2018年7月15日日曜日

2018.7.15 粗読講座 (『霊枢』骨度、脈度) 担当:山田


・様々な寸法について語られていたが、当時の生活環境や体格も念頭に置きたい

・特に、足底筋の厚みは今よりもあっただろう

・「終折」がわからない

・数字の中には無理やり数を合わせたものもあるかもしれない

・九鍼十二原「必無留血.急取誅之」と脈度「盛而血者.疾誅之」は似た表現なので、流派など関連ありそう

衍文が多いように感じる
・何のための寸法なの?

2018年7月4日水曜日

季刊内經 No.211 2018年夏号 日本内経医学会設立30周年記念特集号

季刊内経No.210を発行、発送しました。届いていない方は、事務局までご連絡ください。
過去号の索引を今回の最新号まで更新しましたので、そちらもご利用ください。

季刊内經 No.211 2018年夏号 日本内経医学会設立30周年記念特集号
項目題名執筆者
21102巻頭言設立30周年に想う宮川浩也
21104報告30周年記念大会要旨編集部
21110講演発表近代日本の内経学の発展と普及宮川浩也
21116報告中国からのメッセージ 
21119写真解説在りし日の島田隆司先生宮川浩也
21133論文『素問攷注』旧題の発見嵯峨野智夏
21142連載受講の折々⑤ 30周年記念講演のメモ大八木剛夫
21150末言次は「とりあえず」四十周年へ神麹斎

2018年7月2日月曜日

黄帝内経大詞典

篠原孝市先生が、『医道の日本』に「臨床に活かす古典」を連載されている。
古典鍼灸書を学ぼうとするものにとって、必読だと思う。
74回目は「工具」。なぜ「工具書」でないのかは、わからないが。
『素問』『霊枢』の辞典としては、「『内経詞典』『黄帝内経詞典』『黄帝内経大詞典』の三書に尽きる」という。
そして、「なかでも『黄帝内経大詞典』は、音韻学に基づく、これまでにない新しい解釈が随所に見られる」という。
「新しい解釈が随所に見られる」と,正しいことを言っている。事実を述べている。
しかし,篠原先生は、この『黄帝内経大詞典』を推奨しているのだろうか。
紙数が限られた中で、このように書いているのであるから、おそらくプラスの評価をされているのであろう。
わたくしの見立てでは、『黄帝内経大詞典』は、音韻学を駆使して正しい解釈を導き出しているというより、根拠薄弱な通仮・音転を濫用して恣意的な解釈を辞典にしたてたもの、であった。同じ著者の『黄帝内経素問考証新釈』を読んで,つくづくそう感じた。
これを書いていて,だいぶ前に談話室でこの本を話題に取り上げたことを想い出した。

2018年6月17日日曜日

2018.6.17 粗読講座(『霊枢』四時気第十九) 担当:土山


・夏取盛経孫絡~絶皮膚の「絶皮膚」とは「皮膚を切る」?「皮膚にとどめる」?
 東洋学術出版社の現代語訳によると、「切皮程度の刺鍼」とあるが・・・?

・「飧泄」とは下痢全般を指すと思われるほど、他の下痢についての記載が内経にない?

・転筋の治療法で「卒刺」は「焠刺」で焼き鍼のことなのか、「卒(ことごと)く」なのか?

・「五十七刺」や「五十九刺」、具体的な取穴法が記載されているが、「一其形」とあることから、様々な診断法を合参することが重要であると説いている?


本篇は具体的な治療法について記載されており、臨床に応用が期待される篇である。

2018年5月20日日曜日

2018.5.20粗読講座(『霊枢』経脈第十、経別第十一の経脈流注部分以外)担当:米谷


・禁服篇とのつながりはよくわからない

・「気絶」は、「是動」「所生」に加わる第三の病症か、その由来は?

・経脈篇の経脈部分と絡脈部分は執筆者が違う?

・「魚」に絡脈は「散」じている。流注において「散」も診断上重要かもしれない。

・経別「粗之所過、上之所息」の「過」と「息」は、対比関係なので、「過」は「やり過ごす」、「息」は「立ち止まる」ではないか

・流注部分の陰に隠れてしまいがちだが、経脈の歴史を探るうえで重要な部分ではないか

2018年5月14日月曜日

とりあえず揣

『漢語大辞典』に拠ればですが、揣には chuaiという音で估量、忖度、放在衣服裏といった義があり、tuanという音で古くは團と同じで聚集の様子あるいは捶撃の義があります。
ところで耑を声符とすると思われる漢字には端や瑞などがあり、『説文』を見ると確かに耑声と載っている。ところが端はduan、 瑞は ruiです。どうしたことでしょう。
ちなみに耑はduan、zhuan。
耑の上部の山は小篆では右に傾き、楚系の文字では山は横向きでヨ、どのみち手の象形。下の而は頬ひげらしい。

