14-2鍼灸要歌集
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼灸要歌集』(シ・537)。
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』14所収
一オモテ
鍼灸要歌集序
達則爲相而蠲民之患窮則
爲醫而療人之疾盖君子之
處通塞也共是所以施仁惠
之權乎醫道豈可輕焉夫醫
者得兼鍼灸藥三者而後爲
一ウラ
全醫矣所謂周官之十全者
也今見被逼病口箝咽塞者
五藥無所施用之自非假灸
火鍼石之力則不能回生也
鍼灸之功亦大哉 本邦醫
道之行也尚矣然精藥醫者
二オモテ
頗夥而明鍼灸者猶尠予竊
有感于此因茲忘其謭陋不
顧僣偸而采群書之要領舉
家傳之秘奥以輯録之將補
執鍼石者之萬一焉但爲粗
工耳何足呈於大家之前乎
二ウラ
書成矣緫五策題曰鍼灸要
歌集旹元禄癸酉之夏長至
日把筆於南紀僑居
安井昌玄編集
【訓み下し】
一オモテ
鍼灸要歌集ノ序
達するときは、相と爲りて民の患いを蠲(のぞ)き、窮するときは
醫と爲りて人の疾を療す。蓋し君子の
通塞に處するや、共に是れ仁惠を施す所以
の權か。醫道豈に輕(かろ)んず可けんや。夫れ醫は、
鍼灸藥、三の者を兼ぬることを得て、而して後に
一ウラ
全醫と爲す。所謂る周官の十全なる者なり。
今ま病に逼(せま)られて口箝(つぐ)み咽(のんど)塞がる者を見るに、
五藥施し用うる所無し。灸火鍼石の力を假(か)るに非ずんば、
回生すること能わず。
鍼灸の功、亦た大なるかな。 本邦醫
道の行わるること尚(ひさ)し。然れども藥醫に精しき者
二オモテ
頗る夥しくして、鍼灸に明らかなる者、猶お尠し。予、竊かに
此に感ずること有り。茲れに因りて其の謭陋を忘れ、
僣偸を顧みずして、群書の要領を采(と)り、
家傳の秘奥を舉げて、以て之を輯録す。、將(まさ)に
鍼石を執れる者の萬が一を補わんとす。但だ粗
工の爲(ため)にするのみ。、何ぞ大家の前に呈するに足らんや。
二ウラ
書成しぬ。緫(すべ)て五策、題して鍼灸要
歌集と曰う。旹(とき)に元禄癸酉の夏長至
日、筆を南紀の僑居に把る。
安井昌玄編集
【注釋】
一ウラ
○所謂周官之十全者:『周禮』天官冢宰/醫師:「醫師掌醫之政令……十全為上、十失一次之、十失二次之、十失三次之、十失四為下」。
二オモテ
○謭陋:譾陋。知識が浅く狭い。 ○僣偸:僭踰。僭越。能力などをわきまえず、差し出たことをする。
二ウラ
○元禄癸酉:元禄六年(一六九三)。 ○夏長至日:夏至。 ○南紀:紀伊国。和歌山県と、三重県の一部。 ○僑居:他郷の居住地。 ○安井昌玄:
○『國語』晉語八:平公有疾,秦景公使醫和視之,出曰:“不可為也。是謂遠男而近女,惑以生蠱;非鬼非食,惑以喪志。良臣不生,天命不祐。若君不死,必失諸侯。”趙文子聞之曰:“武從二三子以佐君為諸侯盟主,于今八年矣,內無苛慝,諸侯不二,子胡曰‘良臣不生,天命不祐’?”對曰:“自今之謂。和聞之曰:‘直不輔曲,明不規誾,拱木不生危,松柏不生埤。’”吾子不能諫惑,使至于生疾,又不自退而寵其政,八年之謂多矣,何以能久!“文子曰:“醫及國家乎?”對曰:“上醫醫國,其次疾人,固醫官也。”
