」があれば治療効果がもっともよく,これを「數=度」とする,と解している。〕

 残念なことは,『黄帝内経』は兪穴を刺して「機」に触れ気を得ることの重要性を非常に強調していても,どのように「機」に触れるかという方法についての記述は少ないことである。漢代の『黄帝明堂経』以降の兪穴経典にある兪穴の位置に関する記述の多くは体表の「関」の位置についてであって,臨証において穴を刺すには,どのように「関」にしたがって「機」を探したらよいのか。古人が省略したか,あるいは後世に失われた「機」を刺すための詳細を可能な限り取り戻さなければならない。


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