2011年1月12日水曜日

20-6 經絡發明  20-5 十四經早合點

20-6經絡發明  20-5十四經早合點
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『經絡發明』(ケ・62)『十四經早合點(シ・140)』
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』二十所収
(序一)
一オモテ
經絡發明序
毉敎丕闡軒岐卓明經兪運行論定萬世爰
取準繩經絡者百病之標準診治之要領猶
有天之宿度扁之起死厥緩之見膏肓換骨
之靈方湔腸之竒術皆來於此誠毉門之先
務也自滑氏以兪兪繋經之訓唱世其説始
與軒岐之道背馳而後世轍跡相襲邪路傍
徑依樣胡盧瞀瞀聵聵虚誕競起日日離正
一ウラ
雖爭之力辨之強不及其弊至今日極矣我
友菊地氏英偉聰敏之質取經之文嚼髓溯
源旬儲月積有年所于茲矣因爲經絡之大
成盡廢滑氏之謬説頗辨諸家之正偽強非
立異論埒材角玅其言皆內經之奥旨也其
才也博其論也確渙然氷解怡然理順瞽復
視聾復聽豈不愉快哉夫存亡有數隱顯有
時斡旋變化無徃不復者天之未喪斯文待
二オモテ
其人而開示於世也菊君其人歟能得此篇
研窮磨切則升堂入室亦有其人乎述以國
字者葢欲使人易解也書成請序於弻弻也
不佞焉足稱揚萬一以爲之重也哉然以有
傾葢之親猥忘其固陋敢題簡端云寶曆癸
酉之歲冬十月薩陽麑府東庵二宮政弻識


經絡發明序
【訓み下し】
毉の敎え丕(おお)いに闡(ひら)き、軒岐は經兪を卓明し、運行論定し、萬世爰(ここ)に
準繩を取る。經絡なる者は、百病の標準、診治の要領にして、猶お
天の宿度有るがごとし。扁の死厥を起こし、緩の膏肓を見、換骨
の靈方、湔腸の奇術は、皆な此より來(きた)る。誠に毉門の先
務なり。滑氏自り兪兪を以て經に繋ぐの訓、世に唱え、其の説始めて
軒岐の道と背馳す。而して後世、轍跡相い襲い、邪路傍
徑、樣に依りて胡盧し、瞀瞀聵聵として虚誕して競り起ち、日日に正しきを離れ、
一ウラ
之と爭いて力(つと)め、之を辨じて強(つと)むと雖も及ばず、其の弊は今日に至って極れり。我が
友菊地氏、英偉聰敏の質あり。經の文を取り、髓を嚼(か)み
源に溯り、旬儲え月積み、茲(ここ)に年所有り。因りて經絡の大
成を爲し、盡く滑氏の謬説を廢し、頗る諸家の正偽を辨ず。強いて
異論を立つるに非ず。埒材角玅、其の言は皆な内經の奥旨なり。其の
才や博し。其の論や確(かた)し。渙然として氷解し、怡然として理順う。瞽復た
視、聾復た聽く。豈に愉快ならずや。夫れ存亡に數有り、隱顯に
時有り。斡旋變化、往きて復(かえ)らざる者無し。天の未だ斯文を喪(ほろぼ)さず、
二オモテ
其の人を待ちて、而して世に開示するや、菊君は其の人か。能く此の篇を得て、
研窮磨切すれば、則ち堂に升り室に入らん。亦た其の人有るか。述ぶるに國字を以て
するは、蓋し人をして解し易からしめんと欲すればなり。書成り、序を弼に請う。弼や
不佞、焉くんぞ萬一を稱揚し、以て之が重きを爲すに足らんや。然れども
傾蓋の親しき有るを以て、猥りに其の固陋を忘れ、敢えて簡端に題すと云う。寶曆癸
酉の歳冬十月、薩陽麑府、東庵二宮政弼識(しる)す。


