2023年4月29日土曜日

天回医簡『経脈』残篇と『霊枢』経脈の淵源 03

   3 治法

 本篇で述べられている経脈病の治法は,簡の六・八・十に,「啟〔啓〕」と「灸」の治法が見られる。たとえば簡六には,「凡十一病,啟郄,灸骭上踝三寸,必廉大陰之際」とあり,簡十には「凡七病,啟肘,灸去腕三寸」とある。簡の一一と一二には,「除」の治法が述べられている。

 啟〔啓〕とは,砭石を使用して脈を刺して血を出すことを指す。『脈書』58に「氣壹上壹下,當郄與跗之脈而砭之。用砭啟脈者必如式」[6] とある。

 郄は,本篇では「【𠯌+卩⿰】」と書かれていて,意味は「隙」と同じで,ここでは膕窩〔膝裏のくぼみ〕を指す。『脈書』および『陰陽』『足臂』では,この字は字形が月と𠯌に従っていて,異体字に属す。「郄中」という語は,『素問』の蔵気法時論・刺瘧論〔「論」は原文のまま〕・刺腰痛篇・刺禁論などの篇にしばしば見られ,王冰の注にはなはだ詳しい。たとえば『素問』刺腰痛に「足太陽脈令人腰痛,引項脊尻背如重狀,刺其郄中太陽正經出血,春無見血」とあり,王注に「郄中,委中也,在膝後屈處膕中央約文中動脈,足太陽脈之所入也」[10]という。また,「解脈令人腰痛……刺解脈,在膝筋肉分間郄外廉之橫脈出血,血變而止」に,王注は「膝後兩傍,大筋雙上,股之後,兩筋之間,橫文之處,努肉高起,則郄中之分也。古『中誥』以膕中為太陽之郄,當取郄外廉有血絡橫見,迢然紫黑而盛滿者,乃刺之,當見黑血,必候其血色變赤乃止,血不變赤,極而寫之必行,血色變赤乃止。此太陽中經之為腰痛也」[10]という。『足臂』『陰陽』で「郄」字が用いられているところは,『霊枢』経脈ではみな「膕」字に作る。啟肘は馬王堆の『脈法』3にも「氣出郄與肘之脈而【砭之】」と見える。「肘」を『脈書』は「胕」に作るが,おそらくは誤りであろう。按ずるに,肘と膝は,みな『素問』にいうところの「四肢八谿」の部に属す。『素問』五蔵生成に「此四支八谿之朝夕也」といい,王冰の注に「谿者,肉之小會名也。八谿,謂肘・膝・腕也」[10]とある。

 久は,「灸」と読む。本篇には全部で四回見える。その法はまた『脈書』57-58:「治病者取有餘而益不足,故氣上而不下,則視有過之脈,當環而灸之。病甚而上于環二寸益為一灸」[6] にも見える。本篇で言及される施灸部位として,「骭上踝三寸」と「去腕三寸」がある。按ずるに,「骭上踝三寸」は三陰交穴の位置に当たる。『鍼灸甲乙経』巻三第三十に「三陰交,在內踝上三寸骨下陷者中,足太陰・厥陰・少陰之會。刺入三分,留七呼,灸三壯」[11]とある。足厥陰脈の循行が足太陰脈と交叉することは,各種の経脈文献に掲載されている。たとえば『陰陽乙』14には「厥陰脈……上踝五寸【而】出於太陰【之】後」[7](『霊枢』経脈は「上踝八寸」に作る)とある。按ずるにこの場所は,まさに『脈書』『脈法』の「診有過之脈」と『素問』三部九候論「知病之所在」の部位であり,この竹簡にいう「必廉大陰之際」に当たる。「去捾(腕)三寸」は,支溝穴の位置に当たる。『甲乙経』巻三第二十八には「支溝者,火也。在腕後三寸兩骨之間陷者中,手少陽脈之所行也,為經。刺入二分,留七呼,灸三壯」[11]とある。

 足少陰脈に灸して「強食生肉」する説は,多くの経脈文献中に見られ,「生きた化石」のように経脈文献に伝承されている。たとえば『脈書』43には「少陰之脈,灸則強食產肉,緩帶,被髮,大杖,重屨而步,灸幾息則病已矣」[6]とある。『霊枢』経脈はこの文を依然としてとどめていて,「腎足少陰之脈……灸則強食生肉,緩帶被髮,大杖重履而步」[5]に作り,わずかに最後の一文を省略しているにすぎない。

