2023年4月26日水曜日

天回医簡『経脈』残篇と『霊枢』経脈の淵源 00

   顧漫,周琦,柳長華,武家璧  『中国針灸』2019年10月/第39卷第10期


 【要 旨】

 成都から出土した天回医簡には,欠落部分がほとんどない経脈文献『脈書』下経のほかに損傷のはげしい経脈文献が『医馬書』とともに同じ箱の中に入れられていた。本篇を記した竹簡には題名がいまのところ見つかっていない。その文の内容は,馬王堆帛書『陰陽十一脈灸経』『足臂十一脈灸経』,張家山漢簡『脈書』,および天回医簡中の『脈書』下経などとはいずれも異なっているが,『霊枢』経脈の文とは類似していることが多いので,整理者は『経脈』という名称を提案した。本篇と出土した経脈文献および『霊枢』経脈との比較を通じて,秦漢時代の中国医学の経脈学説の起源とその変遷を示し,あわせてこれを例に中国医学の経典理論の構築過程を検討した。

 【キーワード】

 天回医簡『経脈』;脈書;陰陽十一脈灸経;足臂十一脈灸経;『霊枢』経脈


 成都天回鎮の前漢墓葬出土医簡(以下「天回医簡」と略称する)の中には,M3:121に欠落部分がほとんどない経脈文献(整理者は『脈書』下経と命名した)が含まれていたが,それ以外にも,M3:137の中に損傷のはげしい経脈文献が,『医馬書』と混じって発見された。最初の『考古』簡報〔概要報告〕には報告されなかったが[1],研究が進むにつれて,この部分の内容の性質が日増しに明らかになってきた。たとえば楊華森は,『医馬書』には多くの竹簡があり,その中には経脈の循行状況と一部の疾病の表現あるいは予後が記述されていること,さらに竹簡の中の語句を詳しく調査してみると,その内容は人体の病変や人体の経脈循行に関する状況を記述しているようなので,それは『医馬書』そのものに属するものではなく,医簡の他の部分に入れるべきではないかと疑問を呈していた[2]。黄龍祥もこの部分に注目し,M3:121の「十二経脈」の関連条文と対照して引用した[3]。竹簡整理簡報は次のように明確に指摘している。M 3:137には『医馬書』以外に,「『医馬書』とは全く異なる27本の簡があり,その内容は人体経脈の循行と病候であるが,損傷がはげしい(完全なものは4本のみ)。その書風(丙号字)はM3:121の肆号字に近く,M 3:121の簡五に類する独立した経脈書とすべきである」。[4]

 同類に属するが内容に欠けている部分がないM3:121『脈書』下経とくらべて,本篇は竹簡の損傷がはげしく釈読が難しいため,已発表の関連研究論文の著作の中では言及されることがより少ない。筆者は天回医簡の整理作業において,テキストの細かい調査を通じて,M 3:137の経脈文献は,馬王堆帛書『陰陽十一脈灸経』『足臂十一脈灸経』,張家山漢簡『脈書』,および同墓から出土したM3:121『脈書』下経などとは,内容から体例までいずれも一定の違いがあり,伝世経脈文献である『霊枢』経脈篇と最も近いことに気づいたため,『経脈』と命名した。研究者が比較研究しやすいように,本篇の釈文を以下のように収録する。

  【釈文】 

  {・}{大}{陽}{脈},{起}足小{指}外廉,循{外}踝後,以上{厀}(膝)〼 一050 

   〼□腨皆{痛}□〼 二054

  ・{少}{陽}{脈},{起}{小}指之次,循外踝前廉,上循〼/〼□脅外廉,{支}者至□〼 三114+218

  ……□{上}□{貫}{乳},夾矦(喉),回口,屬鼻。是動則病,洒=(洒洒) 四003

{煩}也=(心,心),{痛},□□{洩},水閉,黃{癉},股□〼〼□□□穜(腫){蹷},不臥,強欠,大指{不}{用}□〼 五113+195+196

   □〼(癃),{遺}弱(溺)。・凡十一病,啟【𠯌+卩⿰】(郄),久(灸){骭}上踝三寸,必廉大陰之祭(際)。病有煩也〈心〉,死,毋治。 六051〼上氣,嗌干痛,煩心=(心,心){痛},□〼 七057内廉痛,瘚(厥)痿,耆(嗜)臥,足下熱。・凡□□{病},{啟}{【𠯌+卩⿰】}(郄)□□肉□□。久(灸)則{強}食生肉,{緩}帶被{髮},大丈(杖)重{履}步,久(灸)幾息則病已矣。 八004

  〼臂內{陰}兩骨之閒(間),□□□□□□〼 九128

  穜(腫)。所生病,目外顏朣(腫),耳後、肩、{腝}(臑)後廉痛,汗出,中指不用,矦(喉)痹。・凡十〈七〉病,啟肘,久(灸)去捾(腕)三寸。 一〇052

  ・臂陽明{脈},起手大指與次指,上循{臂}〼 一一112

  〼□則除臂大□。・欬上氣,匈脅盈,則除臂陽明;頸項痛,則除臂太陽。・欬上氣而窮詘 一二066

  國(膕)中{大}{陽}。・{腹}{盈}而渴,則除國(膕)中大陰。{・}□除足太{陰}。〼 一三063 

  〼□□□□□□{不}□。人{有}{病}平齊(臍),死L。唇反人盈,肉死。 一四043

  ・□□□□{末}三分寸{一}□□□□□□□{大}□□ 一五065

  〼□□□□皆四寸半□〼 一六047 

  □{則}{能}□〼 一七056

  〼{大}陰 一八118

  {國}(膕)中大陽〼 一九139

  □□{頭}{頸}□□□□〼 二〇058 

(注:釈文記号の説明:□は,識別できない文字,および竹簡の断裂によって欠落した文字を表わす。〼は,この部分で竹簡が断裂しているため文字が脱落し,文字数が不詳であることを表わす。釈文を外枠で囲ったところは,簡の文字の筆画に欠落があるが,残筆または上下の文例によって弁釈できた文字を表わす〔訳注:ブログの表示の都合上,訳文では外枠を{}記号で代替した〕。=は,竹簡にもともとあるもので,重文または合文〔「重文」とは一般に異体字のことをいうが,ここでは繰り返し記号のこと〕を表わす。釈文は直接省略された文字を書いて,括弧をつけて表記する。Lは,竹簡にもともとあるもので,句読を表わす。・は,竹簡にもともとあるもので,項目分けや段落を表わす。各簡の後についている漢数字は整理小組が竹簡の内容から並べ替えた後の整理番号であり,アラビア数字は竹簡が出土したときにつけられた番号である。)


 本論は経脈の循行・主病・治法などの面から,本篇の内容と馬王堆帛書『陰陽十一脈灸経』甲本・乙本(以下,それぞれ『陰陽甲』『陰陽乙』と略称する),『足臂十一脈灸経』(以下,『足臂』と略称する),張家山漢簡『脈書』(以下,『脈書』と略称する),および『霊枢』経脈篇について比較分析をおこない,異同を確認した。書面表示の煩雑さを避けるために,すべての釈文で正字を表示した者は,引用文では一般にただちに正字を使用し,括弧をもちいた注はつけない。『陰陽甲』『陰陽乙』『脈書』の三部は源を同じくし,文の内容は大同小異であるため,引用する時は最善のものを選んでそれに従い,例証としての重複は避けた。


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