2013年6月26日水曜日

『素問の栞』

医道の日本社より『東洋医学ポケット用語集』が刊行されました。
その中の「日本における東洋医学書の発行」という年表(228p末)に

「島田隆司(たかし)(1932~2000) 『素問の栞』(1975)ほか著述」
とあります。

島田隆司という名前が年表に記載されていることをよろこぶべきか、
それとも、丸山昌朗となっていないことをかなしむべきか。

2013年6月6日木曜日

家本誠一先生の「古典に見る「癌」の記載」の結論には、いささか驚いた。

『鍼灸OSAKA』109 特集:がんのアプローチ

『漢語大字典』が魯迅の書信を挙げていることから、「現代に至って現われた言 葉であることを示している」。
結論:癌の字も内容も欧米のCANCERの音写であると思われる。

魯迅は、仙台で医学を学んでいるから、日本語の医学書でこの字をおぼえたのであろうか。
「癌」字が近代になってつくられた文字だとしても、漢語の発音はai2である。カン・ガンではない。
「CANCERの音写である」とすると、この字は、日本人がつくった可能性がたかくなるが、それについての言及はない。

「癌」字は、「疒」+「嵒」に分解できる。
㽷・瘟・瘖など、病垂の会意文字は多いので、「嵒」(「岩」に通ずる。石のかたまり)を病(の症状)として表現するために「疒」が加えられたことを想像するのは、それほどむつかしいとは思えない。

『漢語大字典』で「嵒」yan2をひけば、その下に「嵓」字があり、「嵒」と同じ と『正字通』を引用している。さらに、「癌」ai2と同じで、腫瘤として、『本草綱目』を引いている。

病名・症状名を「山+品」であらわす初出に関しては、島田隆司先生がなにかに書いたはずだし(少なくとも出典調べには協力した記憶がある。宋代の外科学書に散見される)、『中華医史雑誌』など、大陸の中医雑誌の定番ネタだと思うが。

参考:
http://naruhodogogen.jugem.jp/?page=0&cid=20

2013年5月18日土曜日

陰虚 陽実

明治初期には,身近な用語だったようである。

中村正直『西国立志編』(明治3年ころ)
政堂憲署(政府機関,function of Government)ハ陰虚ニシテ陽実ニ非ズ。
negative and restrictive, rather than positive and active.
消極(的),積極(的)という訳語が考案される前。
    高島俊男著『漢字雑談』より

 *以下,乱暴な引用。24頁~
営養・栄養についてのはなしでは,
「栄養」とは,学問を積んで官となり,社会的地位を飛躍的に上げ,世間に尊敬されるひとになるのが「栄」で,親をそういう地位に押し上げるのが「栄養」。
 親に孝行を尽くすこと。(『日本国語大辞典』)

日本語の栄養(漢語では営養)の「栄」は「血也」という
『漢語大字典』『漢語大詞典』を引き,『素問』が引用され,最後は『脾胃論』へ。

1.夫飲食入胃,陽氣上行,津液與氣入於心,貫於肺,充實皮毛,散於百脉,脾禀氣於胃,而澆灌四旁,榮飬氣血者也。
2.在人則清濁之氣,皆從脾胃出,榮氣榮養於身,乃水糓之氣味化之也。
3.濁中清者,榮養於神。
 「栄養」=「やしなう」という動詞。

気になったのは,2.を説明して,「「清」と「濁」とは人の体にある「気」です。もちろん,宇宙から来たもの。」というところ。
博学の高島先生にして,「後天の気」とか「水穀の気」という概念までは,気をこまかく追求されていないらしい。
『脾胃論』の要点の理解まで要求するのは酷かも知れないが,残念。