 除もまた,脈を刺して血を出す法を指す。『韓非子』説林下に,「巫咸雖善祝,不能自祓也;秦醫雖善除,不能自彈也」とある。「祝」と「祓」,「除」と「彈」は互文である。また『韓非子』外儲説右上には,「夫痤疽之痛也,非刺骨髓,則煩心不可支也;非如是,不能使人以半寸砥石彈之」[12]とある。『淮南子』説山訓には,「病者寢席,醫之用針石,巫之用糈藉,所救鈞也」とあり,高誘は,「石針所砥,彈人雍痤,出其惡血」と注する。鍼石と砥石は,ともに砭石の異名である。『霊枢』九針十二原にいう「宛陳則除之」とは,まさにこの法のことを言っている。宛陳も,悪血を指す。「啟」と「除」はともに砭刺の術ではあるが,名称を異にする。筆者はその治療器具や操作の術式に違いがあると推測しているが,証拠が足りないため,なお定論とはしがたい。

 簡の一二と一三は,「除法」の使用を記述していて,同じ病であるが,「咳」または「腹盈」という随伴症状の違いによって異なる経脈に治療をおこなっている。このような「分経論治」の治法は,『霊枢』の寒熱病・癲狂・厥病・雑病などの篇にも見られる。たとえば,『霊枢』雑病には,「齒痛,不惡清飲,取足陽明;惡清飲,取手陽明。聾而不痛者,取足少陽;聾而痛者,取手陽明」。「腰痛,痛上寒,取足太陽・陽明;痛上熱,取足厥陰;不可以俯仰,取足少陽。中熱而喘,取足少陰、膕中血絡」[5]とある。これが現在,古本『経脈』篇に見られるということは,由来するところがあるということである。

 以上に述べたことを,天回医簡『経脈』,『脈書』(とその異なる伝本である『陰陽』),『足臂』,『霊枢』経脈,および同墓から出土した『脈書』下経における主要な相違点として表1にまとめ,比較参照に資する。

                    表1 出土した六種類の経脈文献対照表

  張家山『脈書』/ 馬王堆『陰陽』

数  十一

命名

    足:三陰三陽(「足」字が冒頭にない)

    臂:鉅陰,少陰

    肩・耳・歯脈

経脈の順序

鉅陽之脈―少陽之脈―陽明之脈―肩脈―耳脈―歯脈―泰陰之脈―厥陰之脈―少陰之脈―臂鉅陰之脈―臂少陰之脈(陽脈が先にあり,陰脈が後にある)

循行の方向 

    足三陽:踝から頭足の三陰に走る:踝・足から腹に走る(泰陰脈は胃から踝に走る)

    耳・歯:手から頭に走る;肩:頭から手臂の二陰に走る:手・臂から心に走る

循行の起点 

    足三陽:踝部 

    足三陰:少陰,踝;泰陰,胃;厥陰,足大指

    耳、歯:手;肩:耳後

    臂二陰:鉅陰,手掌;少陰,臂

循行の止点 

    足三陽:目,耳 

    足三陰:少陰,腎、舌本;泰陰,踝;厥陰,陰器

    肩・耳・歯:手背,耳,歯 

    臂二陰:心

経脈の病候 

    「是動」「所産」に分かち,病候数の合計がある

病証の治法 

    啟,灸

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  馬王堆『足臂』

数  十一

命名 足:三陰三陽(「足」字が冒頭にある)臂:二陰三陽

経脈の順序

足太陽脈―足少陽脈―足陽明脈―足少陰脈―足泰陰脈―足厥陰脈―臂泰陰脈―臂少陰脈―臂太陽脈―臂少陽脈―臂陽明脈(足脈が先にあり,臂脈が後にある)

循行の方向 

    足三陽:踝から頭に走る 

    足三陰:踝と足から腹に走る

    臂三陽:手から頭に走る

    臂二陰:臂から心と脇に走る

循行の起点 

    足三陽:踝部

    足三陰:少陰,踝

    泰陰と厥陰:足大指

    臂三陽:手指

    臂二陰:臂

循行の止点 

    足三陽:目,鼻

    足三陰:少陰,舌本

     泰陰:股内;厥陰,陰器?

    臂三陽:目,耳,口

    臂二陰:心,脇

経脈の病候 

    「其病」で概括し,足脈の病候は循行の順序に排列する

病証の治法 

    灸

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  天回『脈書』下経

数  十二

命名

 足:三陰三陽(「足」字が冒頭にある)

 臂:二陰;手:三陽;別に「心主之脈」がある

経脈の順序

足大陽脈―足少陽脈―足陽明脈―足大陰脈―足少陰脈―足厥陰脈―手太陽脈―手少陽脈―手陽明脈―臂大陰脈―臂少陰脈―心主之脈(足が先で臂が後,陽が先で陰が後,陰陽内では「太と少が先にあり,厥陰と陽明が後にある」順序で排列)

循行の方向 

    足三陽:足から頭に走る

    足三陰:足から腹に走る

    手三陽:手から頭に走る

    臂二陰および心主:手から心に走る

循行の起点 

    足三陽:足指

    足三陰:少陰,足心;泰陰と厥陰,足大指

    手三陽:手指 

    臂二陰および心主:手掌

循行の止点 

    足三陽:目,耳,鼻

    足三陰:少陰,舌本;泰陰,腸胃,嗌;厥陰,陰器?