2018年4月15日日曜日

2018.4.15 粗読講座(『霊枢』病本第二十五・病傳第四十二)担当:小宮山


・『霊枢』病本第二十五・病傳第四十二は、『素問』標本病傳論篇第六十五と共通している。丸山先生は、病の伝わり方を五行で簡素にまとめてあることに注目して、『素問』を参照して『霊枢』に抜き出したのではとしている。私はそこまで単純に考えられないのではと思う。ある程度の経書からお互いが偶然同じ文書を参照しているという可能性もあると考える。

・「病傳」は、『難経』五十三難に参照されている。『難経』五十三難には「七伝」とあり、諸注には「七回伝わる」とあるが、「病傳」には伝わり方が七系統あり、これが「七伝」の由来ではなかろうか。七伝というキーワードが出てこないことから、『素問』、『霊枢』→『難経』という参照関係ではなく、「七伝」について書かれた別の医籍が関与していたかもしれない。

・『難経』は五行論(相克)を使って簡略化しすぎているので、読む際は注意が必要。

・「膂膀胱」とあるが、ワンセットになっているのは珍しく、膂の字は甲乙経にはない。

2018年3月22日木曜日

季刊内經 No.210 2018年春号

季刊内経No.210を発行、発送しました。届いていない方は、事務局までご連絡ください。
過去号の索引を今回の最新号まで更新しましたので、そちらもご利用ください。


季刊内經 No.210 2018年春号

項目題名執筆者
21002巻頭言『難経本義諺解』訓読データ化荒川緑
21005研究発表五神について宮川浩也
21023研究発表營衞考 ― 營衞と營気・衞気米谷和輝
21030投稿資料小坂元祐『経穴籑要』の経穴取穴法③小林健二
21050報告天回漢墓医簡講演会嵯峨野智夏
21055追悼文緩やかに 死のレッスン左合昌美
21057追悼文ゆっくりお休みください林孝信
21058追悼文ただ、天のみが継ぐ―石田秀実さんのこと松田博公
21064追悼文無私の人宮川浩也
21066資料石田秀実先生 著作紹介松田博公・小林健二
21071連載受講の折々④ 沢庵と武蔵大八木剛夫
21075コラム真面目は間締め?久保昌紀
21082末言憶在津門之泮神麹斎

