卷下・一ウラ(728頁)
(2)痃癖[附臂痛]
【訓み下し】
痃癖(けんべき)[附(つけた)り臂痛(へきつう)]
【注釋】
★臂:音,正しくは「ひ」。「辟」の音は「へき」。
○痃癖:病名。臍腹偏側或脇肋部時有筋脈攻撐急痛的病症。見『外台秘要』卷十二。因氣血不和,經絡阻滯,食積寒凝所致。『太平聖惠方』卷四十九:「夫痃癖者,本因邪冷之氣積聚而生也。痃者,在腹內近臍左右,各有一條筋脈急痛,大者如臂,次者如指,因氣而成,如弦之狀,名曰痃氣也;癖者,側在兩肋間,有時而僻,故曰癖。夫痃之與癖,名號雖殊,針石湯丸主療無別。此皆陰陽不和,經絡否隔,飲食停滯,不得宣疏,邪冷之氣,搏結不散,故曰痃癖也」。
◉『指南』病名彙考・痃癖:「俗に云,うちかたなり。即ち拳を以肩を撃(うつ)ときは快(こころよき)が故に打肩(うちかた)と云。其の疾(やまい)飲食痰氣,項肩脇〔ウナジカタワキ〕腹に滯(とどこほり)て強〔コワク〕急するなり。積聚癥瘕の一類なり。肩のみにかぎらず,其癖〔カタマリ〕の發するに定(さだまる)所なきなり」。
◉『病名彙解』痃癖 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100232367/218?ln=ja
○うちかた:急に肩が充血してひどく痛み、人事不省となる病気。早打ち肩。痃癖(けんぺき)。
★以下の説明文は,著者によるか。
心氣勞役而氣欝或爲辛勞氣血凝滯而肩胛腫
痛輕易難施鍼刺最可謹口受在此處欲行針先
以手按摩而使氣血流行可用針必深不可刺妙
卷下・二オモテ(729頁)
手者針伏而入皮肉間或以𨥧針出血氣血流通
爲得歧伯曰以砭石取痛痺是也猶有口受
【訓み下し】
心氣 勞役して氣欝し,或いは辛勞を爲し,氣血 凝滯して,肩胛 腫れ痛み,輕易(かろがろ)しく鍼刺を施し難し。最も謹(つつし)む可し。口受(くじゅ) 此の處(ところ)に在り。針を行なわんと欲(おも)わば,先ず手を以て按(な)で摩(さす)り,氣血をして流行せしめ,針を用ゆ可し。必ず深く刺す可からず。
卷下・二オモテ(729頁)
妙手(じょうず)は,針を伏せて皮肉の間(あいだ)へ入れ,或いは𨥧針を以て血を出だし,氣血 流通(るつう)して得(え)爲(た)りとす。歧伯の曰わく「砭石を以て痛痺を取る」,是れなり。猶お口受(くじゅ)有り。
【注釋】
○心氣:廣義泛指心的功能活動,狹義指心臟推動血液循環的功能。指心的精氣。 ○勞役:出勞力以供役使。勞苦。 ○氣欝:心情鬱悶。氣機鬱結,多指肝氣鬱結。通常與情志刺激、氣血失調有關。主要症狀有胸悶脅痛、急躁易怒、食欲不振、月經不調、脈搏沉濇等。『諸病源候論•氣病諸候•結氣候』指出:「結氣病者,憂思所生也。心有所存,神有所止,氣留而不行,故結於內」。 ○辛勞:辛苦勞累。 ○肩胛:肩膀[shoulder]。肩胛骨的簡稱,位於肩膀之背側部位。医学指肩膀的後部。[scapulo] ○口受:從口授中獲得。相手の人の口から直接に教えを受けること。口授を受けること。
卷下・二オモテ(729頁)
○𨥧:「砭」の異体字。 ○歧伯曰以砭石取痛痺:『靈樞』九鍼十二原:「歧伯答曰:……毫鍼者,尖如蚊虻喙,靜以徐往,微以久留之而養,以取痛痺」。
○肩背并和肩膊疼曲池[肘之外橫紋頭]合谷[手大指之次指歧骨之間陷中]淺刺未愈尺澤[肘中約紋上動脉中]三間[食指本節後內側陷]深刺
【訓み下し】