    手三陽:目,耳?,口

    臂二陰および心主:心

経脈の病候 

「其病」で概括するが,病候の排列にははっきりとした法則性は見られない

病証の治法 

    ――

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  天回『経脈』

数  十一

命名

 足:三陰三陽(「足」字が冒頭にない)

 臂:二陰三陽

経脈の順序

本来の順序は不明。暫定的に「大陽脈―少陽脈―陽明脈―太陰脈―厥陰脈―少陰脈―臂陰脈(大、少未詳)―臂太陽脈(闕)―臂少陽脈―臂陽明脈」とする。

 (足脈は『脈書』の順序に,臂脈は『足臂』の順序による)

循行の方向 

    足三陽:足から頭に走る

    足三陰:足から腹に走る

    臂三陽:手から頭に走る

    臂二陰:(未詳)

循行の起点 

    足三陽:足指

    足三陰:未詳,『下経』と同じか。

    手三陽:手指 

    臂二陰:(未詳)

循行の止点 

    陽明脈:鼻に属す(他はみな未詳)

経脈の病候 

    「是動」「所生」に分かち,病候数の合計がある

病証の治法 

    啟,灸,除

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  『霊枢』経脈

数  十二

命名

 足:三陰三陽(「足」字が冒頭にある)

 臂:三陰三陽(「心主手厥陰心包絡之脈」が多い)

経脈の順序

 肺手太陰之脈―大腸手陽明之脈―胃足陽明之脈―脾足太陰之脈―心手少陰之脈―小腸手太陽之脈―膀胱足太陽之脈―腎足少陰之脈―心主手厥陰心包絡之脈―三焦手少陽之脈―胆足少陽之脈―肝足厥陰之脈 (循環流注)

循行の方向 

    足三陽:頭から足に走る

    足三陰:足から腹に走る

    手三陽:手から頭に走る

    手三陰:胸から手に走る

  陰陽相貫,如環無端

経脈の病候 

    「是動」「所生」に分かち,病候数の合計はない

病証の治法 

 盛則瀉之,虛則補之,熱則疾之,寒則留之,陷下則灸之,不盛不虛,以經取之

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 表1から分かるように,天回医簡『経脈』は他の出土した「古脈書」と比べると,以下の特徴を持っている。第一に,経脈の数は,依然として「十―脈」系統に属し,まだ「心主之脈」がない。第二に,経脈の命名の原則は,いずれも「三陰三陽」で命名され,『足臂』と基本的に一致し,『陰陽』が部位によって命名された「肩」「耳」「歯」の脈は見えなくなった。しかし足脈はすべて「足」の字を冠しておらず,臂脈は「臂」で名付けられ,「手」では名付けられていないようだ。第三に,経脈の循行方向は,いずれも四肢の末端から始まり,下から上への求心性を呈し,『足臂』と『脈書』下経に一致しているが,『霊枢』経脈の「環の端無きが如き」経脈相貫の形式はいまだに形成されていない。第四に,経脈循行の起点は,『足臂』と『陰陽』の十一脈の多くが,四肢のくるぶし・手首の部位から起こり,四肢の指・趾端の下に移動するのと比べると,『脈書』下経および『霊枢』経脈とかなり一致する。第五に,経脈循行の止点は大部分未詳であるとはいえ,『霊枢』経脈のような十二経脈と五蔵六府の属絡関係はなお未形成であるとほぼ断定できよう。第六に,経脈の病候は,みな明確に「是動病」と「所生病」に分かたれ,病候の数が数えられているが,『足臂』と『脈書』下経が「其病」を混同している体例は採用されていない。特に病候の表わし方は,『霊枢』経脈と一致度が非常に高く,同じ墓から出土した『脈書』下経とは明らかな違いがある。『脈書』下経にある病候の内容は,『足臂』と『陰陽』両書の特徴を同時に参考して吸収している特徴があり,『霊枢』経脈篇の数よりも多くさえある。まさに黄龍祥は,「老官山『脈書』の中の〈十二脈〉のテキストがもとづく底本は張家山漢簡『脈書』本『陰陽十一脈』(『丙本』)と『足臂十一脈』であり,編纂方式は両書の合抄改編である」[3]と指摘している。これと比べて,天回医簡の『経脈』は『霊枢』経脈の早期の原型のようである。

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