2024年5月7日火曜日

黄龍祥『兪穴論』3.2

   3.2「脈会」の微

 上文において神経ブロック療法の体表位置と目標点位置を用いて,鍼灸兪穴の外の「関」と内の「機」の立体構造を説明したが,よく知られているように,神経ブロックの目標神経点はその位置がどれほど小さく隠れていても,注射針がどれほど触れにくいとしても,目標点の位置は明確であり,経験不足のために実際の操作時に何度試みても命中しない可能性はあるとしても,その存在を疑う余地はなく,練習を続けさえすれば,また神経刺激装置や超音波ガイドの助けを借りることによって,命中率と安全性を高めることもできる。

 鍼灸従事者について言えば,「機」はどこにあるのか。経典に「機之動,不離其空,空中之機,清靜而微〔機の動は,其の空を離れず,空中の機は,清靜にして微〕」〔『霊枢』九針十二原〕とあり,兪穴の中核をなすものが「脈会」であることを知っていれば,兪穴の機は脈会から離れないことを知っている。では,「脈会」にも確かな構造があり,探索し考察することが可能だろうか。答えはイエスであり,なおかつ伝世文献には「脈会」を探る一般的な方法といくつかの特殊な方法が明記されている。

 先進的な解剖学的方法と技術の支えを得る以前,古人は人形を論理して「脈会」の中に識別できたのは「脈」だけであり,脈とは異なる索状や繊維様構造を見ても,識別できないため,「脈」の類に一括して分類されていた。まさに陳太羲先生が述べたように,『黄帝内経』にある「脈」「経脈」は一つの集合概念であり,現代解剖学における「神経血管束」に相当する[8]

    [8] 陈太羲.人形解剖学图稿引言[J].南京中医学院学报,1990,6(4):5-8.

 古人の「脈会」の機能に対する認識,および「脈会」を刺して命中した後の鍼感と鍼の効果の記述に基づき,現代の人体解剖学で知られている構造と照らし合わせることによって,今では異なるタイプの兪穴乃至同じ兪穴の異なるレベルの「脈会」は,その微細な構造が同じとは限らないことが分かる。

 (1)骨空構造

 現代解剖学の枠組みでは,骨孔は血管神経束が出入りする孔であり,異なる骨孔に出入りする血管神経の詳細もほぼ明らかになっている。したがって,既知の現代解剖学の知識によって,かなりの程度まで骨空に出入する「脈会」の微細な構造を確認することが可能である。以下に例をあげて説明する。

 例1:『素問』骨空論は髄海の骨空〔骨のあな〕の一つについて,「髓空在腦後三分,在顱際銳骨之下〔髓空は腦後三分に在り,顱際の銳骨の下に在り〕」といい,王冰は「是謂風府,通腦中也〔是れを風府と謂い,腦中に通ずるなり〕」と注している。この「顱際の鋭骨」とは,現代解剖学術語でいう「後頭隆起」のことであり,その下はまさに髄空である「大後頭孔」に当たるので,王冰の注解は完全に正しい。『霊枢』海論もこの点を確認し,髄海に出入りする骨空「風府」の脈会が「筋骨血氣之精」をなして,「而與脉并為系,上屬於腦後,出於項中〔而して脈と幷して系と為り,上って腦後に屬し,項中に出づ〕」〔『霊枢』大惑論〕ることを具体的に記述している。ここでは脈とたがいに「幷」するものとして「筋骨血気の精」もあることを明確に指摘している。

 では,脳髄の骨空である風府穴に出入りする「脈」は,具体的にどの脈の交会であり,脈と「幷」行する構造には,またどのようなものがあるのだろうか。

 現代解剖学の代表作である『グレイ解剖学』[9]によれば,この骨空に出入りする脈には次のものがあることが知られる。椎骨動脈,この脈は後頭骨の大孔に入る所で1~2の分枝を出す。後外側に後脊髄動脈があり,前正中に前脊髄動脈がある。椎骨内静脈叢はここに密集した静脈網を形成する。動脈に随伴する神経には副神経脊髄枝と交感神経叢があり,ここで延髄が脊髄に接続し,脊髄根は椎骨動脈の後方で大後頭孔に入る。

  [9] Williams PL,杨琳,高英茂.格氏解剖学[M].沈阳:辽宁教育出版社,1999.

