2011年1月24日月曜日

24-1 名家灸選

24-1名家灸選
           京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『名家灸選』(メ・3)
           オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』24所収
  一部、判読に疑念あり。

  一オモテ
名家灸選序
夫醫斡旋造化燮理隂陽以     燮:原文「燮」の下を「火」につくる。
賛天地之化育也盖人之有生
惟天是命而所以不得盡其
命者疾病職之由聖人體天
  一ウラ
地好生之心闡眀斯道設立
斯職使人得保終乎天年也
豈其醫小道乎哉其治病之
法則有導引行氣膏摩灸
熨刺焫飲藥之數者而毒藥
  二オモテ
攻其中鍼艾治其外此三者
乃其大者已内經之所載服
��僅一二而灸者三四鍼刺十    ��:「��」(「食」偏に「甘」)。「餌」の意。
居其七盖上古之人起居有常
寒暑知避精神内守雖有賊
  二ウラ
風虗邪無能深入是以惟治其
外病随已自茲而降風化愈
薄適情任欲病多生於内六
淫亦易中也故方劑盛行而
鍼灸若存若亡然三者各有
  三オモテ
其用鍼之所不宜灸之所宜
灸之所不宜藥之所宜豈可偏
廢乎非鍼艾宜於古而不宜
於今抑不善用而不用也在
  三ウラ
本邦鍼灸之傳大備然貴權
豪富或惡熱或恐疼惟安甘
藥補湯是以鍼灸之法寢以
陵遲今世艮山後藤氏盛唱
灸法人稍知其驗而尚古傳
  四オモテ
竒輸試驗妙穴家秘戸藏不
得廣濟博施南皐先生勤摭
古傳普採諸家并祖傳之秘
法既己自試之撰竒驗適實
者著名家灸選命〔庸信〕補正
  四ウラ
焉嗚乎先生善用三法而其
鍼刺補瀉迎奪随濟之法全
存于心手若非其人則不可
傳也灸法惟在因證取穴不
失毫毛尚易爲傳盖此舉也
  五オモテ
特傳其易傳而已矣〔余〕深喜
古傳再眀於今秘法博傳於
世而助氣回陽之功大補於
生化因忘固陋漫題數言以
爲之叙云于時
  五ウラ
文化龍集乙丑端午日丹隂
處士 平井庸信謹識
  〔印形白字「子菫/氏」「庸/信」〕