2013年5月17日金曜日

半井家本医心方

東京国立博物館の半井家本医心方が
e-国宝というサイトで全てアップされている

長野仁先生→横山浩之先生→菉竹
小林健二先生からも情報をいただいています

http://www.emuseum.jp/detail/100173

カラーで全冊閲覧できます。

2013年4月26日金曜日

明堂經絡前後圖序

句読,菉竹。あやまりはご指摘下さい。

 『瓊臺類稿』卷十三/『瓊台詩文会稿重編』卷九 明 丘濬撰

 明堂經絡前圖序
明堂者,黄帝坐明堂之上,與岐伯更問難。因雷公之請,坐明堂而授之。故謂之明堂云。其書上窮天紀,下極地理,遠取諸物,近取諸身,不專為人身設也。而後人作為圖經,以明氣穴經絡,乃專以歸之明堂,何哉。蓋以黄帝之問,岐伯之對,雷公之授受,所以上窮下極而遠取者,不過明夫在人之理而已。黄帝之問岐伯,首謂善言天者,必有驗於人。蓋謂是爾。夫人得天地之性以生,凝而為之形,流而為之氣。内有臓腑,以應天之五行,外有面部,以象地之五嶽,以至手足之有經絡十二,以應經水,肢體之有系絡,三百六十有五,以應天度,其氣穴稱是,以應周朞之日,上下有紀,左右有象,督任有會,俞合有數。是人一身生天地之間,全陰陽之理,聚五行之氣,備萬物之象,終日之間,動息坐卧,百年之内,少壯艾老,無非是身之所運用,而恒與之偕焉。乃至有其身,而不知其身之所有。而凡在其身者,若臓腑,若脉絡,若孔穴,曾不知其形狀,何如。其氣脉安寓其名稱,曷謂是有其身,而不知其身之所以為身也。取諸其近也,且然况又欲遠取諸物,而上窮下極也哉。或者貽予以鎮江府所刻明堂銅人圖,面背凡二幅。予懸之座隅,朝夕玩焉。病其繁雜有未易曉者,乃就本圖詳加考訂,復以存真圖,附繋於内,命工重繪而刻之。考史,宋仁宗天聖中,命尚藥奉御王惟一,考明堂氣穴經絡之會,鑄銅人式。惟一又訂正訛謬,為銅人腧穴針灸圖經,上之。詔摹印頒行。其後又有石藏用者,按其狀,繪為正背二圖,十二經絡,各以其色别之。意者京口所刻,即其圖之遺製與。嗟乎,所貴乎。儒者以其格物,致知於凡三才之道,萬物之理,莫不究極其所當,然而知其所以然也。矧吾有是身,至切至要,長與之俱長,老與之俱老,而不知其狀,不識其名,可乎。此予所以不自揆,而纂為此圖。非獨以為醫家治病用,而於儒者所以養身之方,窮理之學,亦未必無補云。

明堂經絡後圖序
聖人所慎者三,而疾居其一,是疾之為疾,係人之壽夭死生,不可忽焉者也。聖人猶且慎之,况餘人乎。欲慎其疾,必知夫疾所自出之原。而加慎焉,則百病不生。百病不生,則能盡人所以生生之理,而不枉其天年矣。且疾所自出之原,果安在哉。身而已矣。是身也,稟氣於天地,受形於父母,固非天地雕刻而為之。亦豈父母布置而成之也哉。然而五臓六腑,四肢百體,骨骼經絡,俞合孔竅,無一而不備焉。人能保而養之,則全而歸之矣。全而歸之,則人為吉人,子為孝子。而無忝於天地之委形,父母之遺體矣。彼夫六合之間,横目而黎首者,棼棼攘攘,自戕自賊,不自知保者多矣。然其間亦或有偶能保全之者。蓋亦資稟之美爾,非學問之功也,所貴乎。學者以其窮理盡性,以至於命理窮矣。性斯自盡而命隨之。欲窮夫理,當自吾身始。吾身所具之理,所謂天命之性,率性之道,聖賢所以建圖著書者,固已明盡矣。然其言深於理,詳於氣。而於所賦之形質,則容有未備焉者。予述此圖,蓋示學者,以理氣之所凝,以成質者,而使其知疾病根原之所自出,而慎諸身。學者誠能察之目,而究諸心謹,夫肢體之運動順,夫氣脈之流行則,可以奉親以盡孝,保身而全歸矣。若夫世之學方技者,以之求十四經之流注,八法之運用,九鍼之補㵼,亦未必無所助云。(成化庚辰)

2013年4月3日水曜日

誰?