【注釋】
一オモテ
○軒岐:黄帝と岐伯。黄帝は「軒轅」の丘に生まれたので「軒轅氏」という。 ○卓明:たかく明らかにする。 ○經兪:経絡と兪穴。 ○論定:人物、物事などをはかって評価する。 ○準繩:事物をはかる法度。 ○宿:音「シュウ」。星座。星宿。二十八宿。 ○扁之起死厥:扁鵲が虢の太子を救ったことをいう。『史記』扁鵲倉公列伝を参照。 ○緩之見膏肓:秦の和緩に関する故事。『春秋左氏伝』成公十年を参照。 ○換骨:「洗心換骨」「奪胎換骨」など、道教の語では、道を修めて俗骨を取り換えて仙骨にかわることを指す。 ○湔腸之竒術:『史記』扁鵲伝「一撥見病之應、因五藏之輸、乃割皮解肌、訣脈結筋、搦髓腦、揲荒爪幕、湔浣腸胃、漱滌五藏、練精易形」。 ○背馳:かれこれ相反して行われる。 ○轍跡:わだち。車輪の通った跡。 ○邪路:邪道。誤った行為や方法。 ○傍徑:「邪路」と同じ。「傍」は「正しくない」意。「徑」は「小道」または一般の「道路」をいう。 ○依樣胡盧:模倣するのみで、なんら創見がないことのたとえ。宋・魏泰『東軒筆録』卷一:「頗聞翰林草制、皆檢前人舊本、改換詞語、此乃俗所謂依樣畫葫蘆耳、何宣力之有」。 ○瞀瞀:目がはっきりと見えないさま。 ○聵聵:耳がよく聞こえないさま。 ○虚誕:虚偽。荒唐無稽。
一ウラ
○英偉:英俊魁偉。すぐれ抜きんでている。 ○聰敏:聡明にして鋭敏。 ○質:資質。特性。 ○嚼:かみくだく。 ○髓:事物の重要な部分の比喩。精髄。 ○溯:さかのぼる。遡上する。 ○旬:十日。 ○儲:たくわえる。あつめる。 ○有年所:数年。多年。 ○茲:現在。 ○埒材角玅:才能をくらべ素晴らしさをきそう。ここでは才能の抜きんでたさまをいうか。/埒:ひとしい。おそらく引伸して「比較する」。/材:才能。資質。/角:くらべる。/玅:「妙」の異体字。 ○渙然氷解:氷が熱のために消え去ること。のちに疑問や誤解があとかたもなくなくなることの譬え。晉・杜預『春秋左氏傳』序:「若江海之浸、膏澤之潤、渙然冰釋、怡然理順」。 ○怡然:よろこび自得するさま。 ○理順:整理されていて適切である。道理にしたがう。 ○瞽:盲人。 ○聾:唖者。聴覚障害者。 ○存亡:存在と衰亡。生と死。 ○有數:運命によってあらかじめ定められている。「數」は命数・命運○天数。 ○隱顯:世に知られないことと知られること。 ○有時:偶然。 ○斡旋:めぐること。 ○斯文:この学問。特に孔子が伝えた礼楽制度。『論語』子罕:「天之將喪斯文也、後死者不得與於斯文也」。
二オモテ
○開示:啓発する。 ○研窮:研究する。深く調べて、ものの本質をみきわめる。 ○磨切:みがきあげる。 ○升堂入室:学問や技術がだんだんと進んで、高く深い段階に達することの比喩。『論語』先進:「由也升堂矣、未入於室也」。 ○國字:和文。 ○葢:「蓋」の異体字 ○弻:「弼」の異体字。この序を著した二宮政弻。 ○不佞:才能がないこと。謙遜の辞。 ○稱揚:称賛してほめあげる。 ○萬一:万分の一。きわめて小さいことの形容。 ○傾葢:友として親しく交わること。「蓋」は、馬車のかさ屋根。道で出会って車を止め、傘蓋を傾けて歓談する。『説苑』尊賢「孔子之郯、遭程子於塗、傾蓋而語終日」。 ○固陋:見識が浅い。 ○簡:書簡。書物。 ○云:句末の助詞。文末に置く。 ○寶曆癸酉之歲:宝暦三(一七五三)年。 ○薩陽:薩摩。 ○麑府:鹿児島。 ○東庵二宮政弻:未詳。


(序二)
一オモテ
經絡發明序
余聞之作者曰文章之盛衰繇氣運
之昇降豈啻文章已哉凡百技藝亦
然盖古之時大道未墜乎地斯文猶
存乎人則凡百技藝亦各獲竆其
致矣世降而文亦從焉人飾其巧而不
得其眞也建言愈多厺道益遠
墨糸楊岐果哉其無奈之何
一ウラ
方今承平百年偃武布文文
章之盛猶乎日之再中也則凡百
技藝亦各得窮其致矣美哉時
乎作者之言於是乎可徴也已余獨
怪醫道猶未盛也豈未得其道歟
抑有其人而隱其名也何其寥々乎
其聞焉哉先是得介友人以謁
東籬菊君者余就叩之鏘然能鳴
二オモテ
君最長乎經絡學徴之素靈誡之
今日莫不取之左右逢其原者可謂
勤矣頃日著一書以論其要領者蓋
其意欲質之四方有道而兼益研
明其道也嗚乎有其人而隱其名者
菊君其人哉其書既成其門人
校焉刻焉不佞正翼應其徴序
寶曆癸酉冬十一月望
東都富正翼撰
〔印形黒字「龍/潭」、白字「冨印/正翼」〕