  【訓み下し】
  一オモテ
名家灸選序
夫れ醫は、造化を斡旋し、陰陽を燮理し、以て
天地の化育を贊(たす)くるなり。蓋し人の生有るは、
惟(た)だ天、是れ命ず。而して其の命を盡すを得ざる所以の者は、
疾病、職として之れに由る。聖人は
  一ウラ
天地の生を好むの心を體して、斯道を闡明し、
斯の職を設立し、人をして天年を保終するを得しむるなり。
豈に其れ醫は小道ならんや。其の病を治するの
法は、則ち導引・行氣・膏摩・灸
熨・刺焫・飲藥の數者有り。而して
  二オモテ
毒藥は其の中を攻め、鍼艾は其の外を治す。此の三者は
乃ち其の大なる者のみ。内經の載する所、服
��(餌)は僅かに一二にして、灸なる者は三四、鍼刺は十に
居ること其の七。蓋し上古の人は、起居に常有り、
寒暑に避くるを知り、精神内に守り、
  二ウラ
賊風虚邪有りと雖も、能く深く入ること無し。是(ここ)を以て惟だ
其の外を治せば、病隨って已ゆ。茲(ここ)自り降って風化愈(いよ)いよ
薄く、情を適(たの)しみ欲に任せ、病は多く内に生ず。六
淫も亦た中(あた)り易し。故に方劑盛行して
鍼灸は存(あ)るが若く亡きが若し。然れども三者は各おの
  三オモテ
其の用有り。鍼の宜しからざる所は、灸の宜しき所。
灸の宜しからざる所は、藥の宜しき所。豈に偏(ひと)えに
廢す可けんや。鍼艾、古(いにしえ)に宜しくして、
今に宜しからざるに非ず。抑(そも)そも善く用いずして用いざるなり。
在昔(むかし)
  三ウラ
本邦、鍼灸の傳は大いに備われり。然れども貴權
豪富、或いは熱を惡(にく)み、或いは疼みを恐れ、惟だ
甘藥補湯に安んずるのみ。是(ここ)を以て鍼灸の法、寢(ようや)く以て
陵遲す。今世、艮山後藤氏、盛んに
灸法を唱え、人稍(や)や其の驗を知り、而して古傳を尚ぶ。
  四オモテ
奇輸、試驗、妙穴、家ごとに秘し戸ごとに藏(かく)し、
廣く濟(すく)い博く施すことを得ず。南皐先生、勤めて
古傳を摭(ひろ)い、普(あまね)く諸家并びに祖傳の秘法を採り、
既に己(おのれ)に自ら之を試み、奇驗適實なる者を撰び、
名家灸選を著し、庸信に命じて補正せしむ。
  四ウラ
嗚乎(ああ)、先生善く三法を用ゆ。而して其れ
鍼刺は補瀉迎奪隨濟の法、全く
心手に存す。若(も)し其の人に非ずんば則ち傳う可からざるなり。
灸法は惟だ證に因りて穴を取るに在るのみ。
毫毛も失わざれば、尚お傳を爲すこと易し。蓋し此の舉や、
  五オモテ
特に其の傳え易きを傳うるのみ。余は深く
古傳の再び今に明らけく、秘法の博く
世に傳わり、而して氣を助け陽を回(めぐ)らすの功、大いに
生化を補うを喜ぶ。因りて固陋を忘れて、漫(みだ)りに數言を題して以て
之が叙と爲すと云う。時に
  五ウラ
文化龍集乙丑、端午の日、丹陰
處士 平井庸信謹しみて識(しる)す

