2016年9月12日月曜日

黄龍祥著『経脉理論還原与重構大綱』 第10章 視点と構想の再構築――三歩二段階

 二、理論と経験が対応しない
 概念が厳密でなく、術語が規範的でないことよりさらに重大な問題は、理論と経験が対応していないことである。それが主に二つの面であらわれている。第一に、理論と経験のずれ。第二に、理論と経験の食い違いがあり、発展の歩調があっていない。特に後者の問題の存在は、経脈理論の再構築にきわめて大きな困難をもたらす。
 理論と経験のずれについては、以前に言及した「手心主脈」と「手少陰脈」の名実の争いが典型的な実例の一つである。先にはおもに概念術語の規範性の角度から論じたが、問題は概念の混乱といった簡単なものとはかけ離れている。もし『霊枢』経脈による術語の規範化の成果を正統なものとみなせば、「手厥陰之脈」は「心包絡」に属し、「手少陰之脈」は「心」に属することになるが、まずつぎのことを確定しなければならない。この二つの脈は「心」との関連の程度には差があるのか?もし差があるのなら、どちらの脈が「心」との関連度はより高いのか?われわれが見る『内経』の時代では、経脈病候からみても、本輸の主治病症からみても、いずれも、手少陰脈にくらべて手心主(手厥陰脈)の方が関連度がより高いのは、明白である。『内経』以後の文献であっても、たとえば『脈経』は、巻二では心病の診断と治療はどちらも「手心主之脈」を取っている。巻六の「心病症〔証〕」第三篇でも、手心主之脈しか述べられていない。六朝時代の『産経』の「十脈図」も「手心主心脈」と明言し、そのうえ心の兪募穴もともに手心主脈に属している。このような情況は、ずっと唐代の(宋人の校改を経ていない)『孫真人千金要方』〔新雕孫真人千金方〕まで依然としてそうであった。心は手厥陰脈を出し、心包絡は手少陰を出した。もし経脈篇の編者が新たに発見した経験的な事実にもとづいて、手少陰脈と心がより相関すると認定したのであれば、かれがすべきことは、経脈名とそれに関連する内臓の標準化作業だけでなく、二つの脈の経脈病症と五輸穴の主治病症にも相応の調整をおこなって、名実を合致させなければならなかった。もしなされた改変が根本的に臨床診療実践というよりどころがないのであれば、この改変はきわめて誤ったものである。同様の論理で、「心之原」と「手少陰之原」を交換することも、単にラベルを貼り替えるような簡単なものでは決してない。このような名実が乖離した誤りも、現代の経脈理論の実験研究のおおきな困惑をもたらしている。たとえば、現代の「経脈-臓腑相関」についての実験研究では、手厥陰脈の内関・大陵と心との相関を研究することが主であり、実験研究のデータも、手厥陰脈と心との相関をさらに支持しているようである。もし実験結果が信頼でき十全であるのなら、それが踏み込んで示しているのは、経脈篇の編者による手厥陰と手少陰の二つの脈の名称とそれと関連する内臓に関する改変は誤りであり、『霊枢』九針十二原と本輸篇の説明がより臨床に近く、より実験に符合するということである。
 理論と経験の食い違いについての典型的な実例は、手三陽経と内臓との関連が経験による支持を欠いていることに見られる。古代人は経脈と五臟との関連を発見したのにつづいて、陽経と六腑との関連という診療の法則、これは陰経と五臟との関連とは異なり、横隔膜より下に位置する六腑は足の六〔ママ/「三」の誤りではないと思う〕陽経と関連し、手の経とは関連しない、ということも発見した。しかしながら、『霊枢』経脈の編者は十二経脈の「内は臓腑に連なり、外は肢節に絡す」〔『霊枢』海論(33):「夫十二経脈者、内属于府蔵、外絡于肢節」〕という環の端無きが如き「経脈連環」を構築する必要があり、どうしても十二経脈と五臓六腑を一対一で対応させなければならず、ついには「大腸」と「小腸」を手陽明脈と手太陽脈に帰属させ、また上・中・下の位置をしめす「三焦」概念を手少陽脈と関連させた。こうなると、理論形式上は気血がリングのように切れ目なく運行する「経脈連環」が構築されたが、かえって経験的事実という支柱を完全にうしなってしまった。『霊枢』本輸の「六腑合輸」説に違背するだけでなく、『霊枢』邪気蔵府病形にある六腑病の診療での臨床応用にも違背する。『黄帝明堂経』の手三陽脈にある五輸穴の主治に合致しないだけでなく、背兪穴の腰背部での分布法則とも合致しない。つまり、腑兪の中の大腸兪・小腸兪・三焦兪はみなその表裏する臓兪である「肺兪」「心兪」「厥陰兪」とはなはだ遠く離れてしまって、まったく臓腑の表裏関係を示すことができない。同時に、古代人は人為的に手三陽脈と大腸・小腸・三焦の経脈循行上の連係を加えただけだが、この三本の経脈の病候には関連する腑病の症候が見られず、この三本の経脈循行と病候が対応しないという論理上の破綻をきたしてしまった。

2 件のコメント:

  1. …横隔膜より下に位置する六腑は足の六〔ママ/「三」の誤りではないと思う〕陽経と関連し、…

    「三」の誤りではない,と思った理由が分かりません。

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  2. ・六腑は足の六〔ママ/「三」の誤りではないと思う〕陽経
    ちゃんと読んでいらっしゃる方も、いるのですね。
    すみません。ほかの作業でつかっていたものをコピペして、「「三」の誤りではないと思う」を削るのを忘れました。
    ついでですが、227頁4行目にある「補虚瀉穴、是針灸治療総則」の「穴」は「實」の誤りだと思います。

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