【訓み下し】
經絡發明序
余、之を聞くに、作者曰く、文章の盛衰は氣運
の昇降に繇(したが)うと。豈に啻に文章已(のみ)ならんや。凡百の技藝も亦た
然り。蓋し古(いにしえ)の時、大道未だ地に墜ちず。斯文猶お
人に存すれば、則ち凡百の技藝も、亦た各おの其の致を窮(きわ)むるを獲たり。
世降って文も亦た焉(これ)に從う。人は其の巧を飾って
其の眞を得ざるなり。建言愈いよ多く、道を去ること益ます遠し。
墨糸楊岐、果たせるかな、其れ之を奈何(いかん)ともする無し。
一ウラ
方今、承平百年、偃武布文、文
章之盛んなること、猶お日の再び中するがごときなり。則ち凡百の
技藝も、亦た各おの其の致を窮むるを得。美なるかな、時なる
かな。作者の言、是に於いてか徴す可きなる已(のみ)。余獨り
怪しむ、醫道猶お未だ盛んならざるを。豈に未だ其の道を得ざらんや。
抑(そも)そも其の人有りて其の名を隱さんや。何ぞ其れ寥々乎として
其れ焉(これ)を聞かんや。是れに先んじて友人を介して以て
東籬菊君なる者に謁するを得たり。余就きて之に叩く。鏘然として能く鳴る。
二オモテ
君最も經絡學に長ず。之を素靈に徴し、之を
今日に誡しむ。之を左右に取り其の原に逢わざる者は莫し。謂っつ可し、
勤めたりと。頃日、一書を著し以て其の要領を論ずる者は、蓋し
其の意は之を四方の有道に質し、而して兼ねて益ます
其の道を研き明らかにせんと欲せばなり。嗚乎(ああ)、其の人有りて其の名を隱す者は、
菊君其の人かな。其の書既に成り、其の門人
焉(これ)を校し、焉を刻す。不佞正翼、其の徴に應じて序す。
寶曆癸酉冬十一月望
東都富正翼撰

【注釋】
○凡百:すべての。さまざまな。 ○技藝:技術。技能。 ○大道:人が踏むべき再興の道。自然の法則。 ○斯文:学問。 ○建言:ことばや文章で意見を述べる。 ○墨糸楊岐:『蒙求』「墨子悲絲、楊朱泣岐」。注「淮南子曰:楊子見逵路而哭之。爲其可以南可以北。墨子見練絲而泣之。爲其可以黄可以黒。高誘曰:憫其本同而末異」。(墨子悲絲:一旦染まったら、その色になってしまうからである。楊朱泣岐:その踏み出しを誤れば、大変な違いになるからである。)/『墨子』所染「子墨子言見染絲者而嘆曰、染於蒼則蒼、染於黃則黃。所入者變、其色亦變。五入必而已、則為五色矣。故染不可不慎也(墨子は、ひとが糸を染めるのをみて感嘆して言った。「糸は青い顔料で染めれば青くなり、黄色い顔料で染めれば黄色になる。染料が異なれば、その糸の色も明らかに変化する。それを五回すれば、五色になる。だから染めるときには謹んでしなければならない」)」。『荀子』王霸「楊朱哭衢涂、曰、此夫過舉蹞步、而覺跌千里者夫(楊朱は分かれ道ではげしく泣いて言った。「これは、半歩の踏み違いで千里のへだたりにもなったことに気づくというものだ」)」。楊岐:のちに、道を誤ることのたとえ。
一ウラ
○方今:当今。 ○承平:太平盛世の長く続くこと。 ○偃武布文:偃武修文に同じ。戦いをやめ、文教を興して、平穏な世の中を築く。『書經』武成:「王來自商、至於豐、乃偃武修文」。 ○寥々:数が少ない。さみしい。 ○東籬菊君:菊地玄蔵。名は周之(ちかゆき)。東籬は号。陶淵明『飲酒詩』:「採菊東籬下、悠然見南山(菊を東籬の下に採り、悠然として南山を見る)」。 ○叩:質問する。 ○鏘然:金石がぶつかって音を出すさま。 ○鳴:名声が遠くまで聞こえる。 
二オモテ
○長:たける。得意とする。 ○左右逢其原:左右どちらからでも水源に到達する。学問で自得した者は、自在に応用できてつきないこと。『孟子』離婁下:「資之深、則取之左右逢其原」。 ○頃日:近頃。 ○質:「貿」字のようにも見えるが、自序と勘案して「質」字と判断した。 ○有道:学問・道徳・技芸が身に備わっているひと。 ○不佞:わたし。謙遜の辞。 ○正翼:下文を参照。 ○徴:もとめ。 ○寶曆癸酉:宝暦三(一七五三)年。 ○望:旧暦十五日。 ○東都:江戸。 ○富正翼:富永正翼(まさしげ)。1687-1771。号、龍潭(りゅうたん)。字、君厳(くんげん)。大和郡山、柳澤藩の江戸詰医師。柳澤信鴻の侍医。詩文集『逍遥楼文集』(十一卷)。明和8年没。 