多紀元簡の同学か,あるいはやや先輩にあたる人で,志茂雲旦という人がいるらしい。抄者の教養レベルに問題が有って,誤字が含まれるかも知れないけれど,まあこう読み取りました。
どなたか,どこのどんな人か,ご存じのかたはありませんか。『多紀家の事跡』程度では出てこない。

2013年1月20日日曜日

いまさら

どうせなら「大きな名前」にしようと「日本内経医学会」
「内経学会」と称するには 『内経』の内容が多岐に渉るのをはばかって
医学に限定して「内経医学会」
『内経』の医学を学ぶ会は中国はもとより世界各国に有るべきであるから
遠慮して「日本内経医学会」
こう解説すると たいして「大きな名前」でもない
ところで
「内経」はもちろん『黄帝内経』で
つまり『素問』と『霊枢』のつもり

『黄帝内経』が必ずしも『素問』+『霊枢』でないことくらいは
本会の開山とも言うべき丸山昌朗先生の説があるから
日本内経医学会の会員には常識であろうけれども
「日本素問霊枢医学会」とか「日本素問霊枢太素甲乙難経学会」というわけにもいかない
まあ 「内経」は「所謂『内経』および『内経』系古医籍」の意味
として
「黄帝内経≠素問+霊枢」が常識になっている会で
「黄帝内経=素問+霊枢」と声高に主張しても 別に村八分にはならない
というのが値打ち!?!

で,『素問』や『霊枢』が『黄帝内経』でないことは,もう充分に常識なんだから,「日本内経医学会」という名称はおもしろくない,という意見が有った。まあ,正論だと思う。けれどもいまさら変えがたい。少なくとも,相応の準備は要る。中心メンバーの大多数がうなずいて,会報とBLOGで「変えました!」というだけではすまない,と思う。
ただ,どうして当時,「黄帝医学会」という名称を思いつかなかったんだろう。中国にも有りそうで憚ったんだろうか。黄色は中央だ,だろうか。ならば東は青だ,といっても,青龍会というのも嫌だ。右翼団体じゃあるまいし,暴力団じゃあるまいし。

2013年1月2日水曜日

ごあいさつ

 昨年末、母が急逝しました。喪中と形式張るわけではありませんが、祝賀の気持ちになれませんので、メール、はがきでの新年のご挨拶は、省かせていただきます。
 ところで、『内経』を読むに当たって、死生について、健康について、良く考えておかねばならないと、最近つくづく思います。臨床体験を持って『内経』を読むのと同じように、生死をどのようにとらえるか、病気とはどのような状態なのか、健康とは何を意味するのか、ひとつひとつじっくり考えるべきではないか。どのように考えた人が、『内経』を書いたのか。文字を読む作業のむこうの、書いた人の息づかいを感じられたら、それが醍醐味なのか。
 基本を勉強し直して、『内経』を読み直さねば、というのが年頭の所感であります。(日本内経医学会会長 宮川 浩也)

2012年12月25日火曜日

来年2013年の予定

1月13日(日)午後1時~5時
研究発表会
場所:北里大学白金キャンパス
内容:北里の医史学研究部と共催
   六~七名程度の発表(当会からは宮川・岩井・左合の予定)

3月31日(日)
丸山昌朗先生の墓参
場所:北鎌倉駅に午前11時集合

5月5日(日)
島田隆司先生の墓参
場所:東武東上線高坂駅に午前10時集合

8月4日(日)~5日(月)
夏季合宿
場所:静岡県内


☆出版
宿題であった『甲乙経』の出版を鋭意すすめる

☆翻訳
黄龍祥著「中国針灸史図鑑」の翻訳


☆日曜講座:従来どおり
 日時:毎月第2日曜午後1時~5時
 場所:大森「おおとり会館」
 第一クラス:今まで通りの語法講座・訓読講座
 第二クラス:継続中の霊枢講座・素問講座
◎継続会員優先

☆基礎講座:新設(日曜講座受講生は原則無料)
 日時:毎月第3日曜午前10時~午後5時
 場所:鶯谷「鶯谷書院」
 講座:『内経』粗読(午前10時~12時)
    『医古文の基礎』輪読(午後1時~3時)
    『鍼灸原典閲読演習ー重要古典抜粋』勉強会(午後三時~五時)

☞問い合わせは,宮川会長かた