 例2:『黄帝明堂経』に記載された尻の骨空八髎穴がある体表の位置は明確である。すなわち,ちょうど左右四つの後仙骨孔の体表陥凹部である。その「機」には深さの異なる層があり,深層の「機」は対応する前仙骨孔にある。主な証拠は二つある。『黄帝明堂経』では八髎穴を刺す深さは二~三寸であり,この深さでは鍼尖の位置は明らかに仙骨前孔付近に達している。『グレイ解剖学』によれば,仙骨前孔付近の血管には仙骨中の血管と仙骨外の血管がある。血管に随伴する神経には交感神経幹があり,仙骨前孔の内側または前方には四つまたは五つの互いに接続する交感神経節があり,仙骨神経と尾骨神経の腹側枝からなる仙骨神経叢と尾骨神経叢がある。

 (2)気穴の構造

 『黄帝内経』の中で最も明瞭かつ最も完全な経兪の構造は「気穴」である。その構造には以下のいくつかの特徴がある。その一,肉会である「渓」「谷」のところに多く分布する。その体表の特徴は陥凹として表現されることが多い。これが気穴の「関」である。その二,気穴の「脈会」の位置は動くことはなく,分肉の間の「肉肓」にある。鍼尖が肉肓に触れなければ「機」に命中せず,「穀気」を得ることができない。穀気を得ればそこで止める。肓を過ぎて肉に中(あ)たってもいけないし,達しなくてもいけない。肉肓のところに出る「脈会」を精確に刺さなければならない。その三,会合する脈の大きさもはっきりしていて,脈の中で三番目の「孫脈」である。その四,体表に位置する「関」から肉肓の「機」までの間には「遊鍼の居」という間隙がある。鍼はその間隙に沿って「関」から肉肓まで進み,巷を遊行するがごとく滞り阻まれることはない。

〔『靈樞』脹論:「此言陷於肉肓,而中氣穴者也。不中氣穴,則氣內閉,鍼不陷肓,則氣不行,上越中肉,則衛氣相亂,陰陽相逐」。〕

 近ごろ,中国医学と西洋医学の専門家[8,10-11]から次のような指摘がなされている。現代解剖学の血管体構築ユニットにおける皮穿支(近年、国内では「皮穿支」概念を引用する際に多くの発展伸展があり,本論は2012年の「中国穿支皮瓣的名词术语与临床应用原则共识(暂定稿)/中国の穿通枝皮弁(perforator flap)の名詞術語と臨床応用原則の共通認識(暫定稿)」の定義を採用する。すなわち皮穿支とは源血管から発せられ,深筋膜を通して皮下組織と皮膚を支配する血管を指す)は,上述の二千年以上前に古典鍼灸学で記述された「気穴」の構造特徴とみな一致する。たとえば,皮穿支は,皮と肉の分の深筋膜のところに穿刺し,その位置は気穴の「脈会」点の位置と同じである。穿通枝血管の管径は平均1mm以下で,気穴構造のうちの「孫脈」と同じレベルである。直接する皮穿支は多く深筋膜の「渓」と「谷」に沿って皮表へ延伸し,気穴構造の「渓」「谷」概念と一致する。用語さえも驚くほど一致する。

    [8] 陈太羲.人形解剖学图稿引言[J].南京中医学院学报,1990,6(4):5-8.

    [10] 刘斌,尤海燕,李玉华.谿谷结构的现代解剖学印证[J].北京中医药大学学报,2016,39(8):639-642.

    [11] Zhi Wei D, Yu S, Yongqiang Z.Perforators,the underlying anatomy of acupuncture points[J].Altern Ther Health Med, 2016,22(3):25-30.

    〔穿通枝皮弁とは近年,再建外科領域に新たに登場した皮弁の総称であり,筋肉を穿通し皮膚に至る血管それ自体を皮弁の栄養血管として挙上される皮弁である。多くの場合,これらの皮弁は微小血管吻合による遊離組織移植として欠損の再建に用いられるほか,有茎移植も可能である.

    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma1939/65/4/65_4_289/_pdf/-char/ja

    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8435948/〕

 特に指摘しなければならないのは,兪穴の「穴樹」構造を最初に提出した陳太羲先生[12]から,ここ数年の国内の顕微骨科〔マイクロサージャリー〕医のより厳密な論証まで,みな皮穿枝構造を経兪の構造全体と比較しているが,その分析から以下のことが確認できる。皮穿枝構造が兪穴の構造と一対一に対応できるのは経兪中の「気穴」だけであり,脈兪・絡兪・募穴・骨空類の経兪,特に後ろの三つの経兪の構造とは大きく異なる。完全かつ厳密に表現すれば,皮穿刺枝は気穴論篇に述べられている「孫絡」に相当し,気穴に会する孫絡を含むだけでなく,穴会ではない孫絡も含み,皮穿枝が筋穿刺深筋膜に出る部位は気穴の底の構造に相当する。

    [12] 陈太羲.固有筋膜以上的穴树图[J].南京中医学院学报,1989,5(4):51-52.

