2024年5月9日木曜日

黄龍祥『兪穴論』4.2

 4.2 審らかに其の兪を守り,常を知って変に達する

〔『靈樞』海論(33):「審守其俞,而調其虛實,無犯其害,順者得復,逆者必敗」。「常を知って変に達する」ことは,中国医学弁証思考の基本的特徴とされる。〕


 後世の「経穴」「経外奇穴」という兪穴分類と比較すれば,『黄帝内経』の「経兪」「奇兪」という二分法の方がより有意義であり,その刺法と治則が継承関係にある,有機的な全体像を構成している。刺法は,大きく二つ,「経刺」(『素問』繆刺篇の用法)と「繆刺」に分けられる。経刺法の取穴は経兪を主とするが,奇兪である「血絡」と「結絡」は繆刺法で常用される刺灸箇所である。この刺灸部位を二つに分ける法は『史記』扁鵲倉公列伝にすでに先例があるが,今日に至るまで,民間に由来する鍼挑〔挫刺〕療法は,このような鍼灸部位の二分法――その鍼挑点は「固定鍼挑点」と「非固定鍼挑点」の二種類に分けられる――を伝承している。

 経兪はさらに脈兪・気穴・募兪・骨空という異なる種類に分けられたが,その主要な意義は以下のとおりである。その一,刺法がより精確になった。異なる経兪の脈会タイプに基づき異なった機に触れる方法を採用することによって,効率がより高くなった。一穴でありながら多種類の経兪タイプを併せ持つ大兪要穴については,種類によってそれぞれ肉肓を刺す,脈を刺す,骨空を刺す,肓膜を刺すという異なる機に触れる法則を採用することによって,焦点がより絞れるようになった。その二,漢代以前の鍼灸文献にある鍼灸処方と鍼灸の治療原則・方法を正確に解読するのに役立つ。『黄帝内経』などの初期文献に掲載されている鍼灸処方の中には,「輸」の本来の意味を押さえないかぎり,全体的な読解ができない兪穴が少なくない。たとえば,『霊枢』厥病に「頭痛不可取於輸者,有所擊墮,惡血在于內〔頭痛 輸を取る可からざる者は,擊墮する所有って,惡血 內に在ればなり〕」とあるが,この処方が用いられる場面は,血瘀が脈を阻んでいる状態であり,遠く離れた本兪を取っても,その鍼の効果を遠くまで達することができない。したがってその近くの穴を取るべきであって,本兪を取るべきではない〔厥病篇の下文「不可遠取也/遠くに取る可からざるなり」〕。つまり,この処方の「輸」を「穴」や「気穴」に交換することはできないのである[14]128-130。その三,鍼灸の兪穴概念を他の医学体系の関連概念と比較研究する際にもより焦点が絞られる。たとえば,現代医学の「皮穿支」構造と鍼灸学の「気穴」概念を比較すると,両者の相関度は非常に高い。しかし,皮穿支を一概に経兪全体と対照させると,両者の相関性は曖昧になり,有意義で明確な結論が得られず,果てることのない無意味な論争を引き起こすだけである。

  [14] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.〔輸は,運輸であり,遠くに達することができるが,穴は近くの治療に用いる。気穴は,気が出入聚会する穴である。〕

 経兪の常態と動態を研究する意義は以下のとおりである。その一,疾病の診察に用いられる。いわゆる「是動則病〔是れ動ずれば則ち病む〕」であり,経脈と臓腑の病を診て,病の在る所を知る。その二,よく見られる病の「動」穴が分布する法則を総括することは,臨床における選穴処方において治療効果を高めるのに便利であるだけでなく,経兪と奇兪の関係の理解を深めるのにも役立つ。経兪の分布には法則性があるだけでなく,病気の状態における「動」穴の分布にも法則性があることに二千年以上前の鍼灸師はすでに気づいており,長期にわたる鍼灸診療活動においてよく見られる病気の高い頻度の「動」穴の分布法則を絶えず総括した。例えば伝世本『黄帝内経』には癲癇・熱病・寒熱病などに高い頻度であらわれる「動」穴の分布する法則が記載されているが,その中でも特に『霊枢』癲狂に記載されたデータはより欠けることなくそろっている。これらの高い頻度であらわれる「動」穴のほとんどが経兪,特に脈兪の中に帰することから,次のような判断が得られる。「動」穴はすべてが経兪のみに由来するわけではないが,高い頻度であらわれる「動」穴が経兪に見られる確率は奇兪よりはるかに大きい。刺灸をほどこす場所の主体は,脈から奇兪へ,さらに経兪へと変わっていったのは,鍼灸学自身の発展法則によって決定づけられたものである。その三,常を知って変に達する。常態は兪穴が存在する基礎であり,常態から逸脱すれば,動態も存在する前提を失ってしまう。兪穴の動態を強調しすぎて常態を顧みないことは,本末転倒に異ならない。まさに脈を診るには必ず先ず正常な状態の「平脈」を定めて,病を診る根拠とする。いわゆる「必先知經脈,然後知病脈〔必ず先ず經(つね)の脈を知り,然る後に病の脈を知るべし〕」〔『素問』三部九候論〕である。「診・療一体」の観念に基づいて,経兪の研究も必ず先ずその常態を知って,その後に動態を知るべきである。だからこそ,『黄帝内経』は兪穴を論じた成果を,金蘭の室に蔵して,署して「氣穴所在〔氣穴の在る所〕」〔『素問』気穴論〕と曰った兪穴は,生理的状態で固定的な位置にある経兪だけである。

 鍼灸に限らず,現代医学でも同じである。神経ブロック療法では,病理状態で出現する痛点も神経ブロックの標的の一つではあるが,生理的状態に存在し,かつ固定的な位置を持つ神経根・神経幹・神経叢へのブロック,および脊髄と脳深部への電気刺激を主体としている。関連する基礎研究はなおさらそうである。病理状態で出現する,固定的な位置を持たない痛点を主体とし,ひいては痛点の作用のみを強調するようになれば,神経ブロック学と神経調節学はすべて存在の基礎を失うことになる。

 

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