(序三)
一オモテ
經絡發明自序
恢々大园悠々方儀豈人智之所能度乎
然天有宿度以得定日月之盈虚也地有
經水以獲見山川之高下也夫人者小天
地也故有經脉焉有經脉而後以知其人
之平異矣而其經脉也不能見於皮膚之
上也抉膜導筳亦不可得觀焉惟有邪氣
傳流之道而發於内外表裏則所謂經脉
一ウラ
者宛然可觀矣而分其各經則在指稍辨
其内外則在鍼石經所謂以我知彼以表
知裡是也或浮血横行於他道而獨熱獨
寒獨動獨陷其候正在孫絡焉經脉則直
行絡脉則交錯故如絡脉則可謂有曲折
也經脉豈有曲折乎滑氏自兪至兪引經
爲曲折狀如閃電然靈樞所載經脉豈有
如此之曲折乎獨有婁全善始知其誤也
二オモテ
而其説爲滑氏隱不能盛行也豈不惜乎
滑氏之謬傳恐使來者目盲也余自數年
潛心素靈欲一得其旨也然孱工短器不
可企及也今述一二之管窺而欲質四方
君子幸憫愚誠深埀裁斷焉何啻余之幸
甚寳曆癸酉歳重陽日菊地周之謹識


【訓み下し】
一オモテ
經絡發明自序
恢々たる大圓、悠々たる方儀、豈に人智の能く度(はか)る所ならんや。
然れども天に宿度有り、以て日月の盈虚を定むることを得るなり。地に
經水有り。以て山川の高下を見ることを獲るなり。夫れ人は小天
地なり。故に經脉有り。經脉有って而して後に以て其の人
の平異を知る。而(しかれ)ども其の經脉や皮膚の上に見る能わざるなり。
膜を抉(えぐ)り筳を導くも、亦た觀るを得可からず。惟だ邪氣
傳流の道有りて、而して内外表裏に發するとき、則ち所謂る經脉なる
一ウラ
者、宛然として觀(みつ)つ可し。而して其の各經を分つことは、則ち指稍に在り。
其の内外を辨ずること、則ち鍼石に在り。經に所謂る我を以て彼を知り、表を以て
裡を知る、是なり。或いは浮血、他道に横行し、而して獨熱・獨
寒・獨動・獨陷、其の候、正に孫絡に在り。經脉は則ち直
行し、絡脉は則ち交錯す。故に絡脉の如きは則ち謂っつ可し、曲折有り、と。
經脉、豈に曲折有らんや。滑氏、兪自り兪に至って經を引き
曲折を爲す。狀(かた)ち閃電の如く然り。靈樞載する所の經脉、豈に
此(かく)の如きの曲折有らんや。獨り婁全善有り、始めて其の誤りを知れり。
二オモテ
而れども其の説、滑氏が爲に隱されて盛には行わるること能わざるなり。豈に惜まざらんや。
滑氏が謬傳、恐らくは來者をして目盲せしめんことを。余數年自り、
心を素靈に潛む。一たび其の旨を得んと欲するなり。然れども孱工短器、
企て及ぶ可からず。今ま一二の管窺を述べて、而して四方の
君子に質さんと欲す。幸いに愚誠を憫れみ、深く裁斷を埀れよ。何ぞ啻に余が幸
甚のみならん。寳曆癸酉歳重陽日、菊地周之謹んで識(しる)す。


