087 負鏡避疫盖巾蠲痾(歌韻・平) 32 二十七オモテ
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負鏡避疫、盖巾蠲痾。
(醫說曰、負局先生呉人也、莫知其姓名、負石磨鏡、人有疾苦、即出紫丸赤丸與服、無不差、後大疫、家至戸到與藥、活數萬餘人、不取錢去、 太平廣記曰、董奉還豫章廬山下居、有一人、少有癘疾、垂死、載以詣奉、叩頭哀之、奉使病人坐一房中、以五重布巾盖之、便勿動、病者云、初聞一物来舐身、痛不可忍、無處不匝、量此舌廣一尺許、氣息如牛、不知何物也、良久物去、奉乃往除巾、以水浴之遣去、告云、不久當愈、且勿當風、十數日病者身赤無皮甚痛、得水浴、痛即止、廿日皮生即愈、身如凝脂也、)
【訓み下し】
負鏡避疫、盖巾蠲痾。(鏡を負(せお)いて疫(えやみ)を避け、巾(きれ)を蓋(おお)いて痾(やまい)を蠲(のぞ)く。)
『醫說』に曰わく、「負局先生は呉の人なり。其の姓名を知ること莫し。石を負い鏡を磨く。人に疾(やまい)の苦しみ有らば、即ち紫丸・赤丸を出だして與えて服せしむ。差(い)えざる無し。後に大疫あり。家々に至り戸ごとに到り、藥を與え、數萬餘人を活(い)かし、錢を取らずして去る」。
『太平廣記』に曰わく、「董奉 豫章の廬山の下に還りて居れり。一人有り、少(わか)くして癘疾有り、死ぬるに垂(なんなん)とす。載(くるまにの)せて以て奉に詣(いた)り、叩頭して之を哀(あわ)れむ【を求む】。奉 病人をして一房中に坐せしめ、五重の布巾を以て之を蓋い、便ち動くこと勿し【動くこと勿から使(し)む】。病者云う、初め一物來たるを聞く。身を舐む。痛み忍ぶ可からず。處として匝(めぐ)らざる無し。此の舌を量れば、廣さ一尺許(ばか)り、氣息 牛の如し。何の物かを知らず。良(やや)久しくして物去る。奉乃ち往きて巾(きれ)を除き、水を以て之を浴びせ、遣(や)り去る。告げて云う、『久しからずして當に愈ゆべし。且(しばら)く風に當たること勿かれ』と。十數日にして、病者の身赤く皮無く甚だ痛む。水浴を得れば、痛み即ち止む。廿日(はつか)にして皮生じて即ち愈ゆ。身 凝脂の如し」。
【注釋】
○負:馱。背。以肩背物[carry on the back]。 ○疫:流行性或急性傳染病的總稱。 ○盖:「蓋」の異体字。覆蓋、遮蔽。 ○巾:覆蓋或纏繞用的布。 ○蠲:免除。 除去。 ○痾:疾病。
○醫說曰:『醫說』卷一・三皇歷代名醫・負局先生:「負局先生,吳人也,莫知其姓名。負石磨鏡,人有疾苦,即出紫丸・赤丸與服,無不差。後大疫,家至戶到與藥,活數萬餘人,不取錢。去時語人曰:吾欲還蓬萊山,為汝曹下神水,崖頭一旦有水色白,從石間流下,服多愈疾。(出列仙傳)」。
○負局先生:《列仙傳》負局先生:負局先生者,不知何許人也,語似燕、代間人。常負磨鏡局徇吳市中,磨鏡一錢。因磨之,輒問主人,得無有疾苦者,輒出紫丸藥以與之,得者莫不癒。如此數十年。後大疫病,家至戶到與藥,活者萬計,不取一錢,吳人乃知其真人也。後住吳山絕崖頭,懸藥下與人。將欲去時,語下人曰:「吾還蓬萊山,為汝曹下神水。崖頭一旦有水,白色,流從石間來,下服之」。多愈疾。立祠十餘處。