  【注釋】
  一オモテ
  ○斡旋:居中周旋、調解。めぐらす。とりもつ。 ○造化:万物を化育する大自然。 ○燮理隂陽:「燮理」は、調え治める。「陰陽」は、相対立することがら。燮理陰陽は、国家の大事を調和し治める。 ○化育:天地が万物を生成する。『禮記』中庸:「能盡物之性、則可以贊天地之化育」。 ○惟天是命:語法的には「命天」の強調形であろうが、ここでは「天命」の強調であろう。 ○職:副詞。もっぱら。おもに。
  一ウラ
○好生:生命を愛惜して殺すことを好まない。『書經』大禹謨:「與其殺不辜、寧失不經、好生之德、洽于民心」。 ○闡眀:詳しく説明する。 ○斯道:この道。医道。 ○小道:小さな道。正統とはいえない道。医術などの各種の技芸。『論語』子張:「雖小道必有可觀者焉」。 ○導引:道家の養生法のひとつ。気を導き体を引挽する。呼吸と体操を組み合わせた療法。宋・張君房『雲笈七籤』卷三十四・寧先生導引養生法:「夫欲導引行氣、以除百病」。 ○行氣:道教用語。呼吸などの養生による内修法。 ○膏摩:『三國志』魏書・華佗傳:「病若在腸中、便斷腸湔洗、縫腹膏摩、四五日差、不痛、人亦不自寤、一月之間、即平復矣」。 ○熨:薬物など、加熱処理したものを患部や兪穴に貼る治療法。 ○焫:「爇」に同じ。点火する。もやす。医学では火鍼などを指す。 
  二オモテ
○毒藥攻其中、鍼艾治其外:『素問』湯液醪醴篇「當今之世、必齊毒藥攻其中、鑱石鍼艾治其外也」。 ○内經:『黄帝内経』。 ○服餌:丹薬を服食する。道家の養生延年術。ここでは湯液のことであろう。 ○十居其七:十分の七。 ○上古之人起居有常:『素問』上古天真論「上古之人、其知道者、法於陰陽、和於術數、食飮有節、起居有常」。 ○精神内守雖有賊:『素問』上古天真論「皆謂之虚邪賊風、避之有時、恬惔虚無、眞氣從之、精神内守、病安從來」。
  二ウラ
○風化:風俗教化。 ○六淫:風、寒、暑、燥、温、火の六種の病をまねく邪気。
  三ウラ
○貴權:掌握權勢的人。権貴。権力があり身分が高い人。 ○豪富:巨富。富豪。 ○甘藥補湯:甘味で補益の薬湯。苦味のあるものや瀉法の湯液を嫌う。 ○寢:逐漸。 ○陵遲:だんだん衰える。 ○艮山後藤氏:艮山の名は達(とおる)、字は有成(ゆうせい)、俗称左一郎(さいちろう)、別号養庵(ようあん)。わが国古方派の祖とされる人物で、一気留滞説を提唱。後藤流灸法の書として子、椿庵の『艾灸通説』がある。(『日本漢方典籍辞典』)
  四オモテ
○奇:特別。すばらしい。 ○輸:穴。 ○試驗:試みて実際に效驗(効き目)のあったもの。 ○妙:神奇な。たえなる。すばらしい。 ○南皐先生:浅井南皐は名は惟亨(これゆき)、字は元亮(げんりょう)。京都の人で、山田元倫(やまだげんりん)と称したが、尾張藩医浅井南溟(あざいなんめい)の門人となり、没後その養子となった。和気惟亨(わけこれゆき)とも称す。越後守。(『日本漢方典籍辞典』) ○摭:拾起﹑摘取。如:「摭拾」﹑「採摭」。 ○庸信:末文を参照。
  四ウラ
○補瀉:『素問』脈要精微論:「補寫勿失、與天地如一」。王冰注:「有餘者寫之、不足者補之、是應天地之常道也」。 ○迎奪随濟之法:『霊枢』九針十二原「迎而奪之、惡得無虚、追而濟之、惡得無實、迎之隨之、以意和之、鍼道畢矣」。 ○心手:「心手相應(技芸が熟練し、心の欲する所にしたがう)」「心手相忘」という成語に解した。名手。 ○若非其人則不可傳也:『霊枢』官能「得其人乃言、非其人勿傳」。 ○毫毛:きわめて小さい、少ないことの比喩。 
  五オモテ
○助氣回陽:衰えた陽気を助けよみがえらす。 ○生化:生息(生活、生存)化育(前注を参照)。 ○固陋:見聞が浅くいやしい。謙遜語。 ○漫:いたずらに。むなしく。
  五ウラ
○文化龍集乙丑:文化二年(一八〇五)。龍集:歳次、年を記すときに用いる。年回り。元・周密『癸辛雜識』後集・龍有三名:「龍集者、歳星所集也。魏銘所指星也、莽銘乃易置為太歳。今世皆以太歳為龍集、蓋名用莽銘、而實用魏銘也」。 ○端午日:旧暦五月五日。 ○丹隂:おそらく丹後と同じ。現在の京都府北部。 ○處士:民間にあって仕官しない人。 ○平井庸信:南皐の門人の平井庸信(ひらいつねのぶ)。字は子謹[しきん]・通称主膳[しゅぜん]。(『日本漢方典籍辞典』)

  一オモテ
名家灸選跋
老子曰上善若水信哉夫水
善利萬物不自爲功雖然水
吾見蹈而死者矣溺人者非水
之性也盖醫之爲仁術亦猶
  一ウラ
水乎今之業醫者各受家技
自以爲足出以無稽之臆説
而投劑治病非不或中然其
起癈者幾希意有所至仁有
所遺可不愼哉盖聞吾
  二オモテ
本邦醫流厥初大汝少彦二神
垂恩頼以來其術存於和氣
丹波兩家其長浪餘波涾��迨   ��:「沱」「沲」の異体字。「沲」の氵の右に阝あり。
今無絶我南皐先生襲和氣之
後其得古經逸書不少加之其學
  二ウラ
之博資源素靈揚波長沙又    
厲渉晉唐而濡足宋元矣是
以淵涵未易測其諸論亦津々
乎有味矣近日少聞著名家
灸選其爲書也原採和丹金
  三オモテ
櫝之秘藏旁及諸家試驗乃
徴諸古驗諸今瞭然有效所
謂善言古者必徴今者歟凡灸
焫家之要領簡易未甞爲過
之者先生亦不自隱而公之于
  三ウラ
世以浸養萬物而其澤流亦將
濯之海内矣濟世之功豈小補哉
文化二歳次乙丑秋八月
 門人尾張 小泉立策謹撰
        〔印形白字「立/策」、黒字「泰/平」〕