○肩背 幷(あわ)せ和(か)し,肩(かた)膊(かたさき)疼(いた)むに,曲池[肘(ちゅう)の外(そと),橫紋の頭(かしら)]・合谷[手の大指の次の指,歧骨(ぎこつ)の間の陷中]淺く刺し,未だ愈えずんば,尺澤[肘(うで)の中(うち),約紋の上(かみ),動脈の中(うち)]・三間[食指本節(もとふし)の後(あと),內の側(かたわら)の陷(くぼみ)]深く刺す。
【注釋】
○肩背并和肩膊疼:「肩背幷(なら)びに肩膊和(と)疼むに」と訓むとわかりやすいか。/和:與、跟。並列関係をあらわす連詞(接続詞)であろう。
○肩膊:肩膀,人頸下臂上的部分。/膊:身體肩以下手腕以上的部位。近肩部分稱為「上膊」,近手部分稱為「下膊」。/かたさき:【肩先】肩の上部。肩口(かたぐち)。/shoulder:《解剖》〔人体の〕肩関節領域◆首の付け根から肩関節までの領域ではない。
◉『鍼灸聚英』雜病十一穴歌:「肩背并和肩膊疼,曲池合谷七分深,未愈尺澤加一寸,更於三間次第行,各入七分於穴內」。
○臂痛者因風痰寒濕橫行經絡肩髃[肩端举手取之也]曲池[穴處出前]淺刺
【訓み下し】
○臂(ひじ)の痛みは,風痰寒濕 經絡を橫行するに因る。肩髃[肩の端,手を舉(あ)げて之を取る]・曲池[穴處 前に出づ]淺く刺す。
【注釋】
○橫行:不循正道而行。廣行,遍行,布滿各處。猶言縱橫馳騁。悪事がしきりに行われる。ほしいままに振る舞う。 ○举:「挙・舉・擧」の異体字。
◉『萬病回春』卷5・臂痛:「臂痛者,因濕痰橫行經絡也。……臂痛者,因風寒濕所搏也。或睡後,手在被外,為寒邪所襲,遂令臂痛,及乳婦以臂枕兒,而傷於風寒而致臂痛……」。
◉『鍼灸聚英』治例・雜病・肩臂痛:「痰濕為主。灸肩髃、曲池」。
◉『鍼灸聚英』肩髃:「主……肩臂疼痛,臂無力,手不可向頭,攣急……」。
◉『鍼灸聚英』曲池:「主……臂膊疼痛,筋緩捉物不得,挽弓不開,屈伸難,風痹,肘細無力……」。
○臂痛難舉曲池尺澤[肘中約紋中央]三里[曲下二寸]少海[肘大骨去肘端五分陷中]淺刺
【訓み下し】
○臂(うで)痛み舉げ難きに,曲池・尺澤[肘(うで)中(なか)約紋の中央(まんなか)]・三里[曲下二寸]・少海[肘の大骨,肘(うで)の端を去ること五分陷中]淺く刺す。
【注釋】
★難舉:添え仮名にしたがって訓めば「舉ゲニ難キ」となるが,意味に合わせて変更した。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「手臂痛難舉曲池,須兼尺澤與肩髃,三里少海太淵等……」。
◉『鍼灸聚英』三里:「(一名手三里)曲池下二寸」。
◉『鍼灸聚英』少海:「肘內廉節後,大骨外,去肘端五分。屈肘向頭得之」。
○臂內廉痛神門[掌後銳骨端陷者中]大淵[寸口之中]淺刺
【訓み下し】
○臂(うで)の內廉(うちかど)痛むに,神門[掌後(しょうご),銳骨(とがりほね)の端の陷者中]・大淵[寸口の中(うち)]淺く刺す。
【注釋】
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「臂寒曲澤與神門,臂內廉痛太淵焚」。
○手腕無力列鈌[去腕側上一寸五分]淺刺
【訓み下し】
○手(て)腕(わん) 力無く,列缺[腕を去る側(かたわら)の上(かみ)一寸五分]淺く刺す。
【注釋】
★上文の訓:「腕(わん)の側(かたわら)の上(うえ)を去る一寸五分」。
○鈌:「缺」の異体字(厳密には「金」偏ではないが)。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「手腕無力列缺中」。