○呉:國名。周代諸侯國。泰伯封於吳地,故址在今江蘇省無錫縣。傳到夫差,為越王句踐所滅。/(西元222~280)三國之一。三國時期孫權所建。故址據有江、浙、湘、鄂、閩、粵、安南等地。後為晉朝所滅。/地名。即蘇州。又江蘇省春秋時為吳國地,故也稱為「吳」。 ○石:砥石であろう。 ○磨鏡:磨治銅鏡。古用銅鏡,須常磨光方能照影。 ○疾苦:因病引起痛苦;患病的痛苦。 ○服:吃。飲用或吞服藥物 [take]。 ○無不:沒有不,都是。 ○差:病愈[be recovered]。後作「瘥」。 ○大疫:謂瘟疫流行。 ○家至戸到:到每家每戶;遍及每家每戶。 ○活:救助。
○太平廣記曰:《太平廣記》神仙十二・董奉:董奉者,字君異,候官人也。……後還豫章廬山下居,有一人中有癘疾,垂死,載以詣奉,叩頭求哀之。奉使病人坐一房中,以五重布巾蓋之,使勿動。病者云:「初聞一物來舐身,痛不可忍,無處不匝。量此舌廣一尺許,氣息如牛,不知何物也。良久物去。」奉乃往池中(明鈔本「池中」作「除巾」)。以水浴之,遣去,告云:「不久當愈,勿當風。」十數日,病者身赤無皮,甚痛,得水浴,痛即止。二十日,皮生即愈,身如凝脂。
○董奉:(220年—280年),又名董平,字君異,號拔墘,候官縣董墘村(今福州市長樂區古槐鎮龍田村)人。/董奉,三國時吳醫學家。字君異。侯官(今福建閩侯)人。精於醫。曾治癒交州刺史吳士燮重病而名聞於時。後退隱廬山,為人治病不取酬,但要求重病者栽杏五株,輕者一株。從而數年後得十萬餘株,鬱然成林。每年貨杏得穀,遂以之救貧病及供行李不逮者,故世上每以「杏林春暖」來稱讚有好醫德之大夫。 ○還:返回、回來。回到原處或恢復原狀 [come back;go back;return]。 ○豫章:古郡名,治所在今江西南昌。 ○廬山:山名。位於江西省九江市南。三面臨水,西臨陸地,萬壑千巖,煙雲瀰漫。中有白鹿洞、墨池、玉淵等名勝,西北有牯嶺,為避暑勝地。相傳周武王時,有匡俗兄弟七人結廬此山,後登仙而去,徒留空廬而得名;一說以廬江得名。 ○下:低處、底部。 ○少:年幼的、年輕的。 ○癘疾:疫病。流行性傳染病。《周禮‧天官‧疾醫》:「四時皆有癘疾」。鄭玄注:「癘疾,氣不和之疾」。賈公彥疏:「癘謂癘疫……癘氣與人為疫」。ここでは「少有」「皮」とあるので、伝染病の意ではなかろう。/癘:惡瘡。癩病。 ○垂死:接近死亡。 ○載:乘坐。 ○詣:拜訪、進見上級或長輩。到、前往。 ○叩頭:伏身跪拜,以頭叩地。為古代的最敬禮。 ○哀:【求哀】猶乞憐。『太平廣記』は「求」。治療を求める。 ○布巾:布製的巾帕。 ○便:『太平廣記』は「使」。 ○物:神靈[deities]。もののけ。 ○舐:用舌頭舔東西[lick with tongue]。 ○無處不:【無所不】におなじ。~しないところはない。すべて~する。 ○匝:圍繞、籠罩。 ○許:表示約略估計的詞。 ○氣息:呼吸時進出的空氣。呼吸出入之氣。 ○良久:很久。 ○巾:擦洗用的布。覆蓋或纏繞用的布。 ○遣:排解,發泄。消除。 ○且:暫時。尚、還。 ○廿:二十。 ○凝脂:凝固的油脂。語出《詩經.衛風.碩人》:「手如柔荑,膚如凝脂。」多用來形容皮膚如油脂般光滑柔白。/常用以形容潔白柔潤的皮膚或器物。
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