【注釋】
一オモテ
○恢々:広大なさま。 ○大园:大圓。天。/园:国構えの中に「元」。「円」の異体字。 ○悠々:長久、遙かなさま。 ○方儀:地。 ○宿度:天空の指標となる星宿の位置の度数。二十八宿がそれぞれの度を占める。 ○抉膜導筳:『史記』扁鵲傳「乃割皮解肌、訣脉結筋、搦髓腦、揲荒爪幕」。『漢書』王莽傳「翟義黨王孫慶捕得、莽使太醫、尚方與巧屠共刳剝之、量度五藏、以竹筳導其脈、知所終始、云可以治病」。
一ウラ
○宛然:はっきりと。 ○觀ツ可シ:江戸時代には「観っつ可し」「謂っつ可し」など、促音便で読まれたようだ。 ○指稍:「指梢」(指の末端)の意か。 ○經所謂:『素問』陰陽応象大論「以我知彼、以表知裏」。 ○婁全善:明・樓英(1332—1401)、一名、公爽。字、全善。号、全斎。『醫學綱目』の撰者。
二オモテ
○潛心:心を集中して物事に没頭する。 ○孱:浅はかな。劣っている。 ○短:能力が乏しい。拙い。 ○管窺:管の中から物をのぞくように、見聞が狭い。管見。 ○幸:願う。してほしい。 ○愚誠:自分の真心を謙遜していうことば。 ○埀:「垂」の異体字。 ○裁斷:是非を判断して決定する。 ○寳曆癸酉歳:宝暦三(一七五一)年。 ○重陽日:旧暦の九月九日。


(序四)
一オモテ
長菴氏者其口歯科巨擘乎以術鳴于世人称其
妙先既淂
召見而次列官毉之班於是乎聲譽愈益籍甚
与余為莫逆之交毎把臂一堂談笑移日豪放
滑稽無不臧否人物日者語余曰菊周之者信陽人
歳十有三而志學日夜無怠終極廣博旁通
一ウラ
醫籍且謂信中者弾丸僻陋無由舒其羽翼遂
撃千里乃來東都云近甞著經絡解以縄滑壽之
愆書已成矣請為我題一言幸甚余荅曰有之哉
明堂之義至為幽深焉軒岐越人之旨粲然方
策且經皇甫士妟刪次至孫真人王燾而盡矣何
有餘蘊然元滑壽妄作經絡臆説輸穴自爾末
學之徒惑〃無知其非者諺謂為毉不知經絡
二オモテ
者縱如無燈夜行嗚乎經絡豈可不談乎而亦
不可妄談而已今也周之下帷講經覃志研精
想當有所淂焉余老矣近且患目而廢書
巻恨未能熟覽其書帷聞其言未見其人
然長菴氏屡称其篤信好學之状而不止亦
有不淂已不佞者乃取之長菴氏長菴氏
豈欺我乎長庵氏豈欺我乎
寳曆癸酉之冬十月
鹿門   望三英


【訓み下し】
一オモテ
長菴氏なる者は、其の口歯科の巨擘か。術を以て世に鳴る。人、其の妙を称す。先ず既に召見を得て、次(つい)で官毉の班に列す。是に於いてか、聲譽愈いよ益ます籍甚たり。
余と莫逆の交を為し、毎(つね)に一堂に臂を把って、談笑して日を移す。豪放にして
滑稽、人物を臧否せざる無し。日者(かつて)余に語って曰く、菊周之なる者、信陽の人、
歳十有三、而して學を志す。日夜怠ること無く、終に廣博を極め、
一ウラ
醫籍に旁通す。且つ謂う、信中は弾丸僻陋、其の羽翼を舒ぶる由無し。遂に
千里を撃ち、乃ち東都に來(きた)ると云う。近ごろ嘗みに經絡の解を著し、以て滑壽の愆(あやま)ちを縄(ただ)す。
書已に成る。我が為に一言を題せば幸甚と請う。余答えて曰く、之れ有るかな。
明堂の義は、至って幽深為(た)り。軒岐越人の旨は、粲然として方策あり。
且つ皇甫士妟の刪次を經て、孫真人・王燾に至って盡くせり。何ぞ
餘蘊有らん。然れども元の滑壽、妄りに經絡を作り、輸穴を臆説し、爾(これ)自り、末
學の徒、惑惑として其の非を知る者無し。諺に謂う、醫と為りて經絡を知らざれる
二オモテ
者は、縱(たと)えば燈無くして夜行くが如し。嗚乎、經絡、豈に談ぜざる可けんや。而して亦
妄りに談ずる可からざるのみ。今や、周之、帷を下して經を講じ、覃志研精、
想いて當に得る所有るべし。余老いたり。近ごろ且つ目を患って書巻を廢す。
恨むらくは、未だ其の書を熟覽する能わず、帷に其の言を聞きて、未だ其の人を見ざるを。
然して長菴氏、屢しば其の篤信好學の状を稱して止まず。亦
已むを得ざること有り。不佞なる者、乃ち之を長菴氏に取る。長菴氏、
豈に我を欺かんや。長庵氏、豈に我を欺かんや。
寳曆癸酉之冬十月
鹿門   望三英