○肘臂濡痛通里[腕後一寸陷者中]曲池手三里[穴處出上]淺刺
【訓み下し】
○肘(うで)臂(ひじ)濡痛(なんつう),通里[腕後一寸の陷者中]曲池・手三里[穴處 上に出づ]淺く刺す。
【注釋】
★濡:添え仮名「ナン」。「なん」と訓むときは「軟」に通ずる(濡脈)。ただしここでは「臑」の誤字であろう。
◉『鍼灸聚英』通里:「主……肘臂臑痛」。
◉『神應經』手足腰腋部:「肘臂痛:肩髃 曲池 通里 手三里」。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「肘臂痛者肩髃攻,曲池通里手三里,四穴能除肘臂疼」。
卷下・二ウラ(730頁)
○肘臂手指難屈曲池三里[穴處出上]外關[腕後二寸兩筯間陽池上一寸]深刺
【訓み下し】
○肘(ひじ)臂(うで)手(ゆ)指(び)屈(かが)め難く,曲池・三里[穴處 上に出づ]・外關[腕(わん)後二寸,兩筋(きん)の間,陽池の上(かみ)一寸]深く刺す。
【注釋】
○筯:「筋」の誤字。「筯」は「箸(はし)」の異体字。以下,「筋」字で翻字する。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「肘臂手指難屈憂,曲池三里外關等」。
○手臂麻木天井[肘外大骨後肘一寸輔骨上兩筋刄骨【金+虗】中屈肘拱胸取]支溝[腕後臂外三寸兩骨間陷者中]外關[穴處出上]深刺
【訓み下し】
○手(て)臂(ひじ)麻木(まもく)には,天井[肘(ひじ)の外(ほか),大骨の後ろ,肘(ちゆう)【上】一寸,輔骨の上(うえ),兩筋の叉(さ)骨の罅(すきま)の中(うち),肘(うで)を屈(かが)め胸を拱(こまぬ)き取る]・支溝[腕後,臂(うで)の外三寸,兩骨の間の陷者中]・外關[穴處 上に出づ]深く刺す。
【注釋】
○肘一寸:『鍼灸聚英』によれば,「肘上一寸」の誤り。 ○刄:添え仮名「さ」。『鍼灸聚英』にしたがい,「叉」の誤字と判断した。 ○【金+虗】:添え仮名「すきま」。『康熙字典』金部:「鏬,〈罅〉字之訛」。空隙、隙縫。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「手臂麻木天井宜,外關支溝與曲池……」。
◉『鍼灸聚英』天井:「肘外大骨後,肘上一寸,輔骨上兩筋叉骨罅中。屈肘拱胸取之。甄權云:曲肘後一寸。叉手按膝頭,取之兩筋骨罅中」。
○風痺手攣不擧尺澤曲池合谷[穴處出上]深刺
【訓み下し】
○風痺は手攣(ひきつ)り舉(あ)がらず,尺澤・曲池・合谷[穴處 上に出づ]深く刺す。
【注釋】
○風痹:病名。以疼痛遊走不定為特徵痹證。見『靈樞』壽天剛柔。又名行痹、筋痹。『素問』痹論:「風寒濕三氣雜至,合而為痹也。其風氣勝者為行痹」。
◉『病名彙解』風痺:「中風四種の一つ也。○『病源』に云,〈病 陽にあるを風と云,陰にあるを痺と云,陰陽ともにあるを風痺と云り〉」。/『諸病源候論』卷1・風病諸候・風痹候:「痹者,風寒濕三氣雜至,合而成痹。其狀:肌肉頑厚,或疼痛。由人體虛,腠理開,故受風邪也。病在陽曰風,在陰曰痹;陰陽俱病,曰風痹」。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「風痺手攣不舉證,尺澤曲池合谷應」。
○手指拘攣并筋緊曲池陽谷[手外側腕中銳骨下陷中]深刺
【訓み下し】
○手指(てゆび)拘攣幷(なら)びに筋(すじ)緊(つ)り,曲池・陽谷[手の外の側(かたわら),腕(わん)の中(なか),銳(とがり)骨の下の陷中]深く刺す。
