2016年8月18日木曜日

黄龍祥著『経脉理論還原与重構大綱』 第6章  十五絡脈の脈絡――整理統合と再生

 結語:覆われていたものを解きはなつ  まとめ
1. 「二十七」という数にあわせて揃えるために,古代人は当時では主流ではない,あるいはすでに旬を過ぎた古い「十一脈」の経脈学説バージョンを基礎として,四本の絡脈を加え,あわせてふさわしいように改編したのち,「十五別」と名づけ,十二経脈とともに「二十七気」を構成した。『霊枢』経脈(10)篇の十五絡には,手少陽・任脈・督脈・脾の大絡とその他の十一絡というまったく相容れない特徴が見られ,後人が編輯を続け改編した痕跡があきらかである。【『霊枢』九針十二原(01):「経脈十二,絡脈十五,凡二十七気,以上下,……二十七気所行,皆在五腧也」。著者は「二十七」(12脈+15絡)という数について,単に術数であると述べるのみである。】
2. 経脈篇の十五絡は,その性質にもとづけば,少なくとも二つの部分に分けられる。任脈と督脈の別,および脾の大絡は,手足の十二絡とは性質が異なる。特に脾の大絡は臓腑に属する絡である。十五絡に入れられたのは,おもに十二経脈と一緒にして「二十七」という特殊な意義を持つ数字にあわせ揃えるためである。このほか,テキストの内容にもとづいても二つの部分に分けることができる。第一の部分は,古い旧テキスト――脈の循行と病候であり,第二の部分は,後人が加えた,あるいは改編した部分――絡穴と絡の「別走」である。『内経』で腧穴を記載する専門の篇である「気府論」「気穴論」,および「熱兪」「水兪」「灸寒熱病兪」などの穴には,みな絡穴の影は見えず,その出現もかなりおそいことを示していて,「経数の脈」という概念が形成された以後の産物であるとすべきで,経脈篇の編者の手によるのかもしれない。そのため腧穴の専門篇にその穴は掲載されず,診療篇にその脈は引かれず,臨床応用は何も記されていない。
3. 経脈篇にある手足三陰三陽の十二絡と接合するのは,経脈篇バージョンの「十二経脈」ではなく,非常に古いある種の経脈学説にある「経脈」である。したがってその表現は経脈篇より早いだけでなく,経筋篇よりも早いし,馬王堆帛書『十一脈』と比べてもより古い経脈循行の特徴をあらわしてさえいる。テキストに見えるいくつかの部分は晩期になってはじめてあらわれる内容の特徴を呈している。これは異なる時期に異なる人が編輯をつづけ改編した結果である。

1 件のコメント:

  1. 冒頭の
    当時では主流ではない,あるいはすでに旬を過ぎた古い「十一脈」の経脈学説バージョン
    原文は
    当時一種非主流或已経過気的早期的“十一脈”的経脈学説版本

    「過気」,詞典にはこんな用例は載ってない。「息詰まる」が普通でしょう。
    「今どき中国語」として,インターネット上で「人気が過ぎ去った=旬の過ぎた,かつては人気があった」というのは,見つけたけどね。
    黄さんの文章,苦手です。

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