2018年3月18日日曜日

古代数術から見た経脈の長さと営気の流注

     卓廉士*1(重慶医科大学中医薬学院、重慶)
      『中国針灸』2008年8月第28巻第8期   〔*〕内は訳注。
以下,抜粋。
四は四季の数であり、五行と配するために特に一季を増やして、あわせて五季とする。春・夏・長夏・秋・冬は、生・長・化・収・蔵の数に符合する。五は五行の常数であり、『易経』繫辭上は「天數五、地數五、五位相得而各有合。天數二十有五、地數三十、凡天地之數、五十有五、此所以成變化而行鬼神也〔天の數は五、地の數は五、五位相得て各おの合有り。天の數二十有五、地の數三十、凡そ天地の數、五十有五、此れ變化を成して鬼神を行う所以なり〕」という。よって、五も重要な基本数のひとつであり、五の倍数である十・十五・二十・二十五・三十・三十五……と、三百六十五にいたるまで、「天地の数」とみなされる。まさにいわゆる「天地之間、六合之内、不離于五、人亦應之〔天地の間、六合の内、五を離れず、人も亦た之に應ず〕」(『霊枢』陰陽二十五人)である。
三と五は、数術の重要な基本数であり、『黄帝内経』においては、出現頻度がきわめて高いことがわかった。たとえば、三は、三候・三部・三陰・三陽、その倍数では六気・六腑・病の六変・陰陽六経・情志の九気・形神の九蔵・頭部の九竅・鍼の九鍼・十二経脈・十二節・十二時・十二月である。五は、五臓・五官・五色・五音・五体・五志・五乱、その倍数では「二十五陽」(『素問』陰陽別論)、「二十五変」(『素問』玉機真蔵論)、「二十五穴」(『素問』気穴論)、「二十五腧」(『霊枢』本輸)、「陰陽二十五人」(『霊枢』陰陽二十五人)、「衞氣行于陰二十五度、行于陽二十五度」「營周不休、五十而復大會」(『霊枢』営衛生会)、三百六十五節(『素問』六節蔵象論)、「三百六十五絡」(『素問』針解)などである。このほか、『内経』では河図洛書にある天地の生成の数ももちいられている。
 三と五は数術の基本数であり、古代人の尊崇を受けて、「三五の道」と称された。『史記』天官書には「爲天數者、必通三五〔天數を爲(おさ)むる者は、必ず三五に通ずべし〕」といわれ、「三五」は宇宙時空の至数を内包していて、きわめて神秘的なものと考えられた。『漢書』律暦志は「數者……始於一而三之……而五數備矣〔*焉〕……始〔*故〕三五相包……太極運三辰五星於上、而元氣轉三統五行於下〔數なる者は……一に始まりて而して之を三にす(三を乗じ)……而して五數備わる(五行の数が備わる)……故に三五相包み(三統と五行を相い包摂し)……太極は三辰五星を上に運び、而して元氣は三統五行を下に轉ず(太極は三辰・五星を上にめぐらし、元気は三統五行を下に転ずる)〕」という。「三五の道」とは、天人が「上」「下」に交通する道である。よって数術の演繹はつねに三五の形式による。古代人は、「以三應五(三を以て五に應じ)」(『淮南子』天文訓)、三五十五、四五二十、五五二十五、六五三十、七五三十五、八五四十、九五四十五の数を得る。これらの結果を固定してある種の常数として、天人聯繋の紐帯とみなす。
 各経脈の長さをみると、足陽経が古代の八尺を取っている以外、その他はみな三五の倍数である。手三陽経はそれぞれ長さ三尺五寸、足三陰経はそれぞれ六尺五寸、蹻脉の長さは七尺五寸、任督二脈はそれぞれ四尺五寸である。これ以外に注意すべきは、手足陰陽経脈の差も三五およびその倍数であることである。足陽経と足陰経の差は、一尺五寸(8-6.5=1.5)であり、手陽経と手陰経の差も一尺五寸(5-3.5=1.5)であり、手足陽経の差は三尺(8-5=3)であり、手足陰経の差も三尺(6.5-3.5=3)である。数術は単位と小数は使わないので、上述の一尺五寸・三尺五寸・四尺五寸・五尺・七尺五寸は、それぞれ十五・三十五・四十五・五十・七十五と見るべきで、いずれも「三五之道」の数術に属す。
 経脈の総数は二十八本であり、上では二十八宿に応じる。二十八の数と合わせるために、『霊枢』脈度では衝脈・帯脈・維脈を捨てて論じない。『霊枢』五十営は「天周二十八宿、宿三十六分」という。これから分かるように、経脈の総数の実際は、六六の天数を隠し持っている。「天以六六之節、人以九九制會」とは、天数と相応ずるためであり、経脈は長さにおいては、九九の数を採用している。『霊枢』脈度によれば、経脈は左右に各一、あわせて長さ十六丈二尺(81×2=162)であり、人体の片側の経脈は八丈一尺で、九九の数である。任・督の二脈はあわせて九尺(4.5+4.5)であり、また「九九制会」の数に含まれる。「制会」には、制約・規範の意味があり、天人の交流を実現するために、臓腑の気化や経脈の長さなどの生理指標はかならず九九の数の制約と規範を受けているということである。
 数術を用いて、経脈の長さを整理してみると、興味深い現象に行き当たる。つまり、上肢が下肢より長いのである。手足の経脈の長さは人体の上肢と下肢の比例が倒置してあらわれる。手陰経は手から胸にいたり、長さ三尺五寸であり、上肢の長さを表している。しかし手陽経は手から頭にいたり、長さ五尺であり、上肢と頭部の長さを表している。そうすると、頭の長さは手陽経と手陰経の差となり、一尺五寸(5-3.5=1.5)である。任脈は会陰から咽喉にいたり、長さ四尺五寸であり、胸腹部の長さを表している。人体全長から頭部と胸腹部の長さを引けば、下肢の長さとなり、三尺である(8-1.5-4.5=3)。これは、あきらかに上肢の三尺五寸より短い(3.5-3=0.5)。明清の鍼灸書籍に描かれている経絡図譜は往々にして上肢が下肢より長く、形態も素朴で古拙であり、古法鍼灸の心を得て伝えているにちがいない。(図1・手少陽三焦図。清代劉清臣『医学集成』より)〔*省略〕