【注釋】
◉『指南』病名彙考・拘攣:「攣は手足曲(かがみ)て伸びざる也。『字彙』に,拘攣は係(けい)〔ツナグ〕也。手足拘攣(かうりかがまり)て係〔ツナグ〕累したるが如く用(はたらか)ざる也」。/かうり:こおる。固まる。/かがまる:背・腰などが折れ曲がった状態になる。 寒さでかじかむ。/係累:束縛,拘縛,捆綁。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「手指拘攣并筋緊,曲池陽谷合谷同」。
○肩膊煩疼肩井[肩上陷中]肩髃曲池淺刺
【訓み下し】
○肩(けん)膊(ばく)煩疼に,肩井[肩の上の陷中]・肩髃・曲池,淺く刺す。
【注釋】
○煩疼:煩熱疼痛。『傷寒論』辨太陽病脈證幷治:「傷寒六七日,發熱,微惡寒,支節煩疼」。わずらわしく疼くような痛み。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「肩膊煩疼治肩髃,兼帶肩井與曲池」。
○手熱肘臂攣痛脇腋腫曲澤[肘內廉下陷中屈肘得之]間使[掌後三寸兩筋間陷者中]太陵[掌後骨下兩筋間陷者中]小海[肘內廉節後大骨內去肘端五分屈肘向頭得之]深刺
【訓み下し】
○手(て)熱し,肘(ひじ)臂(うで)攣痛,脇(きよう)腋(えき)腫れ,曲澤[肘(うで)の內廉(うちかど)の下の陷中,肘(うで)を屈(かが)めて之を得(う)]・間使[掌(じょう)後三寸,兩筋の間の陷者中]・太陵[掌(じょう)後の骨の下,兩筋の間の陷者中]・小海[肘(うで)の內廉(うちかど),節(ふし)の後(あと),大骨の內(うち),肘の端を去ること五分,肘を屈(かが)めて頭(こうべ)に向かえ之を得]深く刺す。
【注釋】
★小海:位置の説明文は,「少海」穴の説明に近い。『鍼灸聚英』は手少陰心経の「少海」を「小海」に誤るので,『聚英』の説明に基づくと思われる。
◉『鍼灸聚英』手太陽小腸經・小海:「肘內大骨外,去肘端五分陷中。屈手向頭取之。……主頸頷肩臑肘臂外後廉痛,……肘腋痛腫……」。
◉『鍼灸聚英』手少陰心經・少海〔原文は「小海」に誤る〕:「(一名曲節)肘內廉節後,大骨外,去肘端五分。屈肘向頭得之。……主……肘攣,腋脇下痛,四肢不得舉……」。
◉『神應經』午手少陰心經・少海:「在肘內節後,去肘端五分,屈肘取之」。
◉『鍼灸聚英』雜病歌・手足腰腋女人:「手熱曲池與內關。曲澤列缺經渠間。太淵中衝少衝等」。
◉『鍼灸聚英』間使:「主傷寒結胸。心懸如飢,卒狂,胸中澹澹,惡風寒,嘔沫怵惕,寒中少氣,掌中熱,腋腫肘攣……」。
◉『鍼灸聚英』大陵:「主熱病汗不出,手心熱,肘臂攣痛腋腫……」。
◉『神應經』手足腰腋部:「手熱:曲池 曲澤 內關 列缺 經渠 太淵 中衝 少衝 勞宮」。「手臂痛不能舉:曲池 尺澤 肩髃 三里 少海 太淵 陽池 陽谿 陽谷 前谷 合谷 液門 外關 腕骨」。「腋痛:少海 間使 少府 陽輔 丘墟 足臨泣 申脈」。「肘攣:尺澤 肩髃 小海 間使 大陵 後谿 魚際」。
○肘臂厥痛難屈伸手不舉指不握孔最[去肘上七寸]淺刺
【訓み下し】
○肘(ちゆう)臂(へき)厥痛,屈(かが)め伸べ難く,手 舉がらず,指 握られず,孔最[肘上を去る七寸]淺く刺す。
【注釋】
★肘上:「腕上」の誤りであろう。
◉『鍼灸聚英』孔最:「去腕上七寸陷者中。……主熱病汗不出,咳逆,肘臂厥痛,屈伸難,手不及頭,指不握……」。
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