返信削除○宋の范仲淹(989年~1052年,字は希文、諡は文正))の故事。多く「不為良相、願為良醫」という。
宋・吴曾『能改齋漫録』卷十三 文正公願為良醫:「范文正公微時、常〔一作「嘗」〕詣靈祠求禱、曰、他時得位相乎。不許。復禱之曰、不然、願為良醫。亦不許。既而嘆曰、夫不能利澤生民、非大丈夫平生之志。他日有人謂〔公〕曰、〔大〕丈夫之志於相、理則當然。良醫之技、君何願焉。無乃失於卑耶。公曰、嗟乎、豈為是哉。古人有云、常善救人、故無棄人。常善救物、故無棄物。且〔大〕丈夫之於學也、固欲遇神聖之君、得行其道。思天下匹夫匹婦有不被其澤者、若己推而內之溝壑〔一作「中」〕。能及小大生民者、固在為相為相〔一作「固惟相為然」〕、既不可得矣、夫能行救人利物之心者、莫如良醫。果能為良醫也、上以療君親之疾、下以救貧民之厄、中以保身長命〔一作「全」〕。在下而〔能〕及小大生民者、捨夫良醫、則未之有也〔范文正公微(いや)しき時、常に靈祠に詣(いた)り求め禱(いの)る。曰く、他時、相に位するを得るか、と。許されず。復た之に禱りて曰く、然らずんば、願わくは良醫と為らん、と。亦た許されず。既にして嘆じて曰く、夫れ生民を利澤する能わずんば、大丈夫の平生の志に非ず、と。他日、人有り〔公に〕謂いて曰く、〔大〕丈夫の相を志すは、理は則ち當然なり。良醫の技は、君何んぞ焉(これ)を願う。乃ち卑に失するに無からんや、と。公曰く、嗟乎(ああ)、豈に是と為さんや。古人有りて云う、常に善く人を救う、故に人を棄つること無し。常に善く物を救う、故に物を棄つること無し、と〔『老子』二十七章〕。且つ〔大〕丈夫の學に於けるや、固(もと)より神聖の君に遇い、其の道を行くを得んと欲す。天下の匹夫匹婦の其の澤を被らざる者有るを思い、己の若く推して之を溝壑〔一作「中」〕に內(い)る。能く小大の生民に及す者は、固より相為(た)るに在り。相為るに〔一作「固より惟だ相のみ然りと為す」〕、既に得可からず、夫れ能く人を救い物を利するの心を行う者は、良醫に如(し)くは莫し。果して能く良醫と為るや、上は以て君親の疾を療し、下は以て貧民の厄を救い、中は以て身を保ち命〔一作「全」〕を長くす。下に在りて〔能く〕小大の生民に及す者は、夫の良醫を捨つれば、則ち未だ之れ有らざるなり〕」。
○通塞:境遇的通順與滯塞。謂境遇之順逆。
○仁惠:仁愛恩德。[benevalent;kind;merciful] 仁慈;仁厚。
○權:變通的理念。勢力。因自然或人為環境(如法律規定)所產生的力量與利益。
○醫者得兼鍼灸藥三者而後爲全醫矣所謂周官之十全者也:明・徐春甫『古今醫統大全』卷三・翼醫通考下・醫道・鍼灸藥三者備爲醫之良「扁鵲有言、疾在腠理、熨焫之所及。在血脈、鍼石之所及。其在腸胃、酒醪之所及。是鍼灸藥三者得兼、而後可與言醫。可與言醫者、斯周官之十全者也」。
○『周禮』天官冢宰/醫師:「醫師掌醫之政令、凡邦之有疾病者疕瘍者造焉則使醫分而治之、歲終則稽其醫事以制其食十全為上、十失一次之、十失二次之、十失三次之、十失四為下」。注:「食、祿也。全猶愈也。以失四為下者、五則半矣。或不治自愈○稽古兮反考也後 皆放此」。