  4 数術と営気の流注
 『内経』は営気の流注理論に関して、同じように「人生於地、懸命於天〔人は地に生まれ、命を天に懸く〕」(『素問』宝命全形論)という観点から、解釈と説明をする。『霊枢』五十営は「天周二十八宿、宿三十六分、人氣行一周、千八分。日行二十八宿、人經脉上下・左右・前後二十八脉、周身十六丈二尺、以應二十八宿。漏水下百刻、以分晝夜、故人一呼、脉再動、氣行三寸、一吸、脉亦再動、氣行三寸、呼吸定息、氣行六寸。十息、氣行六尺、日行二分。二百七十息、氣行十六丈二尺、氣行交通于中、一周于身、下水二刻、日行二十分有奇〔*3〕、五百四十息、氣行再周于身、下水四刻、日行四十分。二千七百息、氣行十周于身、下水二十刻、日行五宿二十分。一萬三千五百息、氣行五十營于身、水下百刻、日行二十八宿、漏水皆盡、脉終矣。所謂交通者、并行一數也、故五十營備、得盡天地之壽矣、凡行八百一十丈也」という。
 経脈の全長は十六丈二尺であり、上において二十八宿に応じるのは、『霊枢』脈度と同じである。天のめぐりは毎宿(星座)三十六分、六六の数をめぐる。人は九九の数をめぐってはじめて天体の運行と一致を保てる。九は三を源とする。三は生生の常数である。「人一呼、脉再動、氣行三寸、一吸、脉亦再動」、気のめぐりは三から始まり、その後は三の倍数として増加して、からだを五十回営(めぐ)り、三五の数に合う。気のめぐりは一周で二百七十息で、三九の数に合う。気は五十周して、「凡行八百一十丈」(16.2×50=810)、まさに九九の数に合う。八十一は、数術の極数であるので、「天地の寿を尽くすことを得る」。
 営気の流注には二つの部分がふくまれる。1.気のめぐりの長さと呼吸が数術に符合する。あわせて一万三千五百息で、気は八百一十丈めぐる。2.日(太陽)の分度と呼吸も数術に符合するはずである。あわせて一万三千五百息で、日は一〇〇八分めぐる。この二つの部分は相互に配合する。「いわゆる交通とは、并せて一つの数を行る」のであり、いずれもめぐるのは「九九制会」であり、つまり三三・六六・九九の数である。ここで一つ注意すべきことがある。数字の上では、第一の部分の計算にはあやまりがない。「呼吸定息、氣行六寸」の累計から来ている(810÷13500=0.06)。第二の部分は「日行二分」という見解とは大いにくい違う(1008÷13500=0.0746666)。張景岳はこの誤りを指摘して、次のように注した。「其日行之數、當以毎日千八分之數為實、以一萬三千五百息為法除之、則毎十息日行止七釐四毫六絲六忽不盡。此云日行二分者、傳久之誤也〔其の日行の數は、當に毎日千八分の數を以て實と為すべし。一萬三千五百息を以て法と為し之を除せば,則ち十息毎に日行ること止(た)だ七釐四毫六絲六忽不盡のみ。此に云う日に行ること二分なる者は,傳久しきの誤りなり〕」〔*4〕という。馬蒔も次のようにいう。「按正文云:『二分』、今細推之、其所謂二分者誤也。假如日二分、則百息當行二十分、千息當行二百分、萬息當行二千分、加三千五百息、又當行七百分、原數止得一千八分、今反多得一千六百九十二分。想此經向無明注、遂致誤傳未正〔按ずるに正文に『二分』と云う。今ま細かに之を推せば、其の謂う所の二分なる者は誤りなり。假如(もし)日に二分なれば、則ち百息に當に二十分行るべし。千息に當に二百分行るべし。萬息に當に二千分行るべし。三千五百息を加えれば、又た當に七百分を行るべし。原(もと)の數は止(た)だ一千八分を得るのみ。今ま反って多く一千六百九十二分を得。想うに此の經、向(さき)に明注無し。遂に誤傳を致して未だ正されず〕」。古代の医家は多く「日行二分」について、記述に誤りがあると考えた。筆者もこれに同意する。その理由は、「二」が「九九制会」の数術カテゴリーに属さないためである。
経脈の長さと営気の流注は、天道が感応聯繋を生じる数術演繹であることには、疑いない。しかしながら、数術は数学ではないので、結論として証明するのは容易ではない。それは、九天の高さと九地の深さを測ることができないのと同じである。この考え方は、経脈の研究に非常に有益である。なぜなら、少なくともわれわれは、呼吸の回数、脈拍数、心拍数、心脈符号度〔*未詳〕、血流速度などの現代医学の指標から、経脈の長さと営気の流注を研究する糸口を見いだすのは困難であることを知っているからである。現代科学の方法を採用し、営気の流注を「新たに評価し、あわせて慎重に検証する」ことを主張する学者[3]もいるが、着手するには困難がつきまとうと思われる。もし、数術には証明するすべがないことを理解するなら、おそらく現代実証科学の手段をもちいる、営衛流注研究の実行可能性について、反省するところがあるであろう。

2018.3.18 粗読講座(『霊枢』五十營・營氣)担当:中野


五十營第十五 營氣第十六

 

・五十營篇の前半は人体を占星術の数字にあてはめている。後半は呼吸数を基に営気のめぐり方を計算している。ただし、各所に計算のズレがある。

・28脈=12経脈×2+任督+男は陽蹻・女は陰蹻(脉度篇より)

・五十という数字が珍しい。どこから来たのか?

・経脈を巡らせているのは、心の拍動ではなく呼吸である。呼吸→拍動。

 

・営気篇、営気が人体をめぐる経脈の順番。

・順番は経脈篇と同じだが、任督が加わる。

・呼吸と導引・気功との関係は?