  【訓み下し】
  一オモテ
名家灸選跋
老子曰く、上善は水の若し、と。信(まこと)なるかな。夫れ水は
善く萬物を利して、自ら功と爲さず。然りと雖も水に
吾は蹈みて死する者を見る。人を溺れしむるは水の
の性に非ざるなり。蓋し醫の仁術爲(た)るも亦た猶お
  一ウラ
水のごときか。今の醫を業とする者は各おの家の技を受けて
自ら以て足れりと爲し、出でて以て之を稽(かんが)えること無し。臆説
して劑を投じて病を治す。或いは中(あた)らずんば非ず。然れども其の
癈を起こす者は幾(ほとん)ど希(まれ)なり。意に至る所有り、仁に
遺(のこ)す所有り。愼まざる可けんや。蓋し聞く、吾が
  二オモテ
本邦醫流、厥(そ)の初め大汝、少彦の二神
恩頼を垂れて以來、其の術は和氣、
丹波の兩家に存す。其の長浪餘波、涾��として 
今に迨(およ)んで絶ゆること無し。我が南皐先生は和氣の
後を襲う。其の古經逸書を得ること少からず。之に加うるに(しかのみならず)其の學
  二ウラ
の博きは、素靈に資源し、長沙に揚波し、又た    
晉唐に厲渉して、足を宋元に濡らす。是を
以て淵涵未だ測ること易からず。其の諸論も亦た津々
乎として味有り。近日少(しばらく)して名家
灸選を著すを聞く。其の書爲(た)るや、原(もと)は和丹の金
  三オモテ
櫝の秘藏に採り、旁ら諸家の試驗に及ぶ。乃ち
諸(これ)を古(いにしえ)に徴し、諸を今に驗す。瞭然として效有り。
謂う所の善く古を言う者は、必ず今に徴ある者か。凡そ灸
焫家の要領は簡易にして未だ嘗て之を過ぐる者を爲さず。
先生も亦た自ら隱さずして之を世に公にして
  三ウラ
以て萬物を浸養して、其の澤流る。亦た將に
之を海内に濯(あら)わんとす。濟世の功、豈に小補ならんや。
文化二、歳次乙丑、秋八月
 門人尾張 小泉立策謹撰


  【注釋】
  一オモテ
○老子曰:『老子』第八章「上善若水。水善利萬物而不爭」。 
  一ウラ
○起癈:起廢。『史記』太史公自序:「孔子修舊起廢、論《詩》《書》、作《春秋》、則學者至今則之。」重篤な病人を治す。
  二オモテ
○恩頼:神祇の加護をいう敬語。 ○大汝:おほなむち。大国主命の別名。大汝命(おほなむち)。『播磨国風土記』での呼称。医薬の神。 ○少彦:少彦名命(すくなひこなのみこと)。医薬の神。 ○和氣丹波:和気(半井)家と丹波家は典薬頭であった。  ○涾��:波の連なるさま。涾沲・涾沱。
  二ウラ
○揚波:波を揚げる。 ○長沙:張仲景。 ○厲渉:服を着たまま水をわたる。 ○淵涵:深く広いこと。容量。 ○和丹:和気氏と丹波氏。
  三オモテ
○櫝:木製のはこ。『論語』季氏:「虎兕出於柙、龜玉毀於櫝中、是誰之過與」。 ○善言古者必徴今:『素問』舉痛論「善言古者、必有合於今」。氣交變大論「善言古者、必驗於今」。 ○浸:うるおす。 ○澤:恩惠。 ○濟世:世の人を救う。 ○歳次:歳星(木星)または太歳(木星と逆回りの架空の星)のやどり。 ○小泉立策:オリエント出版社の解説にある「三策」は誤り。印形から「泰平」が字か。

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