【注釋】
一オモテ
○長菴氏:跋文との関連、また「口歯科の巨擘」ということから、堀本好益のことか。跋文の注を参照。 ○巨擘:親指。傑出した人材の比喩。『孟子』滕文公下:「於齊國之士、吾必以仲子為巨擘焉。」 ○召見:上位のものが下位のものを呼び寄せて会う。 ○官毉之班:侍医。奥医師。 ○聲譽:声望と名誉。 ○籍甚:名声が遠くまで伝わり、ひろく人に知られること。『漢書』卷四十三˙陸賈傳:「賈以此游漢廷公卿間、名聲籍甚。」 ○莫逆之交:意気投合した、互いに思いの一致した交友。 ○把臂:互いにうでを取り合う。親密さの表現。 ○移日:時をすごす。 ○臧否人物:誉めたり貶したり、人物の好悪を品評する。 ○日者:先日。最近。 ○信陽:信濃の漢語風称呼。 ○旁通:広く物事に通じている。
一ウラ
○弾丸:土地の狭小なことのたとえ。 ○僻陋:いなかで文化が遅れている。 ○舒:のばす。広げる。 ○撃:はばたく。飛翔する。 ○東都:江戸。 ○縄:繩。一定の標準にしたがって改め正す。 ○滑壽:元・滑伯仁。『十四経発揮』を撰す。 ○明堂:明堂孔穴。人体の経絡兪穴。 ○幽深:深く暗い。 ○軒岐:黄帝(軒轅氏)と岐伯。 ○越人:秦越人。扁鵲。 ○粲然:鮮明。はっきりとしたさま。 ○方策:方は木板。策は竹簡。いずれも書記に用いる。よってひろく書籍をいう。 ○皇甫士妟:皇甫謐。後漢・建安二十年(二一五年)~西晋・太康三年(二八二年)。字は士安。みずから玄晏先生と号す。『鍼灸甲乙経』の撰者とされる。 ○刪次:取捨編集する。 ○孫真人:唐・孫思邈(?~六八二)。『千金方』を撰す。 ○王燾:唐のひと(六九〇頃~七五六)。『外台秘要方』を撰す。 ○餘蘊:全部は現れずに中に隠されているもの。 ○惑惑:まどうさま。 ○諺謂:『扁鵲心書』「學醫不知經絡、開口動手便錯。」 
二オモテ
○下帷:とばり(カーテン)をおろす。とばりをおろして書物を読む。勉学にはげむ。=塾を開いて子弟に教授する。 ○覃志研精:研精覃思。綿密に研究して深く考える。 ○篤信:『論語』泰伯「篤信好學、守死善道、危邦不入、亂邦不居。」 ○不佞:口べたで、おべっかが言えない。才能がない。また、謙遜して自分をいう。 
○鹿門 望三英:望月三英(一六九七~一七六九)。名は乗(じょう)、字は君彦(たかひこ)、号は鹿門(ろくもん)。法眼(ほうげん)の位に進んだ。


跋文は判読できていない文字が多い、参考に供する。
須此撰鐫成閲之其次
書畢鑠袋法◆◆
謂(何・誤)草◆勉焉
醫官  堀本好益撰
〔印形黒字「◆華/峯◆◆」〕

【注釋】
○堀本好益:『寛政重修諸家譜』巻千三百二十三によれば、堀本氏は口科の医を業としている。代々、好益と名乗る。望月三英がいう「口歯科の巨擘」である長菴氏と同一人物であろう。堀本顕晴(あきはる)は、寛保二(一七四二)年に寄合(医師)に列する。宝暦四年五月二十一日に死す。年七十一。その後を継いだ顕承(あきつぐ)も好益と名乗り、宝暦四年八月四日に遺跡を継ぐ。

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