 (3) 原穴と募穴の構造

 その「脈会」の多くは,二層あるいは二層以上をなしているが,これまで研究者はその表層の「脈会」に多く注目して,より重要な深層の「脈会」,すなわち血気が臓腑に出入りする「脈会」に注意を払わなかった。漢代の鍼灸兪穴経典『黄帝明堂経』に記載された349穴の中で,最も鍼を深く刺す兪穴は腹部の募穴と仙骨部の八髎穴であり,多くは二~三寸(環跳穴に対する深さの二~三倍)であり,臓腑の原穴と募穴に刺せば,この深さでは鍼尖は明らかに腹膜または内臓の被膜・隔膜・腸間膜および内臓付近の大血管に達して触れることになる。現代解剖学の実験により,密集して分布する内臓神経叢または節は,それを囲む大血管の主要な分枝に沿って延び,内臓の被膜・隔膜・腸間膜にも豊富な自律神経(腸管神経系を含む)が分布していることが明らかになった。かつまた後世における内臓の募穴を深く刺したときの鍼感とその効果も典型的な自律神経調節効果として表現される。このことから,内臓の募穴・原穴の「脈会」構造には自律神経成分が含まれていることがわかる。たとえば,「肓の原」である気海(別名は脖胦,または下肓)は臍下一寸半にあり,その「脈会」は脊椎内を伏行し,「十二経の海」と呼ばれる衝脈にある。『グレイ解剖学』によれば,臍下2cmに腹大動脈の分岐点があり,上下腹神経叢が分布し,この叢には三つの主要な源がある。すなわち腹大動脈神経叢(交感神経と副交感神経)・腰内臓神経(交感神経)・骨盤内臓神経(副交感神経)である。

 (4)脈兪の構造

 「脈会」には主に二つの種類,大脈の会と諸脈の会がある。以下にそれぞれ論ずる。

 人迎については,『黄帝明堂経』に「一名天五會,在頸大脈動應手,俠結喉傍,以候五藏氣〔一名は天五會,頸の大いなる脈動 手に應じ,結喉を俠む傍らに在り,以て五藏の氣を候う〕」とある。『霊枢』はこの穴を四海の一つ,「気海」の兪とする。大脈の兪であり,治病の要穴であることが分かる。現代解剖学によれば,「人迎」はまさに総頸動脈の分岐部にあたり,特殊な化学と圧力の感覚器があり,外膜には頸動脈洞神経および舌咽神経・迷走神経と交感神経からなる神経叢が支配している。頸動脈鞘内には総頸動脈とそれから分かれた内頸動脈と内頸静脈および迷走神経幹と頸神経ワナがある。現代医学の視野の下では,ここも血行を調節する重要な節点であることが十分にうかがえる。

 しかし,脈兪の複雑性はまた,その作用する強さと範囲が会する所の脈の大小に左右されるだけでなく,会する所の脈の多少と脈会の階層の多少次第でもある。たとえば,寸口の脈に位置する太淵穴は,その会する所の脈は人迎穴より遥かに小さいが,古典鍼灸学ではこれを肺の源,脈の大会,手太陰脈の本としていて,脈診で最もよく使われる部位でもある。古典鍼灸学における「診・療一体」の観念に基づけば,病気を診断する上で重要な意義を持つ脈口は,当然治療上でも非常に重要な脈兪である。

 また魚際穴は,経典に「陰諸絡會於魚際,數脈并注,其氣滑利〔陰の諸絡は魚際に會し,數脈幷(なら)んで注ぎ,其の氣は滑利〕」〔『霊枢』邪客〕とあり,常用される絡の診どころであり,それと同時に重要な治病の絡兪でもある。一脈が注げば兪となることができ,「数脈が幷(なら)んで注」げば,気血は盛大であり,大兪要穴となるが,会する所の脈がみな大きいわけではない。現代解剖学の実験観察によっても,魚際区には血管が豊富な静脈叢があることが確認されている。

 このような諸脈の会である脈兪は,数千年前の実践検査をへてその治療作用がより強く,作用範囲もより広いことが明らかになったが,このような脈兪には他の脈兪にはない気血を調節する構造か,より密度の高い調節する構造があって,それによって普遍性がより高い診察と治療の作用を示しているはずである。

 すでに発見された構造から見ると,脈兪の機にはまだ多くの知られていない探索発見が待たれる謎がある。たとえば,大脈の兪である「人迎」が位置する血管分岐点の内外にあるような複雑で強力な制御構造は,特定部位の動脈が分岐する点だけに存在するのか,それとも各種動脈が分岐する点に普遍的に存在するのか。直径が異なる動脈分岐部の制御構造の種類と数には,どのような異なる法則があるのか。これらの基本的な問題について,目下の現代解剖学にはまだ関連する研究がない。


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